脂質メディエータ―によるアレルギー制御
2013/12/26 00:01:00 |
素朴な疑問 |
コメント:22件
糖質制限によってアトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー性疾患が改善する例があります.
なぜ糖質を制限をすることでアレルギーが改善するかという詳しい機序はまだ解明されていないと思いますが,
まず実際にそういう方が多数おられるということは事実です.
近年,分子生物学の進歩によってアレルギー学の分野はかなり細かいところまで研究されています.
一方,糖質を制限することによって脂質,蛋白質の量が相対的に多くなります.
アレルギーには,サイトカイン・ケモカインや接着因子などの蛋白質性分子が関わっていることが知られていますが,
「脂質メディエーター」と呼ばれる脂質から作られる物質もアレルギーの病態に密接な関与がある事がわかっています.
今回はこの「脂質メディエーター」について勉強してみます.
まず「脂質メディエーター」という言葉は聞きなれない言葉かもしれませんが,
例えば,よい油として知られるEPA, DHAなどのいわゆるω3脂肪酸も脂質メディエーターのうちの一つです.
脂質メディエーターは細胞膜の構成成分であるリン脂質がホスホリパーゼA2(PLA2)という酵素によって分解されることで作られる物質の総称です.
PLA2によりリン脂質からアラキドン酸という物質が切り離されます.このアラキドン酸が代謝される一連の化学反応経路を「アラキドン酸カスケード」と呼びます.このアラキドン酸カスケードは炎症反応に深くかかわっています.
従来,アラキドン酸由来の物質は炎症反応を高める方向に働くと考えられていました.それゆえ,アラキドン酸の原料であるリノール酸などのω6脂肪酸は必須脂肪酸であるにも関わらず,一般的にはよくない油として認識されていると思います.
しかし勉強してみると,事はそう単純ではないことがわかります.
というのはアラキドン酸が代謝される経路は大きく3つあります.
①アラキドン酸→COX経路→プロスタグランディン→全体的に炎症を起こし,アレルギーを抑える系
②アラキドン酸→LOX経路→ロイコトリエン→全体的にアレルギーを起こす系
③アラキドン酸→5-LOX+12/15-LOX経路→抗炎症性脂質メディエーターを作る系
ちなみに炎症を抑える薬として有名なNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬;解熱鎮痛薬のロキソニンが有名)やステロイドという薬がありますが,いずれも①の経路をブロックする事でその作用を発揮します.
COX(シクロオキシゲナーゼ)という酵素があり,NSAIDsはCOXの活性を阻害することで,ステロイドはCOXの合成を阻害することで抗炎症作用を発揮します.後者の方が強力です.
①,②のバランスでアレルギーが起こるかどうかが決まっているようなのですが,
実は③の経路はEPA, DHAで活性化される経路と共通のものなのです.つまりよくない油として知られるω6脂肪酸から作られるアラキドン酸も,いい油と同様の働きを持っているということになります.
さらに同じ脂質メディエーターでも,条件が違うとある時はアレルギー促進に働き,またある時はアレルギー抑制に働いたりすることもあるということです.
しかも反応の大元の酵素であるPLA2ですが,一種類ではなく細胞内にあるものが15種類(iPLA2 9種類,cPLA2 6種類),分泌性PLA2(sPLA2)が11種類と多数あることがわかっています.
そのうち,sPLA2-ⅡDというタイプのものはDHAを遊離する抗炎症性PLA2として機能することがわかっています.
このsPLA-ⅡDを融合させた蛋白質をマウスに投与すると潰瘍性大腸炎や多発性硬化症といった自己免疫が関わる病気が改善するといった報告もあるそうです.
要するに脂質メディエーターに「アレルギーを制御する」メカニズムが存在する,ということです.
この特集では最後に「脂質メディエーターは(アレルギーに対して)促進的だけでなく,場合によっては防御的にも働きうることから,今後はアレルギーを制御する脂質メディエーターの産生調節から受容体シグナルまでの流れを一連の代謝システムとして総合的に理解していくことが重要である」とまとめてありました.
…全体的に難しい話ですね.まさにメカニズムは複雑怪奇を極めます.
ただ,この分野でも従来の常識が見直されつつあるということは確かです.
私は思うのですが,アレルギー学自体も糖質制限の理論を踏まえて抜本的に見直していかなければならないのではないでしょうか.
例えば,糖質を制限して慢性炎症の要因を減らすことがアラキドン酸カスケードをアレルギー防御的な働きへ傾けるという可能性もあると思います.
それぞれの分野の専門家が糖質制限の理論を踏まえて研究を進められるようになれば,医学は飛躍的に発展していくようにも私は思えます.
AGEやコレステロールについてもそうですが,外因性の食事要因が多少偏っていても,内因性の利用システムがきちんと働いていれば軌道修正して恒常性を保てるようにする柔軟性をおそらく人体は持っていると私は考えています.
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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No title
>それぞれの分野の専門家が糖質制限の理論を踏まえて研究を進められるようになれば,医学は飛躍的に発展していくようにも私は思えます.
色んな分野の先生が糖質制限の効果を研究してくださり効果を発信してくださったら多くの人にひろまり多勢の方がすくわれます。
たがしゅう先生のご活躍を期待しています。
Re: No title
応援のコメントを頂き有難うございます。
私の目標は「町の頼れるお医者さん」なので、できるだけ専門外の分野も学ぼうと日々努力しています。
ですがやはり一人の人間ができる事には限界があります。自分の不得意分野を得意にしている別の人が糖質制限の観点を持って考察し直せば、より質の高いものになっていくのではないかと考えています。
12月20日の何度でも・・の記事ありがとうございます。
相変わらず体重がさっぱり落ちず、ス-パ-約1年になろうとしていますがそれもすごいなあと・・落ち込むのはもう通り越しました。
ですがa1c値は徐々に改善しており、それに重度の35年来の花粉症が、なんと見事に消え去り、生え際に増えつつあった白髪がこれまたいつの間にかすべて真っ黒に戻りました。同世代友人からまだ白髪染めしてないのと羨ましがられます。体調はまだまだくたびれやすいものの、去年までの疲労感より確かにいいです。
ですので、体重の不思議はあれども
とにかく…続けてゆきます。
それでいいのだと、たがしゅう先生にまた助けていただきました。
先生のスケジュ-ル、想像以上のお忙しさで驚きます。感謝とともに、どうかおからだもお大事になさってください。がんばってくださいというより、ほんの一患者こんな自分ですが、一緒にがんばってゆきましょうという想いでいつもおります。
Re: 12月20日の何度でも・・の記事ありがとうございます。
嬉しいコメントを頂き有難うございます。お役に立てているようで何よりです。
体重が一定の所から減らないのは私も同じですが、体質というよりも最近は腸内細菌叢の影響が大きいのではないかという考えに及んでいます。考えがまとまったらまた記事にさせて頂きたいと思います。
体調の方はおかげさまでバッチリです。いつもいつも忙しくしているというわけではないのでどうかご心配なく。
No title
「厳しい糖質制限が引き起こす血管障害」
http://low-carbo-diet.com/blog/vascular-effects-of-lcd/
自分自身が体調変化を経験し、私の中では『糖質制限こそ健康の基本!』という考えが出来つつあったため、この記事にはかなりのショックを受けました。
やはり100%完璧な食事なんて、この世には存在しないのかと残念な気持ちになります。
しかしこの記事は食事の内容にまでは触れておりません。
内容次第では糖質制限食で逆に血管障害を抑えられるのでは?と思うのですが、どうなのでしょうか。
Re: No title
情報を頂き有難うございます。
> 「厳しい糖質制限が引き起こす血管障害」
> http://low-carbo-diet.com/blog/vascular-effects-of-lcd/
慌てる必要はないと思います。
紹介されているのはマウスでの実験結果のようです。
マウスは草食動物であり、食事療法の効果をみるのにマウスでの結果を本来肉食が主であるヒトにあてはめようとする行為には根本的に無理があります。
いわゆる「緩やかな糖質制限」を推奨する派の方々は、いわゆる「厳しい糖質制限」をすると長期予後が悪いと決めつけてしまっていますが、まだそう断定できるデータはどこにもないのです。ただデータはなくとも、どちらが正しいかは自分の体調が教えてくれていると思います。
私は緩やかな糖質制限を許容はしますが、推奨はしません。ここは似ているようで全く異なる大事なポイントです。落ち着いたらまた記事にしてみます。
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
> 世の中の色々な研究は普通の人が対象、つまり糖質を普通に摂取している人が対象だから、色々な研究をくっ付ければ良いと言うわけではないということですかね?
その通りです。
現在出揃っている様々なエビデンスは高糖質文化・高糖質社会でのデータですから、低糖質にしてみてどうかというデータを各分野で全て一から取り直すべきだと思っています。
No title
横からすみません。
これはあくまでも自分で調べて至った結論なでのすが、血管障害の原因は「厳しい糖質制限」ではなく、「緩い糖質制限+高カロリー食」および摂取するオイルの種類が原因ではないかと思うのです。
「緩やかな糖質制限」と「厳しい糖質制限」については、カルビンチョ先生が興味深い考察をされていますので、読んでみたらいかがでしょうか。
↓
http://低糖質.com/review/cat31/post_150.html
オイルについてはこの動画がわかりやすいです。
↓
https://www.youtube.com/watch?v=Qy_Nm-L_nv0&feature=youtu.be
少しでもご不安が解消されればと思い、投稿しました。
たがしゅう先生のご意見もぜひお聞かせください。
No title
あくまでも、素人考えですが、糖質セイゲ二ストが一致団結して、被験者になって大々的に大規模研究ができないものですかね~?
糖質制限を実践している医師も患者も、たがしゅう先生が先日ブログでおっしゃっていた主体的治療に取り組んでおられる人達であり、この医療の発展を心より望む人達なのだから、喜んで協力して頂けると思うのですが?。すごい数のデータがとれそう!
でも、そんな簡単なものじゃないですよネ?(^_^;)
管理人のみ閲覧できます
「厳しい糖質制限が引き起こす血管障害」 について
2012年2月頃、トマトがラットのメタボを改善するという実験結果から、トマトジュースが超ブームを来し、品切れ続出になったという逸話がありました。しかしそれでDM患者の数が減ったわけではありません。またマタビはネコ科動物に陶酔作用を来しますが、他の動物にはきたしませんし、むろん人間にはきたしません。
2) 人間での" ketogenic diet " の論文は、少しづつですが、着実に増えています。新しい論文を発見次第、お知らせしていってます
ヒトでの研究論文
Allon N. Friedman*, Mary Chambers*, Lisa M. Kamendulis†, Joan Temmerman‡
Clinical Journal of the American Society of Nephrology
November 07, 2013 vol. 8 no. 11 1892-1898
http://cjasn.asnjournals.org/content/8/11/1892.abstract
6名の2型進行性糖尿病性腎症患者
GFR < 40 mL/min/1.73㎡
尿中アルブミン > 30mg/day
降圧剤RAA内服中
12週に渡り、超低カロリーケトジェニック減量食を実施
2012年3月~9月にかけて運動を症例しもって実施
結果
12%の体重減少(平均118.5→104.3kg, P=0.03)
尿中アルブミンの36%減少(2124→1366mg/24h, P=0.08)
血清Cr低下(2.79→2.46mg/L, P<0.05)
cystatin C 低下(2.79→2.46mg/L, P<0.05)
空腹時血糖(166→131/mg/dL, P<0.05)
空腹時insulin (26.9→10.4μU/mL, P<0.05)
Insulin抵抗性(9.6→4.2, P=0.03)
…Abstractのみで原文は拝読していません。具体的な栄養摂取量は原文を見ないと確認できません
Re: 横からすみません。
コメント頂き有難うございます。
そうですね。実質緩やかな糖質制限での結果になってしまっているデータです。
それで癌のリスクが増えるという事であれば、緩やかな糖質制限こそ危ないという事になってしまうのではないかと思います。
カルピンチョ先生の深い考察、動画の紹介も有難うございます。いずれも勉強になりますね。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> あくまでも、素人考えですが、糖質セイゲ二ストが一致団結して、被験者になって大々的に大規模研究ができないものですかね~?
ごもっともな発想ですが、研究として行うにはいくつか壁があります。
糖質制限が有効だということを示すためにはその比較対象が必要です。
糖質セイゲニストだけで一致団結してデータを出して、例えば「糖質制限をしている側はもともと健康意識の高い人達だったかもしれない」といった理由で糖質制限の有効性が認められない可能性もあります。
個々人では明らかに有効性があっても、それを集団で証明しようとなるとなかなか難しいのです。
Re: No title
結論はそれでいいと思います。
実は今その疑問に関係しそうなある興味深い本を読んでいます。
それを読んでから後日記事で解答しますね。
Re: 「厳しい糖質制限が引き起こす血管障害」 について
いつも有難うございます。
先生にサポートして頂けると大変心強いです。
Re: ヒトでの研究論文
情報頂き有難うございます。
従来の定説が次々と覆っていく感じですね。
また原文手に入れて読んでみます。
厳しい糖質制限と血管障害
血管障害の原因はいくつかあり
血管内での活性酸素の発生(糖質制限で血糖値上昇を抑えると発生は減る)
低血糖による交感神経緊張や様々なホルモンの作用
血管の最も内側の細胞(内皮細胞)の傷害(血圧などによる物理的ストレスも原因)
脂質メディエーターのバランスの乱れ(TXA2増加とPGI2減少など)
など複数の原因があります
厳しい糖質制限によって低血糖になる人もおり低血糖を全く起こさない人と同列に議論しても意味がありません
活性酸素、血管障害、細胞分裂や組織を修復を活発にする栄養素の摂取などの指標を個別に見て出来るだけ理想に近づけることが大切だと思います
Re: 厳しい糖質制限と血管障害
コメント頂き有難うございます。
御指摘のように、様々な要素を踏まえて総合的に判断することが重要ですね。
No title
精神科医師A先生、
月夜野うさぎさん、
TrueLifeさん、
ありがとうございます。
糖質制限について、もっと学ばねばと思いました。
参考に自分でもっと調べてみます。
>どちらが正しいかは自分の体調が教えてくれていると思います。
自分の身体を信じてみようと思います。
どうもありがとうございます!
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