セロトニンは敵か味方か
2013/11/15 00:01:00 |
普段の診療より |
コメント:6件
薬と毒は表裏一体です。
ある物質でも少量であれば薬、多量であれば毒として扱われることも多々あります(例:シワ取りに使われるボツリヌス毒素)。
また薬として扱われるもの自体をみても、ヒトにとって都合のよい作用を「主作用」、都合の悪い作用を「副作用」と呼んでいるだけなので、良い面と悪い面、すなわち表裏一体性があります。
そんな中、本日はセロトニンについて考えたいと思います。
セロトニンは一般的には「幸せホルモン」などと呼ばれ、ストレスに対して精神的な安定や平常心をもたらすとされる脳内の神経伝達物質です。
また現代病としても広く知られるようになった「うつ病」のメカニズムの一端としてセロトニンの欠乏が関わっているという仮説が示されています。
それならばセロトニンは身体に多ければ多いほどよい、ということなのでしょうか。 いえ、決してそういう単純なものではありません。
例えば、「セロトニン症候群」というセロトニンが過剰になりすぎて起こってくる病気があります。
脳内でのセロトニン濃度が高まりすぎると、頭痛、めまい、嘔吐などの原因となり、ひどい場合は昏睡、死に至ることも起こり得る病態です。
セロトニン症候群は通常、セロトニンを増やす作用のある薬の使用によって引き起こされる場合がほとんどです。
例えば抗うつ薬として使われるSSRIという種類などがそうです。SSRIはセロトニンを出した神経細胞が次の神経細胞へ伝える際に一部もとの神経細胞に再取り込みされるのをブロックすることで、結果的にセロトニン濃度を一方向的に高めるというタイプの薬です。
セロトニン症候群という病気が薬で起こりうるという事実だけ考えても、セロトニンがあればあるほどよいというものではないということがわかって頂けるのではないかと思います。
私は、セロトニンは絶対量が大事なのではなく、「自然なタイミングで自然な量だけセロトニンが出てくる」というバランスが大事だと思っています。
そしてそのタイミングや量の調整は脳が複雑な働きで絶妙にコントロールしてくれています。
確かにSSRIを使うことでセロトニンの濃度は高まりますが、微妙なタイミング調整については全くケアされていません。
話は最近私が経験した症例の話に移ります。
私は最近、ケトン食を利用して精神面に作用する向精神薬という薬を飲みすぎている患者さんの薬の離脱ができないかという事に時々取り組んでいるのですが、
先日、ケトン食のメカニズムを納得され、向精神薬の離脱に取り組んだ30代の女性がおられました。
一般的に向精神薬を飲みすぎている方というのは明らかに表情が乏しく、俗な言い方をすれば「病んでいる」といった印象を強く受けます。
非常に苦痛にゆがんだような表情をされているこの方もやはりSSRIや多種の抗不安薬、様々な向精神薬を飲まれていました。
そして、この方には小さなお子さんもおられました。ご本人もまだまだお若いし、これからこの子も立派に育っていかなければいけない、こんなところでつまづいているわけにはいかないのではないかと,勝手ながらに私は思いました。
私は自身が糖質制限/ケトン食でうつ病を克服した経験をお話し、「薬を減らしながらケトン食を実践してみませんか」とお話したところ、その患者さんはきちんと私の話を納得することができました。
やり方を紙に書いて説明しまずは3週間ほど時間をかけて一つずつ薬を減らしていきましょうと説明しました。
ところが3週間後、外来で再びお会いした際に、薬の害をよくわかって頂いたためか、なんと複数あった薬を一気にすぱっと全てやめてケトン食を実践し続けられたとのことでした。
大丈夫だったかと一瞬不安になりましたが、表情にはまだ陰りが残るものの、私との会話で時折笑顔や笑い声がみられたりして、明らかに良い精神状態に向かっておりました。
ただ全てが順風満帆というわけではなく、一つ落とし穴がありました。
この患者さん、やせ型の体型だったのですが、
糖質を制限するのには成功しているのだけれど、肉やチーズを食べるのがどうも体が受け付けないとおっしゃったのです。
肉、チーズは糖質制限において重要な位置づけなので、このまま糖質制限をし続けたら「糖質制限+カロリー制限」になってしまいヘロヘロになってしまいます。
どうしてこうなってしまったのかについて自分なりに考えてみました。ここでもう一つセロトニンの裏の側面が見えてきます。
それはSSRI離脱症候群という病態です。
この病態の詳しいメカニズムは不明ですが、「SSRIを急に中断したときにそれまでセロトニンを薬に依存して産生をさぼっていた脳が、急になくなった薬に驚いてすぐにセロトニンを作り出すことができなくなって起こる」という事が考えられています。
この患者さんが食べられなくなった背景にはもともとの小食体質に加えてSSRI離脱症候群が重なってしまった可能性が考えられます。
ただその症状は依存症の離脱症状と同様、基本的にずっと続くものではなく一過性です。
なので何とかその症状が治まるまで耐え忍んでほしいのですが、それでも食べられないせいで栄養失調になって動けなくなれば元も子もありません。
ここで私は何とか食欲を改善させようと六君子湯という漢方薬を使うことを選択しました。
実は六君子湯はセロトニンが関わって食欲を改善させるといわれているのですが、SSRIに比べて作用のメカニズムが複雑です(詳しくは後日記事にしたいと思います)。
単一の成分が抽出されている西洋薬は、基本的には一つの薬理学的作用機序によって身体に何らかの作用をもたらすものですので、身体に急峻な変化をもたらします。
一方漢方薬の作用は一般的に西洋薬に比べてマイルドです。なぜなら漢方薬は単一成分で作用するわけではなく、複数の生薬の組み合わせで成り立っており、複雑なしくみで身体に作用を及ぼすからです(実際には西洋薬なみに急峻に作用する漢方薬もありますが)。
ですので「漢方薬は食事に近い薬」という言い方もできます。
従って身体にとって自然かどうかでいえば
食事療法(糖質制限)>漢方薬(複数生薬)>西洋薬(単一成分)
という関係が成り立つと私は考えています。
セロトニンのことを考える際には、多い少ないとかは問題ではなく
「いかに自然なセロトニンバランスを邪魔しないようにするか」
「Do No Harm(まず害をなす事なかれ)」の考えが大事だということだと思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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No title
毎日楽しみにブログ拝見しています。
大変勉強になります。
>セロトニンは自然なタイミングで自然な量出てくる>バランスが大事
なるほどそうなんですね。セロトニンの量ではなく身体をいかに正しい方向に持っていくかが大事なんですね。
たがしゅう先生は向精神薬を飲みすぎてる患者さんの薬の離脱についてケトン食を勧められてるということですが
ケトン食はどのような食事でしょうか?
教えていただかませんか?
私の娘もいじめ(発達障害もあります)からうつ状態になり
薬を多剤服用しています。糖質制限を取り入れましたら、気分の波が小さくなった気がします。
なんとか食事で減薬したいと思ってます。
いつも質問ばかりですいません。
Re: No title
御質問頂き有難うございます.
> たがしゅう先生は向精神薬を飲みすぎてる患者さんの薬の離脱についてケトン食を勧められてるということですが
> ケトン食はどのような食事でしょうか?
> 教えていただかませんか?
私が指導するケトン食は厳密なものではなく,緩やかなケトン食である「修正アトキンス食」をベースにしています.
この患者さんにはまず血糖値の乱高下が精神状態に悪影響を与えることを説明し,
血糖値を上げるのは炭水化物(糖質),脂質やたんぱく質は血糖値を上昇させないという事実を伝えました.
その上で精神状態を安定させるために炭水化物を極力避けること,その代り脂質やたんぱく質をしっかり摂るように指導しました.
具体的には米,パン,めん類,イモ類,お菓子,ジュースを極力避け,
肉,魚,卵,野菜(イモ以外),豆類,豆腐,きのこ類,海藻,(お菓子の代わりに)チーズやナッツ類などなどをしっかり食べるようにと,
基本的にはそのように指導をした形になります.
あとは患者さんからの質問に適宜答えて実践してもらっている状況です.
御参考になれば幸いです.
No title
ありがとうございます。
糖質は避けるようにしていますが量を食べるために
ご飯、パンを食べてしまいます。食費アップ覚悟して厳密にやってみます。
セロトニンの不思議
読みますと、セロトニンは幸せホルモンというより、抗不安ホルモンって言った方がよいものでしょうか?
インスリンと同じで、不安が多くて多くてセロトニンを身体が一生懸命出していたけどもう疲弊してギブアップ=うつ病なのでしょうか。
もし、幸せを感じたときにセロトニンが出てくるんだったら、美しい音楽を聴いたり、美しいものを見たり、大好きなアイドルに会いに行ったりすれば即解決だと思うのです。
美容女子の常識で、「ときめけ」というのがあります。高級な美容液より女性ホルモンの分泌。それには、福山雅治さん、ジャニーズの二宮くん、イ.ジュンギさん、イケメン店員さんにときめく、心の追っかけ、脳内恋愛をするんです。 (すべて私の好みです。名前を出した方、すみません)
セロトニンが幸せな時出るのだったら、とにかくひたすら楽しいことをやるようにすればいいと思うのですが。
不安な時に出過ぎて枯渇するものだったら、今度はとにかく不安なシチュエーションに自分がいかないようにプチ引きこもりをしたり、ずる休みをしたり...でも、そういうことができないから、うつ病になったりするのですね。
自分でもセロトニンを出す出し方のコントロール法が、ないのでしょうか?ドライアイで涙が出ない時はパソコンを控えるとか目薬を差すとかみたいな。
Re: セロトニンの不思議
いつもコメントを頂き有難うございます。
> セロトニンは幸せホルモンというより、抗不安ホルモンって言った方がよいものでしょうか?
確かにそういう側面もございます。
わかりやすさ重視であえて「幸せホルモン」という表現をしましたが、
実際はセロトニンは睡眠覚醒リズム、体温調節、消化器系、痛みや食欲など、様々な働きを司っているといわれています。
セロトニンの抗不安作用はその多種多様な働きの一側面を現しているに過ぎず、多くの場合「うつ病=セロトニン不足」という単純な図式で説明できるものではないのです。
それだけ複雑なものなので、セロトニンをうまく調整する方法に王道はなく、ましてセロトニンを増やす薬を使えばよいという短絡的な考えには賛同できません(勿論、明らかにセロトニン欠乏が示唆される状況の場合は別ですが)。
基本的に脳に任せた方がいいと私は思います。そして脳に任せるためには心身ともに健康であればよいと思います。糖質制限はそれを成し遂げるための一つのツールです。
しかしそういう事を抜きに考えても、「美しい音楽を聴いたり、美しいものを見たり、大好きなアイドルに会いに行ったりする」ことは、豊かな人生を営むために重要なことですね。
ありがとうございます。
心身ともに健康であるために、美しいものを見たり、イケメンを追っかけたり、美容道に邁進したり、お稽古ごとをしたり、たがしゅう先生のブログを拝見したりしたいと思います。
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