「なつい式湿潤療法®」の治療経験から感じたこと
2019/06/06 15:15:01 |
モイストケア |
コメント:4件
私は内科医ですが、今いる病院では「なつい式湿潤療法®」で傷の治療も行っています。
それまでは脳神経内科医として勤務していた別の病院では傷の治療に遭遇する場面は当直の時くらいで、
傷をみたとしても夜間で診療した1回切りで、その後は病院のシステム上、外科で診てもらうよう任せざるをえなかったりして、
自分でそのまま最後まで患者さんの傷の治療に携わるという機会は少なかったのですが、
今の病院に勤めて2年余り、ようやく自分で責任をもってその後の傷の経過を追いながら診療を行えるようになりました。
本日は「なつい式湿潤療法®」でまともに傷の治療に携わったこの2年間を少し振り返ってみたいと思います。 私の下に傷の治療に訪れる患者さんは、7割くらいがたまたま当院を受診した患者さんで、
3割くらいはネットで当院が「なつい式湿潤療法®(or 2018年12月までは単純に湿潤療法)」を行っていることを知ってわざわざ受診された患者さんという印象です。
私は患者さんが湿潤療法を知っていようといまいと、「なつい式湿潤療法®」で傷の治療を勧めることを信条としています。
そのリアクションでよほど嫌悪感を示された場合は別ですが、2年間の間に「なつい式湿潤療法®」を提案して患者さんに嫌がられたことは一度もありませんでした。
ただ、正直言って、この治療の浸透度はまだまだ小さいということを感じずにはいられない2年間であったように思います。
多くの患者さんは当たり前のように消毒をしてから来院されますし、
滲出液が出る事態を「傷が化膿している」と誤解している事も多々あります。
その度に私は「消毒はばい菌を殺す以上に自分の細胞を余計に殺すのでしない方がよい。消毒よりも洗浄をすべき」ですとか、
「傷から出てくるじくじくした液は膿んでいるのではなく、傷を治そうと身体が産生している細胞培養液。悪いことではなく、むしろその液体がその場にとどまるようキープすべき」といった助言を日々行って参りました。
けれど来る日も来る日もそれを繰り返すばかりの日々です。それでも地域の役に立っていると言えばそうなのかもしれませんが、
やはり私はそこに一定のむなしさを感じずにはいられません。
湿潤療法は夏井先生が確立され、もはや20年以上の月日が経過しているにも関わらずこの状況なのです。
この終わりのないもぐら叩きは一体いつまで続いてしまうのでしょうか。
もう一つ、「なつい式湿潤療法®」を知ってわざわざ私の所へ来てくれた患者さん達とのやり取りでも感じる所がありました。
こうした患者さん達へは「なつい式湿潤療法®」の話を最初からする必要はなく治療に入れるのでスムーズと言えばスムーズなのですが、
接していて思ったのは、当然と言えば当然ですが、ほとんどの方はこれからの事に大きな不安を感じておられるということです。
すでに従来型治療をしばらく受けた後で跡が残るのではないかという心配、従来型治療では足切断しか治療法がないと言われはたして湿潤療法で何とかできるのかという心配、
心配の種類は様々ですが、気軽に当院を受診した患者さんと比べて、むしろその心配は大きいということを感じました。
その大きな心配と向き合わなければならない所に「なつい式湿潤療法®」実践者としての覚悟が求められるのではないかと思います。
その心配をうまく解消するのに、ただいたずらに「なつい式湿潤療法®」で治療すれば大丈夫、と言い続ければよいほど単純なものでもないということはこの2年間で私が学んだことでした。
ひとつ恥をさらすようではありますが、誰かの為になればと告白しますが、
こどもの下腿熱傷に対してプラスモイストを当て、密閉型フィルムドレッシングで固定する処置を施した患者の親御さんに対して、
比較的受傷早期だったので、安心させようと思って「心配要りません。このまま湿潤療法を続けていればよくなりますよ」と話していたことがありました。
ところが実はこどもの場合はプラスモイストはよくともこの密閉するのがよくなかったみたいで、
1日に1回交換すると言えども、密閉環境下で創部が熱感を持ち、38℃台の発熱をきたす事態へと発展してしまい、
患者さんと親御さんの期待を大きく裏切ってしまう出来事がありました。
湿潤環境はあくまでも半閉鎖的に保たなければならず、いくら固定が便利だからと言って密閉するように固定してはならないということを反省する例でした。
ちなみに熱傷ではなく軽度の擦り傷であれば、同じ部位でも密閉型での対応で良くすることができた経験もありました。今回の場合はその経験にも誤誘導された結果、創感染という失敗に至ったケースでした。
ただし、大事なのはその後で失敗の原因を明確にし、直後に軌道修正の行動がとれるかどうかだと思います。
件の患者さんと親御さんにも、直ちに密閉型から、空気の入る余地のあるテープ固定へと切り替え、汚れる度にプラスモイストを交換する対応へ指示を変更しましたし、
不安を与えて申し訳なかったということ、同じ事が起こらないように対策を立て綿密にフォローアップすることを伝え、
最終的には良い関係のまま治療を終えることができたのではないかと思います。
もう一つは、安易に「(なつい式湿潤療法®なら)傷跡はきれいになりますよ」と言ってしまうことの愚かさについてです。
実は、無自覚ではありましたが、私は傷の経過を予想するのに十分な臨床経験があるとは言えない状態でした。
今までの経験上は、「なつい式湿潤療法®」を行った患者さんはほとんど全員がきれいに治っていたので、
私の説明もついつい大丈夫という風になりがちでした。
しかし実際には不可逆的な段階というのはあるもので、
また別のこどもでやけどを負った患者さんに対して、「なつい式湿潤療法®」を実施し、
傷の閉鎖は順調に進んでいきはするものの、傷跡はなかなか綺麗になっていかず、
ドレニゾンテープというステロイド外用剤を使用し、なるべく過剰な炎症を抑えて正常な治癒機転が働くように試みはするものの、
なかなか思うように傷がきれいになっていかない現状に、私は最初に言った「大丈夫」という言葉に責任を感じるようになりました。
患者さんを安心させるためによかれと思って言った言葉が、
結果的には患者さんを苦しめる言葉へ変化するのだとするならば、
私達は不安を前にした患者さんに何をどう伝えるのが適切なのでしょうか。
「大丈夫だ」と言わない方がよかったのでしょうか。
「何%大丈夫で、何%大丈夫ではない」という統計学的なデータを持ち出すべきだったのでしょうか。
その「大丈夫だ」と言ったのに傷跡を残した患者さんに対して、私がどのような言葉をかけるべきなのか正解が見つかりません。
そもそも正解などないのかもしれませんが、
その時に正直に思った真摯な気持ちを相手に伝え、
不幸にもそれが間違っていた事がわかってしまった時には迅速に過ちを認め、
そしてこれからどうすべきなのか、どう考えるべきなのかを、患者さんと一緒に考えるというプロセスを愚直に踏んでいくしかないのかもしれません。
私はきっとこれからも間違うことはあるでしょう。
開き直るわけではありませんが、間違うまいと思っていても、間違ってしまうことは避けられないはずです。
「なつい式湿潤療法®」も今考えうる治療の中では最善の外傷治療だと思いますが、それでも完璧ではありません。
完璧ではないという事は、意図通りに持っていけないこともありますし、未知の事態に適応しきれないこともゼロとは言い切れません。
「なつい式湿潤療法®」をどれだけ広めようと努力していても、広めきれない実情もあります。
その不完全性の中で常に自分の行いを見直し、
完全は無理でも、完全に近づけるように努力し続けることが、
医療者として求められる姿勢だということを2年間の「なつい式湿潤療法®」による治療経験で考えさせられました。
たがしゅう
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プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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No title
先生の今回の内容、よ~くわかります。
私も当初はそのような目にあいました。
擦り傷などの創傷と、熱傷はちょっと違うという感覚は、症例を重ねるとだんだんわかってきました。
また、「下腿」はやっかいです。
立位や、歩行で、創の状態が大きく変わるからです。
そして、おっしゃるとおり、「子供」も大人とは違います。
「あせも」に注意が必要です。
そして、高齢者もちょっと違います。
基礎疾患が多彩だからです。
これらを全て説明することは、夏井先生とて、難しいかもしれません。
私はこの湿潤療法を、15年くらいやってきて、それぞれに対して、大体、予想と違わぬ結果で治療できるようになってます。
(きっと難儀するだろうとか、炎症がひかないだろうとか・・・など)
まあ、日常診療が、こればっかりなので、やれて当たり前かもしれませんけどね。
傷跡に関しては、形成外科医でさえ、てこずります。
しかも、5年10年の単位での変化もあります。
一つの病院で、長く勤めていれば自分の治療の結果を確認できるかもしれませんが、私は過去の勤務地では長くて5年でした。
今の病院は18年になり、それこそ、何年来の患者さんも多くなってきました。
そして、やっと長期フォローというものを経験できるようになってます。
ありがたいことです。
内科のたがしゅう先生がキズの湿潤療法に興味をもち実践してゆく姿を見習って、私は糖質制限を診療に用いるべく、勉強を続けたいと思っています。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
貴重な御意見、大変参考になります。
失敗や予想外を経験しつつ、そこから学び軌道修正を続けた結果、先生のように的確な予想ができることへとつながり、ひいては患者さんへの適切な説明へとつながるのだろうと思います。
5年、10年の経過を追える環境というのも素晴らしいですね。
先生がその場所を大事にして来られたことの証でもありますし、それほどまでに先生を頼りにされている患者さんがいることの証でもあります。とても素晴らしいことと思います。
> 内科のたがしゅう先生がキズの湿潤療法に興味をもち実践してゆく姿を見習って、私は糖質制限を診療に用いるべく、勉強を続けたいと思っています。
こちらもそう思って頂けて大変嬉しいです。
専門の垣根を超えて、互いの不足を学び合えれば互いにとって良いステップアップになると私は感じる次第です。
Re: タイトルなし
御質問頂き有難うございます。
> 糖質制限をすることにより傷口もより早くきれいになるのかなと思います。たがしゅう先生いかがでしょうか?
御指摘の通りだと思います。
内側から傷を治す血流を提供する糖質制限、外側から傷を治す邪魔をなるべく排除する湿潤療法、
理論的にも経験的にも両者を組み合わせれば傷の治りがよい事は明らかに感じさせられています。
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