「ぎっくり背中」から学ぶ主体的医療
2022/06/30 10:35:00 |
自分のこと |
コメント:4件
「シアル酸」のややこしくも意義深い話を続ける前に、最近私の身に起こった経験について語りたいと思います。
皆酸、「ぎっくり背中」というのをご存知でしょうか。
「ぎっくり腰」というのはおそらく聞いたことがあるのではないかと思います。名前の通り、それの「背中」版です。実は最近私この「ぎっくり背中」にかかりました。
まだ6月だというのに酷暑が続く日々の中、ある朝起きたら背中が猛烈に痛いのです。
最初からかなり痛みが強くて、これは一体何が起こっているのだろうと思いました。そう、白状しますと私はこの時点で医者でありながら「ぎっくり背中」のことを全く知らなかったのです。
寝返りを打っても痛い、座っていて少し座り直すだけでも痛い、深呼吸しようと思うと痛い、とにかく背中の筋肉が少しでも動かされる度にかなりの激痛に襲われる状況でした。
きっと寝違えのような何かであろうとたかを括っていた中で、湿布やマッサージで様子を見るも次第に痛みの程度が強くなっていく状況になってきたため、
見るに見かねた妻がネットで調べてくれた結果、出てきたワードが「ぎっくり背中」でした。私は自分で「急に 背中の激痛」などで調べてみようという行動さえ取れておらず、なかなかの視野狭窄に陥っていたなと後で痛感しました。
それはひょっとしたら私が「医者」であるが故の傲慢であり盲点であったかもしれません。ですが、この経験は「主体的医療」を考える上で読者の皆様にも参考にもなるかもしれないので、ここで共有しておきたいと思います。 まず私は「わけのわからない身体の痛みには筋膜(≒fascia)の重積(≒癒着)が関わっている」「急性期の痛みは冷やした方がいい」という妙な思い込みがありました。
それが故にこの「ぎっくり背中」に遭遇した時も、「おそらく筋膜の癒着を剥がした方がいい」と自分で仰向けの状態になって痛いところにボールを当ててぐりぐり刺激してみたり、妻にマッサージを頼んでみたりしてみました。
しかし翌日背中の痛みはさらに悪化して、一挙手一投足が痛くて寝ているだけでも辛くて非常に身の置き所がない状態になってしまいました。
そこで妻の助けで知った「ぎっくり背中」について調べてみると、「ぎっくり背中とは筋繊維の断裂」だと書かれていました。
なるほど、断裂しているのであればやるべくことはぐりぐりと筋膜をリリースすることではなく、患部を安静にして修復反応を促すこと、すなわちじっと待つことだと悟ることができました。
また症状のピークは2〜3日にあるとも書かれていて、それならば耐えられると迷い込んだトンネルの出口が見えてきたような希望が感じられました。
しかし一方でこうも書かれていました。「ぎっくり背中は早期治療が大切です。脊髄や血管、内臓に原因が隠れていることもあるので、整形外科を受診することをお勧めします」
私は自分が医師でもあるので、こういう症状で整形外科を受診したらどういう治療がなされるかということはよく知っています。十中八九、NSAIDsと呼ばれる消炎鎮痛薬が処方されると思います。
NSAIDsは「消炎」という名前の通り、炎症を抑えることで痛みを取ろうとします。しかし一方で「炎症」は筋膜の修復反応を反映しているので、私はNSAIDsで修復反応を遅らせることは望んでいません。
今の痛みが続くけど早く治るのと、今の痛みは若干和らぐけれど治るのが遅れるというのであれば私は前者の方を選びます。私は明確な意志を持って病院に行かずにこのまま療養することを決め、結果的に私のぎっくり背中は2日で治癒レベルまで持っていくことができました。これは完全に良くなるのが5日間〜2週間程度だと言われている中でかなり早い治療期間だと思います。
それから私は内臓の異常ではまずないだろうということについてはかなり確信を持っていました。なぜならば背中が痛いということ以外の身体の調子はいつも通りであったから、です。
仮に内臓のせいで背中が痛い、例えば急性膵炎のような状態で背中が痛くなっているとします。そうすると例えば下痢だとか、腹痛だとか、食欲不振だとか、別の症状が出ていて然るべきです。しかし私にそういう症状はありませんでした。
それに内臓も今まで大丈夫だったものがある日突然悪くなる訳ではありません。内臓に支障が出る背景には必ず内臓を酷使し続けてきた歴史があります。勿論、内臓を酷使していることに気づいていないという可能性もある訳ですが、少なくとも「ぎっくり背中」中は自分の体調について冷静に分析する視点を持っている訳ですから、その視点で見て背中の痛み以外に体調不良がないのであれば、これは内臓の病気である可能性は極めて低いです。
まぁその考えが「ぎっくり背中」に気づかなかった時の思いこみと同じように視野狭窄に陥っている可能性はゼロではないのですが、どの道ゼロリスクなんてできません。病院に行って検査を受けたら受けたで、診療費を支払う経済的損失、望んでもいない鎮痛剤を断らないといけない気遣い、余計なものまで発見されるリスクなど、別のさまざまなリスクと向き合う必要が出てきます。
そのまま自分ではかなり低いと評価する内臓疾患リスクを受け止めながら療養を続けることのメリットと、病院を受診し検査上の内臓疾患の有無を評価される代わりに様々なプレッシャーや損失を請け負うことのメリットの、どちらが自分にとって好ましい選択かということを考えた結果、私は前者だと判断したという話です。
この辺りは医者にどの程度信頼を置いているかとか、病気の知識がどの程度あるかだとか、薬にどのような価値観を置いているかなどによって選択は大きく変わってくるのではないかと思います。病院に行って評価してもらう方がストレスがマネジメントされるという人も多いと思いますが、私は病院での検査よりも自分での体調確認の方に絶大な信頼を置いているということです。
今回の「ぎっくり背中」エピソードを通じて、「主体的医療」を考える上で重要なポイントがいくつか浮かび上がってきたように思います。
一つは「体調管理で困ったら医療者に重きを置き過ぎずに誰かに相談する」ということです。
今回のケースで言えば、私にしてみれば病院に相談するよりも、妻に相談することの方がよほど大きな価値がありました。
なぜならば妻の情報のおかげで自分の症状の原因が「筋膜の癒着」ではなく、「筋膜の断裂」にあるだろうという風に軌道修正することができたからです。
勿論、病院に受診しても同じような軌道修正を行えていた可能性は十分にある訳ですが、病院の雰囲気は独特でアウェー感が半端なくあるので、望まない検査や鎮痛剤処方を促されていたりしていた可能性が極めて高いです。それは私からすると過剰サポートです。
あくまでも結果論ではありますが、非医療者である妻の方が私にとっては良いサポートをしてくれたということになると思います。
ここで私は「医療者が最善の選択をしてくれる相談相手だ」という思い込みをはずすことが、「主体的医療」を考える上で重要なポイントだと思いました。
もう一つは「主体的医療をうまく実践していく上で病気の一般的な知識があることは役に立つ」ということです。
例えばもしも私と同じ状況に置かれた人がいたとして、その人が「ぎっくり背中」の情報に到達して、「筋膜の断裂である」ということが分かったとしても、
私のように病気の知識を事前に持っていなければ「これはお医者さんに任せるしかない」という発想になっても不思議ではないように思います。
勿論そういう選択をしても痛みどめを飲みながら、5日〜2週間程度でぎっくり背中は治るので、別にいいと言えばいいかもしれませんが、そういう選択を繰り返すことで「自力で消炎する力」はどんどん弱まっていくリスクもあると私は思っています。
つまり「主体的医療」は自分がもともと持っている力を最大限に引き出すための医療のコツであって、それを実現するためには病気の知識が必要不可欠だということです。
今回の場合は「炎症」が「修復反応」で、痛みは修復に伴う必要不可欠なプロセスであることが分かっているかがまず運命の分かれ道だったのではないかと思います。
私は医者の言いなりの「受動的医療」に偏り過ぎないためにも、義務教育レベルで広く様々な人が医学や病気の知識について学ぶことは非常に有意義なことだと思っています。
そして最後に「将来の見通しが立つようになることが自己治癒力を最大化する」ということです。
あくまでも個人の感想レベルの話ではありますが、私の場合は「これは筋膜の断裂で、修復を待つのが最善の策で長くてもあと1日くらいでピークは越えられると思ってから治るまでが劇的に早かった」という印象があります。
誰しも「この痛みはいつまで続くのだろうか」と「ひょっとしたらこの先どんどん悪くなって下手したら死んでしまうのではなかろうか」という出口の見えないトンネルの中にいるような状況におかれたら不安・恐怖感情が高まっていくものと思われます。
それがもしそれなりの説得力を持って「その状況はあと1日程度で改善していきます」と理解することができれば、その安心感がそのまま治癒プロセスを早めていくという心と身体のつながりはあって然るべきだと思います。
「主体的医療」においては人間の心の在り方をセットで考えていくことで、「受動的医療」では決して起こし得ない、ひょっとすると「奇跡」とさえ思えるような治癒現象を引き起こすことへとつながりうるのではないかと私は考える次第です。
ちなみに「ぎっくり背中」のような筋肉の断裂の背景には、筋肉の緊張状態が続いていることが関係していると言われていますが、これは私は大いに思い当たる節があります。
基本的に私は運動がそれほど好きではないので、大人になってからはまともな運動をしてきておらず、身体の硬さは日々感じているところでした。
だから私の「ぎっくり背中」は起こるべくして起こった現象であるわけです。
ここで「ぎっくり背中」を起こさないように運動習慣を作るか、やっぱり運動が嫌いという想いを大事にして生活習慣を見直さないかか、この辺りも主体的に選択していくべきことだと思います。
「ぎっくり背中」をはじめとした「病気」というのは「このままの生き方で大丈夫ですか?」ということを考え直すきっかけを与えてくれるものだと思います。
どちらが正解ということでもないと思いますが、いずれにしても自分の選択として受け止め続けていけるように生きていきたいと思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
お大事になさってください
「このままの生き方で大丈夫ですか?」というメッセージですか。私も運動嫌いなので耳が痛いです。やはりストレッチぐらいは怠けずにするべきなのかな、とお話を読んでいて反省しました。
Re: お大事になさってください
コメント頂き有難うございます。
おかげさまで私のぎっくり背中はその後速やかに完治しました。
冷房の使用に伴う急激な環境変化が発症に関与するという意見もあるようです。この酷暑で同様の事例が出ないよう私の話が少しでも役にたてばいいなと思います。
以前にもコメントさせて頂いたように記憶していますが、私もぎっくり腰になった際に鎮痛薬や消炎剤抜きで直しました。
なお、ぎっくり背中の場合に当てはまるかどうか分かりませんが、ぎっくり腰は安静にしすぎるよりも、ある程度動いた方が早く治ると言われています。痛みを「患部の状況をしらせるセンサー」と考えて、痛みに耐えられる範囲で動き回っていまいした。
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
私の場合は、意識的に身体を動かしたというよりは、痛すぎるので本当はじっとしていたいけれど、生活上の事情で動かざるをえないから痛みに耐えながら動かしていたというのが実情です。一挙手一投足が激痛で本当大変でしたが、確かにそうやって動かすことが早めの治癒につながったという要素もあったかもしれません。
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