ウイルスと共存するための巧妙な仕組み

2020/03/31 21:10:01 | ウイルス再考 | コメント:3件

前回はがん細胞が「自己」的な病原体、細菌が「他者」的な病原体で、

ウイルスはその中間で「自己」的でもあり、「他者」的でもある病原体だという考察を行いました。

「他者」的な病原体であれば、基本的には抗生物質のように攻撃可能な対象であるので、

現在抗ウイルス薬がすでに開発されているインフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス、B型肝炎・C型肝炎ウイルスは「他者」的要素の強いウイルスだと言えるかもしれません。

ここで抗ウイルス薬が存在するはずのHIVを「他者」的要素の強いウイルスの中にあえて含めていませんが、その理由は別の機会に述べさせてもらいます。

一方で「自己」的な要素の強いウイルスに対しては、攻撃したとしても同時に自分の健康な細胞までをも攻撃することにつながってしまうので、

抗がん剤の副作用のごとく病原体をやっつけることによって身体が受ける代償が大きすぎるために、抗ウイルス薬は戦略として使いにくいという事になるのではないかと思います(抗がん剤に関しては「がんとはそういうもの」という価値観を共有することによってその暴挙を患者に受容させているという問題もありますが)。

逆に言えば抗ウイルス薬が現時点で実用化されていないウイルスは、「自己」的な要素が強いが故、もしくは「自己」的という範疇にはあり続けるもののその中で変異し続けているが故、だと考えることができるかもしれません。 相手が「他者」的な要素の強いウイルスであれば、これを攻撃する身体の防御システムは皆さんもよく聞いたことがあるであろう「抗体」と呼ばれる蛋白質を産生するシステムです。

抗体とはBリンパ球という免疫細胞が活性化されることで産生され、血液中に大量の放出されます。

抗体が病原体と結合することによって、その抗体を認識する貪食細胞によって消化・分解されます。

このシステムはTh2細胞、別名ヘルパーT細胞2と呼ばれるリンパ球によって主導されるものなのです。

ちなみにこのリンパ球はHIVが感染するCD4リンパ球と全く同じもので、HIVだけはこの防御システムから逃れる仕組みを持っています。

それ以外のウイルスはこのTh2細胞によって駆動されるBリンパ球による「他者」的な部分を認識し攻撃してくれる抗体が産生されることによって排除されることになります。

このシステムが動き出すために、相手側の物質が「自己」的なのか、「他者」的なのかを明確に区別する必要があるわけですが、

その区別に際して非常に重要な役割を果たすのがMHC(major histocompatibility complex;主要組織適合遺伝子複合体)と呼ばれる遺伝子情報を含む細胞膜表面にある糖タンパク質です。

MHCの分子は「自己」であることを示す細胞にとっての名札のような存在です。このMHC分子を掲げていることによって、自身の免疫システムはその細胞を攻撃しなくても済むという仕組みをもっています。

MHC分子には主にクラスⅠとクラスⅡがあり、クラスⅠは細胞内にある環境物質を反映したMHC分子であり、これこそが「自己」を表現する名札としての部分です。すべての有核細胞の表面に存在しています。

それに対してクラスⅡは、細胞外からくる外来物を反映して、マクロファージやBリンパ球などの免疫担当細胞(特に特異的感染防御といって一度認識した外敵をロックオンして効率的に排除するシステムに関わる細胞群)の表面にのみ存在しているものです。

言わば、MHCクラスⅠは「自己」だと認識する要、MHCクラスⅡは「他者」だと認識する要、と表現してもよいかもしれません。

さて、そこで「自己」的なウイルスがまんまと「自己」である自分の細胞に侵入し、ウイルス感染細胞となった場合には、Bリンパ球による抗体産生システムでは対処することができません。

なぜならばBリンパ球によって産生された抗体が攻撃することができるのは、原則「他者」的な存在だけだからです。

もう一つ、実は身体には先程とは違ったもう一つのヘルパーT細胞であるTh1細胞(ヘルパーT細胞1)によって主導される「細胞性免疫」と呼ばれるシステムも備わっています。

先程のTh2細胞が刺激されて、Bリンパ球が動き出して抗体が産生されて身体を守るシステムが血液の液体部分(血清)のみで成立することから「液性免疫」と呼ばれているのに対し、血液の細胞部分が中心となっているが故に「細胞性免疫」と名付けられているのですが、

実際にはこの「液性免疫」と「細胞性免疫」は複雑に関わり合って「他者」的な病原体から身を守る働きをしています。

「細胞性免疫」とは具体的には、まず最初に抗体ではなく、単球・マクロファージ・肝臓のクッパー細胞、骨の破骨細胞、肺の肺胞マクロファージ・皮膚のランゲルハンス細胞など樹状細胞(DC;Dendritic Cell)と総称される細胞群が動くことで始まるシステムです。

これらの樹状細胞は「他者」的な病原体が侵入するとサイトカインと呼ばれる細胞間情報伝達物質の指令を受けて普段は血管の中にいるのに血管の外へ出て外敵をつかまえにかかります。

その結果、「貪食(どんしょく)」といって外敵を細胞内に取り込んで消化して、先程のMHCクラスⅡ分子として樹状細胞の表面に提示されます。これを「抗原提示」と呼びます。

つまり細胞性免疫を司る第一部隊が外敵を捕獲して、「こいつが敵なので応戦部隊の派遣を宜しく!」といって司令官に報告しているような状況です。

その連絡を受け取る司令官はヘルパーT細胞の片割れであるTh1細胞であったり、細胞障害性T細胞(CTL;Cytotoxic T Lymphocyte)あるいはサプレッサーT細胞と呼ばれる細胞でいずれもTリンパ球、すなわちリンパ球の一種です。

Th1が刺激されれば、樹状細胞が外敵を直接消化する能力が高まるようにインターフェロンγなどのサイトカインが分泌されて樹状細胞の働きが活性化されます。

一方で細胞障害性T細胞は、「自己」を反映するMHCクラスⅠの方を認識し、ウイルスのように外敵だけれども中に隠れているような「自己」細胞を認識して、その細胞に対して「アポトーシス」と呼ばれる自殺システムを駆動させるという働きを持っています。

「アポトーシス」を「細胞の自殺」と表現するとあたかも細胞が腐って壊死するようなイメージを持つかもしれませんが、それは「ネクローシス」と呼ばれる現象であり、

アポトーシスはもともと身体に備わっているスイッチをオンにすると発動する細胞崩壊システムなので、腐るわけではなく細胞を構成する一つ一つの成分へと分解されるだけです。

もっと言えばいわゆる新陳代謝と呼ばれる古い細胞が新しい細胞に入れ替わる現象は、この「アポトーシス」と呼ばれるシステムを介した現象なので、

この「アポトーシス」と呼ばれる「細胞の自殺」は誰の身体の中でも日常的に起こっている現象だということができます。

ただ、「液性免疫」にしても「細胞性免疫」にしても、あくまでもそれが「他者」的な病原体だと認識された時に発動する感染防御システムです。

それでは「自己」的な要素の強いウイルスのようにうまく身体の中に入り込み「自己」であるとなりすまし、

「液性免疫」にも「細胞性免疫」にも排除してもらえない、言わば「異常な自己」をもたらす病原体に対してはどうすればよいのでしょうか。

そんな時に発動できる身体が備えるもう一つの感染防御システムがあります。

それは「異常な自己」の代表格であるがん細胞を認識して処理するためのシステムとして、よく知られている「NK細胞」と呼ばれる細胞による異常自己細胞監視機構です。

「NK細胞(natural killer cell)」とは直訳すれば「天性の殺し屋」ですが、Bリンパ球、Tリンパ球と並んでリンパ球の一種ですが、これは血液の中を巡回する警察すなわちパトロール部隊だとたとえられます。

NK細胞は「自己」であることを示す名札に相当するMHC クラスⅠ分子を膜表面に出している細胞は、味方だと判断してこれを攻撃することは決してありませんが、

そのMHCクラスⅠ分子がない細胞に対しては、それを「非自己」だと判断して自身の持つパーフォリンだとかグランザイムBなどといった細胞に小孔(pore)をあける細胞溶解型のタンパク質を用いてその細胞を攻撃するのです。

実はウイルスに感染した細胞やがん化した細胞ではMHCクラスⅠ分子の発現が低下するという現象が認められます。

それ自体は先程説明した細胞障害型リンパ球(CTL)からの「アポトーシス」攻撃から逃れるために合理的な反応ではあるのですが、

MHCクラスⅠの発現が低下すると今度はNK細胞から「非自己」だと判定されて攻撃されてしまう。

それゆえ「自己」の細胞の中から「異常な自己」たるウイルス感染細胞やがん細胞を見つけ出し排除する活動を行っているNK細胞は、「自己」の細胞群環境を守るパトロール部隊だと言えるのです。

ただしウイルスの種類によっては感染した細胞のMHCクラスⅠ分子の発現が低下するのではなく、不完全なMHCクラスⅠ分子を膜表面に発現させることでNK細胞の監視をくぐり抜ける強者もいたりします。

そうすると細胞傷害性Tリンパ球でも、NK細胞でも攻撃できないウイルス感染細胞が生まれてしまうことになってしまうわけですが、

何らかの理由でNK細胞が活性化されると、完全なMHCクラスⅠ分子は認識するけれど、不完全なMHCクラスⅠ分子は認識できないという、言わば正確に「自己」と「異常な自己」を見極めるためにMHCクラスⅠ分子を認識する活性化レセプターを獲得することがあるということもわかっています。


・・・非常にややこしい話をしてしまいましたが、つまりまとめるとこういうことです。

抗ウイルス薬が現時点で開発されていない、というより開発することが原理的に難しい「自己」的要素の強いウイルスによる感染症に対しては、

NK細胞を中心とした「自己」細胞群環境を守る「異常な自己」細胞監視機構というすでに備わったシステムをフル活用すればよいということになります。

ではNK細胞を活性化するために具体的にどうすればよいのでしょうか。

これは同じく「異常な自己」であるがんの治療法として聞いたことのある方もおられるかもしれませんが、「笑う」という事が最も効果的です。

逆に言えば、ストレスがNK細胞活性を低下させるので、そのような環境を激変させる手段が「笑い」だということです。

もっと言えば、「笑う」というだけでは、やはり根本原因が放置されたままの対症療法に過ぎなくなってしまうので、

がんやウイルス感染症に対する不安や恐怖を根本的に書き換える思考の転換を行って、がんやウイルスがいることが決して悪くないというむしろ味方であるという心持ちになれば、

笑わなくても永続的に続けることができるストレスマネジメントとして生きてくるのです。

現在の新型コロナウイルス感染症に対する人びとの認識はこれとは真逆になっているのではないでしょうか。

ウイルスは敵だという認識の下、とにかく手洗い、うがい、マスクで排除、外出自粛、他人に感染させまいという意識、そこから生まれるたまたま感染して症状を出した人への無意識な差別感覚・・・などなど、NK細胞活性を低めるであろう様々な負の感情が連なってしまっているのではないでしょうか。

開発されるかどうかわからない薬を待つよりも、いやそもそも薬を開発しようとする行為がウイルスを敵だと見なしてしまっているわけですが、

そんなことよりも元々自分の身体に備わった素晴らしいシステムを活かすようにウイルスとこれまでもこれからも共存していく発想を持ち続けることがよほど人々を不幸から救う方法だと考える次第です。


たがしゅう
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コメント

2020/04/01(水) 08:15:22 | URL | ジェームズ中野 #-
東京医科歯科大学名誉教授 藤田紘一郎著「手を洗いすぎてはいけない-超清潔志向が人類を滅ぼす-」  

藤田先生がここでお書きになっている事がもっともだと思っております。

世間では、手洗い、うがい、マスク。国と専門家と言われる医師と報道機関が一緒になって情報宣伝活動しております。

いつも何か違うなと思っておる私です。私自身では、手洗いもうがいもあまりしませんし、マスクもしておりません。

手洗いなどにおいてはアルコール消毒を推奨したりしておりますが、善玉菌である皮膚常在菌を殺してしまうだけですね。

細菌やウィルスと共生していく道を人類は探るべきです。

癌もそうです。

Re: タイトルなし

2020/04/02(木) 09:24:37 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
ジェームズ中野 さん

 コメント頂き有難うございます。

 手洗い、うがい、マスクに対する私の意見としては、以下の通りです。

 「手洗いは目に見える汚れを落とす程度で必要。ほとんどの場合、流水で十分。
 うがいはのどに違和感を感じる時に適宜実施し、違和感の軽快があるかどうかで継続するかどうかを判断。こちらも水やお湯で十分。
 マスクは原理的に効果なし、通常の呼吸も阻害される。少なくとも自分のためにマスクをしない。
 他人のためにマスクをする場面はあるが、それは相手に感染させないようにというよりは、社会的な常識的価値観に基づき相手にむやみな不安を与えないようにするため。

 消毒やアルコールを使う行為は、ウイルスのみならず常在菌はもちろん、自分の細胞をも障害する行為なので、常識的価値観が要求される場面以外では一切使用しない」

2020/04/02(木) 09:35:10 | URL | ジェームズ中野 #-
>  消毒やアルコールを使う行為は、ウイルスのみならず常在菌はもちろん、自分の細胞をも障害する行為なので、常識的価値観が要求される場面以外では一切使用しない」<

それはほぼ報道されていない内容だと思います。アルコール消毒が当たり前でしょうのスタンスですね。

予防も企業様がらみでしょうか?
この国は終わってますね。

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