「リン酸塩」熟考
2021/05/21 06:00:00 |
お勉強 |
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発達障害のこども達に食品でミネラルを補充するアプローチが有効だとする本について紹介しました。
一方で前々回の記事で、「栄養素欠乏が病気の本質ではない」というような内容も書かせて頂きました。一見矛盾するような内容に思われるかもしれません。
そこで大事になってくるのが、「なぜ現代の食生活ではミネラル欠乏が起きやすいのか」というその理由です。
前回紹介した「食べなきゃ、危険!」という本の中ではその理由は大きく3つあると書かれています。
①弁当、惣菜、冷凍食品、レトルト食品などの原料に、水溶性成分とともにミネラルが溶け出た「水煮食品」がたくさん使われるようになっている
②「リン酸塩」がたくさんの加工食品に添加され、ミネラルの吸収を阻害している
③加工食品の原材料の大半が「精製」されて、ミネラルを抜かれている
この中で私が特に注目したいのは②の理由です。 ①と③は突き詰めれば「摂取不足」という理由になるのではないかと思います。ミネラル不足の原因として「摂取不足」は直感的にもわかりやすく納得しやすい部分があります。
確かに「摂取不足」がミネラル不足の原因と感じられる現象は医療の現場でもよく観察されています。
私が診る患者さんは高齢の方が多いですが、例えば低ナトリウム血症という血液中のナトリウムの濃度が低い状態の方にナトリウムを補充するとたいてい症状が改善します。
ところがそうした患者さん達が皆が皆、ナトリウムの摂取不足にあるかと言われたらそんなこともありません。
むしろ医療の中では「減塩絶対主義」とも言えるような風潮があって、多くの高齢患者さんは塩分(塩化ナトリウム)を減らすように言われ続けているけれど、
残念ながら減らし切れずにそのまま高塩分摂取になっているということがほとんどです。
そんな患者さんが何かしらのきっかけ、例えば肺炎や心不全などを発症し入院したときにこの「低ナトリウム血症」という状態に至ることが多いです。
普段の血液検査ではナトリウムは正常であったりする人であっても、入院したらナトリウムが急速に下がってきたりすることはよくあります。
入院して肺炎や心不全の治療を行っている際は、絶食で点滴にすることも多いので、それでナトリウム不足になるのではないかと思われるかもしれませんが、
点滴の中にもナトリウムは普通に含まれています。それに平素はナトリウム多めで過ごしていた人がほとんどです。摂取経路が経口から点滴に変わったくらいのことでナトリウムが不足するとはちょっと考えにくいです。
しかも私は7日間絶食したことがありますが、それでもナトリウムは少し低くなったくらいでとどまっていましたので、
ということでナトリウムの摂取不足が即、ナトリウムの低下につながるという単純な話ではどうやらなさそうです。
むしろここでのナトリウム低下の原因は、どうも肺炎や心不全が加わったことに関係があると考えるのが妥当かもしれません。
そして肺炎や心不全という状態の本質を考えるのであれば、「身体システムの過剰適応」及び「消耗疲弊」状態です。
「肺炎」は肺という場で起こった「炎症」という異物除去及び修復システムが過剰に駆動し抑えきれなくなった状態、「心不全」は心臓を拍動させて全身に血液やリンパ液をめぐらせるという循環システムが過剰に駆動し本来の機能がはたせなくなってしまった状態です。
このように特定のシステムが過剰に使用されることによって、別のシステム、ここではナトリウムを一定の濃度に保持するシステムにも弊害が出てくることが、ナトリウムを外部から補充しないと一定の状態を保てなくしてしまう病態の本質ではないかと私は考えるわけです。
そうすると冒頭の「ミネラル不足」の原因の中で、①や③の「摂取不足」は本質的な「ミネラル不足」の原因ではないという可能性が見えてきます。
しかも発達障害のこどもたちは病院で血液検査も受けていて、少なくとも医者からその存在に気づかれていないわけですから、少なくともそのミネラル不足は血液検査には反映されていないということになります。そうなると「摂取量が足りないからミネラル不足」という線はますます弱くなります。
そこで注目してほしいのが②の原因です。「リン酸塩」と呼ばれる食品添加物がミネラルの吸収を阻害する、とあります。
世の中には無数の食品添加物があって、もはやその影響を受けずに生活するのは不可能な状況です。
しかし「食べなきゃ、危険!」の共同著者の一人、国光美佳さんは、「せめてリン酸塩だけでも避けてほしい」と主張されています。はたしてそんな「リン酸塩」とは、一体どういうものなのでしょうか。
まず「リン」というミネラルがあります。化学式は「P」で表されます。
「リン酸」は「リン」に主として酸素が反応することで生成される化合物です。化学式は「H3PO4」です。
そして「リン酸塩」の「塩(えん)」とは、「酸由来の陰イオン(アニオン)と塩基由来の陽イオン(カチオン)とがイオン結合した化合物」のことを指しています。
「リン酸」は水に溶けると酸性になる「酸」ですので、相手が塩基(水に溶けてアルカリ性を示す)でかつ陽イオンとなるものであれば結合して「リン酸塩」と呼ばれる状態になります。
なので、「リン酸塩」というのは特定のひとつの物質を意味するのではなく、結合する「塩基」によって様々な種類があり、その総称を「リン酸塩」と呼ぶ、ということです。
人体にはこの「リン酸塩」の形で「リン」を保有している割合が多く、しかも人体において重要な役割をはたしている者が多いです。
例えば、遺伝子の構成成分としておなじみのDNAやRNAにも「リン酸」が含まれていますし、人体でエネルギーを生み出す化学反応の要であるATPにも「リン酸」が結合しています。
さらには人体の骨格を作る「骨」や「歯」の主成分にも「リン酸カルシウム」や「リン酸マグネシウム」という形で「リン酸塩」が関わっています。
いずれも人体における非常に重要な構成成分に関わっているとともに、「リン」の欠乏状態はめったに起こらないと言われるほど人体には十分な「リン」があり、しかも簡単には失われないという特徴があります。
ちなみに「偽痛風」という高齢者の膝や肘、肩などの大関節に激しい炎症を起こす病気がありますが、この原因は関節内に「ピロリン酸カルシウム」という「リン酸塩」が析出し異物除去反応が惹起されてしまうことだと言われています。
人体を構成する主要成分も、もともとの範囲を逸脱してしまうと途端に厄介な存在として立ちはだかってくるという話も示唆に富んでいますね。
さて「リン酸塩」には遺伝子や骨という基本構造として強固に人体の複雑な仕組みを支えている側面がある一方で、必要時にはATPからリン酸をひとつ外してADPに変換することでエネルギーを生み出すという固いだけではなく条件によってスムーズに切り離される柔軟性のある側面もあります。
その二面性は水溶液中ではリン酸塩が加水分解を受けやすくなり、乾燥状況下では安定するという「リン酸」の化学的性質そのものに理由がありそうです。
つまり「リン酸塩」は血液のような水溶液の中では、「リン酸」と相手の塩基のイオン状態へと乖離する一方で、ひとたび相手となる「塩基」との結合状態になればその結合性は非常に強いものになるというわけです。ただし、この辺り化学にとりわけ詳しいわけではないので、もし間違っていたら御指摘頂ければ幸いです。
さて、上記が一応正しかったとして、次に食品添加物としての「リン酸塩」について考えていきましょう。
食品添加物として認められているということは、国の安全性試験に一応は通っているということになります。
実際、「リン酸塩」は摂取しても体内に吸収されにくいという特徴があり、それが故に安全だとされているわけです。
そのことは先ほどの「リン酸」の「水溶液中に溶けてイオン化していなければ結合性が高い」という特徴を考えれば、
しかも「胃酸」が強酸性の液体で、酸性の「リン酸」が乖離しにくい水溶液だということを踏まえれば、
消化管から食品中の「リン酸塩」が吸収されにくいとしても矛盾はないように思います。
ところが、問題はその「リン酸塩」を無意識のうちに半端なく多く摂取してしまっている可能性がある、ということです。
前述の本の中では、「リン酸塩」の摂取量は食品添加物の中でトップクラスに多いと言われています。なぜそんなことになるのでしょうか。大きく理由が2つあります。
ひとつは「リン酸塩」を食品に添加する目的が幅広いことです。
例えば、あるときは食品の油分と水分を混ぜ合わせる乳化剤として、またあるときは濃度の薄くなった食品成分と成分とを結合して見かけ上の量を増やし形を作る増量剤として、
さらにあるときは食品中のpHを調整することで、保存性を高めて品質維持をはかるpH調整剤として、
練り物や加工肉、チーズなどの乳製品など広く用いられています。あるいは酒のつまみになるようなさきイカ、イカ燻製、イカ軟骨、チーズたら、チーズかまぼこ、食肉乾燥品、サラミなどにもしっかり「リン酸塩」が入っています。
冷凍食品や缶詰にも漏れなく入っています。保存料としての「リン酸塩」の役割も大きいので、およそ保存に向いた食品にはほぼ「リン酸塩」が関わっていると言っても差し支えないほどです。
糖質制限実践者が食べがちな食品も多いので、見過ごせない話ではないでしょうか。
もう一つは、「リン酸塩」の表示義務に抜け道があるという点です。
食品添加物として「リン酸塩」が入っている食品には、裏側の成分表示に「リン酸塩」「ポリリン酸塩Na」「メタリン酸塩Na」「ピロリン酸塩Na」などと書かれているのが基本ですが、
そうした表示がないにも関わらず、実は「リン酸塩」が入っているケースが結構あるというのです。
例えば「キャリーオーバー」と呼ばれる食品表示に関する制度があります。例えばかまぼこの製造業者が魚を買って魚肉すり身を作るときに「リン酸塩」を使ったら表示義務が発生しますが、
材料としてすでに「リン酸塩」が入っている魚肉すり身を買って、二次的に魚肉すり身を作るとその魚肉すり身に対してはは「リン酸塩」の表示が免除されるというルールがあるそうです。なんともおかしなルールです。
また「リン酸塩」と表記せずに、「乳化剤」とか「pH調整剤」などと表記するパターンもあります。前述のように「リン酸塩」が何のために使われているかという知識がなければ到底気づけません。
こうした理由を背景に知らないうちに「リン酸塩」を過剰に摂取してしまえば、いかに吸収されにくいと言えど、多少なりとも「リン酸塩」が体内に吸収されてしまうことは起こりそうです。
ところがひとたび吸収されて血液中に「リン酸塩」がめぐる状況になれば、リン酸塩は血液という弱アルカリ性の水溶液中でイオン化し、結合する相手を探せる状態になります。
その結合相手として人体において最も一般的なものがカルシウムです。前述のようにリン酸カルシウムというのは骨の構成成分でもあり安定性の高い化合物です。
つまり「リン酸塩」の過剰摂取によって、カルシウムとの結合が起こり、カルシウムの喪失が起こってしまうと、言い換えれば「リン酸塩」というミネラル化合物の摂取がミネラルの喪失を引き起こす構造があるということです。
一説では「リン酸塩」の過剰摂取は骨粗鬆症につながる可能性があるとも言われています。ただしその「リン酸塩」の過剰摂取が骨粗鬆症を引き起こすというデータには否定的な見解もあるようですが、カルシウムは何も骨だけに関わっているミネラルではありません。
実は細胞の中でカルシウムは小胞体という場所に貯蔵されており、細胞が活動する際にはそこからカルシウムが放出されて例えば神経細胞が興奮したり、筋肉細胞が収縮したりという現象にカルシウムは関わっています。
なのでカルシウム自体は骨という巨大な貯蔵庫があるので、「リン酸塩」が入ってきてカルシウムが奪われたとしても、少々のことではカルシウム濃度自体は下がりませんが、
人体のシステムとしてカルシウムが使いにくくなる状況は様々な細胞機能に支障をきたしています。ミクロレベルでは先ほどの小胞体という細胞内小器官に「小胞体ストレス」と呼ばれる負荷がかかり、その後のタンパク質の合成などに支障をきたしたりする可能性が指摘されています。
つまり発端はミネラルの喪失という小さな出来事であっても、人体全体のシステムの過剰適応につながる事態へと発展しうるメカニズムが存在しているということです。
「ミネラル不足」には「ミネラルを補おう」が一番わかりやすい話ではあります。
勿論補うこと自体を否定するわけではないし、実際補ってよくなっているこども達もいるわけだから補ってよいわけですが、
その「ミネラル不足」の原因の本質がシステムを過剰使用させる代謝障害にあるという事実を見過ごしてしまうと、
ミネラルを補えど補えど根本的な問題が全く解決しないというドツボにハマってしまうリスクもあると思います。
そうならないようにするためにも、添加物の含まれない形でミネラルを摂るという発想はとても大事なのではないでしょうか。
サプリメントによるミネラル補充でうまくいっていない人には是非とも心に留めてほしい話です。なぜならばサプリメントにも往々にして「リン酸塩」が添加物として含まれているからです。
いかに天然に近い状態で栄養を摂るかという視点も深めていく方がよいかもしれません。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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