2020年07月

        

違う現象に見えて実は同じ現象

category - 素朴な疑問
2020/ 07/ 14
                 
「群盲象を評す(ぐんもうぞうをひょうす)」という言葉があります。

数人の盲人が象のそれぞれ違った部位を触って、異なった感想を語り合い対立する意見を述べるも、それぞれ言っていることは正しいながらも誰も全体が見えていないということを戒める意味を表しています。

象の鼻を触ったある盲人は「木の枝のようです」と答え、またある耳を触った別の盲人は「扇のようです」と答え、さらに象の腹を触った盲人は「壁のようです」と答えます。それぞれは間違った内容ではないはずです。

アメリカの新型コロナウイルス感染症は脅威のウイルス感染症である、日本ではファクターXのせいでただの風邪に近い感染症である、そんなものの見方もまた「群盲象を評す」に陥ってしまってはいないでしょうか。

前回私は、日本とアメリカをはじめ、世界各国で異なる様相を呈する新型コロナウイルス感染症は、実は本質的には同じ病気であるという見解を示しました。

なぜならば、死亡者数の数こそ違えど、死亡者は75歳以上の高齢者に圧倒的に集中している点、第一波のピークを経て第二波と呼ばれる現象はいずれの国でも無症状・軽症者が圧倒的多数で重症者は非常に少ないという傾向を示していること、

そしてPCR検査数が多い国ほど感染者数が多くなるという傾向を示しているという共通点が認められるからです。
            
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先天的要因は決定的ではない

category - 素朴な疑問
2020/ 07/ 13
                 
最近、新型コロナウイルス感染症は「東アジアの風土病」だと捉える説が台頭してきています。

私自身も「HLA仮説」に可能性を感じていて、日本には新型コロナウイルスを諸外国に比べて何らかの先天的要因、特にそれは自然免疫システムに関わるものがある、という仮説を考えていました。

しかしとあるサイトで、アメリカにおける新型コロナウイルス感染症の人種別死亡率の違いが示されており、その結果を見た際に私は、今まで大きな勘違いをしていたかもしれないと気づかされました。

というのもこのサイトを見ますと、新型コロナウイルス感染症による死亡者はアジア人と白人とで大差がないのです。
            
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どこまでを「自分」と思えるか

category - 素朴な疑問
2020/ 07/ 11
                 
前回「主体性」を発揮するためには常に「自分がどうしたいか」という基準で動く必要があるという考えを示しました。

ところがこの考え方は、一歩間違えればただの「わがまま」となってしまうようなものの考え方です。

「わがまま」と「あるがまま」、本質的には同じ意味であるはずの二つの言葉は異なるイメージで捉えられてしまっているのではないでしょうか。

少なくとも私には「わがまま」とは自分本位の周囲がどうなっても構わないとでも言うような身勝手な状態で、

「あるがまま」というのは自然重視型で起こってくるすべての出来事を受け入れつつ、その上で自分がどうしたいかを考えるという姿勢の状態であるように感じられます。

自分の人生を「わがまま」ではなく、「あるがまま」だと思えるような心の在り方を考える上で、もう一つ大切なことがあると私は思っています。

それは「どこまでを自分と思えるか」ということです。

それについての考え方によってただの「わがまま」行動になるか、「あるがまま」に自分の人生を生きられている気持ちでいられるかの命運が変わってくるよう私は思うのです。
            
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「私がどうしたいか」基準で動く

category - 読者の方からの御投稿
2020/ 07/ 10
                 
ブログ読者の茸 さんから「主体性が否定される」と題して次のような御質問を頂きました。

> 昨今の状況はマスク、アルコール消毒、勉強会ではフェイスガードや衝立使用。
> 映画館も、公共施設も主体的行動を許してくれません。入場禁止です。地下鉄もマスクなしでの乗車には勇気が必要です。マスクなしでも有りでも結局ストレスです。事コロナに関しては主体性を発揮しようとすればするほど、下手をすれば人間関係、仕事関係までおかしくなりそうです。今ではひょっとしたらワクチンの強制?までと心配もしています。そんなジレンマを先生もお感じになっておられると思いますが、このあたりについて先生はどう思われますか?


これは今主体性の問題に取り組もうとする人にとって、現実に立ちはだかってくる大きな壁であり、

私の意見を聞いて同様の疑問を感じている人も多いことと思います。何を隠そう私自身が同様の疑問で悩んできた張本人です。

この疑問について私が考えを積み重ねてたどりついた現時点での考え方をお伝えしようと思います。
            
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医療の前提が間違っていた

category - 素朴な疑問
2020/ 07/ 09
                 
新型コロナウイルス騒動における様々な考察の蓄積によって私自身の医療観が洗練されつつある実感を持ちます。

ある場所で「医療者は重症化リスクの高い高齢者を守るために確かなことがわかるまでは未知の部分を踏まえた慎重な対応をとり続けるべきだ」という『未知のリスク重視型』の意見を聞きます。

またある場所では「重症化リスクの高い高齢者だけを隔離し、それ以外の人間はある程度のリスクを許容しながら経済を回すべき」という『既知のリスク重視型』の意見も聞きます。

それぞれ確かに一理ある意見に感じられますが、私の中でそれぞれどこか違和感のある意見でもありました。

しばらくこの違和感の正体が何なのかを考え続けていましたが、ある時ふっとひらめきました。

この違和感は「医療が他人の人生をコントロールしようとしている」ことに由来しているのではないかと。
            
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