不必要にケトン体を増やさないためのシステム

2017/05/13 00:00:01 | お勉強 | コメント:0件

「アンチ・エイジング医学」という医学雑誌で

「脳によいのはグルコース?ケトン体?」と題された誌上ディベートがあったので読んでみました。

このディベートではグルコース派の記事も、一概にケトン体がダメと言っているのではなく、

ケトン体の有用性も認めつつ、グルコースにもこんな大切な役割がありますよ、といった論調であり、

ケトン体が正当に評価されているまともなディベート内容であるように感じました。

一方で、ケトン体派の記事を書かれたのは、国立国際医療研究センター糖尿病研究センター長の植木浩二郎先生です。

アンチ・エイジング医学 13ー1―日本抗加齢医学会雑誌 特集:画像からみたアンチエイジング
「ケトン体は脳を守る」
植木浩二郎(国立国際医療研究センター糖尿病研究センター)
非常に理路整然とした文章で、ケトン体の有用性について細かい所まで淡々と書かれていて参考になります。

中でも「シグナル伝達分子としてのケトン体」「転写制御因子としてのケトン体」の項目については、大変勉強になりました。

糖質制限初学者にとってケトン体と言えば、エネルギー源としてのイメージが強いかもしれません。

それだけではなく、鎮痛作用抗炎症作用神経保護作用がある事については私も折に触れ紹介して参りましたが、

それだけではなくまだまだケトン体には良い所があるんです、というのが今回の話です。

少し記事を引用してみたいと思います。

(以下、p104-105より一部引用)

【ケトン体の産生調節】

ケトン体は、脂肪酸の燃焼産物であるβヒドロキシ酪酸(β-hydroxyl butyric acid:βOHB)、アセト酢酸、アセトンの総称である。

栄養素に偏りのない食事を摂取しているような状態では、ケトン体の血中濃度は数~数十μMであるが、

半日程度の絶食で200~300μMに、2日程度の絶食で6~8mMまで増加すると言われている。

また、極端な糖質制限でも2~3mMまで増加し、激しい運動などでも1~2mM程度まで増加する。

絶食や激しい運動などで蓄積されたグリコーゲンが分解されて枯渇すると、脂肪組織から脂肪分解によって脂肪酸が動員されて、

肝臓においてβ酸化を受けてアセチルCoAに変換され、ミトコンドリアのmitochondrial hydroxmethyl glutaryl(HMG)-CoA synthase 2(HMGCS2)によって

HMG-CoAに変換されて、さらにアセト酢酸を経てβOHBが産生される。

肝臓で産生されたβOHBは、特異的トランスポーターであるSLC16Aにより循環血液中に放出される。

したがって、循環中のケトン体の大部分はβOHBである。

βOHBは、絶食時に脳をはじめとする種々の臓器でエネルギーとして使われるが、

小児ではβOHBの利用率が高く、特に出生直後の脳では主なエネルギー源として使われている。

1.エネルギーケトン体としてのケトン体

上述の過程で産生され循環血液中に放出されたβOHBは、

細胞表面の2つのトランスポーターMCT(monocarboxylate transporter)1/MCT2を通って、細胞内に取り込まれる。

取り込まれたβOHBは、合成と逆経路でアセト酢酸に変換され、

OXCT1によってスクシニルCoAからCoAを負荷されてアセトアセチルCoAに変換される。

アセトアセチルCoAは2分子のアセチルCoAとなって、TCAサイクルに入り、ATP産生に消費される。

2.シグナル伝達分子としてのケトン体

βOHBは、少なくとも細胞表面の2つのG蛋白共役型受容体HCAR2(hydroxycarboxylic acid receptor 2あるいはGPR109)とFFAR3(free fatty acid receptor 3あるいはGPR41)に結合する。

HCAR2はβOHBの結合により活性化され、脂肪細胞における脂肪分解を抑制する

また、FFAR3は交感神経に発現し、その緊張を亢進させるが、βOHBの結合により抑制され、個体のエネルギー消費が減少するといわれている。

(引用、ここまで)



「栄養素に偏りのない食事」とか「極端な糖質制限」という表現がありますが、

私に言わせれば、それぞれ「極端な糖質過剰食」と「標準的な糖質制限」のことですが、

まあ一般的読者に合わせた表現という事でよしとしますが、注目したいのは後半の文章です。

ケトン体の主要成分であるβヒドロキシ酪酸は脂肪組織から脂肪分解によって脂肪酸が動員され、さらにそれがβ酸化をはじめとした種々の代謝を受けて産生する物質ですが、

そのβヒドロキシ酪酸が自身の発生源である脂肪分解を自分自身で抑制するというのです。いわゆるネガティブ・フィードバックです。

ネガティブ・フィードバックは生体内ではホルモンなどの微細な調整が必要な内分泌系で認められるシステムです。

ホルモン作用が暴走しないように、必要なタイミングで必要な量だけ分泌されるようにするのがその大きな役割だと考えられますが、

ケトン体にもそのシステムが働いており、さらに身体を興奮状態に向かわせる交感神経を抑制する働きもあるというのです。

先日、ケトン体代謝に慣れてくると、ケトン体が組織で十分に利用されるため、血中のケトン体はあまり上がらなくなる可能性について指摘しましたが、

その背景にはこのようなネガティブ・フィードバックのシステムも関わっているように思えます。

なぜそのようなシステムが備わっているのかということについても想いをはせれば、

ケトン体が誘導される絶食状態は、言ってみれば一時的にそうなるのはよいが長引くと生命が脅かされる正にも負にも傾きうる不安定な段階です。

その不安定な状態を極力安定させるように働きかけ、不要にケトンの量をブーストさせず、必要最小限のケトン体で落ち着いて絶食状態が解除する行動をとれるように、

ケトン体を産生する脂肪分解にブレーキをかけ、交感神経を落ち着かせているのではないかという気が致します。


さてこの紹介記事に書かれていたもう一つ、「転写制御因子としてのケトン体」の話については、

長くなるので次回記事に回したいと思います。


たがしゅう

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