あえて基本を外す工夫

2017/02/05 00:00:01 | ストレスマネジメント | コメント:0件

基本を理解した上で、あえて基本を外すと新たな視界が開けてくるという事があります。

「にんげんだもの」の詩で有名な書家、相田みつを先生のスタンスはまさにそれでした。

相田先生は若い頃から書道のコンクールで優勝する程の腕前で、綺麗な字を書こうと思えばいくらでも書ける、書道家としての将来も約束されていたようなものでした。

それでも自分の伝えたいメッセージを、より自由な表現を求めて伝えようとするために、思考錯誤の末にあの味わい深い書体にたどり着いたということです。

医療の世界においても、標準治療からあえて外す必要があるという場面はあります。今の糖質制限がまさにそうです。

ただ単に標準から外せばいいというものではなく、標準と呼ばれるものがきちんと理解できた上で外すという事がとても大事なことになると私は思うのです。 さもなくばただ新しいものを追い求めるだけの新しもの好き、無秩序に標準外の事を取り入れていくだけでは秩序は生まれません。

先日も診療の中でこんな患者さんと出会いました。

30代の女性で、目がチカチカしてその後頭痛がするという訴えで来られた患者さんです。

これまで頭痛持ちではない方でしたが、最近になってそうした事が散発するようになってきたという事で脳が心配で神経内科外来を受診されました。

詳しいお話しを聞いて、診察をした結果、診断は片頭痛で、その前兆として知られる「閃輝暗点(せんきあんてん)」と呼ばれる症状が起こっていると考えました。

片頭痛の誘因は一般的にはチョコレートやチーズなど、本人にとっての特定の食品や、

睡眠不足、天候異常、月経不順など、大きくひっくるめてストレスが大きな要素を占めていると考えられています。

ただ私は片頭痛にケトン食が有効であるというデータ治療経験から逆算して、血糖値の乱高下も片頭痛の増悪因子となると考えています。

この患者さんの場合は、10代や20代の頃に頭痛がなく、30代になってじりじりと頭痛が出てきたというわけですから、

食事やストレスが誘因となって、もともとあった片頭痛の素因が顕在化してきた状況ではないかと私は考えました。

それでいつものように食事には糖質制限を勧め、何か最近感じているストレスがないかどうかを本人に振り返ってもらうよう促しました。

ところが彼女にはこれといって思い当たるストレスがありません。それでますます不安を募らせる彼女に対して私は、

「念のため頭部MRIを撮って何もない事を確認し、完全に安心するようにしましょう」とお話ししました。

出てきた頭部MRIの結果を見て、予想通り頭痛の原因になるような病変は何も見つかりませんでしたが、

1か所だけほんの数mm大の小さな脳梗塞があるのが偶然見つかってしまいました。

この状況であれば一般的には、小さいとは言え脳梗塞が見つかったことを本人に伝え、動脈硬化が進行しないように生活指導を行うのが多くの医師がとる行動だと思います。

しかし、ここで私はあえてこの小さな脳梗塞を彼女に伝えないという選択をとることにしました。

なぜならば、その小さな脳梗塞の存在を伝えることで彼女の中でのストレスがより大きなものになり、それ自体が片頭痛の増悪因子となる可能性が高いと考えたからです。

それはそこまで彼女と実際に話していて感じた私の直観ですが、彼女はすごく不安を感じやすい雰囲気を持っていました。

そしてそういう人に限ってですが、自分の中にあるストレスというのを自覚しにくいものです。ストレスが降りかかって体調を崩しても、その原因を自分の中ではなく別の所に求める傾向が強いのです。

それに仮に私がここで脳梗塞の存在を伝えなくても、どの道私は糖質制限指導を彼女にするので血糖値の乱高下を減らしてもらうことでそれがそのまま動脈硬化進行予防、ひいては脳梗塞の再発予防へとつながります。

だからこの脳梗塞が彼女にとって別に知らなくてもいい事実だと私は判断し、「脳MRIに大きな問題はありませんでした」と伝えました。

その結果、彼女は本当に安心した表情を見せ、「よかったです」と言われて、予防のための糖質制限を受けました。

そしてまた悪くなることがあったらいつでも来て下さいと伝え、彼女は外来を後にしたという経緯でした。


今回の私の診療行動には賛否両論あるかもしれません。

「患者に嘘をつくのか」とか、「後で見落としが問題になる」とかいう意見も聞かれるかもしれません。

しかし全て伝えればいいというものでもないと私は思うのです。それは患者さんのためというよりも自己保身のためになってしまってはいないかと思うのです。

患者さんがよくなりさえすればその方法論ははっきり言って何でもいいと思っています。祈祷でも催眠でもなんでもいい。

ただし、それは基本がわかった上での話です。私はどういう考えの下に伝えなかったかということも当然きちんとカルテに書き記しました。

患者さんが治るためにはどうするのが一番良いのか、常に試行錯誤の毎日ですが、

時には基本を外さなければならない時というのはあると思います。


たがしゅう
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