2021年07月

        

「行動最適化大全」書評

category - おすすめ本
2021/ 07/ 27
                 
精神科医・樺沢紫苑先生のこれまでの書籍の集大成として書かれたという最新刊「行動最適化大全」を読みました。



今日がもっと楽しくなる行動最適化大全 ベストタイムにベストルーティンで常に「最高の1日」を作り出す 単行本 – 2021/7/8
樺沢 紫苑 (著)


アウトプット大全」「インプット大全」「ストレスフリー超大全」「ブレインメンタル強化大全」「精神科医が見つけた 3つの幸福」など樺沢先生流の自己啓発手法のエッセンスが1冊の中に詰め込まれています。

樺沢先生の考え方の全体像をつかめる本なので、「よく学び、よく遊び、よく情報発信する」という樺沢先生方式の生き方を実践するためにどうすればよいのかというノウハウが面白い構成で書かれています。

本書は一部と二部に分かれていて、一部では「イラストでわかる最高の1日をつくる行動の最適化」と題して、全部で50個ある行動最適化ポイントがそれぞれイラスト入りの見開き2ページでざっくりとわかりやすく説明されています。

そして二部の方では「最新科学・研究結果で説明する」と題し、一部でざっくりと説明した行動最適化ポイントの根拠を医学論文も交えながら文章で解説するという流れとなっています。

この本の最大の目的は誰にでも実践可能な行動最適化の方法をわかりやすく提示し、一人でも多くの人を人生を豊かに過ごして病気を予防してもらうこと、にあるとのことです。
            
関連記事
            
                

続きを読む

                 
        

知らず知らずのうちに人の主体性を奪わない

category - オープンダイアローグ
2021/ 07/ 24
                 
前回の記事で、「統合失調症は主体性が失われた状態である」という私の見解を述べました。

今回はその一見突拍子もない私の意見と同じ見解を述べている方を見つけたので、まずはその方のコメントを紹介するところから始めたいと思います。



精神医学 2021年5月号(増大号) 精神科クリニカル・パール 先達に学ぶ 雑誌 – 2021/5/24
「精神医学」編集委員会 (編集)


精神医学63巻5号 2021年5月
私のクリニカル・パール 統合失調症について
小島卓也(医療法人社団輔仁会大宮厚生病院)


小島先生が書かれたこの論文の中には「統合失調症の基本障害は主体性の障害である」と明記されていたため、思わずこの本を衝動買いしてしまいました。
            
関連記事
            
                

続きを読む

                 
        

統合失調症とは主体性が失われた状態である

category - オープンダイアローグ
2021/ 07/ 23
                 
以前より私はオープンダイアローグと哲学カフェの「対話」という手法の共通性に注目しています。

どちらも「対話」という手法が基本となって行われるもので、

何か特定の結論を導いたり、多数の意見の中のひとつに固めようと集約させようというのではなく、逆に集約させずに多様な意見を出し合い、その多様性に触れ合える環境を人為的に作り出しています。

要するに目的を持たない行いです。それだと開催する意味がないではないかと思われるかもしれませんが、そうではありません。

多様な意見に触れ合うことで、自分の新たな側面に気づかせるという狙いがあります。

目的と狙いは似て非なるもので、目的は「〇〇するため」ですが、狙いは「〇〇になればいいなぁ」といった感じです。

オープンダイアローグにしても、哲学カフェにしても、目的は持たないけど、何か起こることを狙うという意味でとても似ているのです。

ところがある人がこんなことを言いました。「オープンダイアローグは病気の人に対して行うもので、哲学カフェは健康な人に対して行うものです。同じ対話でも意味がまるで違いますよ。

・・・はたして本当にそうなのでしょうか。
            
関連記事
            
                

続きを読む

                 
        

むきだしの主体性を見失わない

category - 主体的医療
2021/ 07/ 22
                 
「死」というものが私の身近な生活からいつの間にか切り離されてしまっており、

しかもそれを取り戻せなくさせる受動的医療の概念が私達の心を支配してしまっている構造について前回お話ししました

要するに「自分のせいで死なせてしまったと思われてしまうかもしれない」という不安に多くの人が耐えられないのです。

それもこれも病気というものを「何か自分以外の別のものせい」にさせ続けてきた西洋医学の概念の影響が大きいと私は考えています。

ところで以前、医師でジャーナリストの森田洋之先生がかかれた「うらやましい孤独死」という本を紹介させて頂いたことがあります。

在宅診療の現場において、誰にでも訪れる死への覚悟があって、しかも家族や施設介護者も皆そのことを理解している状況であれば、周りからみて「うらやましい」とさえ感じられる安らかな死を迎えることができるという、そんな話でした。

そのようなうらやましい死は「認知症」であっても成し遂げることができるということを本の中では実例をもって示されていたわけですが、

よくよく考えると、「認知症」であることは主体的な「死」を遂げるために非常に重要な要件であるように思えます。

なぜならば、「認知症」と呼ばれる方々の中には「むきだしの主体性」があるからです。
            
関連記事
            
                

続きを読む

                 
        

死の権利を本人から奪わない

category - 素朴な疑問
2021/ 07/ 15
                 
私は本業のオンラインクリニックがまだまだ生計を立てられるような状態にないので、

別のクリニックで在宅診療のアルバイトをすることがあるのですが、コロナ禍で介護施設に入居する高齢患者さんの実情は大変なことになっていると感じています。

一言で言えば施設の「刑務所化」です。とにかく入居されている方の自由が制限されています。

コロナに感染するといけないからろくに外出することもできません。

コロナに感染させられるといけないから息子・娘・孫といった近しい家族との面会でさえ禁止されていたり、面会できたとしてもオンラインかガラス越しの面会といったような事態が慢性的に続いています。

勿論、介護施設の職員さん達は防護服をつけて必死だと思います。入居者の方を守ろうとよかれと思ってやっていることでしょう。

しかし、何かおかしいという気持ちを感じざるを得ません。

            
関連記事
            
                

続きを読む