ケトン体は悪くない
2015/12/11 03:30:01 |
よくないと思うこと |
コメント:16件
保守的な日本糖尿病学会の中にも、
今のままではおかしいと思って糖質制限に肯定的な先生はおられます。
その中で最も有名なのは北里大学北里研究所病院糖尿病センター長の山田悟先生だと思います。
その山田先生が最近「糖質制限の真実」という本を書かれましたので、興味深く読ませて頂きました。
山田先生は御著書の中で、御自身の定義する「緩やかな糖質制限」を「ロカボ」という言葉で普及させようとしている事を述べられています。
「ロカボ」とは山田先生の造語で、「ローカーボハイドレート(low carbohydrate:低炭水化物)」の略とのことです。
具体的には糖質を1食あたり20~40g、それとは別に1日10gまでのスイーツ、間食を食べて、1日の糖質摂取量をトータル70~130gにするというものです。
なぜ1食あたり20~40gに限定するのかというと、40g以下にする事で有意な効果を示したという信頼度の高いイスラエルのDIRECT研究の結果があったという事と、
20g以下にするとケトン体が出てくる危険性が高まるからだそうで、山田先生は明らかにケトン体の事を危険視しています。 山田先生は糖尿病学会という逆風環境の中で、糖質制限普及のために戦っておられる素晴らしい先生だとは思いますが、
ケトン体に対する見解については私と意見が真っ向から食い違います。私はケトン体こそが糖質制限がもたらす様々な臨床効果の本質だと思っています。
はたして何故山田先生はケトン体が上がる事を危険視しているのでしょうか。
今回は、山田先生がケトン体について述べた文章を拾って検証してみたいと思います。
(以下、p74-76より引用)
【ケトン体は脳のサルベージ機構】
ブドウ糖が減り、インスリンの血中濃度が低くなると、肝臓が脂肪酸を使ってケトン体を作り出すようになります。
ケトン体はブドウ糖と同様、血液脳関門を超えることができるので、脳細胞はケトン体を使って生きていくことができます。
つまり、ケトン体は飢餓に対する人間の体のサルベージ機構、逃げ道として存在しているわけです。
整理すると、ブドウ糖、脂肪酸は日常における人間の体のエネルギー源。細胞によって好みが分かれ、例えば心臓は脂肪酸が大好き、脳と赤血球は前述のようにブドウ糖が大好きで、赤血球は完全にブドウ糖しか使えません。
普段の脳はブドウ糖しか使っていませんが、ある一定の状態になるとブドウ糖を赤血球に譲り、肝臓が脂肪酸を使って作りだしたケトン体を使うという状況になるのです。
【ケトアシドーシス】
このケトン体の量がある一定の範疇に入っているうちは、何も怖いことはありません。怖いのは一定の範疇を超えてくる場合です。
例えば、自身の体ではインスリンがまったく出せなくなった1型糖尿病の人の場合、肝臓で無制限にケトン体が作られます。
通常、インスリンは脂肪酸の切り出しにブレーキをかけ、血中の脂肪酸濃度を抑制する働きをしていますが、インスリンがなくなってくると脂肪酸が増えてきて、肝臓はどんどんケトン体を作っていくようになるのです。
確かに脳はケトン体を使って生きていけますが、一方で血中にケトン体があまりに溜まってくると、今度は体全体のバランスが酸性に傾いてしまいます。
人間の細胞は、ペーハー7.4前後でなければ生きていけません。6.9から7.0になってくると危険です。
これがケトアシドーシスという状態で、命に関わるくらいの意識障害が起こってしまう事があります。
そのため、1型糖尿病を普段から診ている糖尿病の医者は、ケトン体が怖いのです。
一方、普段は1型糖尿病を診ていない医者はケトン体に免疫がなく、怖いものだという認識が薄いようです。
正常な場合の血中ケトン体濃度は100μmol/L以下ぐらいですが、私自身の印象としては1000μmol/L以下であれば特に怖いことは起こらないと思っています。
健常な人でも、何らかの理由でずっと食事ができず、ちょっとした飢餓状態になると、体はやはり脂肪酸を使ってケトン体を作り出します。その時のレベルがおおよそ数百μmol/Lなのです。
しかし、その値が1000μmol/Lを超えてくると危険です。健常者はほとんどそこまでいきませんし、1000μmol/Lまでは筋肉のほうでも積極的にケトン体を利用しますが、それを超えると利用が増えていきません。すると後はどんどん溜まる一方になってしまい、ケトアシドーシスを引き起こすことになってしまいます。
(引用、ここまで)
今回引用した文章の中でみる限り、山田先生がケトン体を危険視する理由は「ケトアシドーシスの危険性があるから」という事のようです。
しかし、当ブログで何度か述べたように基礎インスリンが保たれていれば、ケトン体が上昇してもインスリンの多面的作用で代償されアシドーシスには至りません。
山田先生は1型糖尿病におけるケトアシドーシスの危険性を指摘しておられますが、
それは裏を返せば、ケトアシドーシスが起こるという事は基礎インスリンの補充が不足している事を意味しているわけであり、
インスリン治療の管理不足の可能性があります。決してケトン体そのものが悪いわけではありません。
また私はケトン体の安全性を確認するために、8日間の絶食療法を自ら実践し、その時の血液データを細かく取りました。
その結果、7日目の血液検査で私の総ケトン体は10142μmol/Lまで上昇する事を確認しました。その時確かにpHは7.3程度に一時的に下がりましたが、8日目に緩衝されている事を確認しました。
そして何より私がその数値を叩き出している時も、特に支障なく通常の勤務ができていたという事です。
山田先生が何を根拠に1000μmol/Lを超えると危険だとおっしゃっているのかわかりかねますが、少なくともその10倍のケトン体値を経験した私はいつも通り筋肉を使えましたし、昏睡になる事もありませんでした。
だからことケトン体に関しては、山田先生のおっしゃっている事が「真実ではない」という事が私にははっきりとわかります。
どれだけ偉大な先生であってもすべてを鵜呑みにしてはいけないという事だと思います。
そもそも、ケトン体を「飢餓に対して用意した人間の逃げ道」と解釈している所から私とは見解が違います。
夏井先生の著書、「炭水化物が人類を滅ぼす」を熟読すればわかりますが、
生命の歴史を振り返った時に、ブドウ糖‐グリコーゲンシステムの方が歴史が古く最初に作り上げられたシステムでした。
しかしその後の地球環境が変化し、その変化に対応するために生命が編み出した新しいシステムがケトン体‐脂肪酸システムであった事を丁寧に考察されています。
だからケトン体は決して逃げ道的なシステムではなく、
むしろ進化の過程で生み出された生命の叡智の結晶だと思うのです。
さもなくば胎児の時点で高ケトン血症を呈するような状況になるわけがありません。
実は山田先生はケトン体を危険視する理由としてもう一つ、
ケトン体が血管内皮細胞の機能障害を起こす可能性があるという論文(Br J Nutr. 2013 Sep 14;110(5):969-70.)を引用しておられます。
これに関しても大いに反論があるのですが、長くなるのでひとまずまたの機会に語りたいと思います。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
たがしゅう先生の(滋賀での)講義と宗田先生の御著書で、私はケトン食に興味を持ちました。そして脂肪から作られるケトン体が安全であることも十分わかりました。
糖質制限では何か物足りないものを感じはじめていた時期だけにすごく刺激になったのです。
少し前、ためしに脂質と食物繊維を多くし、糖質ゼロでタンパク質を制限した食事を摂ってみました。空腹でないのに、空腹時にみられるような独特の心地よさが実感できました。(糖質依存から開放され、空腹が苦痛に感じなくなっています)
継続は難しいかもしれませんが、私に合っている食事のように感じたのです。蒸留酒でも付けると益々満足できそうです
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
またお役に立てて何よりです。
ケトン食は糖質制限と違って若干の人為性があるので注意して取り組む必要性がありますが、
うまくやれば糖質制限以上の効果をもたらす可能性があると私は思っています。
ケトン体を作りましょう
たがしゅう先生の追っかけのミトコンです。
肝細胞の代謝マップを見ると、脂肪酸からATPとケトン体を作り、同時に乳酸、アミノ酸、グリセロールを使って糖新生させることが合理的だと思います。
ATPは自細胞内で使われますが、ケトン体は他の細胞のエネルギー源として使われます。
Re: ケトン体を作りましょう
コメント頂き有難うございます。
他細胞でも利用できるという所がまたよいですよね。
虚血のような危機に陥っても、ケトン体が利用できる環境下にあれば助ける事ができる、素晴らしいシステムだと思います。
ケトン食が認知症を改善する
福田一典先生、今週ケトン体に関して実に素晴らしい記事にまとめて下さっておりましたので紹介いたします。
「ケトン食が認知症を改善するこれだけの根拠」
http://blog.goo.ne.jp/kfukuda_ginzaclinic/e/a094e229391d79f2f1c02450dec8d4af
糖尿病と認知症の関連に関して、いかに糖尿病の治療法(糖尿病学会の指針が・・50%~60%の糖質摂取・・・)が不適切なのかが分かります。
節糖は可能なのか?
お久しぶりです。私もこの本手に取りましたが、とても残念な思いで読みました。こんなにも糖質制限の意義をしっかり認めつつも、巷にあふれる根拠に乏しい糖質制限とは違う(←ってどのこと?)、最新栄養学に基づく革命的食事法ということで、ロカボとかいう量の糖質を推奨してますね。このロカボ?量、中毒性が強い糖質を、こんな中途半端なこの先生の仰る穏やか⁉︎な量で、今後どれだけの日本人が真面目に続けていかれるのでしょうか。
私はたがしゅう先生が仰っていた、節煙と禁煙のお話を思い出しました。私も糖尿が発覚するまでは、それこそ糖質マミレ•••太らないことをいいことにお菓子、パン作りの日々、ラーメン、パスタ、中華まんはおやつ感覚、焼肉や鰻食べるのにご飯無しなんてありえませんでした。が!禁糖してからは変わりました。本当に本当に食べなくても大分(笑)平気になりました!それでも偶にはやっちゃいますけどね〜でも要はこの段階まで行けるかどうかで、節糖ではほぼ無理なんじゃないかなという事です。
確かに糖尿でなければ、件の健康療法の1つとして成り立つ方法だと思います。が、この先生が、未だに高炭水化物食を厚顔にも推奨する日本糖尿病学会に属する糖尿病専門医である点においては、罪深いと言わざるを得ない!穏やかなロカボ量を安全量と勘違いする糖尿人には、お薬がありますよって事なんでしょうかね〜〜くわばらくわばら!
同じ事実でも人によって解釈が異なる
ミトコンさんのコメントにある「ATPは自細胞内で使われますが、ケトン体は他の細胞のエネルギー源として使われます。 」というのは、肝臓が他の細胞にエネルギー源をおすそ分けしているという感じですよね。
でも、栄養学の本を読んでいると、肝臓ではケトン体を代謝できないから他の細胞で代謝しているという表現になっています。この表現だと、仕方なく細胞はケトン体をエネルギー源として利用しているように聞こえます。
同じ事実でも、表現の仕方で良い意味に思えたり、悪い意味に思えたりするのはおもしろいですね。
最近は、「なぜ?」を考えるより、事実を知るだけにとどめる方が、偏った見方をしなくて良いのではないかと思うようになっています。
Re: ケトン食が認知症を改善する
コメント頂き有難うございます。
記事拝見しました。福田先生ならではの詳細な内容で神経内科医もビックリです。
認知症にケトン食が良いという事がわかっていても、ここまで根拠を述べる事ができる医師もいないのではないかと思います。ピストンのアセチル化とかNLRP3インフラマソームの話とか大変参考になりました。
Re: 節糖は可能なのか?
コメント頂き有難うございます。
山田先生の御意見は緩やかに糖質制限寄りになってきてはいるのですが、御指摘のように中途半端です。なぜ中途半端なのかを考えた時にエビデンスにこだわり過ぎているからだと私は思います。
原始時代に糖質20〜40g/日などいちいち測れたわけがないので、エビデンスがなくともそれが理想的なやり方ではないことは容易に判断できると思います。
Re: 同じ事実でも人によって解釈が異なる
コメント頂き有難うございます。
> 同じ事実でも、表現の仕方で良い意味に思えたり、悪い意味に思えたりするのはおもしろいですね。
> 「なぜ?」を考えるより、事実を知るだけにとどめる方が、偏った見方をしなくて良いのではないかと思うようになっています。
私もそう思います。
あたかも全能の神みたいな存在がいて、その神が完璧に作り上げたシステムであり全ての事に意味があるはずだ、などと捉えがちですが、そうではないですよね。自然環境があって生物が生まれ、環境の変化に生物が適応を繰り返し続けた結果、今のシステムになったのだと思います。そこに意味などなくて結果的にそうなったと、それだけの事なのだと思います。
2014年6月2日(月)の本ブログ記事
「必ずしも意味づけしない姿勢」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-291.html
も御参照下さい。
管理人のみ閲覧できます
No title
こんにちは。いつも興味深く拝見させていただいております。
江部先生流の糖質制限から始まって、LCHP、MEC食へと舵をきって半年。
最近、胸苦しいことが多く、低血糖症なのか、と,
もう一度本をあれこれ調べているところです。
糖質量は限りなくゼロに近い方がいいのかどうか、ということと、野菜や食物繊維の摂取量をどの程度にすべきか、ということがよくわかりません。
糖質量の下限はあるのか、ということの参考に、山田先生や灰本先生の本を読み始めました。
山田先生のケトン体への懸念事項は、たがしゅう先生の記事ですっきりいたしました。
ただ、灰本先生の著書「正しく知る糖質制限食」という本には、「厳しい糖質制限食を長期間実行すると、死亡の危険性が高まる。」とあります。
(p.192)
なので、やはり糖質量の下限というものがあるのかも、という気持ちにもなります。
この辺りについて、たがしゅう先生のご意見がお聞きできればありがたいです。
Re: No title
御質問頂き有難うございます。
栄養学的に必須糖質というものはないので、糖質はゼロでも大丈夫、すなわち下限はないと考えられます。
> 灰本先生の著書「正しく知る糖質制限食」という本には、「厳しい糖質制限食を長期間実行すると、死亡の危険性が高まる。」とあります。
厳しい糖質制限を長期間実行した研究論文はこの世に存在しないので、言い切られるのはその時点でどうかと思います。
ただし現時点では論文としては6年間、治療実績としては修正アトキンス食で10年、個人としては江部先生が13年、バーンスタイン先生が43年の長期間にわたって糖質制限が安全であることを実証されています。
短期間の安全性はほぼ確立、長期間のデータはないけど個人でやり続けている人は皆元気。この事実を踏まえれば、長期間の安全性についてもすでに答えは出ているようなものだと思います。
No title
私も山田悟先生の本を読んで、自分の考えとは違うと思いました。
娘はてんかんがあり、ケトン食療法をしています。
まだ3ヶ月半ですが糖質1日10g以下、ケトン体総数でいえば4000を超えています。
(ヒドロキシ酪酸3,000超え)
でも、めちゃくちゃ元気です。
てんかん発作を抑制するためにもっと数値を上げたいと思っています。
ある分野では治療法として確立しているのに、危険であるという方々がいるのはどういうことなのか、
いつも理解に苦しんでいます。
No title
たがしゅう先生こんにちは。
娘さんのケトン食療法はどちらかの医療機関、あるいは専門医、栄養士等の指示を仰ぎながら実践されているのでしょうか。
差し支えない範囲でもし宜しければ教えていただきたいのですが。
宜しくお願い申し上げます。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> ある分野では治療法として確立しているのに、危険であるという方々がいるのはどういうことなのか、
> いつも理解に苦しんでいます。
それだけ常識の壁が厚いという事だと思います。
誤った常識に捉われた人に新しい常識を理解してもらうのは至難の業であるという事を私も日常で痛感しています。
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