「シアル酸」について学ぶ

2022/06/23 14:55:00 | お勉強 | コメント:0件

久しぶりに私の興味を大きく惹く医学雑誌に出会いました。



医学のあゆみ 腫瘍と糖鎖-糖鎖の基礎研究から腫瘍の分子標的同定に向けて 281巻9号[雑誌] 雑誌 – 2022/5/28

糖鎖修飾という概念に以前から興味を持ってはいました。

なぜならば、何も意識しなければ確実に糖質過剰になる今の世の中で、

必ずしも糖尿病や肥満などというわかりやすい形で病気が現れない人が結構たくさんいるという事実に対して、

その「糖鎖」という概念が、なぜ糖尿病や肥満以外の病気の方にも糖質過剰が関わっていることのメカニズムを一部説明できるかもしれないと思っていたからです。

そもそも「糖鎖」とは何かと言いますと、糖が鎖のようにつながった構造のことを指しますが、糖同士が結合している「遊離糖鎖」、タンパク質と糖が結合した状態の「糖タンパク質」の糖の部分、脂質と糖が結合した状態の「糖脂質」の糖の部分、いずれも「糖鎖」と総称します。

それというのも、糖は基本的に「-OH基(ヒドロキシル基)」と呼ばれる構造を多数持っているなど、他の物質と結合しやすい性質を持っているからです。 ただ糖であればどこにでも結合することができるわけではなく、化学の法則に従って結合できる部位にはある程度制限があります。

なので、糖を生み出す糖質を過剰に摂取すれば、糖尿病で上昇するHbA1c(糖化ヘモグロビン)以外にも、化学的なルールに従って糖鎖修飾が加わる部位を持つ物質が他にもあれば、それがさまざまな病気の発生に関わっていると考えても不思議ではないわけです。

そのような興味を持つ中で、上述の医学雑誌を開くと最初のテーマはこんな記事でした。

がんとシアル酸重合体
佐藤ちひろ(名古屋大学糖鎖生命コア研究所)
医学のあゆみ Vol.281 No.9 2022.5.28


「シアル酸」というのは聞きなれないかもしれませんが、実は糖の一種です。

私達が最も聞きなじみのある糖は「グルコース(ブドウ糖)」だと思いますが、これはそれ以上(加水)分解されない糖ということで「単糖類」と呼ばれます。

実はシアル酸も生体内にある「単糖類」の一つです。ただ構造的にはグルコースが炭素原子が6個ある「6炭糖」であるのに対して、シアル酸は炭素原子が9個ある「9炭糖」となっています。

さらにシアル酸の中でも、5番目の炭素に何がくっついているかによって、N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)、N-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)、デアミノノイラミン酸(Kdn)のように細かい種類があるようです。


(画像はこちらから引用)

そして最も興味深いこととして、「シアル酸は免疫系において、自己としての認識タグとして用いられている」ということが書かれていました。

当ブログでも「自己の名札」的な物質として、「MHCクラスⅠ」を紹介してきましたが、これと同じような働きを「シアル酸」が担っているということです。

そして「MHCクラスⅠ」の場合、その名札を認識しているのは「Tリンパ球」でしたが、「シアル酸」の場合は名札を認識しているのはNK細胞だということです。

「NK細胞」と言えば「人体のパトロール隊」で、がん細胞やがんになりそうな細胞を見つけては早い段階でやっつけるという「警察」のような働きをしている細胞のことでした。

そして「NK細胞」の表面にある「レクチン」という物質が、自己細胞の表面にある「シアル酸」を認識すると、その細胞をきちんと「自己」だと認識して、「NK細胞」の働きが抑制されるメカニズムがあるのだそうです。

ということは正常細胞には「シアル酸」があるのだけれど、がん細胞の表面には「シアル酸」がなくなるから、「NK細胞」によって攻撃されるようになるのかなと思いきや、記事には逆のことが書かれていました。

つまり正常細胞が、がん化すると「シアル酸」がなくなるどころかむしろ増えるのだと、増えて「シアル酸」同士がつながって重合体になったりするのだと、それががんが免疫を回避する仕組みの一つとして重要視されているというようなことが書かれていました。

そしていわゆる「がんマーカー(腫瘍マーカー)」のほとんどに「シアル酸」の糖鎖が関わっていて、その事もがん細胞が自分の領域を広げるのに「シアル酸」が大きな役割を果たしている、というような言われ方でした。

具体的にはCA19-9, CA125, NCC-ST-439, SLX, DUPAN-2, Span-1などの腫瘍マーカーには「シアル酸」糖鎖が関わっていて、それ以外の腫瘍マーカーとして例えばCEA, SCC, AFP, PIVKA-Ⅱ, PSAなどにも何かしらの糖鎖が関わっているとのことでした。

がん細胞になればなるほど「自己の名札」である「シアル酸」が増加するのであれば、「NK細胞」はがんになればなるほど攻撃しにくくなるという今までの話と矛盾することになってきます。この矛盾はどう考えればいいのでしょうか。

これについて一つは、NK細胞が相手の細胞を自己だと認識する仕組みは「シアル酸」だけではないということはあります。先ほど述べたもう一つの名札である「MHCクラスⅠ」はNK細胞も認識しているということは以前学びました

従って、いくら「シアル酸」が増えても「MHCクラスⅠ」が不完全になればこの異常を感知して「NK細胞」が攻撃するのではないかという可能性が一つ。

もう一つは、そもそもがん細胞は「正常細胞」の一部だという考えがあります。こちらの考え方は非常に重要です。

なぜならば、一般的には先ほど述べたように「がんは複雑な仕組みを使って免疫の働きから逃避している」と考えられており、その仕組みの中心に「糖鎖(シアル酸)」があり、これをターゲットにすればがんをやっつけることができるという発想になるのに対し、

「がんは正常細胞の一部」だと考えれば、「糖鎖」も正常な仕組みの一部であり、そもそも攻撃する必然性は無くなるというように、その後の行動が真逆とも言えるほどに変わってくるからです。

ではなぜ「NK細胞」は早期のがんやがんになりかけている細胞をやっつけているのかと言いますと、ひょっとしたら「N K細胞」は「がん」を攻撃しているのではなく「形の崩れた自己を攻撃している」、いや「自己として歪んだ部分を修復しようとしている」のではないかという気がします。

逆に「シアル酸」が増えた「がん細胞」はむしろ自分であるということを必死にアピールしている正常細胞だということです。これであれば「NK細胞」に攻撃されなくても不思議ではないわけです。

ということは正常な構造が維持されているという意味では可逆的に改善する事も十分想定される状態です。

一般的に「シアル酸」が関与する「腫瘍マーカー」が血液検査で上昇する状況は、がんとしては進行度の高い厳しい状況として認識されがちですが、

そのように進行度の高いがんから回復した人達が稀ながら存在することが、この状況が可逆的でありうることの傍証になるように思います。

でもこの領域の研究者の方々はむしろ「シアル酸」を治療のターゲットとして捉え、これを薬理学的に認識させなくすることによって、「NK細胞」にがん細胞を攻撃させるようにしようという方向で研究を進めてしまっていると思います。

しかしその発想はいわゆる「免疫チェックポイント阻害剤」と一緒で、自己を過剰に攻撃させる行為に他ならないと私には思えます。

「シアル酸」の増えたがん細胞がある状況というのは、例えるならば学校のクラスの中で自己主張の強い生徒がいるような状況かもしれません。

何かにつけて自分の権利を主張し威張っているために、周りのクラスメートからは煙たがられたりして、クラスの秩序は乱れている状況なのかもしれません。

そんな自己主張の強い子を無理矢理転校させるような行為が「免疫チェックポイント阻害剤」がやっていることかもしれません。確かにそれで一見クラスの秩序は取り戻されるかもしれません。

しかしもしもその自己主張の強い子が実はクラスをまとめるのに重要な役割を果たしていたのだとすれば、転校させたことでその後クラスの秩序が乱れてしまうことになるかもしれません。それでは本当の解決とは言えないでしょう。

ましてやその子だけを転校させるのならまだしも、免疫チェックポイント阻害剤がやっていることは、少しでも自己主張の強い子を根こそぎ転校させるようなところがあります。もっと言えば、自己主張の強い子がいなくなったとしても、残った集団からまた必ず自己主張の強い子が生まれます。

働きアリの法則がこれを教えてくれています。だったら排除という方法では、一時的には秩序が戻ったとしてもまた秩序が乱れるのは時間の問題です。

整えることがもはやできないという人には免疫チェックポイント阻害剤のようなやり方も一つの選択肢かもしれませんが、私はそうではないやり方にこだわり続けたいです。

私のやり方は自己主張の強い子もクラスの一員だと認め、クラスとして秩序を保てるようにするにはどうすればいいかをその子も含めた中で話し合うようなアプローチです。そんな薬なんてないではないかと思われるかもしれません。

しかしそれを薬でやらなければならないという必然性はどこにもないのです。私はまず「がんを正常細胞の一部」と受け止めるところから始めるべきだと考えます。

そしてがん細胞というミクロの視点を、人間というマクロの視点と連動させます。細胞レベルで自己主張が激しくなっている状況があるのであれば、人間レベルでも同様の状況があると私なら考えます。

「なぜ自分だけがこんな目に」という気持ちがあるのかもしれません。「自分の主張を周りに理解してもらえない」という状況があるのかもしれません。

そのような心の断絶、対等でない感覚、共同体感覚の欠如が細胞レベルでも反映されているのだとすれば、

やるべきことは、対等な立場にその問題について考えられるような仲間を作ること、私がその仲間の一人になることではないかと思っています。


「糖鎖」について学んでいると、他にも新しい気づきがたくさんあるんです。

しばらくはこの話題で私が新たに気づいたことを記事にしていこうと思います。


たがしゅう
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