価値観の固定は難病へとつながる
2016/10/25 00:00:01 |
普段の診療より |
コメント:4件
「肉食は身体に良くない」という固定観念も極めて強固です。
先日外来で、甲状腺機能低下症があるやせ型の70代女性患者さんで、重度の鉄欠乏を疑う貧血の所見を認めました。
私はその患者さんに鉄不足の可能性を指摘し、鉄分が多く含まれる肉を積極的に食べるよう食事指導を行いました。
3か月後の再診時、再度血液検査を実施した所、その貧血の所見は良くなるどころかさらに悪化していました。
本当に肉を積極的に食べたのかと尋ねると、「毎日というわけにはいきませんが、できるだけ食べるようにしました」と答えられました。
毎日でない時点で積極的ではないですよと返すと、「えっ?肉は毎日食べてもいいんですか?」と驚いた様子を見せるのです。
それは、この患者さんにとって肉に対する苦手意識が大変強固であるということの現れだと私は思います。 なぜそこまで肉に積極的になれないのかと尋ねると、その答えを聞いて逆に私が驚きました。
「若いころから何となく食べるのが嫌でした」
そうです。取り立てて大きな理由はないというのです。けれど肉をあまり食べたくないのです。
特に理由はないけど、気が付いたらそういう感覚が身についていたというのは実は何もこの患者さんに限った話ではありません。
例えばゴキブリが気持ち悪いという人は多いですが、それは明確な理由があるというよりも気が付いたらそういう感覚になっていたという感じが近くないでしょうか。
けれど人類が皆そういう感覚になるわけではなく、育った環境や取り巻く文化によってはゴキブリを食べ物として捉える人達だっています。
この「いつの間にか洗脳」とでも言えるような現象は実に恐ろしい所があります。それは自分が洗脳されているという事実になかなか気づかないという事です。
私達も他人事と思わず、その価値観は「いつの間にか洗脳」ではないかと常に疑う視点を忘れずにおくことは大事だと思います。
さて患者さんの話へ戻りますが、この患者さんにこのまま肉食を勧めてもきっとたいして食生活を変える事はできないであろうと察した私は、やむなくこの患者さんには鉄剤を処方する方針を勧めました。
鉄剤は鉄しか改善させることができないので、正直言って私の本意ではないのですが、何もやらないよりはマシという事で提案したわけですが、
今度はそれに対しては患者さんは「できるだけ薬には頼りたくない」というのです。
なぜ薬が嫌なのかというと「甲状腺の薬を飲んでいるから飲み合わせが心配だから」と答えられました。
それは心配する事の優先順位が間違っているでしょうと私は思いました。
だって眼前に証明された鉄欠乏性貧血に対して肉を食べずにいる心配よりも、
起こるかどうかわからない鉄剤と甲状腺の薬との飲み合わせの副作用の方を心配しているというのですから。
しかも患者さんは鉄剤と甲状腺の薬の飲み合わせについて詳しい知識を持っているというわけではありません。なんとなく他の薬と一緒に飲まない方がいいという自分の中のイメージでそう拒んでいるわけです。
もっと言えば、この患者さんやせているのは「昔からそういう体質だ」と思っているのですが、
私に言わせれば肉を中心にタンパク質を積極的に摂ってこなかった事がそういう身体を作ってしまっているのではないかとさえ思えるわけです。しかしそれを指摘してもこの患者さんにはあまりピンとは来ていないようです。
明確な理由がなく肉が嫌いで、明確な理由がなく薬との飲み合わせを心配し、明確な理由なくもともとやせ体質だと考えてしまっている…、そんな風に患者さんの価値観が固定されている場合、一体私はどこからどう切り崩していけばよいのでしょうか。
悩んだ末に最終的には鉄剤を処方するのを諦め、もう一度患者さんを信じて食事療法を頑張ってもらうという事でその日の診察を終える事となりました。
この患者さんを診ていると、病気をこじらせる人の一つの思考パターンが見えてくるように思います。
いつの間にか価値観が作られていて、その価値観を一度も見直す事なく自分の身に起こる出来事をそういうものだと受け入れ続けていく形です。
そして価値観が誤っていたとしても、そういう人は価値観を変える事を嫌うから軌道修正はできず、そのまま悪い方向へと進み続けてしまう…。
難病になる人はなるべくしてなる考え方をしてしまっているのではないでしょうか。
ではそういう考えをしてしまう人は救いようがないかと言えば、そういうわけではありません。考え方を変えて難病を克服した人は確かに存在します。
疑えるという事は人間にとってとても大切な能力です。
医療技術の発展も難病克服には重要かもしれませんが、
何をどんな風に捉えどう考えるかという心の在り方はそれ以上に大事な事だと私は思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
そのとおり!
見たくないから見ない。
気が付いても言わない。
言っても聞かない。
見ざる言わざる聞かざる。
糖質制限も受け手はこの対応になっている気がします。
拙者の知り合いが便秘を二週間も続く看護師なんですが対応が同じなんです。自分では便秘はいけないと思いながらも反応は見ざる言わざる聞かざる。なんです。
糖質制限して脂質とタンパク質を摂取と言っても耳を傾けません。
小さい頃から便秘だから。
治らないんだ。
今まで何ともなかった。
過去の事実をあげるだけです。
そこで質問です。
たがしゅう先生はストレスマネジメント観点から目の前の状況に対応してきてます。と書いておりますが何か最近2013年2014年の書いてきたブログと何か気が付いたコトはありますか。教えていただけますか?
過去のブログを見ていますが自分を変えられない人達が沢山出て来ましたよね。
今ならばどういうアプローチがあったと思えますか?
過去だから意味がないと言われるとそのとおりなんですが。
文章書くのは難しいですね。
要約作業せず書き記しているので雑文ですが何卒よろしくお願いします。
Re: そのとおり!
コメント頂き有難うございます。
襟のシール、早い段階で取って頂いて有難うございました(笑)。
さてなかなか鋭い質問ですね。私は少しは成長したのでしょうか。
例えば、
2014年7月12日(土)の本ブログ記事
「治りたいのに治そうとしない患者」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-331.html
で検証してみましょう。
今の私なら患者さんがSU剤を減らすことに対して不満気な表情をされた段階で、
「わかりました。この薬がなくなる事が不安なのですね。それではこの薬を使いながら食事療法をやってみましょう。ただしそうすると薬の効き目で血糖値が下がりすぎる事があります。もしも胸が苦しいとか手が震えるとか、動悸を打つとか何かいつもと違う症状を感じた場合はごはんの量を元に戻して下さい。逆にうまく血糖値が下がったら、その時は薬をやめてみるようにしましょうか」
などと促すかもしれません。それでも止める事に抵抗を示されれば半分に減らすを提案。それでも拒否されれば減薬は一旦諦めて低血糖が出ないギリギリの糖質量を模索するよう努力します。そういう感じです。
要するに、たとえ自分の本意ではないと感じたとしても、患者さんの強い意向、大きな流れのようなものには可能な限り逆らわないようにするというのがここ数年で新しく学んだスタイルです。でもいつもそれが良いとは限らない、時にはストレートにビシッと間違いを指摘した方がよい場合もある、というのが人間を相手にする仕事の難しい所ですね。
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