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何が「自己」を「他者」だと誤認させているのか

category - ウイルス再考
2021/ 01/ 10
                 
コロナの後遺症にも絡んでいる「間質性肺炎」という状態についてさらに考察を深めます。

前回の考察をおさらいしますと、「間質性肺炎」とは「他者攻撃体制が過剰に働いている状態であり、細胞レベルでみるとリンパ球系細胞の過剰活性化である」ということです。

で、その「間質性肺炎」を起こす背景には「アレルギー」のように「他者」に対して過剰に「他者攻撃体制が過剰に働いている状態」と、

「膠原病」のように「自己」に対して「他者」と誤認してしまい「他者攻撃体制が過剰に働いている状態」の、大きく二つのパターンがあることを見てきたと思います。

今回はまず、その現象を「CD4/CD8比」という切り口で考察していきたいと思います。

CDというのは「Cluster of Differentiation(分化抗原群)」の略で、もともとは白血球の表面に存在する抗原に対して、モノクローナル抗体という一つの分子に特異的に結合する抗体で識別されたものをナンバリングするために名付けたグループ番号のようなものです。

つまりCD4も、CD8も白血球の表面にある抗原の1つに過ぎませんが、4番目に発見されたのでCD4、8番目に発見されたのでCD8と名付けられているに過ぎません。

ですが、このCD4とCD8は今回の話を理解する上で重要なキーワードなので、改めて説明しておきたいと思います。
            

まずCD4陽性リンパ球は、MHCクラスⅡという分子を持つ細胞と結合できる性質があります。

またCD8陽性リンパ球は、MHCクラスⅠという分子を持つ細胞と結合できる性質があります。ちなみに私は「かけ算すると8になる数字の組み合わせ」で覚えています。

MHCクラスⅠとは人体におけるすべての有核細胞に発現していて、「自分の細胞である」ということを示す「自己の名札」のような分子です。

対してMHCクラスⅡは単球やマクロファージなどの免疫担当細胞の表面にのみ存在し、これらが外敵を貪食した際に認識される「他者がいることを示す目印」のような分子です。

CD4陽性リンパ球は、「ヘルパーT細胞」と同義ですが、MHCクラスⅡと結合することで、2大免疫システムの「細胞性免疫」と「液性免疫」を駆動する免疫システム全体における司令官的なリンパ球です。

そしてCD8陽性リンパ球は、「細胞傷害性T細胞」と同義ですが、MHCクラスⅠと結合することで、「自己」の細胞の中で何らかの異常を示した細胞をアポトーシス(細胞の自殺)に導くことで「自己」を守る働きを持つリンパ球です。

ちなみにNK細胞は「自己」の細胞に感染したけれど、何らかの原因によってMHCクラスⅠの構造が壊れた「自己」細胞を「非自己」だとみなして攻撃する細胞で、これもリンパ球の系列に入ります。

さらにCD4リンパ球ことヘルパーT細胞は、大きくTh1とTh2に分かれます。

Th1は「他者」と判断された「自己」細胞、例えばウイルスが感染してしまった病的な「自己」細胞をアポトーシスへ導く働きを持ちます。

Th2は「他者」と判断された物質を、マクロファージなどの貪食により抗原提示されて直接ウイルスを攻撃する抗体産生システムの駆動する働きを持ちます。

ここまで理解したところで、「CD4/CD8比」というものを考えますと、

CD4/CD8比は通常、0.4〜2.3くらいだと言われているのですが、

「CD4/CD8比が高い状態」というのは、比較的CD4陽性リンパ球が多く、CD8陽性リンパ球が少ない状態、すなわち「他者」への攻撃性が非常に高まっていて、「自己」細胞のメンテナンスが疎かになっている状態を意味します。

それに対して「CD4/CD8比が低い状態」というのは、比較的CD4陽性リンパ球が少なく、CD8リンパ球が多い状態、すなわち「他者」への攻撃性よりも「自己」細胞の秩序を守ろうと少しでも異常があれば「異常な自己」として処理する活動が高まっている状態を意味します。


さて、間質性肺炎における「CD4/CD8比」がどうなっているかについてです。

「気管支肺洗浄液(BAL)」という炎症の起こっている肺内に気管支鏡という内視鏡のようなファイバーを入れ込んで洗浄してそこで得られた液体を調べるという検査が行われ、

そこで「CD4/CD8比」が調べられるということが行われることがあるのですが、

例えば「アレルギー性」の「間質性肺炎」の代表格で、羽毛やハウスダスト、カビなどの外来物質に反応して起こる「過敏性肺臓炎」は、BALのCD4/CD8比が1以下を示すことが多いと言われています。

ところが同じ「過敏性肺臓炎」の範疇に入る酪農夫が牛舎の飼育用干し草の保存状態が劣悪なことで繁殖したカビを大量に吸引することで起こる「農夫肺」は、BALでCD4/CD8比が上昇する傾向があります。

さらには興味深いことに、「慢性過敏性肺臓炎」になるとCD4/CD8比は上昇しますが、全体としてのリンパ球の割合は少なくなっていくといいます。

つまり「(一般の)過敏性肺臓炎」⇒「農夫肺(過敏性肺臓炎の重症型)」⇒「慢性過敏性肺臓炎」の順番で問題がこじれていく流れの中で、

CD4/CD8比は、最初低めの状態(CD8陽性リンパ球多めの状態)からはじまって、だんだんCD4陽性リンパ球の割合が増えていき、そのように適応変化を起こしているにも関わらず適応しきらずにリンパ球系のシステム全体が疲弊していくという流れが見えてきます。

さらには、「過敏性肺臓炎」におけるCD4/CD8比の変化の意義というものを考えてみますと、「外敵物質に対抗すべく他者攻撃システムを一生懸命駆動しているにも関わらず問題が解決せず、だんだんシステムが疲弊していき適応しきれなくなっていく」という流れも見えてきます。


一方で「膠原病性」の範疇に入るであろう「サルコイドーシス」では、BALのCD4/CD8比は上昇することが多いとされています。

「アレルギー性疾患」と「膠原病(自己免疫)」を比較した時に、一般的には「膠原病」の方が重症だということを踏まえますと、

「膠原病性」の「間質性肺炎」において、CD4/CD8比が上昇していることは一つ話が合うわけです。

一方で「自己免疫」の病態が中心とされる「膠原病」では、「自己」を誤って「他者」と認識してしまう現象が明らかに身体の中で起こっていると言えるわけですが、

サルコイドーシスではその「自己免疫」的な要素は少なく、特定の自己抗体が検出されることはありませんから、

サルコイドーシスは「膠原病」の中では、「膠原病(自己免疫)」的な要素は少ない病気だと言えるかもしれません。

では、もろに「自己免疫」の機序が関わっている、例えば「関節リウマチ」ではどうかといいますと、

これもまたCD4/CD8比は高いということがわかっています。

つまりは、CD4/CD8比が高い状態が持続していると、「他者」を「他者」として攻撃する状態から、「自己」までをも「他者」と誤認して攻撃してしまう状態へと移行していく可能性があるということを示しているのではないかと思います。

CD4/CD8比が高い状態は「他者への攻撃性が高まっている状態」でした。「他者への攻撃性が高まっている状態」が持続していると「自己」と「他者」とが区別がつかなくなるなんていうのは、まるで私達の人間社会への警告のような内容に思えます。

コロナ禍において「マスク警察」や「自粛警察」などと称される「他者」へ攻撃的になる人達の姿が取り沙汰されましたが、

あまりにもそのような「他者攻撃行動」が高まると、誰彼構わず攻撃してしまう無秩序な社会へなっていくおそれがある、と言われると妙に納得してしまう自分がいます。その辺りともリンクする共通構造なのかもしれません。

もう一つ注目するのは、「アレルギー性疾患」も「自己免疫疾患」もともに「ステロイド」が有効な病気であるという点です。

そして一般的には「アレルギー性疾患」の方が、「自己免疫疾患」よりも反応がよい印象があります。

例えば「アレルギー性疾患」の代表格「気管支喘息」で言えば、「吸入ステロイド」だけでコントロールできる場合も多いですが、

「自己免疫疾患」の方は、生涯に渡って「ステロイド」を内服(全身投与)しなければ小康状態を維持できないというケースも多いと思います。

そういう意味でも「アレルギー性疾患」が深刻化した状態が「自己免疫疾患」という傾向が当てはまりそうですが、

ステロイドと言えば、ストレスに対抗するための「ストレスホルモン」でした。

ということは「他者過剰攻撃状態(アレルギー性疾患)」が「自己も誤認する他者過剰攻撃状態(自己免疫疾患)」へ移行させる要因には、慢性持続性ストレスが関わっているという推察も成り立つのではないでしょうか。

「アレルギー性疾患」よりも「自己免疫疾患」の方がストレスを慢性的に受け続けているため、自力でのストレスホルモン産生ではまかないきれず、より多くの「ステロイド」を外部から取り入れなければ維持できないということなのではないでしょうか。

これで前回のブログで残した『「自己」を「他者」だと誤認させる要因は何なのか?』という疑問にも迫ることができたように思います。


ところで話題の新型コロナウイルス感染症の主病態も「間質性肺炎」でした。

コロナにおいてはCD4/CD8比はどうなっているのでしょうか。

調べてみますと、「CD4陽性リンパ球とCD8陽性リンパ球の数が減少している」という内容が書かれていました。

一方でCD4陽性リンパ球の一部であるTh2やTh17が放出するサイトカインは上昇しているという記載もありました。

Th2は前述のように「抗体産生」による「外敵攻撃システム」ですがTh17は「粘膜防御」に対する「外敵攻撃システム」で、いずれにしても「外敵攻撃システム」であるわけですが、

CD4陽性Tリンパ球という司令塔を失って現場だけが「外敵」を攻撃し続けてしまっている状況を意味しています。

もはや終わる術もなく、誰にも止められないまま戦いが繰り広げられ続けてしまっているような皮肉な事態が頭に浮かびます。

これが「間質性肺炎」の終焉とも言える姿なのかもしれません。

そう言えば、新型コロナウイルス感染症に対し唯一効果があると認められたデキサメタゾンも「ステロイド」でした。

効くと言っても、死亡率を若干低下させる効果があるのみで、デキサメタゾンを使っても死亡に至るコロナ患者さんは数多くいらっしゃることでしょう。

その目でコロナに限らず、「ウイルス性肺炎」と呼ばれるもの全体を振り返った時に、その病態はやはり「間質性肺炎」でした。

例えばサイトメガロウイルスによる肺炎も「間質性肺炎」でした。サイトメガロウイルスと言えば、何らかの原因で免疫不全状態にある患者に肺炎を起こすウイルスとして知られているウイルスでした。ちなみに何らかの原因の一つはステロイド剤の連用です。

あるいは2009年に話題になった新型インフルエンザによる肺炎も「間質性肺炎」でした。今回のようなパンデミック騒動にはなりませんでしたが、このウイルスもまるでコロナのように「間質性肺炎」を起こしていました。

今までずっとこうしたウイルスには「間質性肺炎」を起こす何らかの特徴があるのだと考えていました。

しかし今回コロナの考察を通じて私は思い直しました。

ウイルスが「間質性肺炎」を起こす特徴を持っているのではない。ウイルスに感染した私達のストレス対抗システムの状態如何が「間質性肺炎」の行方を決めているのだと

そうだとすれば、コロナに「間質性肺炎」を通じて後遺症を起こしているものの正体は、

実は私達の心の中にあって、報道等で不安/恐怖があおられ続けていることと決して無関係だとは思えないのです。


今回の話をまとめるとこうなります。

(慢性持続性ストレスが繰り返されると・・・)
①「他者攻撃体制の持続(CD4/CD8比低下〜上昇)」(アレルギー)
②「自己も含めて他者攻撃体制が持続(CD4/CD8比上昇)」(自己免疫疾患)
③「もはや攻撃対象いなくても他者攻撃体制が持続(CD4/CD8比上昇、かつ絶対数低下)」(ウイルス感染症の重症化)


私が一連のコロナ騒動を通じて感じているのは不安/恐怖というものが人の健康に与える影響の大きさです。

大げさではなく、不安/恐怖とは自殺という意味とは別に、純粋に健康を害するという意味で人を死に至らしめると思います。

私達は今一度情報に踊らされることなく、事実を真摯に見つめて自分の頭で冷静に考えて判断する必要があると私は考える次第です。


たがしゅう

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コメント

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間質性肺炎
年明けから、たがしゅう先生のブログに注目しています。なかなか理解が届きませんが本質的な事が展開されているので引き離されないように食らいついていきます。

そこで質問ですが、
がん細胞も正常細胞もひとしなみに攻撃するプラチナ製剤抗がん剤とは違って、がん以外に作用しないはずの分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の重要な副作用に間質性肺炎などが挙げられている理由も関連性が有りそうですね。

ちょっと飛躍し過ぎですか?
Re: 間質性肺炎
りんぼう さん

 コメント頂き有難うございます。

 分子標的治療薬はがん細胞のみの成分を攻撃するから副作用が少ないという触れ込みですが、そんなことは本質的にはありえないと思います。なぜならばがん細胞はどんな場合も正常細胞から生み出されているからです。がん細胞にしかないように見える物質ももとをたどれば正常細胞から来ています。実際分子標的治療薬であろうと副作用は稀でなく起こります。間質性肺炎についていえば、記事中で紹介した「ゲフィチニブ(商品名:イレッサ)」が分子標的治療薬の一例ですね。がんを攻撃しようと思って実は自分自身の細胞を攻撃してしまう構図と、ウイルスを攻撃しようとしているはずなのに実は自分自身を攻撃してしまっているという構図は、実はよく似ているのです。

 免疫チェックポイント阻害剤に関しては未考察でしたが、間質性肺炎を起こす以上は必ずこの考察に紐づけられるはずです。興味深いテーマですので是非とも考察させて頂きたいと思います。
No title
いつもブログ楽しく読ませていただいてます。

今から25年くらい前のことですが、当時看護師として勤めていた病院に間質性肺炎をきたした患者さんが入院されました。
年齢はまだ20代前半の女性の患者さんでした。
最初は風邪症状があり受診したら軽い肺炎があり一般病棟へ入院されましたが、その後急速に呼吸状態が悪化され、集中治療室へ移動、人工呼吸器管理となりました。
最終的にPCPS を装着されましたが、残念ながら改善することなくお亡くなりになりました。
当時若い患者さんが肺炎で亡くなるのを目の当たりにして、凄くショックを受けたと同時に間質性肺炎の恐ろしさを感じました。
(私も当時その患者さんと同年齢でしたので…)

今回の新型コロナウイルスで重症化されたり、お亡くなりになった話しを聞くと、当時を思い出してしまいます。

高齢、もしくは基礎疾患がある方なら肺炎が重症化されることは特別珍しいことではないと思いますが、この若い患者さんは基礎疾患もなく、なぜこのように急速に悪化されたのか、なぜ間質性肺炎をきたされたのか、ずっと分からないままでした。

たがしゅう先生のブログを拝見させていただいてから、
この患者さんは最初は風邪のような症状だったということから、風邪のウイルスが入り込み、それに対して何らかの理由で身体がオーバーヒートを起こしてしまったのではないかと考えています。
その何らかの理由、と言うのは定かではありませんが、この患者さんは入院前までは夜間のお仕事をされていたようです。
睡眠など生活リズム、生活習慣の乱れが影響されたのでしょうか。

もしもこの患者さんの間質性肺炎の原因が風邪のウイルスによるものであったら
今回の新型コロナウイルスに限らず、従来の風邪ウイルスでも、若くて基礎疾患のない方が死亡される可能性があるということであり、新型コロナウイルスだけを特別怖がるのもおかしなように感じます。

ウイルスの毒性の強弱よりも、それを受ける身体の反応が問題だと思います。

長々とすみません。
No title
 ゆきさんの思いに同感です。

 ただ、それを言うと「死んだ人を悪くいうヒドイ人」と責められそうな気がして、リアルでは言えません。

 しかしながら、自分事としてならば、80歳を越えて、間質性肺炎を起こしたならば「エクモよりもモルヒネ」です。

 「死ぬ事」と「ベッドに張り付けられて生きる事」の二択は究極の選択かもしれないです(私は前者しかありえません)が、それを真面目に考えることは宗教家の使命なのではと思います。
 済みません。最後は飛躍しすぎました。
Re: No title
ゆき さん

 コメント頂き有難うございます。
 また貴重な経験をシェアして頂き心より感謝申し上げます。

 実は私にもとある若い患者さんが急激に悪化してしまうのを為す術もなく救えなかったという経験があります。

 最終推定診断は「ウイルス性心筋炎」でしたが、本当の原因は正直言ってわからないので、そう判断するしかないという状況でした。
 わかっていたことは、血液検査で著しい炎症反応を認めていたこと、そして急速に心肺停止に至り、一通りの救急救命処置に加え、PCPSと呼ばれる体外式人工心肺装置を使用しても自己心拍は再開しなかったということです。正体不明のウイルスに殺されたと考えても不思議ではない状況です。

 当時はこの理不尽な病に対しての怒りや、医療者としての自分の無力感など複雑でやりきれない思いが頭の中を渦巻いていました。
 しかし今改めてこうした病態の考察を通じて振り返ると、やはりその現象には起こるべくして起こる必然的な理由があったと考えるのが妥当です。決して恐怖の大王的な殺人ウイルスが理不尽にその人の命を奪ったわけではないと考えています。

 こういうと本人のせいでそのような結末になったと非難を浴びそうですが、「本人の条件に由来して起こった現象」という意味では「本人のせい」に違いないと思っています。ただそれは「自業自得」といった善悪のものさしが入ったニュアンスで言っているのではなく、純粋に「理不尽と思える現象にも必然的な原因が存在する。ただその原因を現代医学が捉え切れていないだけ」ということを意味しています。

 その現代医学が捉え切れていない原因を人の心の中に求めるのだとしたら、誰がどう調べても見つかってこないこともつじつまが合いますし、状況証拠から明らかにしてきたサイトカインストームの発症に自分の心が生み出す内的ストレスが関与しているという私の推察を踏まえれば、ただの風邪の位置づけでしかなかったコロナウイルス感染症が、近年急速に重症者を増やし、しかもそれがシステムのオーバーヒートが背景にある人を中心に多く起こっていることも説明がつきますし、この仮説はかなり核心をついているのではないかと私には思えるのです。

 そしてもしそれが正しいのだとすれば、悲劇を繰り返さないために私ができることは、内的な思考環境を整えることの重要性を周りに伝え続けていくことではないかと私は考えています。
Re: No title
タヌパパ さん

>  「死ぬ事」と「ベッドに張り付けられて生きる事」の二択は究極の選択かもしれないです(私は前者しかありえません)が、それを真面目に考えることは宗教家の使命なのではと思います。

 おっしゃること、わかる気がします。

 以前、科学と哲学と宗教の共通性について記事にしたことがあります。
 私なりにまとめるならば、すべて「わからないものをわかろうとする態度」であるわけですが、
 科学は「見えるもの」を扱い、宗教は「見えないもの」を扱うと。
 そして哲学はその中間的な位置に立ちつつ、「わからないことを永遠に考え続ける態度」を意味するものだと。

 そういう意味で、哲学者と宗教家は同じとも言えるし、違うとも言えるのだと思いますが、
 私は基本的に哲学者として人生を歩んでいきたいスタンスです。そしてそのスタンスは同時に科学者でもあり、宗教家でもある態度ともリンクします。

 だから「死ぬ事」と「ベッドに貼り付けられて生きる事」について考えることは、私自身の課題でもあると思っています。

 2016年3月29日(火)の本ブログ記事
 「私は哲学者でありたい」
 https://tagashuu.jp/blog-entry-677.html
 もご参照下さい。