糖化に個人差が生まれる理由
2015/11/16 02:05:00 |
素朴な疑問 |
コメント:9件
「患者さんが最良の教科書」という言葉がありますが、
臨床現場にいると様々な新しい事に気づく機会に見舞われます。
そして、その想いは糖質制限を知ってからますます強いものになってきています。
例えば、「血糖値が高いとHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー;糖化ヘモグロビン)が高くなる」と言いますが、
現場で患者さんを観察し、食生活を詳しく伺っていると、この人はどう考えても糖質過剰の食生活を送っているにも関わらず、HbA1cがほとんど上がっていないという人に出くわす事があります。
先日もそのような高齢女性と出会いましたが、その人はHbA1cが低いですが、骨の著しい変形性関節症性変化をきたしていました。
おそらく「血糖値の上昇がHbA1cに反映されない何らかの条件が存在する」と私は考えています。
本日はこの問題に可能な範囲で切り込んでみたいと思います。 そもそもHbA1cは、赤血球の中の酸素の運び屋であるヘモグロビンが糖化したものの一つだと言われています。
グルコースが非酵素的な糖化経路でヘモグロビンと結合するので、血中グルコース濃度が高ければ高いほど、あるいはヘモグロビンがグルコースに曝される時間が長ければ長いほど、
HbA1cの生成反応は進むので、血糖値とHbA1cの間には正の相関関係があるというのが一般的な説明です。
ところでヒトのヘモグロビンというのは主要成分のヘモグロビンA(95-98%)とそれ以外のヘモグロビンA2(1.5-3.5%)、ヘモグロビンF(0.5%)に分かれます。
そしてヘモグロビンAはさらにHbA0(90%)、HbA1(5-8%)に分れ、このうちのHbA1に何が結合するかで呼び名が変わります。
HbA1にフルクトース1,6-ビスリン酸(FBP)が結合したものをHbA1a1、グルコース6-リン酸(G6P)が結合したものをHbA1a2、ピルビン酸が結合したものをHbA1b、
そしてグルコースが結合したものをHbA1cと呼ぶ、というわけです。
HbA1cというややこしい名前の由来が少し見えてきましたが、このヘモグロビンA1にグルコースが結合するという反応の過程をもう少し詳しくみてみたいと思います。
まずグルコースのカルボニル基という部分とヘモグロビンA1側のβ鎖アミノ基という部分が化学反応を起こし、二重結合という形でつながり、不安定型HbA1cと水(H2O)が生成される反応が起こります。
この反応は可逆的な化学反応なので、不安定型HbA1cは条件次第でグルコースが外れて元のHbA1に戻る可能性がある状態です。
その不安定型HbA1cにとある反応が起こることで、安定型HbA1cに変化しこの反応は不可逆的になります。
つまり、一度安定型HbA1cができると、赤血球の寿命は120日と言われていますので、その寿命を達成するまでずっと安定型HbA1cのままです。
血液中に存在する赤血球すべてが生まれたてではないので、平均寿命は単純に考えても60日です。HbA1cが過去1~2ヶ月の平均的な血糖を反映するというのはこのあたりに由来します。
また一般に医療期間で測定されるHbA1cは採血時の血糖値の影響を受けないよう安定型HbA1cの方を測定するようになっています。
そしてそんな不安定型HbA1cを安定型HbA1cに変える反応というのが「アマドリ転移」と言われる反応です。
これは「分子内電子転移」と呼ばれる反応の一つで、水素原子(H+)が転移して物質が不可逆的に変化するという反応のようです。
ここまでを振り返ると、ヘモグロビンA1が不安定型HbA1cになるところまでは、周囲のグルコース濃度に依存する可逆的な化学反応であり、ここまでは誰であっても血糖値が上がりさえすれば必ず起こってくる反応だと思います。
しかしすべての人が血糖値の上昇がHbA1cの上昇に寄与するとは限らないという私の感覚が仮に正しいとするのならば、可能性があるとすれば次のアマドリ転移の段階です。
私は化学にそこまで詳しくはありませんが、もしかしたらこのアマドリ転移の起こりやすさに個人差があるのではないでしょうか。
そう思って、アマドリ転移が起こる条件について説明している資料を探しましたところ、次のような論文を見つけました。
なかなか難しい論文なのですが、私のレベルでわかることは、酸・塩基平衡を現すpHが塩基性条件である時アマドリ転移が高率に起こるということです。
ヒトの細胞内のpHは7.4前後の弱アルカリ性に調整されるよう恒常性維持の方向で働いていますが、
その中での微妙なpHの値の違いによってアマドリ転移の起こり具合に差ができるとすれば、そこに個人差が生まれる余地はあるかもしれません。
またアルカリ性において蛋白の凝集が進むという話もあります。
もしもアマドリ転移で起こる水素原子の転移が蛋白凝集に使われているとすればどうでしょう。血糖の害がHbA1cに反映されないという一つの説明になりうるかもしれません。
ただこの話は化学に詳しくない私の頭の中での考察なので、どうしても推測の域を出ません。
しかし仮に、もしもこの事が正しいと仮定するならば、
糖質制限をすべきは糖尿病だと限定的に解釈している人は考えを改める必要があると思います。
なぜならば、HbA1cが高くなくても、高血糖の害には十分さらされている可能性があるからです。
だから私は、基本的に全ての人に糖質制限の適応があると考えています。
勿論、糖質制限を行うに当たって注意をすべき病態があるのは事実ですが、
そうした病態の多くも元をただせば糖質の害に由来する事が多く、糖質制限+αの工夫をする事で乗り越えられる壁だと思います。
私達は科学によって発展し、その恩恵を存分に受けてきていますが、
科学でまだ解明しきれていない事は山のようにあると思います。
科学で見える事だけが、現実のすべてではありません。
未解明の問題について私はこれからも考え続けていきたいと思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
すっきりしました!
文系人間の私にとって、今日の記事で説明された内容は、正に「知りたかった」ことの第一候補でした。ありがとうございました。
とは言え、アマドリ転移は、
「「分子内電子転移」と呼ばれる反応の一つで、水素原子(H+)が転移して物質が不可逆的に変化するという反応」
と言われても、依然として???な状態です。
少なくとも「Hba1c」の由来/根拠が分かっただけでも、今日の収穫です!
明日は、宗田先生の新著も発売になりますので、これも楽しみです。
これからもよろしくご指導下さいます様、お願い致します。
気になっていました。
私も糖質制限を始めて3年以上になりますが、
HbA1cが全く改善していないので少し気になっていました。
2012年に江部先生で言うところの「スーパー糖質制限」から初めて、
一時は1日1食、糖質5グラム以下というのも一年以上やりました。
今でも1日2食で「卵・肉・野菜がメインで塩のみ味付け」ですから、
極々糖質制限してるつもりです。
HbA1c(NGSP)は5.5~5.8で、糖質制限を始める以前から殆ど変っていません。
今年の秋の検診では5.7でちょっと上がっていました。
血糖値は食後1時間値でも、早朝でも、90mg/dlを越えることはまずありません。
体調も絶好調ですし、LDLコレステロール値以外は全く正常なので心配はしていないのですが、
可能性として何が考えられるのか?少し気になっています。
Re: すっきりしました!
コメント頂き有難うございます。
アマドリ転移に関しては私も十分理解できているとは言えないですし、真実を履き違えている可能性もあるのですが、
不得意な分野に踏み込んででも私が一番言いたかったのは、「目に見えるものが世界のすべてではない」ということです。
HbA1cとかに囚われすぎず、もっと広い視点で糖質制限を捉えると、とても面白いと思っています。
Re: 気になっていました。
コメント頂き有難うございます。
なるほど、ふぁっつおーさんの場合は、食後1時間血糖も確認されているので、
糖質を摂取しても血糖値すら上がっていないタイプの方という事ですね。
これには大きく二つ可能性があると思います。
一つはインスリンが十分に分泌されているので血糖値が上がらなくて済んでいるパターンです。
これは高血糖は避けることができているかもしれないけど、がんなどのリスクになる高インスリン血症にはさらされ続けるので、たとえ血糖値が上がらずとも糖質摂取は避けた方が無難です。
もう一つは消化吸収障害があって糖質をうまく分解できずに吸収しきれないパターンです。
この場合は糖質を摂取しても高血糖にも高インスリン血症にもならないからいいなと思うかもしれませんが、脂質やタンパク質など他の栄養素も吸収しにくい状況にあるので、そういう方は往々にしてやせ型です。
この状況を打破するには消化吸収機能を回復させるために消化管を上手に休ませること、すなわち断食をうまく組み入れることが大事だと私は考えています。
有難うございます。
やはり糖質を食べるとそれなりに血糖値が上がります。
ただ、かなり厳格に糖質制限をしているにも関わらず、一応正常値内とはいえHbA1cが低いとは言えない。やや高め?
また糖質制限をしてもHbA1cが下がらないというのが気になっているところです。
空腹時の血糖値は下がっているし、血糖値が上がるようなものは食べていないのに・・・。
肉とブロッコリーだけなら食後の血糖値も殆ど上がりませんよね・・・。
自分で言うのもなんですけど、糖質制限をしてHbA1cが下がらないなんて話は聞いたことがありません(笑)
糖尿病の方でも糖質制限を始めてHbA1cが4.8になったなどという話を聞いたこともあるのに・・・。
ところで・・・
先生のブログですが、以前のように毎日更新ではなくなりましたが、
ずっと応援していますのでがんばってください。
Re: 有難うございます。
コメント頂き有難うございます。
御質問の趣旨を勘違いしておりました。
糖質制限食での血糖値が食後1時間でも上昇しない、ということであって、
その上でそれにも関わらずHbA1cの低下が見られないのはなぜか、ということですね。
それを理解するには今回の記事の考察をさらに深める必要があります。
すなわちHbA1cができあがるための血糖値の値は個人差があるのかという事です。
血糖値が上がってもHbA1cが上がらない人がいるのであれば、血糖値がたいして上がっていないにも関わらずHbA1cが上がる人がいても不思議ではないような気がします。
例えば、ある程度まとまった期間の間欠的断食をしてみて、それでもHbA1cが下がらないのであれば、それは糖新生で得られる最低限の血糖値でもHbA1cができてしまうという傍証になると思います。しかし結果を出すのに1ヶ月以上の時間がかかるので、そういう実験するにはそれなりの覚悟が必要かもしれませんね。
> 先生のブログですが、以前のように毎日更新ではなくなりましたが、
> ずっと応援していますのでがんばってください。
有難うございます。
書きたい事は山ほどあるのですが、仕事の事情でなかなか難しい部分があります。
現在の環境が落ち着いたら、またぼちぼち書いていこうと思いますので、今後とも応援宜しくお願い致します。
No title
糖質制限でHbA1cが思うように改善しない謎に挑み続けて6年の強者です。^^
この話題を、ここで見る事になるとは、なんと運命的というか。思わずコメントいたします。
江部先生のブログにも直近に似たような話題が出ていましたね。
HbA1cの値がおかしいと思ったら、やはり、グリコアルブミンをチェックする事をお勧めします。ふぁっつおー さんは厳格に糖質制限をされているご様子なので、グリコアルブミンがものすごく良い値ではないかと予想します。
ちなみにグリコアルブミンは病院に行かなくても献血に行けば知る事ができます。
ヘモグロビンA1cの測定は予想以上にいろいろな物に影響をうけますね。貧血はもちろん、赤血球の寿命、異常ヘモグロビンもその一つですし。アマドリ転移の話は新しい情報でした。さすが たがしゅう先生。^^
いろいろ考えると、HbA1cがメインの指標に用いられている事に疑問を感じる事もあります。
と、いうわけで、これからもよろしくお願いします。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
なるほどグリコアルブミンも用いれば、HbA1cの穴を埋める事ができそうですね。
しかしそれでもグリコアルブミンがはたして万人の食後高血糖を正しく反映できるのかという事には若干の不安を残します。HbA1c形成過程で考察したアマドリ転移のような個人差の入りうる余地があるかもしれません。
結局、科学の観点が一面的である以上、完璧なスクリーニングというのはどこまで行っても不可能なのだと思います。
ただそういう弱点があるという事を認識した上で、数値に振り回されすぎず、あくまで参考としてうまく用いるというのはアリだと私は思います。
有難うございます。
コメント欄をお借りいたします。
>花ちゃん さん
有難うございます。
私も後で気づきました。
江部先生のブログの方が少し早くアップされていたようですが、ケーキの予約しか見てませんでした。
HbA1思うように下がらない方もいらっしゃるようですね。
「血糖値の平均値だけ下げても仕方ない」ということに加え、
「数値自体もあてにならない」ということになれば、糖質制限推進派の方にとって意義ある情報だったのかもしれません。
コメントして良かったかも・・・と思ってきました(笑)
昨日は献血できる場所を検索していたところでしたし、
関係ない話ですけど、こちらのブログにコメントする時「花ちゃん」って名前にしようとかと迷っていたのでビックリしました。
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