ピルは閉経を早めるか否か

2018/06/01 00:00:01 | お勉強 | コメント:0件

5月28日の当ブログ記事「限りあるエストロゲンを大切に」の中で、

糖質の摂取量が多くなればなるほど早期閉経につながるという事を示唆する医療ニュースを紹介しました。

その記事の読者の皆様とのコメントのやりとりの中で、「ピルを飲んでいると早期閉経につながるのかどうか」という疑問が湧きました。

ピルについて確認をしておきますと、経口避妊薬の通称であり、何も断りがなければ通常「低用量ピル」の事を意味します。

ピルの成分はエストロゲン、プロゲステロンという、いわゆる女性ホルモンです。

女性ホルモンを外部から投与する事によって、女性ホルモンのバランスを崩し、人為的に月経を起こさせなくするのがピルの役割です。 逆に言えば、月経を発来させるために人体は絶妙なさじ加減でエストロゲンとプロゲステロンの量を調整して、その現象を起こしているという事になります。

低用量でも外部からのホルモンでその絶妙バランスが崩されれば月経が起こらないなんて実に繊細に思えますし、それ故避妊薬として成立しているという話です。

さて、このピルと閉経時期について考える上で、前提とされている話があります。

それは月経と連動して起こる排卵という現象における主役、卵子の数は生まれた時点で一定の数が決まっているという話です。

一般社団法人、日本生殖医学会のホームページによりますと、

卵子の元になる卵母細胞は、女児がまだ母体内にいる胎生5ヶ月頃に最も多く、約700万個作られますが、

その後急速にその数が減少し、出生時には、約200万個となり、排卵が起こり始める思春期頃には、30万個まで減少するとされています。

しかし30万個の卵母細胞すべてが卵子となって排卵されるのではなく、実際に生涯で排卵される卵子の数はその1%以下にあたる400~500個程度だそうです。

このことは、1963年のBaker論文(Baker TG. A Quantitative and Cytological Study of Germ Cells in Human Ovaries. Proc R Soc Lond B Biol Sci. 158: 417-433, 1963)というもので示され常識となり、私も医学部で習いました。

という事は、ピルで排卵をさせなければ、その期間卵子放出を節約する事になるので、

閉経時期はピルを飲まない場合に比べて遅くなるのではないかという考えがあってもおかしくはありません。

ただその一方で実際に排卵される400~500個程度の卵子以外の99%以上の卵母細胞の状態がそのまま健康的に保たれているという保証はなく、

ピルを飲むことで乱れたホルモンバランスによって卵母細胞が予定よりも早く減少し、早期閉経につながるという可能性も否定できません。

はたしてどちらが正しいのかという事に関して、

産婦人科学は門外漢ではありますが、ざっと調べてみますと2つの大規模研究が見つかりました。

一つは2013年にAmerican Journal of Epidemiologyという雑誌に載った、3302名の閉経前女性を調査したカリフォルニア大学からの報告です(Gold EB, et al. Factors related to age at natural menopause: longitudinal analyses from SWAN. Am J Epidemiol. 2013 Jul 1;178(1):70-83. doi: 10.1093/aje/kws421. Epub 2013 Jun 20.)

この論文によりますと、「The median age at FMP(Final Menstrual Period) was significantly higher in women who(in descending order of significance) did not smoke, reported better health at baseline, had more education, had higher baseline weight, or had used oral contraceptives previously.」と書かれています。

訳しますと「最終月経期間の平均年齢は(以下有意度の高い順に)非喫煙者、ベースのアンケートでより健康的だと報告している者、教育度が高い者、ベースの体重が多い者、そして以前に経口避妊薬(ピル)を使用していた者で有意に高かった」となります。

要するに、「ピルを飲んでいれば閉経の時期が遅れる」という事を支持する論文です。

もう一つは2001年にHuman Reproductionという雑誌に載った8701名の女性を調査したオランダの論文です(de Vries E, et al. Oral contraceptive use in relation to age at menopause in the DOM cohort. Hum Reprod. 2001 Aug;16(8):1657-62.)。

こちらには「The use of high-dose OCs(oral contraceptives) advanced the onset of menopause by ~1.2 months for every year of OC-use compared with no OC-use. High-dose OC-use for ≧ 3 years, adjusted for confounding variables, increased the risk of earlier menopause compared with no OC-use (adjusted hazard ratio 1.12; 95% CI 1.03-1.21). The use of lower dose OCs did not increase the risk of earlier menopause (adjusted hazard ratio 1.00; 95% CI 0.91-1.09).」と書かれています。

訳しますと、「高用量のピル使用はピルを使用しない場合に比べて、1年ピルを使う毎に約1.2ヵ月閉経の時期を早めた。また3年以上高用量のピルの内服は、交絡変数を調整した所、ピルを使用しない場合に比べて早期閉経のリスクを上昇させた(調整ハザード比1.12; 95%信頼区間1.03-1.21)。低用量のピル使用に関しては早期閉経のリスクを上昇させなかった(調整ハザード比1.00; 95%信頼区間0.91-1.09)」ということです。

すなわちこちらは、「ピルは高用量であれば閉経を早めるリスクが高いが、低用量であれば必ずしもそうとは限らない」という結論のようです。

ちなみにインパクトファクターという、世界の他の研究者達にいかに多く引用されているかを示す指数で比べれば、

最初のAmerican Journal of Epidemiologyという雑誌は4.825、後者のHuman Reproductionの方は5.02と、いずれも甲乙つけがたいなかなかの高さです。

さて、このように複数の論文で異なる結論が出て対立している場合、私達はどのように考えればよいのでしょうか。

一般的にはより信頼度の高いエビデンス論文が出るまで判断を保留にすると考える人が多いのではないかと思いますが、

こういう時こそ役に立つのが「自然重視型」の考えではないかと私は思います。

つまり、自然な状態をキープしている事が自然界において最も安定する可能性が高い状態であろうという考えの下、

ピルを内服する行為が自然であるか否かという風に考えるのです。

自然を乱す要因が強ければ強いほど、秩序が保てなくなり人体は不安定な状態となります。

閉経が早期に来る事は、生命維持ホルモンであるエストロゲンの絶対量が減るということで、不安定状態と考えられます。

という事は人体を不安定化させる事に寄与するピルを飲むことは、人体の不安定化の結果として起こる早期閉経という現象に一役買うのではないかと考える方が妥当ではないでしょうか。

そう思ってピルを飲めば閉経が遅れるとの結論を出したカリフォルニア大学の論文の方を見返すと、他の要因に比べてそれほど強い関連が示されたわけでもないですし、

オランダの論文の方はピル用量の多寡を問題にしていますが、カリフォルニア大学の方は以前ピルを飲んでいたか否かというざくりとした状況把握です。結果に誤差変動を生じても不思議ではないと思います。

それにオランダの論文の方では、「なぜピルが早期閉経に寄与するか」についての考察で、「女性ホルモンを刺激するホルモンであるFSHの値がピル内服によって下がれば卵子の周囲を取り巻く顆粒膜細胞の中で酸化的フリーラジカルが増加する」との研究報告を引用していました。

不自然な条件で不安定なフリーラジカルが生じやすくなるというのもまた、私のこれまでの考察にも合致する事象です。

だから私はやはりピルは程度問題もありますが、

どちらかと言えば、早期閉経へ寄与するリスクが高くなるのではないかと考える次第です。

この分野に詳しい方の異論・反論があれば歓迎したいと思います。


たがしゅう
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