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必ずしも細部を掘り下げない

category - 漢方のこと
2017/ 05/ 21
                 
今日は半夏厚朴湯という漢方薬がストレスマネジメント能を発揮する理由について私なりに推論を巡らせてみたいと思います。

半夏厚朴湯というのはその名の通り、「半夏」と「厚朴」という生薬が含まれている漢方薬ですが、

その二つ以外にも「茯苓(ぶくりょう)」「蘇葉(そよう)」「生姜(しょうきょう)」という生薬の全部で5つの生薬が含まれている処方です。

歴史的には西暦200年頃の中国は後漢の時代に著されたと言われる「金匱要略」という古典医学書に記載があり、

「咽中炙臠(いんちゅうしゃれん:あぶった肉が喉にひっかかったような感覚)」とか、「梅核気(ばいかくき:梅の種がのどにつまったような症状)」と呼ばれる症状を目安に使う事を勧められていた漢方薬です。

咽頭がんなどの器質的な異常がないのに、喉に違和感がずっと残り、吐こうとしても飲み込もうとしても違和感がなくならず、医者からは異常なしと説明を受けるのみなので患者さんにすれば大変嫌な症状です。

一方で、なぜかそういう患者さんは交感神経過緊張状態を示している事が多いことが経験的に知られています。

おそらく咽中炙臠や梅核気と呼ばれる症状は、何らかの原因でストレス反応が発動しても、下流の応答系統がきちんと機能しきらない状態を示す表現型の一つなのではないかと私は考えています。

要するにストレス反応を自分の中で処理しきれずに歪みを生じてしまっている状態です。半夏厚朴湯はそういう状態の人に使うと非常によく効くことを稀ならず経験します。
            

古典にも、半夏厚朴湯は七つの気を治すと書かれていて、その7つとは喜び、怒り、憂い、思い、悲しみ、恐れ、驚きであり、様々な精神症状に対応できるポテンシャルのある薬だとわかります。

前記事で紹介した症例も、緊張や嘔吐などの身体化反応が明らかにストレスによって誘発されており、半夏厚朴湯の投与によりストレス応答がうまく行くようになった経過も確認されていました。

さて、この半夏厚朴湯ですが、なぜそんなにも精神を安定させる作用があるのかというのが今回のテーマです。

これははっきり言って非常に難しい問題です。ですが可能な限り謎に迫ってみようと思います。




まず、半夏厚朴湯の主たる生薬である「半夏」と「厚朴」について見ていきます。

半夏とはサトイモ科、カラスビシャクという植物のコルク層を除いた塊茎です。

主成分はホモゲンチジン酸とそのグルコシド、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドとそのジグルコシド、セレブロシド、デンプンなどです。

ホモゲンチジン酸はフェニルアラニンやチロシンなどのアミノ酸から代謝される中間代謝物で、さといも、やつがしらなどのエグ味の成分です。通常料理では取り除かれる部分が一方で薬として使われるというのも面白い話です。

またグルコシドというのはグルコースに由来する配糖体のことです。配糖体については以前学びましたが、配糖体の糖の部分が適合した腸内細菌では消費され、残った部分が薬効を発揮する場合があります。

腸内細菌によっては配糖体が処理できないものもいますので、漢方薬が効いたり効かなかったりする理由はこの辺りにも由来しているのではないかと思います。

そしてセレブロシドというのはスフィンゴ糖脂質というものの一つで、動物の筋肉や神経細胞膜における重要な構成要素となります。

総じてみると半夏は蛋白中間代謝物や脂質に少しずつ糖が関わっている構造であるようですね。

それらをひっくるめて半夏には唾液分泌を亢進したり、鎮咳・去痰・制吐作用などの薬効がある事がわかっています。

しかし、このように生薬を分解して考えても、なぜそのような作用をもたらすのかの理由をこのままでは説明する事はできません。

一方で、半夏は厚朴と組み合わさることで胃部膨満感を抑え、嘔吐・咳嗽を抑える作用が強まることが知られています。

厚朴というのはモクレン科の植物のホオノキ(学名Magnolia obovata、シノニムM. hypoleuca)、またはシナホオノキ(学名M. officinalis)の樹皮のことです。

成分を分析するとアルカロイド(マグノクラリン、マグノフロリン)、精油(β-ユーデスモール)、リグナン(マグノロール、ホオノキロール)などが挙げられます。

アルカロイド精油はそれぞれ以前当ブログで紹介しましたが、

簡単に言うと前者は、生存戦略のために植物が産生した量が多いと毒性を示す物質、後者は同じく生存戦略のために他の動物を左右すべく嗅覚に働きかける物質でした。

リグナンというのは、エストロゲン様作用を示したり抗酸化物質として働く植物エストロゲンの主要な分類の一つです。

リグナンの構造もエストロゲンと類似しています。同様の物質にイソフラボンがありますが、そのようなものですね。

これらを包含する厚朴は、全体として胃運動促進、腸管運動抑制作用や抗痙攣、鎮痛、筋弛緩作用があります。

そしてどの成分が発揮しているのはわかりませんが、鎮咳・去痰作用ももたらします。半夏と組み合わせて作用が強まる所以でしょうか。

これら主要な構成生薬の成分を細かく見えてきましたが、

はたしてどの部分が精神面の安定化に寄与しているのでしょうか。

中枢抑制作用は関わっているかもしれません。あるいは弱い抗痙攣作用が精神の安定化をもたらしている可能性もあります。

それと同時に消化器症状を改善する所が精神状態に好影響をもたらしうるのかもしれませんし、

精神が衰弱した所には少しばかりのアルカロイドがムチを売ったり、精油が元気を与えてくれたりしているかもしれません。

でもこれがという決め手に欠ける印象にかけます。合わせ技一本ということなのでしょうか・・・。


・・・細かく紐解けば、半夏厚朴湯の全容が見えてくるかと思いましたが、

掘り下げれば掘り下げればわけがわからなくなってきたのではないかと思います。

そうなんです。漢方薬というものを西洋医学や科学的なアプローチで解釈しようとするとどうしても部分的な理解にとどまってしまうんです。

読者の皆様はたがしゅうのマニアックでわけのわからない話に付き合わされたとお思いでしょうか。

けれど、多くの人が信を置く西洋医学において、

最先端で難病を解明しようとする研究や、新薬を開発しようとするプロセスは、実はこういった思考の延長戦上にある考え方に基づいています。

細かい成分まで行けば行くほど全容から離れていくというジレンマに私達は気付く必要があります。

だから今の所は半夏厚朴湯は幅広い精神症状を取り除くという事実を大事にし、

なぜ効くかというメカニズムの詳細理解は超多成分系システムに伴う複雑性・臨機応変性のブラックボックス部分を残しながら、

これまでに先人の経験も大事にしつつ、どういう場合に使用すべきかを見極めてその奏効率を高める努力を続けていく、

そういう使い方をしていくしかない薬だと私は考えています。


もう一つ、前日記事の症例報告の考察部分に半夏厚朴湯の複雑性を表す内容が書かれていたので紹介します。

「半夏厚朴湯が著効した周期性嘔吐症候群の一例」
越田全彦(洛和会音羽病院総合内科)
山崎武俊(洛和会音羽病院漢方内科)
日東医誌 Kampo Med Vol.68 No.2 134-139, 2017


(以下、p137-138より引用)

(前略)

半夏厚朴湯は高齢者の誤嚥性肺炎のリスクを減らすことが知られており、

その作用機序として、大脳基底核におけるドパミン分泌促進とそれに伴う末梢サブスタンスP神経の賦活化が考えられている。

しかし、日常臨床でよく使用される制吐薬であるmetcropramide(プリンぺラン®)はドパミン受容体拮抗薬であり、

また、癌診療において使用されるaprepitant(イメンド®)は、ニューロキニン1受容体拮抗薬としてサブスタンスPの作用を阻害をすることで制吐作用を発揮すると考えられている。

すると、これまでに明らかにされている半夏厚朴湯の作用機序は、むしろ嘔気嘔吐を悪化させる方向に働くことになるので矛盾しているように思える。

この矛盾をどのように考えればよいだろうか

(後略、引用ここまで)



ドーパミンのD2受容体を刺激すると嘔吐中枢に作用し嘔吐が誘発されます

そのメカニズムを利用してドーパミン受容体をブロックする作用を持つのが一般的な制吐剤です。

ところが半夏厚朴湯はドーパミン分泌促進を促進するというのに制吐作用を発揮するというのです。

症例報告の著者らは引用文の後、半夏厚朴類似の小半夏加茯苓湯が、半夏厚朴湯と同様にサブスタンスPを増加させつつも、

他の消化管ペプチドであるCGRP(calcitonin gene-related peptide)、VIP(vasoactive intestinal peptide)、ソマトスタチンも増加し、

これらが協調し合うことで制吐作用をもたらしているという可能性を示す論文を引き合いに出し、

半夏厚朴湯にも同じような協調メカニズムが存在しているのではないかと考察されていましたが、

まさにその超複雑多成分系の協調メカニズムこそが漢方薬の本質を表していると私も思っています。

複雑な有機化合物の共同体であるヒトの病気を治そうと思えば、

単一成分によるアプローチでは限界があるということを、

漢方薬の複雑さが教えてくれているように思えます。


たがしゅう
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コメント

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梅雨 梅核気 中国の人体観
半夏厚朴湯には、糖質制限する前、よく飲んでいました。
喉に梅核気を感じる季節は、6月末から7月にかけて梅雨のじめじめとした季節のことが多かったです。
中国の「梅雨(méiyǔ)」は揚子江地域で梅の実が大きくなる季節に降る雨のことと聞いています。
日本では「五月雨(さみだれ)」という言葉があってこれに中国語が流入して「つゆ」という読みが当てられたようです。 
芭蕉の 五月雨を集めてはやし最上川 という俳句は日本人の感性であることがわかります。
中国では、6月から7月の季節の変わり目に起きる長雨が人体に与えるストレスにより、「気滞」が発生し、喉の奥に梅の実が成長するような症状が、梅の実が大きくなる季節と同期してしていることに気がついて、梅核気という名前をつけたのではないか。と推測しています。
先生の今回の考察は、西洋医学の「分析的思考」と中医の「混沌を混沌として扱う思考」の対比と理解しておりますが、人間の体が環境と同期していることを感じていた古代中国人の観察力を「梅核気」という名前を見る度に思い出します。
Re: 梅雨 梅核気 中国の人体観
やまたつ さん

コメント頂き有難うございます。
今回もまた興味深いお話ですね。

混沌をそのまま包含して理解する東洋医学の解釈を西洋医学的に解明していく必要性があると思いますが、相手の複雑性が故にどうしても限界を感じてしまう部分がございます。

例えば気滞は西洋医学的に解釈すれば、ストレスを誘因とした交感神経や視床下部-下垂体-副腎系などのストレス反応の機能不全だというところまではたどり着けても、その表現型が様々になる理由まではなかなかうまく説明しきれません。