ふと思った事

        

わからないことをわからないと認める姿勢

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2021/ 06/ 25
                 
当ブログで何度か、「現代は科学が暴走してしまっている」と指摘してきました。

その「科学の暴走」の本質的に意味するところは「わからないことをわかったことのように扱い、突き進んでしまうこと」にあると私は考えています。

でも普通に考えると、「わからないこと」を「わかったこと」のように扱うなんてとても勇気がいるのではないかと思ってしまうかもしれませんが、

それを可能にさせてしまうのが医学論文と、その内容を信じるに足る現実、ではないかと思います。

どういうことかと言いますと、例えばコロナワクチンを例にあげてみます。コロナワクチンは人類初のワクチンであり、これを1年以上使用して何が起こるかという使用経験は世界中どこにも存在しません。

だから「ワクチンが長期的に安全である」ということは科学的に断言することができないことは明らかであるはずです。

しかし多くの人はコロナワクチンの有効性を信じきっています。なぜならば有効であることを示す医学論文があるからです。
                         
                

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医療業界を席巻するパターン思考

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2021/ 05/ 31
                 
皆さんの中に「医師は難関の医学部受験、医師国家試験を乗り越えた頭のいい人達だ。きっと医師の頭の中では非常に複雑な思考が行われていて、素人が考えるよりもはるかに妥当な結論をもたらしてくれるに違いない」というように、

そこまで明確には思っていなくとも、医師の思考にある程度信頼を寄せている方も少なくないのではないでしょうか。

しかし私自身が医者になってみて、実際に医師の業務を体験してみてわかることは、はっきり言って医師の思考はそこまで複雑なものではありません。

なにしろ現代医療が拠り所としている西洋医学の「診断」をつけるという行為が、すでにパターンに当てはめるという「パターン思考」を示しているからです。

例えば、発熱の患者さんが来たときに、医者の頭の中ではいくつかの「パターン」が浮かんでいます。

風邪かもしれない、インフルエンザかもしれない、あるいは長続きしていたら結核かもしれない、はたまた今の状況であればコロナかもしれない・・・などと。

複数の「診断」名を思い浮かべながら、問診、診察、検査といった診療プロセスでどの「診断」が最も妥当であるかを判断するという作業を行っています。
                         
                

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すべてに共通する病気の根本的対策

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2021/ 05/ 23
                 
前回はすべての病気には表面的な原因と根本的な原因があり、

表面的な原因は様々ななものがあるように見えて、実はその根源は共通しているのだという構造について、バケツに水を注ぐ蛇口のたとえで説明してみました。

西洋医学は表面的な部分を細かく解き明かしていくことに力を注いだ医学だとも言えるかもしれません。

それに対して東洋医学は表面的部分と根本的部分とぼんやりと捉えながらも、それに対する対策の再現性や確実性が担保できないという弱点もあるように思います。

今回は西洋医学も東洋医学も十分に解明できていない病気の根本的原因について、すなわち「システムの過剰適応/消耗疲弊はどうやって生じるのか」について私の視点を語ってみたいと思います。

一言で言えば、「異物が入り続けること」だと考えていますが、

そうなってしまうパターンには大きく見て2つあると思っています。

それを考えるヒントとして「①公害病」「②臓器移植」を取り上げてみたいと思います。
                         
                

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すべてに共通する病気の根本的構造

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2021/ 05/ 22
                 
栄養素欠乏症の原因として「摂取不足」は表面的で、「システムの過剰適応/消耗疲弊」が本質的だという話をしました。

その少し前の記事で私は「病原体が感染症の原因だ」とする感染症学の大前提を疑うべきだということも述べました。

ですが「肺炎に抗生剤を使えば改善する」という事実は、「肺炎の原因は病原体(細菌)である」という仮説を強固に支持しているように見えます。

しかしながらこれも私は「補充すると欠乏症が改善するから『摂取不足』が欠乏症の原因である」という考えと同様に、

「病原菌を駆除すると感染症が改善するから、『病原菌の増殖』が感染症の原因である」という考えも本質的な原因を捉えていないと私は思っています。

「感染症」の本質的な原因も、「栄養素欠乏症」の本質的な原因と同様に、「システムの過剰適応/消耗疲弊」だと私は考えています。

この構造をわかりやすく説明するたとえを思いついたので、今回はそれを披露してみたいと思います。
                         
                

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人が死ぬ瞬間まで幸せでいるために大事なこと

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2021/ 02/ 23
                 
森田洋之先生の「うらやましい孤独死」を読んでもう一つ感じたことがあります。

それはアドラー心理学をもたらしたアルフレッド・アドラーが、「幸せとは貢献感である」と喝破した本質的な理由です。

なぜ「うらやましい」のかと言えば、「普通は幸せであることが難しそうな状況において幸せそうに見えているから」なのではないかと私は思います。

実際幸せであるかどうかは本人のみぞ知る世界なので、相手が「死」ともなればそれは知る由もありませんが、

少なくとも周りからみて「幸せそうだ」と思えるからこそ、「うらやましい」わけですから、「うらやましい孤独死」を遂げるためには、どのようにすれば幸せになることができるのかという命題に通じます。

その幸せになるための秘訣が「他者貢献」だというのです。その理由の大きな部分が今回の本を読んで見えてきたように思います。
                         
                

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