主体性の少ない糖質制限実践者

2018/09/02 00:00:01 | 主体的医療 | コメント:2件

「糖質制限を実践すること=主体的医療」ではありません。

私自身は幸い糖質制限をきっかけにして主体性を獲得することができましたが、

世の中の糖質制限に出会った人は必ずしもそうではないということに気が付きます。

確認をしますと、主体的に糖質制限を行うというのは「自分の頭で考えた結果、良いと判断して糖質制限を行う」ということです。

それに対して糖質制限を行っているけど主体的でない人というのは、「誰かがそう言ったから(何かにそう書いていたから)、良いと判断して糖質制限を行う」ということです。

現実にやっていることは同じですが、トラブルが起こった際に軌道修正できるかどうかに関して両者は全く違った流れとなります。 もしも糖質制限を自分の頭で考えて実践している人が、当初の想定とは異なる体調不良に遭遇した場合、

自分の考え方をまず見直すと思います。きちんと糖質制限ができていないのか、糖質制限を続けると問題になることがあるのか、それとも何かストレスなどの別の要因が加わってきたのか…

その判断に際して自分は一番多くの情報を持っているので、それを元に一番確からしい暫定結論を出します。出した結論に応じてやり方に軌道修正をかけて再検証します。

例えば私で言えば、糖質制限を続けているけど体重がやせ切らないのはなぜだろうか、という状況ですね。

1日1食にしているが、その量があまりにも多すぎるのかもしれない。2日に1食にするのはどうか、量を減らした状態をキープするのはどうか、ストレスがかかり続けはしまいか…

5日間断食をしてもあっという間に体重が戻るのはなぜか、食事の絶対量だけでない代謝の変化で太りやすさが規定されているのか、そもそも太るというより身体は恒常性を維持しようとしているのではないか…

そんな風にいろいろ考えて日々微調整を加えつつ、現状をうまくハンドリングしながら生きています。

ところが、糖質制限をするかどうかを自分の頭で考えず、誰か別の人の意見を「信じて」取り組んでいる人が、もしも何らかの体調不良に見舞われた場合、

その別の人やそれに関係する人達に質問したり、それについて書かれている本から理由を探そうとします。なぜならば自分の頭で考えていないからです。

それで答えが出ればまだよいですが、答えが出ないと不安を抱えたまま糖質制限を続けることになります。なぜならば糖質制限がよいという誰かの言葉を「信じて」いるからです。

その結果、不安やストレスにさいなまれ続けても、よほどの状態にならない限り自分の頭で考えていない人は自分のやり方を見直そうとしません。

現実にそういう人達が少なからずいらっしゃることを私は知っています。

そしてそういう人は糖質制限はダメで糖質をすればよくなるという指導者と出会うことによって、

自分の不安を解消してくれる新たに「信じる」対象となってくれるため、この上なく安心感が与えられることになります。

実際糖質摂取によるドーパミン刺激に伴う多幸感、満足感が得られることによって、短期的には確実なメリットが得られることになります。

しかしながら、引き続き自分の頭で考えていない人は、また新たな体調不良を起こした時に同じような不安にさいなまれることになるであろうと思われます。


糖質制限に適応しやすい、しにくいという違いは確かにあると思います。

しかしながら、それ以上に問題だと思うのは、糖質制限に適応しにくい人達の一部がなぜそうなるのかということを自分の頭で考えていないということです。


すなわち主体性の欠如です。糖質制限を行うに主体性は不可欠と私は思います。


たがしゅう
関連記事

コメント

2018/09/02(日) 21:41:31 | URL | 瀬川里香 #-
糖質制限やりたいですが、回りが食べていたら食べたくなります。
でも糖質オフで健康になれるならそれでいいとおもいます。主体的にやりたいですが、まだまだ勉強不足です。
糖質制限始めたいです。

Re: タイトルなし

2018/09/03(月) 00:04:05 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
瀬川里香 さん

糖質制限をやりたいけれど、セルフコントロールできないというのであれば、
糖質制限の教育入院で約2週間糖質制限食しか食べない時間を作り、糖質の中毒性から離脱させるというのは一つの方法です。

もしその気があれば、まずは当院外来へお越し頂ければと思います。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する