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内科医が糖質制限を推進しにくい理由

category - 素朴な疑問
2017/ 01/ 19
                 
ある糖質制限仲間の方から面白い話を聞きました。

あくまでその方のネットワークで知りえた範囲内の話ですが、糖質制限推進派医師には外科系の医師が圧倒的に多く、内科系の医師は少ないのだそうです。

そう言われてみれば江部先生はまず内科医ですが、

私が比較的よく交流させて頂いている糖質制限推進派医師の方々を思い浮かべると、整形外科、形成外科、外科、産婦人科・・・確かにほとんどが外科系の医師です。

精神科で糖質制限を理解してくれている先生との交流もありますが、

そういう先生は漢方も使っておられたり、もともと柔軟な思考を持っておられる場合が多いです。

純粋に内科医で糖質制限を理解している医師というのは確かに少数派であるように思います。なぜなのでしょうか。
            

たまたまかもしれませんし、あくまでも集団としての傾向なので必ずしも個別には当てはまらない事だと思いますが、

それを承知の上で、少しその理由について単なる想像に過ぎませんが、自分なりに考えてみたいと思います。


まず私が考える内科医と外科医の一般的な特徴の差についてですが、

内科医は病態を分析し、細かい事まで突き詰めて考えていくこだわり系の思考の人が多い印象です。

頭脳派と言えば聞こえがいいですが、あれこれいろいろ考えて話を頭の中でストレスを抱え込みやすい弱点もあります。

また医療が専門分化していく中で、一人の内科医が扱う身体の専門領域はますます狭くなってきています。

その代わり自分の専門領域であればどんと来いという事で、例えば腎臓内科専門医なら腎臓の事なら何でも聞きなさいという形でプライドが高められていくのも内科医の特徴だと思います。

一方の外科医はわかりやすい結論を求める思考パターンの人が多いように思います。それは手術という治療手段の特徴を考えてもわかります。

原因はよくわからないけれど、とにかくここにある悪いものを取ってしまえば身体にとって有益と判断するような思考で手術に踏み切ったりします。

外科医も手術の腕という部分ではプライドが高められていく部分はあると思います。しかしながら内科疾患の細かい病態の事に関しては内科医に任せておけばいいという考えの人が多いです。

そういう外科医に対して、糖質制限という極めてシンプルでかつ、他人に任せずとも自分の指導で病態がコントロールできる治療手段が知らされたらどうでしょう。

外科医にとって糖質制限を導入する事のメリットこそあれデメリットはあまりありません。あるとすれば糖質制限反対派の内科医との軋轢くらいでしょうか。

でも、それさえも「患者が治ればそれでいい」というシンプル思考があれば受け入れられる、それが外科医が糖質制限を受け入れやすい理由の一つではないかと考えます。

けれど内科医の方はと言えば事情が違ってきます。

例えば腎臓内科専門医が糖質制限を知ったとして、

「腎臓への血流を左右する動脈硬化リスクを減らす糖質制限は有用」という理屈を説明されたとしても、

今までプライドを持って腎臓診療に当たってきたのに、腎臓の非専門家たる人物から突然そのような話を聞かされたとしても、

容易には受け入れられないことは想像に難くありません。

そんな事がもし正しいとするならば今まで自分がやってきたことは何なんだという気持ちになり、

それが受け入れられない内科医は自分のこれまでの行為を正当化し、自分を守ろうとします。

そんな自己防衛を乗り越えて、それでも正しい事をするためにこれまでの自分が行ってきた医療行為を抜本的に見直そうと思えた内科医だけが糖質制限を受け入れられるのだとすれば、

それは確かになかなか大きなハードルなのかもしれません。


私が属する神経内科の領域においても、

難治性てんかんに対するケトン食があれだけの効果と実績の歴史を積み重ねてきても

神経内科の雑誌の中でケトン体に対する肯定的な認識が広まってきても、

それでも糖質制限推進派を公言する神経内科医は私の知る限りほとんどいません。それとこれとは話が別、糖尿病専門医に任せておけばよい、となってしまうのです。

最後に、私はなぜすんなり糖質制限推進派医師になれたのか、について分析してみます。

私はもともとギリギリ医学部に入れてもらえたような人間です。

真面目ではありましたが、他の医学部に入るような人達の学力と比べてとりたてて高いというわけではありませんでした。

だからプライドは高くなりにくいという状況がまずあったと思います。加えて私は総合診療医志向の内科医でした。

特定の専門領域で活躍する医師より、何でも診る事ができる医師というのに憧れて、それこそ「患者が治ればいい」という考えの持ち主でした。

だから治るためであったら専門領域にこだわらず、漢方だってなんだって勉強する事は厭いません。

そもそも神経内科を私が選択した理由も、内科系の中で最も総合診療的な科であったからという事でした。

この思考も糖質制限を受け入れやすくした背景に合ったかもしれません。

そして何より糖質制限を初めて知った時、私は医師として人生のどん底の時期でした。

病も抱え、人間関係に悩み、生きる意欲も失いつつあったその時に救世主のように現れて私を救ってくれた糖質制限を、

私が推進しない理由はもはや存在しなかったように思います。

逆に言えばそうした条件がなければ、内科医が糖質制限を完全に理解するのには、

今でも見えない大きな壁が立ちはだかっているのかもしれません。


たがしゅう

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コメント

非公開コメント
        

共感します
たがしゅう先生へ
ご無沙汰でした。

自分と家族の糖質制限をすんなり始めた形成外科医です。

私が「湿潤療法」をすんなり始められたのはどうしてだろうと、不思議に思っていました。

傷の治療の専門医が、軟膏治療をやめて、
ラップをはるだけという、暴挙(?)に手を染めたとき、
それは、二人目の子の産休明けでした。

バリバリ働いていた以前の病院を退職し、
育児期間をあけて就職した今の病院で、
形成外科医は私一人でしたし、当時院内にいた外科系の医師は、褥瘡にそれほど関心もなかったので、
私がメインで治療方針を決められたという、ラッキーな状態だったこともあるでしょう。

内科医にしても、もしかして、
(たがしゅう先生のように)
自分の生活や職場や、人生上の何か大きな変化に直面しているとき、
まるで違った概念(糖質制限)に出会ったら、
受け入れてくれやすいかもしれないと、
ちょっと淡い期待も持ちます。

でも、数日前、
熱傷で私が治療を始めた患者さん、
結構な高血糖を放置していたようでした。

かなり悩みましたが・・・
当院内科にコンサルトしてしまいました。
インスリン始まってます。

う~む。まだ度胸のない、私です・・・

Re: 共感します
たかはし 先生

 コメント頂き有難うございます。

> 自分の生活や職場や、人生上の何か大きな変化に直面しているとき、
> まるで違った概念(糖質制限)に出会ったら、
> 受け入れてくれやすいかもしれない


 そうですね。
 そう言われてみれば、私が糖質制限に出会ったのはある意味最高のタイミングだったのかもしれません。

 より良い改善方法がわかっているのに、様々な事情からそれを容易に提案できない状況があるという事は私もよく理解できます。その中で悩みながらより良い方法を模索していくしかないのではないかと思います。
No title
たがしゅう先生

豚皮揚げの会をはじめ、糖質制限の会でお会いするお医者さんで外科系の先生が多い理由が何となく見えてきました

私自身、職場等で雑談する時、医科の先生に糖質制限の話題をすると話をそらされる事が多くあります。苦笑して真面目に会話されないヒトが多い理由もわかるような気がしました。

しかし糖質制限の有効性がこれほど広まった今、スルーは難しくなっているような気もします。それゆえに「緩やかな糖質制限」というに妙な考え方が出始めているのかもしれません。

くんだみえ
Re: No title
栗田三江(くんだみえ)さん

 コメント頂き有難うございます。

 あくまで私の個人的見解ですが、少しでも参考になるかもしれないと思い記事にまとめさせて頂きました。
No title
>私はもともとギリギリ医学部に入れてもらえたような人間です。真面目ではありましたが、他の医学部に入るような人達の学力と比べてとりたてて高いというわけではありませんでした。

私の息子は塾にも行かず独学だけで某公立高校理数科に合格しました。恐らく合格者中学力入試点は上位10位内ながら内申点は最下位だった筈です。配点比率は内申点の方が高かったので総合点では80人中65位前後だったと思われます。その後(中学時代はあまり勉強してこなかったので、高校からは勉強しようと思ったみたいで)本人なりに努力し、卒業時には理数科80人中5位で卒業し、京大理学部に上位合格しました。311人中恐らく40-50位くらいの成績だったと思われます。高校3年の秋から強迫神経症になり、センター試験後二次試験までの一か月間殆ど勉強できなかったにも関わらず合格できたのは、高校3年秋時点で合格できるだけの実力があったのだと思います。駿台京大実戦模試も河合塾京大オープンも合計4回受けましたが、4回とも合格判定はAでしたから。
しかしながら病気が治ることはなく、大学1年の2月に自ら命を絶ちました。

何が言いたいのかというと、成績が良かったからと言って、大学入学後に伸びるとは限らない訳です。医学部医学科入試も同様に、東大理Ⅲに合格した生徒が、その後優れた医者になっているとは限りません。「東大卒の外科医に優秀な人はまずいない」なんて言われているくらいですから。天皇陛下の執刀医の天野篤さんは、3浪→日大医学部卒の非エリート医師ですが、天野医師より優れた東大京大旧七帝大卒の外科医はいなかったということでしょう。逆説的な言い方になりますが、寧ろエリート意識のない医者の方が優れた人が多いかも知れません。「学生時代の学力の高さ≠医者としての力量が高い」と思います。
Re: No title
そうすけ さん

コメント頂き有難うございます。
またお辛い御経験を語って頂き深謝申し上げます。

> 「学生時代の学力の高さ≠医者としての力量が高い」

私も、ひがみや妬みなどではなく、本当にそう思います。
特に糖質制限を知れたおかげでその事は如実に感じられるようになりました。

学力の価値を画一的に指導される学校教育のシステムの中では、それ以外の価値が軽視されがちです。自由に生きたいと思っても学歴社会に従うしかないと感じさせられる構造は、まさに主体的医療を困難にする社会構造と共通しています。

社会が認めない価値観を少なくとも自分自身は認めることができます。そしてそれを理解する人が世の中に一人もいないということはまずありません。その事を伝え続けて単一の価値観に苦しむ人を少しでも救うことができればと願います。
No title
田頭先生、お忙しい中ご回答くださり、ありがとうございました。

医師が学力という点で(同学年の人に比べ)優秀な方々が多いのは言うまでもありませんが、(入試での得点力を表す)学力的な優秀さと、患者に寄り添う医師としての(人格的な)優秀さに、必ずしも相関関係はないように思えてなりません。それは、医師に限らず弁護士にしろ、東大卒の人でも同様で、ものの考え方・信条や性格という(学力以外の)人格面で見る限り千差万別です。

現役医師の方がblogを開設して、色々質問を受け付けて回答されているのを初めて知ったのは、乾哲也医師(大阪中央病院 健康管理センター部長で、カロリー制限ダイエット法の提唱者:1957年生れ。神戸大医学部卒。専門は糖尿病・内分泌学)の「体重はカロリーだ!」が最初でした。https://wp.w8eq.com/ 専門家である医師に何かを尋ねれば、必ずそれ相応の報酬を要求されるものだと思い込んでいたので、無償でblog運営をされていることに凄く感動したものです。107の記事全てを(眼精疲労になりながら)全て読ませて頂きました。しかし納得できない内容もあり、その点を質問させて貰いました。最初は丁寧に回答して頂けましたが、私が細かいことをしつこく質問し過ぎた所為か?やや批判的なことを書いてしまった所為か?機嫌を損ねてしまったようで、回答して貰えなかったこともあり、自身反省致しました。誰であれ批判的なことを指摘されれば嫌な思いをして当然ですが、誹謗中傷した訳ではなく、現に私は乾哲也医師提唱のダイエット法に賛同しており、6月から取り入れて実践しております。私としてはブログ記事の内容に対して99%納得できても、残り1%の納得できない点をぶつけてみただけなのですが、心証を悪くされてしまいました。

田頭先生の素晴らしいところは、blog読者に向かい合う姿勢がとても真摯で丁寧なところだと常々感じています。質問に対する回答を読めばその人柄が十分伝わってきますから。ちょっとした言葉の使い方次第で、本音が垣間見れるものです。江部先生にも一度質問したことがありましたが、「専門外なので回答しようがない」と返されてしまいました。知ったかぶりをしない点は正直だなと思いましたが、もう二度と質問できないなと感じてしまいました。カルピンチョ先生にも質問しましたが、最近あまりblogを更新していないからか?回答がありませんでした。

健康診断時にも担当の医師に質問したことがありますが、或る医師はあまりやる気を感じられないなげやりな回答で釈然としませんでしたし、もう一人の医師は愛想もよく、丁寧に回答して頂けたものの、質問に対してあまり的を射たような回答ではなかったのでがっかりしたことがあります。「医者って(色んな面で)優れた人ばかりだと勝手に思っていましたが、思い過ごしであり、当然ながら(他の職業の人と同様に)千差万別だなぁ」と感じたものです。
Re: No title
そうすけ さん

 コメント頂き有難うございます。
 また御評価頂き恐縮です。

 生物が多様性に富む以上、唯一無二の方法はないのだと考えざるを得ません。
 ということは、誰か一人の人間が述べることが絶対的に正しいという事は基本的にありえないのであって、自分に合う意見を自分自身で考えて取捨選択して自分の中へ取り入れていく作業が最適解へ近づくためにはどうしても必要なプロセスだと私は感じています。

 学力社会の競争で競り勝った人達は、自分の中での自信は大きいでしょうから、自分にしかできない唯一無二性のものを求める傾向があると思います。それは地位であったり、思考であったり、治療法もその一つでしょう。科学という概念もそのことを後押しします。しかし科学で把握しきれていない現象を未熟な科学者は無視します。本当の意味での科学者はわからないことに自覚的である人のことを指しますが、残念ながら医師の世界ではそうでない人達の方が実情だと思えます。

 その辺り、特に学力的なプライドがなく、謙虚に自分のありのままの状態を受け入れられる人物の方が柔軟性が高いのだということであれば、私は学力社会で勝ち抜けなくてよかったように思います。