論文検索能力と情報を引き出す恣意性

2021/12/04 21:15:00 | よくないと思うこと | コメント:12件

先日ブログ記事で取り上げた「こびナビ」副代表、Twitterアカウント名「手を洗う救急医Taka」こと木下喬弘ドクターの著書「みんなで知ろう! 新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話」の中から、

木下ドクターの思考の仕方を垣間見ることができる気になる箇所があったので、今回はそれについて書いてみたいと思います。

まずひとつ言えることは、木下ドクターはとても優秀な医師だと私は思います。

というのも、この本の文章には多数でかつ最新の医学論文が引用されています。私がTwitterでフォローし拝見している限り他にも本業以外にも様々な仕事を同時並行で行っておられるようなので、その多忙さの中でこの量の論文を読み込んで執筆するというのはシンプルにすごいことです。

それに論文の引用だけではなく、第三章で日本にワクチン忌避の文化が根づくに至った歴史的な背景について語るところでは、様々な事件を時系列で丁寧に紹介し、さらにはそれぞれの事件で誰がどの立場でどのようなことを発言していたかということを実に細かく取り上げておられます。古い新聞の記事もかなり深く読み込んでおられる印象でした。

そうした背景がある中で、私が気になった木下ドクターの文章があります。 それは誤情報の拡散について語られている次の一節です。

みんなで知ろう! 新型コロナワクチンとHPVワクチンの大切な話 単行本(ソフトカバー) – 2021/11/26
木下 喬弘 (著)


(p40より引用)

例えばテレビやSNSで「体温を上げると免疫力が上がる」という話を目にしたとして、

それを信じて友人に伝えてしまった場合、あなたは誤情報を拡げてしまったことになります。それはなぜかお気づきでしょうか。

そもそも「免疫力」とは厳密な定義がある言葉ではありません。

特定の抗原に対する抗体価であれば数値化できますが、細分化していくとキリがないほどに複雑な免疫の機能全体を、「上がった」とか「下がった」と評価することはできないのです。

また基礎体温の高い人のほうが死亡率が高いということを示した研究すら存在します(BMJ.2017;359:j5468)。

ただし、これは体温が高い人の中にがんや自己免疫疾患などの病気が隠れている場合があるのが原因ではないかと考えられており、基礎体温が高いこと自体が直ちに危険というわけではありません。

いずれにせよ、「体温を上げると免疫力が上がる」というのは、実は根拠がまったくないのです

このように、誤情報とは故意かどうかに関係なく拡散される誤った情報のことを指します。

(引用、ここまで)



この文章の何が引っかかったのかと言いますと、

まず「体温を上げると免疫力が上がる」という情報は、誤情報だと断定されるほど間違った情報であるとは私には思えませんでした。

木下ドクターの指摘される「免疫力は上がるとか下がるとか単純な数値変化で表現されるような用語ではない」というのは、

「免疫力」と表現される言葉の定義があいまいというところから確かに一理ある話ではありますが、

一般的に「免疫力が高い」と称される状態は、「感染症にかかりにくい」とか「かかったとしてもすぐに治るという状態」だという理解に置き換えることはそれほど無理はありませんから、

例えば、基礎体温が平均の範囲内で低い状態(例:35℃台)よりも基礎体温が平均の範囲内で高い状態(36℃台)の方が活発に代謝が行われているという生理学的事実や、

重症感染症において発熱が引き起こせずにむしろ低体温になる時には感染症として重篤な場合が多いという経験則があることなどを踏まえると、

体温を上げると免疫力が上がる」という情報は、専門的な言い方ではないにしても、一定の説得力は持っている情報だと私には感じられます。

ただそれを誤情報だと木下ドクターが断定する根拠のひとつに、「基礎体温の高い人のほうが死亡率が高い」ということを示した有名な医学雑誌の論文が紹介されていました。

本当にそんな違和感のある結論を下した医学論文があるのかと気になったので、その論文を読んでみることにしました。

するとその論文には次のように書かれていました。

Despite this, unexplained temperature variation was a significant predictor of subsequent mortality: controlling for all measured factors, an increase of 0.149°C (1 SD of individual temperature in the data) was linked to 8.4% higher one year mortality (P=0.014)

(以下、DeepL翻訳
しかし、原因不明の温度変化は、その後の死亡率の有意な予測因子であった。すべての測定因子を考慮した結果、0.149℃(データに含まれる個々の温度の1SD)の上昇は、1年後の死亡率を8.4%高めることにつながった(P=0.014)。



なるほど、確かに体温が上昇すると1年後の死亡率が高まる傾向が確認されたという結論なのですが、

その前に書かれている「原因不明の温度変化は、その後の有意な予測因子であった」という部分がさらに気になりました。この書き方だと「体温の上昇が死亡率を上げるのではなく、体温が上がると予想できない時に体温が上がることが死亡率を高める」という風に読み取れます。

言い換えれば、「体温調整システムが正常に働かない時に死亡率が高まる」とも理解できる文章です。単純に「体温が上がると死亡率が高まる」という内容とは随分ニュアンスが異なってきます。

そこで、さらに論文のDisucussion部分を読み込んでみることにしました。

We did identify a correlation between diagnosed cancers and temperature. This has been noted in the literature previously, either because of the direct metabolic demands of the cancer itself, or because of the body’s immune response. Subclinical infections or rheumatological diseases could exert a similar effect. If higher temperature reflected undiagnosed cancers or other illnesses, this would generate the correlation we observed between the unexplained component of temperature variation and subsequent mortality from these same illnesses.

(以下、DeepL翻訳
我々は、診断された癌と気温の間に相関関係があることを確認しました。これは以前にも文献で指摘されていたが、癌自体の直接的な代謝要求によるものか、身体の免疫反応によるものかのどちらかである。不顕性感染症やリウマチ性疾患も同様の影響を及ぼす可能性がある。不顕性感染症やリウマチ性疾患も同様の影響を及ぼす可能性がある。もし気温の上昇が診断されていない癌やその他の疾患を反映しているのであれば、我々が観察した気温変動の説明できない成分と同じ疾患によるその後の死亡率との間に相関関係が生じることになる



要するに気温の変化や、肥満のある人の方が体温が高くなる傾向があることなどから、体温変動が予想できるケースではなく、

そのようなパラメータの予想を覆すような体温変化をとる人には、がんやリウマチ性疾患を持っているという傾向があったということのようなのです。

言い換えれば、今回「体温が高くなればなるほど死亡率が高くなる」という結論が出た背景には、そうした予想外の体温変化をもたらすがんやリウマチ性疾患の患者の混在している要素が影響した可能性があるということです。

これは一律に「体温が高いと死亡率が高くなる」と論じるには誤解を招く可能性のある論文ではないでしょうか。むしろその結論を言いたいのであれば避けた方がよい内容にさえ思えます。

と思ったら、その点について木下ドクターもきちんと読み込んでおられるようで、がんや自己免疫性疾患の影響の可能性についてもきちんと言及されており、この論文の限界についても理解はされているようでした。

しかし問題はその後です。その但し書きの後、木下ドクターは「いずれにせよ、「体温を上げると免疫力が上がる」というのは、実は根拠がまったくない」と断じておられます。

その結論で終わるのはいかがなものでしょうか。少なくとも先述の生理学的現象や経験的事実から考えても「体温を上げると免疫力が上がる」という情報は、少なくとも一定の条件下では十分妥当である可能性は否定できないと私は思います。

そう思って「体温が上がると死亡率が低くなる」という論文は本当にないのかどうかを調べてみると、

例えば中国国内で暑い地域より寒い地域の方が死亡率が高いという論文がありましたし、マウスでの研究で体温が高くて安定していると寿命が長いという論文もありました。

勿論これらの論文の与える情報も限定的で、「体温が上がると免疫力が上がる」ということを証明する明確な根拠にはなりえませんけれど、少なくとも「「体温を上げると免疫力が上がるというのは、実は根拠がまったくない」と断定するのは言い過ぎなのではないでしょうか。


要するにこういうことです。

木下ドクターは論文検索能力が非常に長けていると思います。

しかし全ての情報を公平に検索しているわけではなく、あくまでも自分の価値観に合う情報を上手に検索しているということです。

一方でその反面、必ずしも自分の結論を導くのに十分な根拠を出し切れていないということにはあまり気づいておられないようです。

言い換えれば、結論は先に決まっていて、その結論を支持するような医学論文を集める傾向があると私には感じられます。

医学論文は玉石混淆、実に様々な種類があるということは以前にも当ブログでも述べさせて頂いたことがあると思います。

はっきり言ってどんな意見であっても、自分に都合のよい論文を引っ張ってくることが可能なくらい多種多様な医学論文が存在しています。

だから医学論文に論拠を頼り過ぎるのは、実は説得力があるようであまりない方法だと私は思っています。

ここは科学的根拠にこだわる専門家が陥りがちなピットフォールだと思います。

これはあくまでも私の推測で蛇足になるかもしれませんが、

「温熱療法」という治療法は西洋医学の価値観の中で科学的な治療法としてあまり認識されていないところがあります。

なぜならばランダム化比較試験などのエビデンスレベルが高いとされる研究を行いにくく、西洋医学の土俵に乗りづらい治療法であるからです。

それゆえ「温熱療法」は例えばがんの患者さんに対して自由診療の枠組みで一部のクリニックを中心に実施されていることがある治療法なのですが、

木下ドクターの頭の中にはひょっとしたらそうした背景についての知識があり、「「体温が上がると免疫力が上がる」というのは根拠がない」という思い込みがあったのかもしれません。

しかしながら医学論文がないことと根拠がないということはイコールではありません。

いわゆるエビデンス(医学論文)がなくとも、実際に患者さんに益をもたらす治療はたくさんあり、「温熱療法」はそのひとつだと私は考えています。

ともあれ、科学的だと言っている主張で、それがもしも医学論文ばかりを論拠にしている場合は、注意が必要だと私は思います。


たがしゅう
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コメント

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2021/12/05(日) 05:20:56 | | #
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Re: タイトルなし

2021/12/05(日) 06:55:35 | URL | たがしゅう #C.hfXFiE
名無しさん さん

 タイプミスの御指摘を頂き有難うございます。修正させて頂きました。

いつもありがとうございます

2021/12/05(日) 08:11:27 | URL | neko #yMRGtGHQ
考古学者も同じだと言いますよね。
(自分の仮説に近い証拠からストーリーを勝手に作り出す)
こういう方は基本的な部分では賢くないように思われます。

2021/12/05(日) 12:41:15 | URL | タヌパパ #-
 自分は、ここ10年近く、風邪かと感じた時は毛布(夏はさすがにタオルケット)に包まって寝るだけです。脱水症状には気を付けますが、初期の葛根湯以外の薬は飲みません。)

 すると38℃を越えて39℃前後の熱が12時間から15時間続き、その後3時間程で平熱に戻ります。この時点で風邪の不快感は消えています。

 医者に行かないので、インフルだったかは分かりません。インフルのワクチンは上司がうるさい時には打ちますが、数年に1回でした。

 平常の熱の高低とと、免疫機構がフル回転した時の発熱を同じに論じているのだとしたら、間違っていると思います。

 

Re: いつもありがとうございます

2021/12/05(日) 14:10:29 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
neko さん

 コメント頂き有難うございます。

 なるほど、そうなのかもしれませんね。
 考古学者の方にはきっとロマンがあってこうであってほしいという仮説があるのでしょう。
 それを他者に押しつけない限りは、どんな発想であっても自由と思いますが、わからないことへの仮説を立てて他人に影響を及ぼすことは他人への強要リスクを常にはらんでいるものなのかもしれません。自戒をこめて注意していたいと思います。

Re: タイトルなし

2021/12/05(日) 14:20:06 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
タヌパパ さん

 コメント頂き有難うございます。
 よい心身との向き合い方をされていると思います。

 要は病気をコントロールしようとする価値観の中に生きるか、病気をありのままの姿の延長線上だという価値観の中に生きるかという差を反映しているように私には思えます。

2021/12/07(火) 10:37:26 | URL | neko #yMRGtGHQ
>考古学者の方にはきっとロマンがあってこうであってほしいという仮説があるのでしょう。

素人ならロマンでいいですが、学者として給料をもらっている態度ではないと思います。

実は、たがしゅう先生、私は何年も前からこちらのブログのファンなのですがパスワードを忘れてずっと書き込めないでいました。しばらくぶりにトライしたらOKだったので嬉しいです!

断食道場の体験談や、糖質制限と肌荒れなどに関しても色々質問させていただいていました。先生はやはり30kg減量で止まってますか?私も下腹ポッコリが改善できないのが悔しくて。。。(栄養失調になっても下腹は凹みません。私の場合昔の果糖の取りすぎが原因ではないかと思ってます)

過去生体験の記事、驚きました!私も2年ほど前に行きましたよ(12人中9名が見れて3名はダメでした。私はダメ)。その後個人セッションもトライしてみましたがやはりダメ。夫などは過去生とか興味ないのに自然に感じるそうです。個人差が非常に大きいですね。

また書き込みできて嬉しいです!先生の記事大好きなのでこれからもよろしくお願いいたします。

Re: タイトルなし

2021/12/07(火) 11:24:34 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
neko さん

 コメント頂き有難うございます。
 またいつも当ブログを見て頂き心より感謝申し上げます。

>素人ならロマンでいいですが、学者として給料をもらっている態度ではないと思います。

 確かにそのお気持ちも理解できます。
 一方で一見無駄に思えることの中にも価値あるものへつながることもありますので、
 そのような研究を続けることを社会がどの程度許容できるかという視点も重要かもしれません。正解はないのかもしれませんが。

>先生はやはり30kg減量で止まってますか?

 止まっているどころか年単位でじりじりと増量してきています(^_^;)
 ただおかげさまで体調は良好なので、これはこれとしてありのままを受け入れる心も大切かと思っております。
 他人がどうであろうとも、自分に起こっていることが自分の中での紛れもない事実ですので。

 近年はブログの更新ペースがかなりマイペースになっておりご心配をおかけしているかもしれません。
 しかし書きたいことに出くわせば、その都度更新して参りますので、今後も温かい目で見守って頂けると嬉しいです。今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

2021/12/10(金) 16:10:00 | URL | ココア #-
今回の記事を読ませていただいて思い出したことがあります。

50年も前のことですが、小児病棟に入院してた時のことです。

ある少女が原因不明の病気になり歩くことも体を動かすこともできないようでした(私も子供でしたし昔の事なので病状については記憶があいまいなのですが)

小児科の医師も治療法が解らないようでしたが、ネルの生地をスチーマーで温め全身をそれで包むという治療を始めました。

結果、その少女は回復し退院しましたが、
薬を使わずいわゆる原始的ともいえる治療法で回復したことで、驚いたものです。

体温を上げるということに関係しているのかと思いコメントしてしまいました。



Re:タイトルなし

2021/12/10(金) 18:04:37 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
ココア さん

 コメント頂き有難うございます。
 また貴重なご経験をシェア頂き有難うございます。

 いくらエビデンスが「体温が高い方が死亡率が上がる」という結論を示そうとも、体温を高めて良い状態を経験をした人にとっては自分の体験こそが真実です。エビデンスには個性(個人差)を無視し、価値観を押しつける凶暴性があると感じています。

2021/12/11(土) 13:20:37 | URL | 高橋正洋 #-
脂質のATPへの変換効率の悪さからくる食後の発熱と、糖質制限による栄養(カロリーではない)の充実も、相関が高い理由かもしれませんね

Re: タイトルなし

2021/12/11(土) 13:26:57 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
高橋正洋 さん

 コメント頂き有難うございます。

> 脂質のATPへの変換効率の悪さからくる食後の発熱と、糖質制限による栄養(カロリーではない)の充実も、相関が高い理由かもしれませんね

 確かにそれはありそうですね。

 私も糖質制限やり立ての頃、一過性の手足の冷えを感じた後にその感じが消失し、冬でもよく患者さんから「先生の手は温かいですね」と言われる機会が増えました。
 おそらく糖質代謝から脂質代謝に移行することで、温熱産生が安定したのではないかと推察しています。

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