類似物では自然物に勝てない
2016/10/19 00:00:01 |
お勉強 |
コメント:7件
アルコールなどの天才促進的に作用する刺激が強すぎる事で起こるオーバーヒート状態が起こらないように、
ケトン体がうまくハンドリングしている可能性について論じた記事に対して、ブログ読者のルバーブさんからコメントを頂きました。
>私は、そのブレーキが他ならぬケトン体になのではないかと思います。
に関して、福田先生のこの記事についての先生のご意見を賜りたく存じます。
http://blog.goo.ne.jp/kfukuda_ginzaclinic/e/83fb1ea98e06d29aeea84c38ebeb09a1
銀座東京クリニックの福田一典先生ですね。
糖質制限実践者であり、がんに対する中鎖脂肪ケトン食も推奨しておられる先生で、私もいつもブログを拝見しています。
福田先生のブログを見た事がある方はわかると思いますが、とにかく記事の内容が丁寧でその都度医学文献を完全和訳で紹介されています。
私もよほど読みたい英語論文の時は完全和訳に挑戦する事が稀にありますが、福田先生はそれを毎週しかも1本や2本でなく複数の論文で行い公開しておられるので相当な英文読解力です。
それにノーベル賞受賞前のオートファジーを通じて断食にも注目されていたり、私が好きな漢方にも造詣が深い先生なので、書かれているブログ記事も大変勉強になるものばかりで、おおいに参考にさせて頂いております。
さて、今回ルバーブさんに御紹介頂いた福田先生のブログ記事は「ケトン体治療(その4):ケトン症と多幸感とシナプス可塑性」という記事ですね。
私の興味を引いた部分を少し引用させて頂きたいと思います。
(以下、引用)
494)ケトン体治療(その4):ケトン症と多幸感とシナプス可塑性
(前略)
【断食はケトン体が増えて多幸感を引き起こす?】
ケトーシス(ケトン症)が軽度の多幸感を引き起こすことは以前から報告されています。
以下のような論文があります。
Low-carb diets, fasting and euphoria: Is there a link between ketosis and gamma-hydroxybutyrate (GHB)?(低糖質食と断食と多幸感:ケトン症とガンマ-ヒドロキシ酪酸との間に関連はあるのか?)Med Hypotheses. 2007;68(2):268-71.
【要旨】
断食や低糖質食の初期に気分が良くなり多幸感を感じることが経験的に知られている。断食や低糖質食では、脳のエネルギー源であるグルコースの供給不足を補うために体はケトン体の産生を増やし、このケトン体が増えた状態(ケトン症)が多幸感を引き起こしている可能性が指摘されている。
ケトン体の一つであるβヒドロキシ酪酸は、違法ドラッグとして知られているγヒドロキシ酪酸の異性体の一つである。
γヒドロキシ酪酸は、アルコール依存やモルヒネ依存の治療や、ナルコレプシー関連のカタプレキシー(情動脱力発作)の治療薬として使用されている。
断食や低糖質食で経験される軽度の多幸感は、脳におけるβヒドロキシ酪酸の作用機序が、γヒドロキシ酪酸の作用と一部共通するためという仮説をこの論文で解説する。
特に、βヒドロキシ酪酸は、γヒドロキシ酪酸と同様に、γアミノ酪酸(GABA)受容体の弱い部分アゴニストとして作用して軽度の多幸感を引き起こす作用を提唱する。
この仮説を検証する方法として、培養細胞を用いた受容体結合試験、ネズミを使った認知機能試験、人間における精神機能テストや機能的な磁気共鳴映像法などを概説する。
βヒドロキシ酪酸とγヒドロキシ酪酸の構造の類似性と、ケトン食と乱用薬物としてのγヒドロキシ酪酸はともに広く知られているので、脳の神経伝達物質や精神機能に対するβヒドロキシ酪酸とγヒドロキシ酪酸の共通の作用を検討することは意義がある。
シナプス間の信号伝達に働く神経伝達物質の代表がグルタミン酸とγ-アミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid:GABA)です。この2つが脳内のシナプス伝達の80%くらいを担っています。(他にはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどがあります。)
グルタミン酸はニューロンの活動を活発にする興奮性の神経伝達物質で、γ-アミノ酪酸(GABA)はその働きを抑制する働きがあります。
(中略)
GABA受容体のアゴニスト(作動薬)は鎮静、抗痙攣、抗不安作用を発揮します。
γヒドロキシ酪酸はGABA受容体に作用して睡眠作用や精神安定作用を発揮し、ナルコプシーや不眠症、うつ病の治療効果を持ち、アメリカやカナダ、ニュージランド、オーストラリア、多くの欧州諸国では治療目的で認可を受けています。
しかし、日本を含め多くの国で違法ドラックとして規制されています。日本では2001年に麻薬に指定され「麻薬及び向精神薬取締法」により規制されています。
ケトン体のβヒドロキシ酪酸はこの違法ドラッグのγヒドロキシ酪酸の異性体です。
βヒドロキシ酪酸は軽度の多幸感を示す作用がありますが、その作用機序がγヒドロキシ酪酸と共通する部分があるのではないかという仮説がこの論文です。
断食やケトン食を行うと軽度の多幸感のような快感を感じることがあります。
この論文では、『太古の昔からの人類の進化の観点から考察すると、短期間の絶食に関連した軽度の多幸感は、食物が無いという不安感を軽減し、食物を探す行動を押し進める作用があるかもしれない。』と言っています。
ケトン食で産生されるケトン体はアセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトンが含まれますが、βヒドロキシ酪酸はケトン基が水酸化されていて、厳密にはケトン体ではなく、水酸化された短鎖脂肪酸です。短鎖脂肪酸の酪酸が水酸化されたもので、酪酸に似た生理活性(ヒストン脱アセチル化酵素阻害作用など)を持っています。
(中略)
ケトン体のβヒドロキシ酪酸は、GABA受容体の弱いアゴニストとして作用するので、βヒドロキシ酪酸の血中濃度を高めるほど幸福感が増強されるようです。多少の不快な胃腸症状があっても、MCTオイルとケトンサプリメントを使って血中ケトン体を高めることを自然と望むのは、そのような快感を得たいという欲求が動機になっているのかもしれません。
ジョギングをする人が「ランナーズハイ」を経験すると止められなくなるのと似ています。ランナーズハイは長時間のランニングなどの際に経験される陶酔状態で、脳内麻薬のβエンドルフィンや内因性カンナビノイドのアナンダミドの分泌が亢進して快感を得ていると考えられています。
(後略、引用ここまで)
ここでのポイントを私なりにまとめてみたいと思います。
①ケトーシスによる多幸感は、ケトン体の一つβヒドロキシ酪酸のGABA(γアミノ酪酸)系ニューロンへの弱い刺激によってもたらされている可能性がある。
②βヒドロキシ酪酸と構造が似ているγヒドロキシ酪酸は、γアミノ酪酸の受容体を刺激して睡眠作用や精神安定作用をもたらすが、これは違法ドラッグとして多くの国で法律で取り締まられている。
③βヒドロキシ酪酸の血中濃度が高まれば、幸福感が増強される。
私も8日間の断食を経験して総ケトン体10000を超えるケトーシスを経験した事がありますので、
ケトーシスによる幸福感というのは体感した事があります。ただ私が経験したのはアルコールなどで気分がハイになるというのとは全く次元が違うものです。
一言で言えば「感覚が研ぎ澄まされる」という感じです。五感が鋭くなると申しますか、あるいは身体が浄化されるという表現もできると思います。
はたまた美しいものを素直に美しいと思える気持ちが芽生えるのです。
これが抑制性神経伝達物質としられるGABAのニューロンを緩く刺激して引き起こされているという論文の主張は、
GABAを刺激しうるγ-ヒドロキシ酪酸とβ‐ヒドロキシ酪酸の構造が似ているという点からも私にとっては至極納得がいく話です。
一方でGABAと言えば、γ-ヒドロキシ酪酸だけではなく、睡眠薬や精神安定剤として広く汎用されているベンゾジアゼピン系の薬によっても増強される事が知られています。
γ-ヒドロキシ酪酸という物質が違法ドラッグとして取り締まられているという話は不勉強にも今回初めて知りましたが、その一方でベンゾジアゼピン系の睡眠薬は合法的に多くの医師によって非常に高頻度で処方されている薬です。
ベンゾジアゼピン系の薬の乱用により反跳性不眠、薬物依存、交感神経過緊張状態、薬剤性認知症など様々な問題が引き起こされているのは臨床的にもよく知られた事実です。
同じGABA系ニューロンを刺激するのでも、内因性のケトン体で緩やかに刺激するのと、人為的に強制刺激をしてしまうのとではここまでパフォーマンスに差が出る事に驚かされると同時に、
やはり自然のメカニズムを利用するのが一番安全であるという想いを強くする次第です。
ただ私は福田先生の中鎖脂肪酸で人為的にケトン体を上昇させるという方法論には少し異議があります。
というのは、ケトン体の血中濃度が高まれば多幸感が出やすいというのはその通りなのでしょうけれど、
絶食により身体が自然に引き起こしたケトーシスの背景では、それ以外にもいろいろな事が起こっている事が想像されます。
例えばβ-エンドルフィンや内因性カンナビノイドの上昇もそうでしょうし、GABAやグルタミン酸、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質も絶妙に変動している可能性があります。
中鎖脂肪酸でコントロールできるのはそのうちのケトン体の上昇だけです。そうすれば自然に起こるケトーシスと比べてひずみが生じます。その結果が胃腸障害なのではないかと私は考える次第です。
言い換えれば、ケトン体の上昇が多幸感を高めるという観測は科学的な視点からの一断面に過ぎないので、
その事実だけを下に身体をコントロールしようとする方法論には必ずどこかで無理が生じてしまうということです。
現代医学、特に西洋薬治療はそのような発想で病気をコントロールしようとして失敗し続けているのにそれを良しとしてしまっている傾向がある事が私にはよくわかります。
結局、科学の力は人間を理解するのに役には立つものの、健康を保つための方法は自然を基本を置くことという出発点に戻らざるを得ないのではないかと考える次第です。
だから私はあくまでも自然にケトン体を高める方法にこだわり続けます。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
ありがとうございました
先生のおっしゃることは理解出来ました。
しかしすでに病気があって、長期に絶食が出来ない人では薬物を使用するのは仕方ないと思いますが、、、ではたがしゅう先生がそういう患者さんに出会われたらどうされるのでしょう。
とは言えケトンサプリメントは、ベンゾジアゼピン系の薬は処方箋なしで手に入るものではありませんし、γ-ヒドロキシ酪酸がレイプなどの犯罪にも利用された結果、違法ドラッグ扱いになっていることを鑑みると、いずれ何かあれば、これも処方箋が必要なドラッグ扱いになるかも知れませんね。
Re: ありがとうございました
コメント頂き有難うございます。
> すでに病気があって、長期に絶食が出来ない人では薬物を使用するのは仕方ないと思いますが、、、ではたがしゅう先生がそういう患者さんに出会われたらどうされるのでしょう。
絶食療法は基本的に自らが納得した上で実践するものです。
納得していない人に私は絶食療法を無理に勧めません。納得していない事そのものがストレスとなり、そのストレスが絶食療法を行う上での増悪因子になるからです。
絶食療法を拒絶される方に対する私の治療の優先順位は以下の通りです。
①食事療法(糖質制限、ケトン食)
②天然物に近い薬物療法(漢方薬など)
③単一合成化合物での薬物療法(西洋薬など)
ですが、食事療法も漢方療法も怪しむような方には必然的に私であっても診療は③中心になります。そういう方は実際多いですので、なかなか理想通りに進められないジレンマを日々痛感しています。
サプリメントに関してはそれが②か③かで用いるかどうかの私の警戒心は変わってきます。たとえケトンサプリメントであっても、③に属すものであれば私ならおそらく使わないと思います。一方で認知症診療で使われるフェルガードというサプリメントは②に近いので私は用いています。
ちなみに長期絶食がダメなら短期絶食を繰り返すという方法もあります。また1日3食から2食にするというだけでも広い意味での絶食療法になります。それでもできないというのなら諦めますが、もしも患者さんに受け入れる余地が残されていれば、説得を続けるかもしれません。
ケトン体の多幸感からきているのかは分かりませんが。
色んなリスクから解放され、自分の潜在能力はまだまだあるんじゃないか⁈なんて気持ちにもなります。
パワーがみなぎるような。
やっぱり、断糖の先にこそ本来の人間がいる気がします。
だって熱い中寒い中、服もない食べ物もない時代を生き抜いてきた人類ですもんね。
もっともっと秘めたる力がみんなあるのに、糖質漬けで、色んな疾患にやられてしまってる…
そんな気がします。
ぼやいてしまってすみません
FASTING
糖質制限より絶食を優先されるとのお答えにはちょっと驚きました。
最近出版された本<the COMPLETE GUIDE to FASTING>
Dr.Jason FungとJimmy Moore氏の共著で、二人ともLCHFダイエットをしていますが、本は何を食べるか、より、いつ食べるかにファーカスしています。FASTING、アメリカでも人気が出てきそうです。
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
> やっぱり、断糖の先にこそ本来の人間がいる気がします。
> だって熱い中寒い中、服もない食べ物もない時代を生き抜いてきた人類ですもんね。
私もそう思います。
文化が価値観を作り、それがいつしか固定観念になります。
薬も点滴もなかった時代にヒトは、あるいは進化前の生物はどうやって生き延びてきたのかと、私の興味はそういった所に移ってきます。
Re: FASTING
> 糖質制限より絶食を優先されるとのお答えにはちょっと驚きました。
糖質制限より絶食を優先するなどとは申しておりません。誤解のなきようお願い致します。
絶食ができない人に対してどうするのかを尋ねられたので、絶食以外の方法を提示したまでです。
何度かブログでも書いておりますが、私は糖質制限で克服できない何らかのトラブルがある人に対してケトン食や絶食療法の選択肢を考慮するというスタンスです。
誤解
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