小さな声を聞く、小さな声を上げる

2017/01/09 00:00:01 | おすすめ本 | コメント:8件

文庫X(エックス)と呼ばれる本を読みました。

岩手県盛岡市のさわや書店フェザン店の書店員さんの発案で、

タイトルをあえて隠してその代わり「読んで欲しい」という趣旨の直筆の紹介文をブックカバーに書いて売るという斬新な方法で、

そのまま売っていたら興味を持たれなかったであろう客へ興味を持たせる事で一躍話題となった本です。

売りたい気持ちに反してあえてタイトルを隠す、でもかえってそれが興味をそそるという逆転の発想。私もこの紹介文に興味をそそられて買ったクチです。

文庫本にして約500ページと、読み切るのになかなか時間のかかる作品ではありますが、一旦読み始めると内容に引き込まれてどんどん先に読み進めたくなる内容の本でした。紹介文通りでした。

当初、この紹介文のセンスの良さをブログのネタにしようかなと思って読み始めた本でしたが、

それ以上に本編の内容に考えさせられる所が多かったので、本編から私が学んだ事を書くことにしようと思いました。

ただ内容を読んでみればわかりますが、書店員さんが表紙を隠した本当の意図というのがしみじみと伝わってくる本編の内容であり、

この本をたくさんの人に読んでほしいと考えた書店員さんの気持ちを思うと気軽にネタバレしたくない気持ちになってくるのです。






だから記事にするかどうか悩みましたが、それでも私が感じたことだけは伝える価値があると思い、

本編の内容に触れる事を最小限に押さえて感想を書く事にしました。


読後感は「面白かった」というよりも、どちらかと言えば正直言ってもやもやとした想いが残りました。

そして「そこにも同じ構造があったのか」という気持ちにさせられました。そして著者の行動に心より共感を覚えました。

私は孤軍奮闘の糖質制限推進派医師ですが、最初からそういう風になろうと思ってなったわけではありません。

そうすることしかできなかった、その連続の日々で結果的に今があると思っています。

現在だけを切り取って見られたら私は破天荒な人間に思われるかもしれませんが、そうなるべくしてなった合理的な理由があるということ、

この本の著者にもそうした私との共通性を感じます。


共通性を感じたのはそこだけではありません。

組織というものがいかに変え難い存在かということ、組織に所属しないからこそ正しい事を追い求める事ができるということ、

そしてどんなに劣悪だと思われる環境の中にも、希望となる人達が少ない割合で存在するのだということです。

ひとつ著者の、次の文章を紹介させて頂きたいと思います。

本編の直接のネタバレにはならないけれど、著者の想いがとても伝わってくる文章です。

(以下、引用)

報道とは何なのか。

例えば、親が幼い子供を車に残して買い物などに行き、車内で子供が熱中症で亡くなる。

そんな悲しい事故が毎年繰り返される。定型文とも言えるニュースが流れる。

〈××署は保護責任者遺棄致死の疑いで、母親である〇〇を逮捕し、△日送検しました〉

そんな報道を目にして、あなたはどう思うだろう。「馬鹿な親だ」と思うだろうか。

あるいは、「私はそんな愚かなことはしない」と笑うだろうか。

しかし、このニュースの問題点はどこだろう。報じるべきなのは警察による広報文なのだろうか。

事件を担当する警察署の名前や罪状、送検予定なのだろうか。

あなたがスーパーに行くとする。

後部座席ではいつの間にか子供がぐっすりと寝入っている。

起こすのもかわいそうだと思う。エアコンはセットされている。

すぐに戻るからねとそっと車を離れるが、あいにく店は混んでおり、買い物は思ったようなスピードで進まない。

目を覚ました子供はあなたの姿を捜し、泣きながら車内を移動する。

外に出ようとあちこち触り、やがてエアコンのスイッチを切ったり、エンジンキーそのものを廻してしまう。

そして車内温度は春先でも50度を超える・・・・

報じるべきことはこういった事実なのではないか。

(引用、ここまで)



事実を伝えているはずの報道で、

伝えられている事実は十分量の情報なのでしょうか。

ここにおいても情報の非対称性の構造が生まれ、情報の受け手には時として偏ったイメージだけが伝わり、

しかしながら、そうしたイメージが世論と呼ばれるマジョリティを作り、世の中を形作っていくのです。

多勢に無勢、小さな声は大きな声にかきけされてしまうという危険性を、著者はこの本で適確に伝えてくれています。

そして同時に教えているのは、たとえ小さな力であっても、無力ではないという事です。必ず何かできることがあるということです。

私にできることは何だろうか・・・・

その事を改めて考えさせられます。


たがしゅう
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コメント

声の大きさに騙されない

2017/01/09(月) 10:49:04 | URL | たいきち #-
私は以前マスコミの仕事をしていました。だから、情報の流す側の実情を知っています。
マスコミが流す情報は膨大な中からのほんの一握りで、しかも流す側の作為的な要素も含まれている事実をこの目で見てきました。しかし受け手は、その情報がすべてで正しく、「その他はこの社会で起こっていない」との錯覚も起こしがちなのです。
例えば、先の車中での子供の置き去り事故も、似たような事故だが「報道されるほど大事に至っていない」事例が、実は数多く起きています。小さな声や声なき声の黙殺は受け手側が対岸の火事状態に陥りやすいのです。
そういう職場でジレンマを抱えながら仕事をした為かもしれません、身体を壊してしまいました 笑
そんな時代、糖質制限のように、小さな声だけど廃れずむしろジワジワと広がり続ける底力がある物。
そんな物が本物の証しかもです。

Re: 声の大きさに騙されない

2017/01/10(火) 08:00:33 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
たいきち さん

 コメント頂き有難うございます。

> 小さな声や声なき声の黙殺は受け手側が対岸の火事状態に陥りやすいのです。
> 小さな声だけど廃れずむしろジワジワと広がり続ける底力がある物。そんな物が本物の証しかもです。


 小さな声は8割の世の中の意見に迎合していないだけで、無価値ではありません。
 その声に耳を傾け、その価値を見出し、その声を発する事ができるようになりたいです。

No title

2017/11/03(金) 21:36:37 | URL | 花鳥風月 #Jrd7vdWA
今頃で恐縮ですが、先生のお勧め本を辿っていたらこの本が紹介されていたのでびっくりいたしました。
私もこの本を読みました。少し前にタイトルも紹介されましたね。
同じく中身を知らずに読み、先生のおっしゃるように、もやもやした読後でした。色んなことを思いました。
「ごめんなさいが言えなくてどうするの」この言葉が印象に残っています。

最近紹介されていた山口創さんの本はお勧めとは違う本ですが、図書館で借りたのでこれから読むのが楽しみです。

Re: No title

2017/11/04(土) 08:20:51 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
花鳥風月 さん

コメント頂き有難うございます。

ものすごくいろいろな事を考えさせられる本でした。
「ごめんなさいが言えなくてどうするの」は医療の世界にも厳然と存在します。

人間をそのように仕向けてしまう背景にある共通構造に目を向ける必要があると思っています。

素晴らしい本でした!

2022/05/03(火) 09:17:00 | URL | neko #-
先生、ご紹介くださってありがとうございます。素晴らしい本で、1日で一気読みしてしまいました。警察の腐った体質については見聞きしていたので絶望感は感じるもののもやもやはなかったのですが、この清水潔さんの正義感溢れる熱い人間性と行動力に胸が熱くなりました。こんな報道人(人間)がいるんだ!という清々しい読後感と共に人や社会に対する希望を感じさせてくれました。今までマスコミは表面的なニュースや嘘ばかりと決めつけていた自分の態度を深く反省。

たがしゅう先生の「ここにも。。」というコメントですが、同じような内容の問題点を医学界にずっと感じてらっしゃるという事ですね。私は糖質制限に関する本を読み始めてからその辺の片鱗に触れ、驚きがっかりしたものです。医者とか警察は人の命とか人生に関わる仕事なので、人間の保身とか組織の腐り具合も程度が酷くなるのではないかと思います。例えば家電メーカーとかIT企業だったらそこまで深い部分まで行かなくてすみますから。

警察や検察の問題点は根本的には国民性なのかと思います。誰かを逮捕しなければ国民から責められます。捕まれば一件落着。臭いものには蓋をしろ。私が印象に残ったのは無罪が確定した免田氏がタクシーの運転手に「免田ってヤツのことどう思う?」と訪ねたシーンです。「皆んなそう言ってるしヤツは殺ったんでしょうね」という回答。

清水さんの他の著書を2冊注文しました。一冊は「騙されるな」。マスコミ鵜呑みに母にも送ろうと思ってます。

蛇足です

2022/05/03(火) 09:32:43 | URL | neko #-
書き忘れましたが、ある意味、清水さんがこのテーマで警察や国に噛み付く報道ができたってことは、日本はまだマシなのかなと思いました(ロシアだったら無理でしょう)。本の中でDNA不一致の結果が出た時は握り潰されるのではないかとちょっとドキドキしましたが、ちゃんと司法の場に新たな証拠として取り上げられましたし。

関係ない話ですが、米国では一旦無罪が決まったら再審なしという制度があるそうです。この制度の問題を突いたドラマがありました。夫の殺人を夫婦で協力して合法的に無罪にする方法です。
無実の妻が故意に捕まり、無罪が確定。その後夫が逮捕されるが、その裁判で妻が自分の罪を自白し、夫は無罪放免に。妻は自白したものの既に以前(その件で)無罪が確定しているので罪に問われない、というものです。国によって色々問題があるようです。

Re: 素晴らしい本でした!

2022/05/04(水) 14:39:04 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
neko さん

 コメント頂き有難うございます。
 またご紹介の本に対して丁寧なご感想を頂き深謝申し上げます。

 私もこの本の話と、自身が向き合っている医療業界の問題の構造が共通しているように感じられました。

 例えば「がんを手術で切除してもらう」というのもある意味で「臭いものに蓋」の選択だと思います。
 外部の問題に見えることに対して、いかに内部の問題でもあるかという可能性を見出し、自分自身を整えることで結果的に外部も変わっていくという道筋を考えることが私は大事だと思っています。
 

Re: 蛇足です

2022/05/04(水) 14:43:55 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
neko さん

> 米国では一旦無罪が決まったら再審なしという制度があるそうです。この制度の問題を突いたドラマがありました。夫の殺人を夫婦で協力して合法的に無罪にする方法です。
> 無実の妻が故意に捕まり、無罪が確定。その後夫が逮捕されるが、その裁判で妻が自分の罪を自白し、夫は無罪放免に。妻は自白したものの既に以前(その件で)無罪が確定しているので罪に問われない、というものです。国によって色々問題があるようです。


 同じようなテーマを扱ったシリアスなアクションRPGゲームがあったことを思い出しました。
 法律とか裁判などは完全無欠のイメージがあるかもしれませんが、実際は全然そうではないという事実を突きつけられている気がします。だとすれば法律や裁判に委ねて思考停止になるのではなく、どうすればより良くなるかを考え続けることをやめないようにしていく必要があると私は思います。

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