治療選択肢を作るために

2018/09/03 00:00:01 | 主体的医療 | コメント:8件

国民皆保険制度が患者の医療経済への意識を希薄にしているという見解を述べましたが、

意識が希薄になっているのは患者だけではありません。私もそうなのです。

先日、とあるきっかけで自分が頻繁に処方している薬の薬価を調べる機会がありました。

古くから使われている薬は安く、新薬は高いというようなざっくりとした認識はあるものの、

どの薬が具体的にいくらなのかということについてはほとんどと言っていいほど把握していないのが実情でした。 例えば漢方薬についてはそんなには薬価は高くないという漠然とした認識を持っておりましたが、

漢方薬の薬価もピンからキリまであって、私がよく使う漢方薬の中でも割と高いという印象を受けるものも多々見受けられ、

今まで薬価に無頓着に病態優先で処方を選び過ぎていたことに反省の念を覚えました。

なぜそんなに薬価に無頓着になるかと言えば、患者さんから薬代が高すぎるなどというクレームが聞かれることがまずないというのが一つあります。

保険制度の影響で高いと言っても患者の支払い額が1〜3割程度に抑えられているので、クレームを言うほどまでには至らないのでしょうし、

一定額以上高くなっても高額医療費制度で補助が受けられるし、

パーキンソン病などの指定難病では新薬多数で薬価が著しく高くとも、これまた特定疾患制度による医療費免除の仕組みがあります。

ですから保険医療制度の中で働いている医師が薬価にどれだけ無頓着であっても、

患者側から「薬代が高すぎるから何とかしてくれ」というクレームが上がることはまずありません。一般的な市場経済と比べると極めて異質な状況です。

それでも開業医であれば、まだ薬価に対しての意識は高いと思います。

自分が出した薬剤の薬価が自身のクリニックの収益につながる側面があるからです。

しかし病院に雇われる勤務医の場合は違います。自分が出した薬が高かろうが安かろうが、

その収益は医師個人には行かず、病院の収益となり、収益の如何に関わらず勤務医には契約時に定められた一定額の給料が病院から支払われることになります。

時々、患者サイドから「医者は薬ばっかりたくさん出して金儲けをしている」というような御意見を聞くことがありますが、

勤務医に関して言えばその指摘は当てはまらないということになります。高い薬をたくさん出したところで別に自分の儲けにはなるわけではありません。

そこには薬価などにとらわれずに、医師が思う本当に必要な薬剤を病態を重視して処方することができるようにするという目的もあるのでしょうけれど、

ここにもう一つの医師が薬価に無頓着になる理由があると思います。

医師からすれば薬価のことを一切気にせず処方内容を選択してよいと言われれば、患者に提示するのは自分が最善と思う処方メニューの一択になります。

それに対して患者側から薬価的なクレームが上がることがないのであれば、医師が薬価について学ぶインセンティブは全く働かないことになります。

それでは薬価は患者にとってたいしたことのない問題かと言われたらそんなことはなく、

特に日常的に薬を飲む人にとっては薬代はばかにならない大きな支出となります。

ところが日常的に薬を飲む機会が多い高齢者であればあるほど保険で1割負担となり、薬代の負担感を感じにくくなり、

若い人なら3割負担だけれども、そんなにしょっちゅう多くの薬を飲む人は少ないので、

全体として患者が感じる負担感は薄められ、「(薬代というのは)まあ大体こんなもの」と受け入れてしまっているところがあるのではないでしょうか。

実際には給料の中から定期的に保険料が差し引かれているので、負担が軽くなっているという話でもないのですが、

少なくとも患者の感じ方としてはそれほど負担に思っていない、だからこそクレームが出ない、というのが実情ではないかと思います。

それでも「先生が適切な治療を選択してくれているのだから、それ(薬代)は別にいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、

私は医師が薬代に無頓着であることの問題の本質は治療の選択肢が一択になってしまうところにあると思っています。

そもそも薬代のことは気にならないという発想自体に主体性の欠如が現れています。

薬代はいくらになっても適切な治療であれば文句は言わない、それはすなわち「先生にお任せします」の発想につながります。

そうではなくて患者も医師も薬価のことも意識するようにすべきだと私は思います。

患者が自分の受けたい治療を意思表示して、医師がいくつかの選択肢を準備して、その中から患者の希望に沿ったものを相談しながら決めていく。

ちょうどレストランで自分の食べたい料理の種類がまずあって、店側が提供するメニューを見てみて、おすすめ料理などを尋ねながら希望の料理を選んでいくようなプロセスです。

そうすれば患者が本当に受けたい治療に一歩近づけるのではないでしょうか。

薬価を意識することは主体的医療の礎となると私は思います。


たがしゅう
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コメント

もったいない

2018/09/03(月) 07:58:54 | URL | だいきち #-
皆保険制度のおかげで薬価に無頓着になると同時に「保険を払ってるから薬をたくさん貰わなきゃもったいない」という意識も働いているのではないでしょうか?

払っている保険代以上に高い薬を貰えればお得感があります。

そして貰ったはいいが、安くで手に入れたばかりに、全ては服用せずにあっさり廃棄されている薬の存在も見逃せません。

バーゲンセールで、大して必要ないのに無駄に勝ってしまう心理に近い気がします。

Re: もったいない

2018/09/03(月) 08:07:30 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
だいきち さん

 コメント頂き有難うございます。

> 「保険を払ってるから薬をたくさん貰わなきゃもったいない」という意識も働いているのではないでしょうか?


 確かにそれはありますね。

 「食べ放題のバイキングで元をとろうと限界以上に食べてしまい後でおなかが苦しくなる(自分の消化吸収能を超えた量を食べてしまい、吸収しきれない部分を停滞もしくは排出させてしまう)」という現象とも相同性があるように思います。

本当は気になっている

2018/09/03(月) 08:36:14 | URL | あきにゃん #-
たがしゅうさん、こんにちは。

薬価について患者側は気になっている場合も多いと思います。でも、言えないのです。

母が肺がんで入院していた時、担当医が「新しいお薬を試してみましょう」と言って使用された抗がん剤の請求書を見て、両親が頭を悩ませていたことがありました。事前にどれくらいの費用がかかるのか訊かなかったのかと尋ねたら、「先生が決められたことだから・・・」と言っていました。

年金生活の老夫婦にとって、たとえ高額医療費制度があろうとも、薬代の負担は決して軽くはありません。患者側の現実の生活を想像すれば、高額な薬を簡単に「試してみましょう」とは言えないと思います。

医師のお給料に関係なくとも、患者側の負担を考慮していただいて、薬価の把握及び事前の情報(費用)提供に努めていただければ有難いと思います。


Re: 本当は気になっている

2018/09/03(月) 10:36:45 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
あきにゃん さん

 コメント頂き有難うございます。

> 薬価について患者側は気になっている場合も多いと思います。でも、言えないのです。

 そうなのであろうと思います。
 そしてその事が医療界におけるサービスの需要と供給の関係がいかに歪んでしまっているかを物語っているように思えます。

 患者と医師、薬価のことをお互いに意識し合うことで適正な市場原理が働いてくれるのではないかと考えています。

薬だけでなく・・・

2018/09/03(月) 12:24:29 | URL | たかはし@旭川 #r8.gCnUU
丁度本日の外来患者さん

皮下の、大きめの腫瘍で、
MRIを撮ってみましょうと提案すると、
「いくらかかりますか?今日、持ち合わせが少なくて・・・」

とのお返事。

緊急でないので、後日の検査予約を取って、お帰りになりましたが、
手術費用を気にされる方は時々います。

万単位になるからだと思います。

でも、処置料など細かな額でも、支払明細書を見ると、
「こんなこと、されなくても、よかったんじゃない?」と
思ってしまうこと、あると思うのです。

(実際、自分の歯科診療の明細をみて、感じたので、)

事前に値段を知らずに受けるサービスって、あまり聞きませんよね。
医療業界が、おかしいのだと思います。

でも、診察時にいちいち医師に聞かれて、
そして、調べながら、答えていたら、
それこそ、外来が立ちいきません。

本当は、もっとわかりやすいように、料金の提示をしておくべきなのかなあと、ぼんやりですが、考えてます。

Re: 薬だけでなく・・・

2018/09/03(月) 12:46:48 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
たかはし 先生

 コメント頂き有難うございます。

> 事前に値段を知らずに受けるサービスって、あまり聞きませんよね。

 御指摘の通りだと思います。
 値段がわからないからこそ市場原理が働かず、保険制度の下にそれでもまかり通ってしまう歪みが維持されてしまうのだと私は思っています。

 たとえるなら飲食店でメニューに料金が書かれていないのに、支払う金額に対してなぜか客が文句を言っていないという奇妙な状況です。飲食店の場合でもしそんなことをすれば、他のお店へ変えるという市場原理が直ちに働くわけですが、医療の場合はどこに行っても同じシステムが適用されているのでその方式に従うしかないという所に私は歪みを感じる次第です。

No title

2018/09/03(月) 14:41:17 | URL | ココア #-
ある整形外科クリニック。
まず、レントゲン、次にCT、次はMRI。
すべて同じ個所。手が痛いといえばレントゲン、CT、MRIの検査。膝が痛いと言えばまたレントゲン、CT、MRI。
しばらくするとまた、同じ個所のMRI撮ってみましょう。
患者もその検査は本当に必要か聞く勇気もたないとダメですね。

Re: No title

2018/09/03(月) 19:21:50 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
ココア さん

 コメント頂き有難うございます。

> ある整形外科クリニック。
> まず、レントゲン、次にCT、次はMRI。


 何に対してもそのコースを勧められているのだとすれば流石にそれはひどいですね。
 しかしそのような過剰検査でも、医師が必要だと判断し強く勧められれば患者はその一択の選択に従うしかないのが、いまの保険制度に支えられた現代医療であり受動的医療だと私は考えています。

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