糖質摂取への過剰適応と敗北
2016/11/01 00:00:01 |
素朴な疑問 |
コメント:8件
肥満や糖尿病があるとがんのリスクという観察事実があります。
一方で糖尿病があるとアルツハイマー型認知症をはじめとする認知症のリスクが増加するという観察事実もあります。
糖尿病はがんと認知症の共通リスクであり、その事だけを考えると糖尿病が進行するとがんも認知症も両方のリスクが上がりそうに思えます。
ところが、がんとアルツハイマー型認知症は逆相関の関係にあるという疫学研究報告があるのです。
要するに「がんになった人はアルツハイマー型認知症になりにくい」「アルツハイマー型認知症の人はがんになりにくい」ということです。
Driver JA, et al. Inverse association between cancer and Alzheimer's disease: results from the Framingham Heart Study. BMJ. 2012 Mar 12;344:e1442. doi: 10.1136/bmj.e1442.
一番有名なのは、このBMJの論文ですが、同様の研究報告は他にも相次いでいます。あるいはがんとパーキンソン病にも同様の関係がある事も言われています。
総じて「がんのなりやすさと神経変性疾患のなりやすさは逆相関している」と一般化できそうですが、糖尿尿が共通するリスクなのにも関わらずどうしてこういう事が起こるのでしょうか。
本日はその理由について自分なりに考えてみたいと思います。 難しい遺伝的背景の違いや、酵素欠損とか、分子生物学的な理屈はいろいろとあるのかもしれませんが、ここでは大局的にこの現象を捉えてみます。
すなわち、発がんと神経変性とを、糖質頻回摂取の影響を受けて起こった二つの異なる帰結と考えてみるのです。
まず発がんとは、糖質摂取によって血糖値が上昇し余剰な血糖値を処理するために高インスリン血症をもたらし、その結果過剰な細胞増殖が促される一方で、余剰な血糖を処理する目的で遺伝子を変化させ血糖処理装置が作られる現象だと私は捉えていますが、
これは言ってみれば、糖質摂取によって起こる異常代謝環境に一生懸命適応しようとしている状況とみる事ができます。
一生懸命適応しようとしているのだけれど、その適応機能がオーバーヒートしてしまっていて、身体全体にとっては有害になってしまっている状況です。
一方の神経変性という現象は、糖質摂取によって起こる血糖上昇が起こってもインスリンが出にくいのか出ても効かないのか、血糖値を処理しきらずにタンパクの糖化(糖鎖修飾)という現象を起こしてアミロイドなどの異常タンパクが神経細胞内に蓄積し、正常神経細胞が機能しなくなってしまう現象だと捉える事ができます。
言ってみれば、糖質摂取によって起こる異常代謝環境に適応しきれずに身体が負けてしまっている状態です。
負ければ負けるだけ身体の機能は失われていくので、どちらかと言えばこちらの方が深刻です。不可逆的とされる最終糖化産物(AGE)による負の遺産の蓄積の話はここへと通じてきます。
こう考えると糖質摂取が共通リスクであっても過剰適応の発がんと敗北の神経変性は共存しないというのは私の中ではしっくり来る話に思えるのです。
この話は、同じ糖尿病であっても、太る人とやせる人がなぜいるのかという話にも通じてきています。
一般的には太る人はインスリン抵抗性が高い、やせる人はインスリン分泌能が低い、その体質の違いだと説明されていますが、
糖質摂取に対する過剰適応か敗北かという点で考えれば、この現象も説明がつくように思います。
私は太る事はある意味糖質の害から身体を守っている状況だと考えています。
その身体を守る働きが過剰になれば肥満になるし、その働きができなくなった人がやせてしまう人なのではないかと思うのです。
もっと言えば、やせの人の血糖値がインスリンが出ないあるいは効かないのに下がる理由は、組織タンパクへの糖化が一因なのではないかとも思えます。
もともと備わった機能の中でタンパク質が糖化されるのは良いですが、予定外のタンパク質まで糖化されていけば細胞の機能に支障を生じます。これすなわち老化という話につながります。
端的に言えば、糖質摂取しても太らない人は太らない代わりに細胞の機能を低下させている、いわば老化しているとも言えるのではないかと私は思うのです。
これはあくまでも現象から推測した私の仮説ですが、この仮説を考える根拠はもう一つあります。
それはインスリン注射をしている糖尿病患者さんでたまにみかける皮膚注射部位反応のことです。
インスリン注射を同一部位にし続けているとちゅしゃした局所の部位の皮下脂肪が増大して腫瘤のように膨れてくる現象がみられる場合があります。これをリポハイパートロフィ(脂肪肥大:lipohypertrophy)と呼びます。それゆえこの現象を起こさないために患者さんにインスリン注射をする際には注射部位を毎回変えるようにと指導します。
このリポハイパートロフィを起こした組織を病理学的に調べてみると、脂肪ではなくアミロイドーシスであったという報告もあります。
一方で同じように同一部位にインスリン注射をしていて逆にへそのように皮膚がくぼんでくる現象がみられることがあります。これをリポアトロフィー(皮膚萎縮:lipoatrophy)と呼びます。
リポハイパートロフィーとリポアトロフィー、両者を合わせてリポジストロフィー(lipodystrophy)と呼んだりもしますが、両者の関係は冒頭の発がんと神経変性の関係にすごく似ているようにも思うのです。
腫瘤状態と萎縮状態は共存しにくいです。しかし腫瘤の過剰適応がもはや適応しきれなくなり萎縮の方に変化する移行期には両者が共存する可能性はゼロではありませんし、
そう考えればリポハイパートロフィの中にアミロイドーシスが存在するという報告があった理由も理解できるように思います。
そしていずれにしても両者を予防するのは糖質摂取という根本原因を避ける事だという構造もよく理解できると思います。
よく糖質制限はダイエット法だから、やせた人に行うのは危険だという論調があります。先日の糖質制限批判記事にも似たような趣旨の主張がありました。
けれど、そういう事を言っている人は糖質制限の本質をよく理解できていないと私は思います。
むしろやせている人ほど糖質制限に真剣に取り組むべきだと私は考えています。場合によっては糖質制限のその先の選択肢まで踏み込まないと改善できない可能性さえあると思っています。
様々な情報を読み取る際に他人の解釈に惑わされず、
しかし自分の解釈さえも疑いつつ、引き続き病の本質というものを考えていきたいと思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
こんばんは
二つ質問させて下さい<(_ _)>
ガンが血糖処理装置だとしますと
いったん発がんしたものが
糖質制限をしていくことで
そのガンが正常細胞に戻る可能性
または、そのガンが血糖処理の
必要性がなくなって死んでしまう
可能性はありますでしょうか?
ガンは、血管を作って増殖するといわれていますが
この現象と血糖処理装置との関連は、
どのように捉えておられますでしょうか?
以上、2点について教えていただければ
大変ありがたいです。
よろしくお願いします<(_ _)>
Re: こんばんは
御質問頂き有難うございます。
> いったん発がんしたものが
> 糖質制限をしていくことで
> そのガンが正常細胞に戻る可能性
> または、そのガンが血糖処理の
> 必要性がなくなって死んでしまう
> 可能性はありますでしょうか?
可能性はあると思います。
ただ過剰適応のがんを糖質制限だけで抑えようとするのは、
燃え盛る火事の現場を自然クーリングだけで抑えようとするようなものだから火事の勢い次第では厳しい状況もありうるかと存じます。
> ガンは、血管を作って増殖するといわれていますが
> この現象と血糖処理装置との関連は、
> どのように捉えておられますでしょうか?
がんは血糖を処理するために通常の血流では間に合わないところを、
血管新生というもともと正常細胞が備えた機能をも過剰発現させて環境に適応しようとしているのではないかと捉えています。
ありがとうございました。
ありがとうございました<(_ _)>
続けて質問させて下さい。
もし、仮に、たがしゅう先生が
ガンになられた場合、
ガンの火事をより安全に
消化するのにどのような方法を
とろうと思われますでしょうか?
縁起でもない質問で
申し訳ありません。
たぶん、この質問の答えは
多くの方が知りたいことでも
あるのではないかと思います。
よろしくお願い申し上げます<(_ _)>
Re: ありがとうございました。
御質問頂き有難うございます。
> もし、仮に、たがしゅう先生が
> ガンになられた場合、
> ガンの火事をより安全に
> 消化するのにどのような方法を
> とろうと思われますでしょうか?
その答えに関してはこちらの記事に書かせて頂いております。
2016年6月14日(火)の本ブログ記事
「自分の人生を医師に委ねてはいけない」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-697.html
を御参照下さい。
No title
今ホットなのはこれですね。
「癌には総ケトン体1000+ビタミンCが効くか。」
http://blog.livedoor.jp/skado1981/archives/12523170.html
「【ガン治療のキーはケトン体とビタミンC】」
http://ketontai.com/archives/2331
そしてこちらも。
「【糖質過多は癌への道です。」
http://ketontai.com/archives/626
ケトン体濃度を高めてからの高濃度VC、素晴らしいです。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
確かに高濃度ビタミンC静注療法は、なかなかよく考えられた良い治療法だと思います。
もしも自分なら糖質制限、ケトン食、断食、飲尿療法などのDo no harmな方法を優先して行いますが、それでも切羽詰まった状態となってしまった場合は、この治療なら受けるかもしれません。
低コレステロールとパーキンソンの関係
癌とアルツハイマーとの相関関係とは異なりますが、コレステロールとPDには相関関係がありそうです(?)
『Statins Confirmed to Cause Parkinson’s - Implications for Additional Adverse Effects
Justin Smith
October 27, 2016』
http://www.statinnation.net/blog/2016/10/27/statins-confirmed-to-cause-parkinsons-implications-for-additional-adverse-effects
ただし、スタチンを使用した場合の様です。
Re: 低コレステロールとパーキンソンの関係
情報を頂き有難うございます。
プレスリリースのような形の情報でしたね。
原文へアクセスする事ができませんでしたが、さもありなんと言えそうです。
「スタチン→脂質代謝ブロック→ケトン体産生低下→神経保護作用低下→神経変性促進」というストーリーでしょうかね。
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