エビデンスに縛られる医師の行動

2018/08/07 00:00:01 | よくないと思うこと | コメント:0件

前回はPPIという胃酸分泌抑制薬を長期内服することでの問題点について紹介しました。

この問題について自覚的な医師は私の感覚では1割にも満たない印象です。

多くの医師にとってPPIは降圧剤やスタチンなどと同様に、患者の求めに応じて出す薬のひとつだという認識に過ぎないのではないかと思います。

だから「医師に任せていれば安心だ」と、自分の頭で考えることを怠っている患者さんは、

これら西洋薬長期内服による悪影響をもれなく受け続けることになってしまうわけなので、

くれぐれも患者の立場の皆様には自分の病気については主体的に考えてもらいたいわけですが、

実はPPIに関しては、ほとんどの医師を断薬に踏み切れなくするもう一つの大きな要因があります。 それはアスピリン潰瘍予防にPPIの併用が有効だとするエビデンスがあるということです。

アスピリンというのは西洋薬の歴史の中で最古とされている昔からある薬ですが、

もともとは1899年、ドイツのバイエル社という製薬会社で鎮痛薬として売り出された薬ですが、

何故鎮痛効果があるのかに関しては長らくわからないままでした。

それが、1971年にアスピリンにプロスタグランジンという炎症や発痛に関わる物資を抑えるメカニズムがあることがわかり、

アスピリンはその後も世界中で処方される薬としてその地位を確固たるものとしていきました。

ところがその反面アスピリンには重大な副作用がある事実も表面化していきました。

実はプロスタグランジンには痛みだけではなく、胃酸分泌を抑制したり、胃粘膜を保護する効果もあったこともわかり、

アスピリンを投与し続けると胃潰瘍や十二指腸潰瘍が起こることが明らかになってきました。これを「アスピリン潰瘍」と総称します。

ちなみに一般的な鎮痛薬として知られるロキソニンやボルタレンといった商品名が有名なNSAIDs(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs:非ステロイド性抗炎症薬)と総称される薬剤も、

アスピリンと同様の作用メカニズムを持っているので、同じく長く飲んでいると「NSAIDs潰瘍」という副作用を起こします。

このアスピリン潰瘍、NSAIDs潰瘍の予防にPPIをはじめ、プロスタグランジン製剤やH2ブロッカーという別タイプの胃酸分泌抑制薬が有効であるということが、

日本消化器病学会の消化性潰瘍ガイドラインにエビデンスありと書かれています。

このガイドライン、しばらく読み進めて利益相反の章に非常に多くの製薬会社とガイドライン作成委員会との間に経済的な関係にあるということが書かれています。

もしかしたらスタチン関連論文のようにエビデンス自体の操作がある可能性も否定できない状況です。

その真偽の程は定かではなく、その検証を行う作業も骨が折れるので、ひとまずその疑問は脇に置いておきますが、

これに関しては私は少なくとも臨床的な実感として、確かにアスピリンにPPIを加えていれば、胃潰瘍を予防できているという印象があります。

西洋薬処方に対して消極派の私がなぜそう言えるのかといいますと、

実はアスピリンにはもう一つ重要な役割である抗血小板作用、いわゆる血液をサラサラにする効果があることが1970年代後半から注目を集めるようになり、

脳梗塞や心筋梗塞の予防薬としてもアスピリンは長く処方され続けてきた歴史があります。

私は神経内科医として脳梗塞診療の現場でこのアスピリンを多くの患者さんに処方してきた経験があるのですが、

その中で時折胃潰瘍の副作用に見舞われる患者さんと遭遇することもあったわけですが、

そういう患者さんに限って自分もしくは別の担当医がPPIなどの胃薬を処方し損ねているということがよくありました。

今では神経内科医の中ではPPIなど何らかの胃酸分泌抑制薬を併せて処方することは定石となっており、

脳梗塞再発予防目的なのでアスピリンは基本終生内服しないといけない関係上、

必然的にそれに合わせてPPIの方も長期内服せざるを得ないという状況があるのです。

今ならアスピリンではなく、少し高いですがシロスタゾールやクロピドグレルといった新世代の抗血小板薬を再発予防薬として選択する神経内科医も多いと思いますが、

循環器内科医が主に扱う心筋梗塞の再発予防においては、アスピリンが最もエビデンスが集積しており、

逆に言えば新世代の抗血小板薬は心筋梗塞の再発予防に対するエビデンスが比較的不十分という理由で、

今でも循環器内科医からアスピリンが現役でバリバリ処方され続けている場面にはしばしば遭遇します。

この時にもアスピリン潰瘍予防という認識があるがためか、PPIなどの薬がセットで処方され続けているというわけです。

これが多くの医師がPPIの断薬に踏み切れないもう一つの大きな理由です。

これらの医師の行動はすべてエビデンスに縛られている側面も大きいように私は感じています。

エビデンスがあるからPPIを処方する、もしPPIを出さずに胃潰瘍を起こして助けられなければ訴訟問題にもなりうる。

だから長期的な副作用のリスクがあったとしてもPPIを長期処方せざるを得ないという医師の思考パターンです。

では脳梗塞や心筋梗塞を一度でも起こした患者さんは、今後そのリスクを背負っていくしかないのでしょうか。

次回はこの問題に対しての現時点での私の私見を記事にしたいと思います。


たがしゅう
関連記事

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する