医学論文は窮屈な制限世界
2016/11/18 00:00:01 |
よくないと思うこと |
コメント:9件
緩やかな糖質制限食を推奨する北里研究所病院の山田悟先生が、
医療情報系サイトMedical tribuneに胎児、臍帯血、胎盤、母体血において基本的にケトン体が高い事を示した英語医学論文に対する見解を述べておられました。
日本初「ケトン産生食」研究への苦言と期待
北里研究所病院糖尿病センターセンター長 山田悟
Doctor's Eye(糖尿病) | 2016.11.16
この文章を読んでいて私は自分が医学論文を書いていた時の事を思い出しました。
医学論文を世に出すためには、科学という名の下に様々な制約の中で文章を書かなければならないのです。 例えば、ある新説を医学論文で発表しようとすれば、
その説を着想するに至るまでの研究背景、関連してこれまでに言われている状況をまずは整理して述べる必要があります。
新説が今まで言われてきたことの延長線上の内容であれば、ここでの論理展開は非常に組み立てやすいのですが、
本当に今まで言われていない全く新しい事を医学論文で述べようとすれば、これが非常に至難の業なのです。
なぜならば、何かにつけて「先行研究はあるのか」と言われてしまうからです。
先行研究がなければ自分が最前線を走る研究という事になるわけですが、
この状況だと世界中の研究者が、それはもうあらゆる角度から科学的な批判的吟味という名の横やりが入ってきます。
検証方法はどうなのか、その方法は妥当性が検証されているものなのか、検証期間は十分か、研究デザインは適切か、検証サンプル数は十分か・・・・などなど、
かなり慎重にそれらの批判に耐えうるように準備を進めても、妥当性が乏しいとあっけなく却下されたりもします。
そんな中厳しい批判を耐え抜いて世の中に出た論文は相当科学的に信頼度が高い内容なのだろうと思えば、これが必ずしもそうではないのです。
厳しい批判を耐え抜くために条件を限定し明確化していけばいくほど、現実世界のごくごく小さな一部の場面で成立する現実とは程遠い世界の中で起こった話という事になるのです。
以下は例えばという仮定の話ですが、スタチンが糖尿病リスクを上げるという論文一つとっても、
健康成人でそれを証明したといっても、「腎機能に違いがあったのではないか」という横やりが入れば、
腎機能も測定してそれを同じ集団の中で比べて、やっぱりスタチンを使った方で糖尿病リスクが高いと言ったとしても、今度は「年齢の影響があったのではないか」と言われれば、
年齢を調整して腎機能も年齢もだいたい同じ集団で比較していきます。
しかしこうやって制限を加えていけばいくほど、それを満たす集団の数は少なくなり、集団の数が少なくなれば統計解析の信頼度が下がっていきます。
ここで年齢と腎機能を調整した集団では、スタチンと糖尿病リスクに相関関係がないという結論になってしまったとすれば、
結局スタチンが糖尿病と関連したかどうかの結論はよくわからないものになってしまうわけです。
しかし大事な事は大きな傾向としてスタチンと糖尿病との間に関連が見られるという事と、それを説明できるメカニズムがあるかどうかという事だったりします。
論文の些末な所ばかり見ていれば文字通り「木を見て森を見ず」の状態に陥ってしまいかねません。
今回、山田先生が指摘する宗田先生の論文の問題点は一部妥当な所はあると思います。
例えば、対象妊婦が60人なのに、母体血と臍帯血のケトン体値を検討した416例で、
簡易ケトン体測定器での値と正確な検査室でのケトン体測定値を比べた検体は31例と、それぞれどうしてその数になったのかという説明が不足している点は適切な指摘だと思います。
ただそういう説明が足りなかったからといって、この研究の結論自体が信用できないという見解に至るというのは、
あまりにも「木を見て森を見なさ過ぎる」態度であるように思えてなりません。
確かにすべての検体では高ケトン血症を示していなかったかもしれない。しかし大多数は高ケトン血症です。
大きな流れをくみ取れば、基本的には高ケトン血症がベースで、そこから外れるのが少数派だと考えるのが妥当だと思います。
はたまた、次のような文章も書かれています。
(以下、引用)
(前略)
胎盤組織液や臍帯血で低血糖(正確には組織液中のブドウ糖濃度は血糖ではないが)を呈している症例がある(臍帯血では血糖値の中央値が68.0mg/dL)。
研究グループは、臍帯血で低血糖を呈しているような症例で高ケトン体血症を呈している可能性、すなわち、飢餓・低栄養に対してケトン体濃度が上昇している可能性(PLoS One 2013;8:e80121)を除外する必要がある。
それができない限り、胎児や新生児にとってケトン体が必須な栄養素であるとの結論を出してはいけない。
(引用、ここまで)
これは従来の常識に捉われまくりの意見です。
臍帯血の血糖値は、確かに従来医学で考えれば低血糖症に相当するような低い値です。
しかし低血糖症は低血糖症状を伴ってはじめて低血糖症と言えます。
母親の体内ですくすくと育っている胎児の臍帯、胎盤の血糖値が低かったからと言って、それを低血糖症、ひいては飢餓とみなすのはどうでしょうか。
羊水の中で体育座りのような姿勢ですくすく育っているのに血糖値が低いというだけで飢餓なわけないでしょう。
要するに間違っていたのは低血糖の概念です。低血糖は血糖値が低い事自体が問題なのではなく、ケトン体が非存在でなおかつ血糖値も利用できない状況におかれる事が問題なのです。
私自身は8日間の断食で自身の血糖値が60mg/dLまで低下する事を確認していますが、いわゆる低血糖症状は出ませんでした。これはケトン体を利用していたからに他なりません。
このように医学論文で発表する事が画期的であればあるほど、
他者からのバッシングを受け、しかも他者から理解されないというのが医学論文の世界なのだという事を私は痛感しました。
そんな窮屈な医学論文の世界で戦うには限界があります。
こうした制限世界の中から離れて、それでも他者を納得させるための方法論は論理的思考です。
即ち、状況証拠を積み重ねて、信頼できる数学、物理学、化学、基礎医学などの論理を利用しつつ、新しい結論を導き出すやり方です。
これのお手本が「傷は絶対消毒するな」や「炭水化物は人類を滅ぼす」といった夏井先生の著書です。
そういう風に考えた事を自由な舞台で発表することの方が私は未来を感じます。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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期待?
ついに山田さんも宗田さんの論文に言及されたのですね。これは「進歩」と評価すべきでしょうね。(笑)
いろいろと難癖をつけるのは、これまでの氏の立場からは予想できますが、同時に「期待」も示されているのですね?
「緩やかな糖質制限」の根拠を否定しかねないケトン体の安全性・有効性にどのような期待をされているのか大変興味があります。
素人ですが・・・
たまたま山田先生の論文を見ることができました。
宗田先生の論文への指摘は何点かありますが、追記をみると、山田先生は宗田先生の研究にエールを送っているように思いました。
「どうか、本研究グループの研究を温かく見守り、日本におけるケトン体産生食議論の萌芽を祝福していただきたいと思います。」との文章に山田先生の思いを感じました。
Re: 期待?
コメント頂き有難うございます。
山田先生の今回の記事、ケトン体産生食に対する批判なのか、応援なのか、それこそメッセージを一つに絞ってほしいと思うようなどっちつかずの見解であったと私は感じました。
Re: 素人ですが・・・
コメント頂き有難うございます。
追記だけ見れば確かにエールなのですが、本文の内容はほとんどがケトン体産生食への批判です。
なぜそうなるかと言えば、同じ糖質制限でありながら山田先生の主張する緩やかな糖質制限食がケトン体を産生させる事を是としていないからです。ケトン体産生食の意義を認めれば、自らの食事療法の欠点を露呈する事になるからです。
その結果、批判したいのか応援したいのかよくわからない文章になってしまっているのだと思います。
それでも多くの人には丁寧な文章として伝わるのでしょうけれど、私にとってはいささか辟易とする文章です。
新生児の血糖値
新生児の血糖の基準値が元々低かったのは、新生児を診療していた者にとっては周知の事実です。その後、この位の血糖値の時に障害が起こったなどの症例の積み重ねがあって、正常値というものが、次第に引き上げられていきました。血糖値が低くても症状のでない子がたくさんいたのです。簡易血糖測定器ではありますが、血糖27mg/dlの子が大きな後遺症なく育ったのを見たことがありますが、何故、血糖が低くても平気なのか不思議でした。宗田先生の本を読んで、長年の疑問が解決しました!ケトン体が鍵だったのか、と。
山田先生の論調は私も読んで気分の悪いものでした。何だろう、この上から目線。一介の開業医の発表を取り上げただけ、有り難く思え的な。エールを送る、なんて、上の立場にいる人はこんなものかと興ざめです。まあ、穿ち過ぎかもしれませんが。
私が感じたワクワク感を、山田先生は素直に感じられなかったのか、勿体無いと思いました。癲癇のケトン食だって、何年もやっている子いるのに、批判するなら、現場の人にちゃんと聞いてよ、と私は言いたい‼︎多分山田先生はケトアシドーシスの呪縛から完全には解放されていないのではないでしょうか。
No title
山田先生よりのご意見
糖尿病学会誌2014年7月号掲載の中傷手紙とは、月とスッポンの差があります
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/tonyobyo/57/7/_contents/-char/ja/
Re: 新生児の血糖値
コメント頂き有難うございます。
ニコ先生は確か小児科の先生でいらっしゃいましたね。
宗田先生の論文の意義を実感を持って理解されており、大変参考になります。
また山田先生のコメントへの違和感にも同感します。表現は丁寧ですが、上から目線に感じます。
確かに論文の読解力は一流かもしれません。しかし大局を理解する視点が欠けています。
例えるなら「リンゴは赤い」という結論に対して、「ドアップで見たら黒い所もある。だからリンゴは赤いとは限らない」と反論しているようなものだと思います。
Re: 山田先生よりのご意見
コメント頂き有難うございます。
> 山田先生よりのご意見は、建設的な批判と受け止めるべきでしょう。
確かに適切な指摘もあったと思います。
また数年前に比べ山田先生の理解が受容的に変化してきた事もわかります。
一方でケトン体の安全性は証明されたようなものなのに、それを逆行させるような意見はどうかと私は感じてしまいます。
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