無理矢理はよくない

2014/05/06 20:24:20 | ふと思った事 | コメント:0件

自然のメカニズムを邪魔する事はよくないという話をしましたが,

今日はそれを示す例をもう一つ紹介します.

セロトニンという神経伝達物質はヒトの精神面を安定させるために非常に重要な役割を持っていますが,

これが高まり過ぎるとよくない事が起こります.

その病態の事を「セロトニン症候群」と呼びます.

抗うつ薬として用いられるSSRI(selective serptonin reuptake inhibitor:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)など,セロトニン作動薬の投与中に起こる副作用として知られています. Clinical Neuroscience(クリニカルニューロサイエンス) 2013年11月号
『神経内科医・脳神経外科医が知っておきたい精神症状,徴候』
p1332-1333 セロトニン症候群


セロトニン症候群の症状は,次のように多岐に渡ります.

Sternbachの診断基準
A. セロトニン作動薬の追加投与ないし増量後に以下の症状の少なくとも3つを認める
 1)精神症状の変化(錯乱,軽躁状態)
 2)興奮
 3)ミオクローヌス
 4)腱反射亢進
 5)発汗
 6)悪寒
 7)振戦
 8)下痢
 9)協調運動障害
 10)発熱
B. 他の疾患(感染症,代謝疾患,物質乱用や離脱症状)が否定されること
C. 上記の臨床症状出現前に抗精神病薬が投与されたり,その用量が増量されていないこと


このセロトニン症候群,軽症から重症まで程度はさまざまですが,

重症例では40℃近い発熱を伴い,致死的な経過をたどる場合もあります.

そのため,集中的な全身管理が必要とされ,救急の現場で遭遇する事がありうる病態です.

原因となる薬物は,SSRIの他にSNRI(serotonin-noradrenaline reuptake inhibitor:セロトニン―ノルアドレナリン再取り込み阻害薬),三環系抗うつ薬,セロトニン作動性の四環系抗うつ薬などと精神科系の薬が多いですが,

それ以外にも一部のオピオイド系鎮痛薬(ペチジン,トラマドール),鎮咳薬(デキストロメトルファン),抗パーキンソン病薬(セレギリン),抗菌薬(リネゾリド)などでも起こります.

治療の基本は原因薬物の中止と全身管理ですが,

その際,対症療法として不安,焦燥や興奮,筋緊張に対してはベンゾジアゼピン系の薬剤を投与したり,

非特異的なセロトニン受容体の遮断作用を有する抗アレルギー薬(シプロヘプタジン)を用いる事があります.


そんな怖いセロトニン症候群ですが,

1950年代後半頃から同症候群と思われる症例が認められ,

1980年代頃にセロトニン症候群として報告されるようになりました.

ちょうど抗うつ薬が広く使用され始めた時期と一致します.

つまり,この病態の最大のポイントは,

薬剤の副作用以外の要因では起こらない」という事です.

言い換えれば,薬でセロトニンを増やすという事はそれくらい不自然な事だ,という事です.




我々は「足りなくなったら補えばいい」と短絡的に物事を考えがちですが,

自然に備わったメカニズムを乱してまで操作を加える事にはそれ相応のリスクがあるという事を知っておかなければなりません.

この事は何も精神医療だけの事ではありません.

「血圧が上がったら血圧を下げる薬を飲めばいい」

「コレステロールが上がったらコレステロールを下げる薬を飲めばいい」

「血糖値が上がったら血糖を下げる薬を飲めばいい」

全て根本的には同じ考え方だと言えるのではないでしょうか?

そしてその事が正しいかどうかは,今の世の中の生活習慣病の多さを見ればわかると思います.

セロトニンが足りないという状況に出くわした時に,

セロトニンを補う以上に大切な事は,「なぜセロトニンが足りなくなったのか」を考えることなのです.

それを考えずしてセロトニンを補う薬を使う事は,

問題の先延ばしをしているに過ぎないと私は思います.


たがしゅう
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