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モノがない所にある幸せ

category - 断食レポート
2014/ 08/ 04
                 
午前中は指圧マッサージやカッピングという毒抜きの施術を受け、

午後は散歩に出かけて参りました。

断食というと「やることがなくて暇で死にそう」というイメージがあるかもしれませんが、

少なくとも私がいるところでの断食はそんなことはなく、

スケジュールは結構びっしりある感じです。

しかもそれに参加するかどうかは各参加者の自由意思に任されているので、

ゆっくりしたい人はスケジュールを無視して休むこともできます。

しかし何かのスケジュールをこなし、それに集中しているという事が、

断食をうまく成功させる一つのコツということなのかもしれません。
            

指圧マッサージの時、施術の先生に、

「ふくらはぎがパンパンに張っていますね。悲鳴をあげていますよ」

と言われました。

長年重い体重を支えてきているからかなぁと思いましたが、

もう一つは、足にある消化器系のツボが硬いという事を言われました。

ツボに関しては興味はあるものの、今の私には知識がなさすぎて、

この先生が言っている事が正しいのかどうかを判別することができません。

ただ仮に正しいのだとするならば、

今の私はたとえ糖質制限であっても、さらに1日1食であっても、

消化管に負担がかかっているということになります。

素直にとらえれば、私はまだ食べすぎている、あるいは今まで食べ過ぎたことによる負の遺産がとりきれていない、ということになるでしょうか。

うーむ、なかなか考えさせられます。

少なくしているつもりでも身体は食べ物が多すぎると悲鳴をあげている状況・・・

やはり少なくとも今の私にとっては

「ヒトは毎日食べなければならない」という常識自体、真剣に見直す必要がありそうです。



昼の散歩は約1時間程結構な距離を歩きましたが、

不思議とそれでも空腹感はなく、むしろ少し心地よい感じすらあります。

散歩の際に60代の御婦人と会話していて、

「今の世の中はモノがふんだんにあふれていて、若い人が考えることをしなくなっている」

という印象を語っておられました。

また、小さなこども達が外で遊ばずに、家に居て何をしていいかわからないという状況があるというお話もありました。

物質的な充足は必ずしもヒトを幸せにしない、という事を象徴する話でした。

人との交流やスキンシップはオキシトシンというホルモンを介して、

お互いを幸せにする可能性を秘めています。

モノにこだわらず、あるがままの状態を楽しみ、

そしてその楽しみを多くの人で共有し合える環境、

そいういうところに本当の幸せはあるのかもしれませんね。


たがしゅう

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