動物の実験結果を無下にしない

2017/09/16 00:00:01 | 動物から学ぶこと | コメント:0件

先日行った獣医学会の講演抄録集を見ていると、

糖質制限に関係する次のような内容の発表が掲載されていました。

第160回日本獣医学会学術集会
JO-22「低炭水化物飼料給与がラットエリスロポエチン産生および造血に及ぼす影響」
西村和彦、松田拳翔、中川博史(大阪府大 生命環境・毒性)

糖質制限の波は獣医学会にも押し寄せてきているのが感じられます。

はたしてラットにどのような影響を及ぼすということが書かれているのでしょうか。

(以下、抄録より引用)

近年、肥満解消のための糖質制限を行われるようになってきたが炭水化物摂取不足による弊害も懸念されている。

我々はHepG2細胞においてグルコース飢餓がエリスロポエチン(EPO)産生を抑制することを報告した。

EPO産生が解糖系など糖代謝と関連している報告はいくつかあり、生体においても食事成分が糖代謝へ及ぼす影響がEPO産生にも及ぶと考えられる。

そこでラットに低炭水化物食飼料を給与し、正常時および貧血時のEPO産生に及ぼす影響について解析した。

通常飼育給与の8週齢ラットから回収した肝臓および腎臓皮質の初代培養細胞をグルコース飢餓培地で24時間培養するとEPO mRNA発現量が低下した。

5週齢雄ラットに低炭水化物飼料または対照の通常飼料を3週間自由摂食させ、一晩是絶食後安楽殺して血漿および肝臓、腎臓皮質を回収した。

貧血モデルは低炭水化物給与3週間後にフェニルヒドラジン腹腔内投与により溶血性貧血を惹起させ、投与後2、3, 4日目に採材した。

低炭水化物飼料給与は通常飼料給与に比べて摂食量は多いものの体重には差はなかった

給与3週後のヘマトクリット値に給与飼料による差はなく、肝臓及び腎臓皮質でのEPO mRNA発現量でヘマトクリット値が有意に低下したが、

通常飼育給与では4日目には回復した一方、低炭水化物飼料給与では有意に低いままであった。

フェニルヒドラジン投与後のEPO mRNA発現量は腎臓では給与飼料による差は認められなかったが、肝臓では低炭水化物飼料給与で有意に低かった。

これらの結果から低炭水化物飼料給与は、定常状態のEPO産生には影響しないが、

EPO産生の促進が必要な時に抑制的に作用し、貧血からの回復を遅延させる
と考えられた。

(引用、ここまで)


エリスロポエチンは貧血時に腎臓から産生される赤血球の産生を促進するホルモンです。

ラットにおいては、低炭水化物食を与えると貧血の際にエリスロポエチンが出にくくなるという今回の発表内容ですが、

よく言われるように動物の実験結果をそのままヒトに当てはめてはいけません。

穀物などを主食とするげっ歯類の一種ラットに、低炭水化物高脂肪食を与えると代謝が破綻してしまうというのがその理由の一つですが、

私はこうした動物のデータを見ても無下に否定せず、なぜそのような結果になるのだろうという事をできるだけ考えるようにしています。

ただそれを考えるに当たってこの抄録の内容だけでは正直言って不十分です。

例えば低炭水化物食といっても、どの程度の低炭水化物だったのかPFCバランスが不詳です。

また同じ低炭水化物食でも、自然界に存在する構造を保った穀物を利用しているのか、人為的に指定されたPFCバランスを精製された食物を組み合わせて再現しているのかでは全然違うと思います。

なぜならばラットにはラットの腸内細菌があり、草食に適応した腸内細菌は食物繊維を利用してエネルギーを産み出している側面があるからです。

「炭水化物=食物繊維+糖質」ですから低炭水化物食は同時に低食物繊維食でもあります。

精製糖質では食物繊維がカットされており、PFCバランスで低炭水化物が実現できていても使える食物繊維が入っていないかもしれません。

それに低炭水化物食でも通常食でも体重には変化がなかったというのは、低炭水化物食の程度として軽かった可能性を考えます。

十分な糖質制限食であれば通常食と比べて体重の変化が出て然るべきです。

本当に十分な低炭水化物食になっているかを客観的に示したければ、やはりケトン体の値を測るべきだと思います。

それがなければこの低炭水化物食が、本当に意味のある低炭水化物食として機能していたのかどうかを判定することは難しいと思います。

そしてもし仮にケトン体産生レベルの低炭水化物食ができていたとした場合、「低炭水化物食では貧血時にエリスロポエチンが産生しにくくなる」という結論は到底受け入れがたくなります。

なぜならばケトン体は貧血時、言い換えれば低酸素状態の時に真価を発揮する虚血抵抗性のエネルギー源であるからです。


以下は私の予想ですが、この実験での低炭水化物食はおそらく緩やかな糖質制限レベルのものであり、

ケトン体は産生されておらず、なおかつ低炭水化物で食物繊維が少ないことで腸内細菌のエサが少なくエネルギーをあまり産生できず、

結果的にエリスロポエチンが必要とされる貧血のような事態でエネルギー不足に陥ってしまったのではないかと思います。

そのように考えれば今回の実験結果は、今までのヒトでの知見と矛盾しないのではないでしょうか。

つまり、もしも腸内細菌が利用可能な食物繊維を十分に残した状態で、低炭水化物食ではなく糖質制限食もしくはケトン食をラットに与えることができれば、

ケトン体が産生され今回とは全く違った結果が導かれるのではないかと私は予想します。

こういう議論を獣医の先生方と重ねていくことができれば、

糖質制限をより深く理解することに非常に役立っていくように私は考えます。


たがしゅう
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