1型糖尿病の多様性
2015/11/17 13:30:00 |
おすすめ本 |
コメント:8件
糖質制限推進派医師として交流させて頂いている、
千葉県の産婦人科医、宗田哲男先生が新書を御出版なさいました。
以前に当ブログでも御紹介させて頂きましたが、糖質制限実践するしないに関わらず、胎児、臍帯(へその緒)、胎盤には高ケトン血症が存在する事をおそらく世界で初めて科学的に実証された偉大な先生です。
タイトルの「ケトン体が人類を救う」には私も完全に同意見です。
生命の脈々と受け継がれ連綿と続く歴史の中で獲得した、効率的かつ耐久的かつ応用範囲が極めて広いスーパーシステムがケトン代謝だと私は考えています。
有難くも御献本頂いたので早速ですが、読ませて頂いた感想の一部を記事にさせて頂きたいと思います。 まず、私もそうですが、糖質制限推進派の医師というのはまず間違いなく自分自身の糖質制限経験があります。
宗田先生も御自身が糖尿病である事が発覚し、その後釜池先生の「糖質ゼロの食事術(実業之日本社)」という本との出会いをきっかけに糖質制限を知り、自らその効果を体感していく事からこの本の物語が始まります。
その実体験から生まれるコメントには大きな説得力があります。糖質制限をやった事がない人間からは絶対に生まれてこない説得力です。
宗田先生とは何度かお会いした事があり、いつもそのアトラクティブなプレゼンテーションには圧倒され惹きつけられるのですが、
文章を読んでいてもそのような宗田先生の熱い想いがありありと伝わってくる様でした。
実体験から糖質制限の有効性を知り、それを追求し糖尿病合併妊娠の管理に糖質制限を臨床応用していかれ、
どの病院でもインスリンなしでは糖尿病が管理できないと医師側からさじを投げられた妊婦さん達を、宗田先生は糖質制限で次々と救っていかれます。
そしてその成果をまとめ各種学会で発表されるわけですが、既得権益を守る学会の重鎮達から猛反発を受けます。
それでも「正しい事は正しい!」と、まるでガリレオ・ガリレイのようなスタンスで立ち向かっていく宗田先生のお姿が痛快な文章で表現されていて、私は読んでいて胸のすく想いが致しました。
本当に、本当に価値のある事をなさっている先生だと思います。
糖質制限の歴史はまだまだ浅いかもしれませんが、
高血糖、高インスリン血症が様々な面で有害である事は医学的にも実証済の事実です。
その双方を効果的に回避する事ができ、実際に正常分娩につなげる結果も出している糖質制限という食事療法を、
どうして頭から否定することができるのでしょうか。
それによって妊婦さんが、そして生まれてきたこどもがどれだけの恩恵を受ける事ができたか、
想像するだけで熱い想いが胸からこみあげてきます。
宗田先生がいなかったら、そうした人達の人生は間違いなく悪い方向へと導かれていた事でしょう。
そして今なおその事を知らずに、糖尿病合併妊娠でインスリン中心の血糖管理を受け高リスク出産を余儀なくされている方は全国にはまだまだ多いのではないかと思います。
そうした人達を一人でも多く救えるように、少なくとも治療の選択肢が与えられるようにするために、
この本は大変大きな意義を持つ本だと思います。
一つ、本の中で1型糖尿病でインスリンを使わずに妊娠・出産を管理する事ができた女性の話が印象的でした。
1型糖尿病というのは、自己免疫が関与する糖尿病で、多くの場合抗GAD抗体などの自己抗体が検出されます。
そうした自己抗体がすい臓のランゲルハンス島を攻撃する事により、インスリン分泌能がゼロになり、生涯インスリンを打つ事を余儀なくされると一般的には説明されています。
本の中で出てきた妊婦さんも抗GAD抗体100U/mL(基準値1.4以下)と高値で、当初は血糖値297mg/dL、HbA1c 11.5%の重症高血糖状態であったそうです。
そんな状態の方が宗田先生の糖質制限指導の下、高ケトン血症・高ケトン尿症を確認しつつ、
高血糖は速やかに改善し、インスリン不使用であるにも関わらずアシドーシスなどの明らかなトラブルなく経過し、
無事に正常分娩ができ、しかもインスリン分泌能が徐々に改善してきたというストーリーが書かれていました。
インスリン分泌能がゼロとされる1型糖尿病においてどうしてそのような事が起こったのでしょうか。
それは、ひとえに1型糖尿病といっても、様々なバリエーションがあるという事を示していると私は思います。
以前も説明しましたが、GADというのはすい臓ランゲルハンス島にだけ存在しているのではなく、実は脳にも存在します。
もし1型糖尿病の原因が本当に抗GAD抗体であるのなら、脳も攻撃してもらわなければ理屈に合いません。
脳のGADが攻撃されるとバランスを崩す小脳症状や、筋肉の硬直やけいれんなどが出現する事があります。
けれど実際には1型糖尿病の人がそんな症状を出しているという事はほとんどないのではないかと思います。
という事は抗GAD抗体がなぜかすい臓だけを攻撃しているという事になりますが、それはどうしてなのでしょうか。私はこう考えてみました。
そもそも自己抗体というものが作られる背景にはそれに対応する抗原というものが露出している必要があります。
通常であれば細菌やウイルスといった外来抗原が体の中に入り、それを生物の複雑な免疫系が認識して、
それに対応する「抗○○抗体」というものを作り出し、異物を排除するのが免疫系の中の「液性免疫」と呼ばれるシステムの基本です。
そして自己抗体ができるのは自己を本来認識しないようにできているはずの免疫系が、何らかのシステムエラーを起こし自己を異物と誤認してしまい外来抗原と同様に攻撃してしまうというのがその実態です。
そのシステムエラーの根本原因には高血糖、高インスリン血症をはじめ、酸化ストレスが深く関わっていると私は思っていますが、
システムエラーがあるとはいえ、そもそも抗原となりうる物質が血液中に露出していなければ、免疫もその物質を攻撃しようがありません。
1型糖尿病の場合はその物質がGADであるわけですが、膵臓が通常の状態を保っていれば、エラーを起こした免疫システムも血液中のGADを感知する機会がないので攻撃のしようがないはずなのです。
それなのにGADを攻撃できるという事は、先に膵臓が壊れる出来事が起こり、その結果ランゲルハンス島の中にあったGADが血中に漏れ出し、
それをエラーを起こした免疫システムが認識できるようになったという事ではないでしょうか。
つまり、抗GAD抗体は1型糖尿病の原因ではなく、何らかの原因で起こった膵臓だけの破壊の結果観察できるようになったものではないかと思うのです。
では抗GAD抗体の代わりにすい臓だけを破壊したのが何かという事ですが、
ここから先は私の推測が入りますが、
普通に考えれば膵臓を酷使する刺激が膵臓だけに炎症を生み出した可能性があります。
膵臓の、しかもランゲルハンス島だけを酷使させる刺激で真っ先に思いつくのはと言えば、インスリンを過剰に分泌させる糖質刺激です。
1型糖尿病はこどもに多いとされていますが、おそらくこども達の中には糖質摂取によるインスリン分泌のためのランゲルハンス島への刺激に弱い体質の子が一定の確率で存在し、
そういう人が糖質を過剰に摂取してしまうと、膵臓のランゲルハンス島だけに特異的に炎症が起こってしまい、
ひいては組織が壊れ、壊れて血中にたまたま出てきたGADをエラー免疫が認識し、さらにGADが残る膵臓のランゲルハンスをさらに攻撃してしまいその状況が持続してしまうと、
最終的にランゲルハンス島が全破壊されてしまい、自己インスリン分泌能がゼロという不可逆的な状態に至ってしまう、そういうストーリーが考えられます。
そう考えれば、1型糖尿病がこどもで多い理由、必ずしも抗GAD抗体だけが検出されるわけではない理由、抗GAD抗体があるのに脳は大丈夫で膵臓だけが攻撃される理由などもすべて説明がつくような気がします。
宗田先生の提示された妊婦さんの場合も、抗GAD抗体は陽性だったけれど、膵臓のランゲルハンス島が完全には死滅しきってはいなかった、
だから糖質制限を始め、それ以上の膵臓への炎症を起こさないようにした事で膵組織が次第に修復され、
インスリン分泌能が可逆的に改善してきたのではないかと考察する次第です。
ただし、実際にはすべての1型糖尿病合併妊婦がそうなるわけではなく、
ランゲルハンス島が完全に破壊されている例ではいくら糖質制限をしても変化は不可逆的であり、
たとえ糖質制限を続けていてもインスリン分泌能が復活してくる事は厳しい症例もあると思います。
それを判断するにはCペプチド(インスリン自己分泌能をみる指標)が保たれているかどうかを見るのが一つ参考になると思います。
新しい治療を推進するにおいて、
こうした一人ひとりの実体験は大変貴重なものです。
なぜなら科学はまだまだ新しい治療法の実態、ひいてはヒトという生命の複雑さを捉え切れていないので、
実際に目の前で起こっている事から謙虚に学んでいくより他に方法がないからです。
宗田先生のこの本も私にとって貴重なバイブルの一つとなりました。
素晴らしい本を世に出していただいた事を心より感謝申し上げるとともに、
さらに糖質制限の考えを深めていきたい所存です。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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新生児の血糖値は低い
私も宗田先生の著書を買って読んでいるところです。
書店で最後の1冊を買うことができました。アマゾンでベストセラー1位なので、どこの書店でも売れ行きが良さそうですね。
新生児の血糖値が35mg/dlしかないのは驚きです。
母親から胎児に不必要に糖質が供給されていないということなのでしょうか。
むしろ、胎児にとって危険だから、関所を設けて糖質をブロックしているようにも思えてきます。
Re: 新生児の血糖値は低い
コメント頂き有難うございます。
> 新生児の血糖値が35mg/dlしかないのは驚きです。
> 母親から胎児に不必要に糖質が供給されていないということなのでしょうか。
ちゃんとケトン体を使えている人なら血糖値はそれで十分という事だと思います。
というよりそれがヒトの初期設定だと胎児の頃から教え込まれているのではないかとも思います。
逆に言えば離乳して糖質主体の食生活に切り替わり、もはやケトン体を日常的に使用しなくなってしまった人にとっては血糖値60mg/dL以下でも危険信号になってしまいます。
この辺りは普通食からの断食だと危険だけど、糖質制限食からの断食であれば極めて安全だという考えにも通じるものがあります。
No title
私もようやく読み終わりました。
ハラハラしたり涙が出たり、角田光代さんの小説を読むようでした。
「この子は誰にも殺させない。家で一人ででも生む」という妊婦さんたちの覚悟の母性愛が胸に迫りました。
小説か映画になって、この内容が広まればいいのにと思いました。糖尿病妊婦さんのバイブルになるに違いないです。
(医学本の感想になってないですが)
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> 「この子は誰にも殺させない。家で一人ででも生む」という妊婦さんたちの覚悟の母性愛が胸に迫りました。
> 小説か映画になって、この内容が広まればいいのにと思いました。糖尿病妊婦さんのバイブルになるに違いないです。
本当ですね。
小説か映画ならノンフィクションだから、大変メッセージ性の強い作品になると思います。
No title
以前、本ブログに胎児がケトン体を利用しているのを発見したのは江部氏と書いた記憶がありますが、産婦人科医の宗田氏の間違いでした。臍血の分析のあたり、推理小説でも読んでいるかのように引き込まれました。でも医学の学会ってのは大変なところなんですね
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
宗田先生のアトラクティブな文章には惹きつけられますね。学会での苦闘がリアルに伝わってくると思いますし、それが偽らざる現実だという事を我々は真摯に受け止める必要があると思います。
こんばんは^^
読ませていただきました。
宗田先生の大発見
すごいと思いました。
Re: こんばんは^^
コメント頂き有難うございます。
宗田先生の発見は、ケトン体の安全性の根拠として大変大きなものであったと私も思います。
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