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より純粋なサービスを提供するために

category - ふと思った事
2017/ 04/ 02
                 
医療はよくサービス業と言われます。

農業などの一次産業、工業などの二次産業に続き、サービス業は三次産業と位置づけられ、

産業としてのサービス業にはサービスを受ける側と与える側との間での金銭のやり取りが不可欠です。

一方でお金がある程度大きく動くようなサービスには、人を変えたり、人間関係をシビアにする側面があると思っています。

例えばあるサービスを受けた時にお金を支払う前と支払った後でのサービス提供者の接客の印象が全然変わったり、

あるいは逆にこちらがサービスを提供している時には和やかであった人間関係が、そのサービスの提供が終わった途端に相手の態度が冷たくなったりするというケースです。

そうしたサービスは、「お金ありきのサービス」になってしまってはいないかということです。
            

奉仕の精神というものは、いかなる状況においても真心を持って相手に接するのが基本だと思いますが、

それがお金によって歪められてしまえば、それはサービスであってサービスではなくなるのかもしれません。


最近、物事の優先順位というものをすごく意識します。

先日も欲望よりも信念を先におくべきという考えを記事にしましたが、

これは「友達はいらない」という考えにも通じます。

友達は作ろうと思って作るものではない、友達を作ることが先、ではないのです。

自分をしっかりと持ち、自分のできる事で周りに奉仕し、その事で周りの人達が自分を受け入れてくれる、気が付けば友達ができている、

友達とはそうやってできてくるものだと私は思います。

ですから自分のなすべきことで優先順位の高いことは、

結局、「自己受容」→「他者信頼」→「他者貢献」という幸せのサイクルへとつながっていくのではないかと思います。


さて純粋なる他者貢献、純粋なるサービスを行うためには、お金の存在は非常に厄介です。

お金に捉われれば純粋な奉仕の精神が失われますし、かといってお金を受け取らなければそれはいわゆるボランティアであり産業としては成立していきません。

どちらにも着地させてもらえない難しさというものに生きていてよく遭遇します。

しかし少なくとも、「お金を儲けたいという欲望」よりも「誰かに貢献したいという信念」を先におくこと、

それがより純粋なサービスを提供する上で最低限必要なスタンスになるのではないかと私は思います。

少なくともそれが逆になっているようなサービスは、それがどれだけ質の高いサービスであったとしても欲望の影をぬぐいきれません。

これから新しい医療サービスを構築していこうとするならば、

そういう事を基本として頭に入れておく必要があると思っています。


たがしゅう

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コメント

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オンライン通院
たがしゅう先生、こんにちは。
いつもブログ拝見しております。
お忙しい中更新ありがとうございます。

最近『オンライン通院』と言うシステムがある事を初めて知りました。
たがしゅう先生に診察をお願いしたくても物理的に無理な方々きっといらっしゃると思います。
組織に所属されてらっしゃるとなかなか難しいのかと思いますが、機会があればオンライン通院と言うシステムをご検討頂き、導入して頂けたら有難いと思います。

お時間許す時宜しければ下記の言葉で検索されてみて下さい。
クリニクス オンライン通院
Re: オンライン通院
一読者 さん

情報を頂き有難うございます。

斬新なシステムとは思いますが、私はあまり気乗りがしないです。

というのも、カウンセリングならすでにこのブログでやっているようなものです。そのような相談でお金を取るのは気が引けます。
また私が扱う漢方は人に触れてこそなんぼの医学です。遠隔診療ではどうしても精度が下がります。
それに会って初めてわかる表情や声のトーンなどの非言語情報もたくさんあります。

便利なようでいて便利ではないシステムなのではないかと私は思います。