エネルギー制限の有効性はケトン体の観点なくして語れない
2016/10/18 00:00:01 |
お勉強 |
コメント:4件
北里研究所病院の山田悟先生が、
医療情報系サイトMedical tribuneに下記の記事を投稿されていました。まずは先入観なしで御覧下さい。
エネルギー制限食は本当に長寿食か
NIPPON DATA80から
北里研究所病院糖尿病センターセンター長 山田悟
Doctor's Eye | 2016.10.11
(以下、引用)
【研究の背景:霊長類では寿命延長効果は確認できず】
抗加齢医学の世界では、エネルギー制限食(従来はカロリー制限食と呼ばれてきたが、本稿ではエネルギー制限食と呼称する)はgolden standardとも言える食事法であった。
それは、さまざまな動物種における寿命延長作用が報告されてきたからである(Science 2000;289:2126-2128、Aging Cell 2006;5:514-524、Science 2001;292:104-106、J Gerontol 1985;40:657-670)。
しかし、ヒトに最も近いサルではエネルギー制限食の寿命延長作用は必ずしも確認できていない。すなわち、米・ウィスコンシン大学のグループは加齢関連死亡率の減少を示したものの全死亡率の低下は示せず(Science 2009;325:201-204)、米国立衛生研究所(NIH)のグループにいたってはまったくそうした効果を示せなかったのである(Nature 2012;489:318-321)。
そして、ヒトにおいてもそれは同様で、エネルギー制限食の効果を検討したLook AHEAD試験の結果、体重を減量し、HbA1cも低下させたが、心血管イベントを抑制することはできず(N Engl J Med 2013;369:145-154)、逆に男性大腿骨近位部の骨密度を有意に低下させてしまっていた(Diabetes Care 2014;37:2822-2829)。
実はウィスコンシングループのサルにおいても骨量の低下が認められていたので〔Age (Dordr) 2012;34:1133-1143〕、霊長類ではエネルギー制限食の寿命延長効果の確認ができないだけでなく、エネルギー制限食の筋骨格系への安全性の問題が立ち上がっているのである。
そのような中、観察研究のデータではあるが、日本動脈硬化学会が動脈硬化性疾患発症リスクを計算する基準として採用したNIPPON DATA80において、総エネルギー摂取と総死亡率との関係を見る解析が行われ、日本動脈硬化学会の機関誌J Atheroscler Thromb(2016;23:339-354)に掲載された。
寿命の延長効果を見るようなランダム化比較試験の実施が倫理的・経済的に困難であることを考えると、日本人におけるエネルギー制限食の意義を推し量る上で柱となる研究と考え、ご紹介したい。
(中略)
【私の考察:「エネルギー摂取が多いと死亡率が上昇」は理解できない】
研究者らは「エネルギー摂取が多いと、男性において総死亡率やがん死亡率が上昇し、両性別において心血管死亡率が上昇することを観察した」と結論付けている。しかし、私にはこの解釈は理解できない。
そもそも粗死亡率はエネルギー摂取が多い方が有意に低くなっている。調整後に有意性がなくなることを考えると、「エネルギー摂取を多くすると死亡率が低くなる」のではなく、「死亡率が低い群の人はエネルギーを多く摂取していても死ににくい」ということなのであろうが、少なくともこのデータからエネルギー制限食による死亡率低減効果が示唆されているとは思えないのである。
さらに、男性の第5五分位で死亡率が高くなっていたModel 3とそうでないModel 2の相違から考えると、食べ方に気を付ける(Supplemental Table 3から考えると野菜をきちんと食べる)ことで、男性における高エネルギー摂取と死亡率上昇の関係性も完全になくせそうである。
私にとって、今回のデータから読み取れる結論は「エネルギーをたくさん食べられる人は、野菜さえしっかり摂取していれば、エネルギー摂取が多くても死亡率が上昇することを懸念する必要はない。粗死亡率から考えれば、きちんとエネルギーを摂取した方が死亡率を低減させうるかもしれない」である。
既存のエネルギー摂取量と総死亡率の関係性を検討した欧米の研究から考えても、エネルギー制限による総死亡率の低減は期待できそうにない。Malmo studyでは最もカロリー摂取の少ない群での死亡率が最大であり(J Intern Med 2004;256:499-509)、Honolulu Heart Programにおける日系米国人男性の解析ではエネルギー摂取と総死亡率にはU字型の関係性があり、エネルギー摂取量が集団の50%以下の群では死亡率が上昇しかねないことが示されている(図;J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2004;59:789-795)。極端なエネルギー制限は死亡率を上昇させるリスクがあるのである(どこかで聞いたことのあるフレーズである)。
今回および以前のNIPPON DATA80から受ける私個人の印象は「食事をしっかり食べられる人にとって、エネルギー制限食に価値はない。最善の抗加齢食とは、糖質を控えた上でしっかりと野菜を食べ、エネルギー制限など意識せず、満腹になることである」というものとなった。こうした印象を結論として確定するためには、研究者らもいうように、これからのさらなる研究の成果が必要である。
(引用、ここまで)
引用が長くなってしまいましたが、山田先生の主張をまとめると次のようになります。
「様々な動物種でカロリー制限の長寿効果が確認されている」
→「しかしサル以上の霊長類ではカロリー制限の長寿効果は確認されておらず、むしろ健康を害するエビデンスが多い」
→「霊長類ではカロリー制限をすることなく、糖質を制限し、野菜をしっかり食べ満腹になるまで食べるべきである」
私の感想は、やはり山田先生は非常にエビデンスに偏った思考をする人だなぁ、という事です。
まず汎動物学の視点で考えれば、動物の代謝機構は基本的に共通システムを持っています。解糖系とかクエン酸回路、電子伝達系などがそれに当たります。
その中でどの代謝経路を多く使うのが多いとか、どこの経路は不使用にしておくかは動物種によって微妙に異なるわけですが、基本構造は一緒である事を以前学びました。
そしてエネルギー制限食で長寿になる理由は、細かい事はおいていても、無駄に機能を使わず長持ちさせたり、あるいは近年明らかになった長寿遺伝子やオートファジーなどの飢餓適応システムを駆動させることができる事から考えて非常に腑に落ちるわけです。
ところが山田先生はサルより上の霊長類ではそのエネルギー制限による長寿効果が消えてむしろ逆効果であると言うのですが、それはこれまでの流れを考えれば非常に不自然な話です。
そうすると、「そのエビデンスは本当に正しいのか?」という発想でエビデンスを読み直す必要が出てくると思います。
また、その前にもう一つ考えなければならないのは、
「そもそもそのエネルギー制限食の栄養素の構成はどうなっているのか?」という事です。
これまでにも何度も考えてきましたが、カロリー理論はすでに破たんしてしまっている考え方です。
同一カロリーにしても身体の中では全く異なる現象が起こるという事は過去の研究で実証済だからです。
また1日青汁1杯50kcalで健康的に生きておられる人や、5000kcal食べても太らないやせの大食いタイプ人で起こっている現象をカロリー理論では説明できません。
従って同じカロリー制限食でもその中の栄養素によって結果は異なる、もっと端的に言えば糖質メインの食事を与えているのか、そうでないのかではカロリー制限食の効果は全く変わってくるという事です。
なぜならば糖質主体のエネルギー制限食であれば、糖代謝を回され続けているために高インスリン血症となり、そこに脂肪があっても脂肪が使えない状況に追い込まれた動物は筋肉などの身体に備わったタンパク質を切り崩してエネルギーにしていくしかなくなってしまいますが、
糖質主体でなければ基本的にケトン代謝が回り、低インスリンのために飢餓応答システムも働きやすくなり、エネルギー制限しても蛋白質を再利用して切り崩さなくても済むようになるからです。
その目で山田先生の提示された論文を読み直してみますと、
まず米国立衛生研究所(NIH)のグループの論文(Nature 2012;489:318-321)は、
性、年齢、初期体重を適合させたコントロール(比較対照)のサルに比べてカロリーを12~30%ダウンさせた食事を米国研究評議会のガイドラインに従って与えたとの記載があるのみです。
そのガイドラインでどのような食事を与えられているのか情報を確認することができなかったので、その点は検証不可でした。
ただ一般的な食事のガイドラインが低糖質を推奨している可能性は低いので、おそらく糖質主体の食事であったのではないかと推測できます。そうであればエネルギー制限でよい結果が出なくとも不思議ではありません。
次にアカゲザルへのエネルギー制限で加齢関連死亡率の減少を示したものの全死亡率の低下は示せなかったという米・ウィスコンシン大学の研究(Science 2009;325:201-204)ですが、
カロリー制限群は比較対照群に比べて毎月10%ずつカロリーへ減らされて、3か月後に30%減になるようにしたと書かれています。ここでも詳細な栄養素組成は不明です。
しかし全死亡率低下のグラフの所をみてみると、カロリー制限群の方が比較対照群よりも明らかに死亡率が低下しています。
ただそれに統計学的な有意差がついていない(p=0.16)とのコメントが書かれていました。さすが山田先生、よく読み込んでおられます。
ですが、これはどちらかと言えばエネルギー制限が長寿に有効寄りの情報ではないでしょうか。
もしかしたら段階的にエネルギーを制限していったことが功を奏したのかもしれません。それならたとえ糖質主体の食事であったとしても急に代謝の急ハンドルを切るという事にはなりませんから。
そしてヒトへのエネルギー制限食で体重を減量し、HbA1cも低下させることができたのに、心血管イベントを抑制することはできなかったということを示した、かの名門医学雑誌New Englnad Journal of Medicineの論文(N Engl J Med 2013;369:145-154)についてですが、
カロリー制限群の食事はトータルのカロリーを1200~1800kcal/日とし、その内脂質は30%未満とし、15%以上はたんぱく質から摂取するようにしたと書かれています。
糖質の摂取量が明記されていないのが残念です。この書き方ならおそらく一番多いのは糖質量という事になるのではないでしょうか。それならばこのままエネルギー制限させれば有害事象が起こってしかるべきだと思います。
江部先生のブログでもさかんに注意喚起されている糖質制限で起こりうるトラブルの代表格「摂取エネルギー不足」は、このように糖質主体の食事がベースであったり、あるいは長年の糖質頻回摂取の影響でケトン体代謝がうまく使えていない人に当てはまる現象だと私は考えます。
それにしても名門医学雑誌でもこんな記載不備があるのですね。カロリーを一定に設定していれば信頼度の高い研究ができるという間違った常識にとらわれている事がこのような研究不備を生み出すのだと思います。ここでも権威にとらわれていてはいけないという事を痛感します。
最後に山田先生が見解を述べているNIPPON DATA80からの論文(J Atheroscler Thromb. 2016;23(3):339-54.)についてですが、
7704名の30~69歳の集団に3日間詳しく食事内容を聴取して、集団がカロリー別に5つのグループ(Q1~Q5)へと分けられています。
しかしいずれのグループも高炭水化物食です(Q1:277.9g/day、Q2:331.9g/day、Q3:360.1g/day、Q4:393.0g/day、Q5:456.8g/day)。それならエネルギー過多で死亡率が上昇しても、エネルギー制限による長寿効果がうまく証明されなくても全く不思議ではありません。
以上を踏まえて私は、霊長類においてエネルギー制限自体が長寿に有害なのではなく、
「糖質代謝主体の人が急速にエネルギーを制限していく事が有害」であると考えます。
逆に言えば、手練れの断食者や糖質制限実践者のように「ケトン代謝主体の人が徐々にエネルギーを減らしていく事は安全」だと考えます。
それこそがまさに人類が700万年かけて、もっと言えば生命が46億年かけて自然に適応して生み出してきた代謝システムの本質です。
従って、糖質制限をわきまえていれば、エネルギー制限をすることは長寿を達成する上で極めて重要な観点だと思います。
同じ論文を読んでも私は山田先生と同じ結論には至りません。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
エネルギー制限と寿命
>従って、糖質制限をわきまえていれば、エネルギー制限をすることは長寿を達成する上で極めて重要な観点だと思います。
カロリー制限と寿命延長に関して、観点という点で福田一典先生は自身のブログたびたび取り上げていますね。
どちらかというと、エビデンス重要派でもありますが、読んでる量・質ともに山田悟氏とは雲泥の差があるように感じます。
その一部最近のブログ記事にこんなのがあります。 紹介しておきます。
http://blog.goo.ne.jp/kfukuda_ginzaclinic/e/f9449fc844809f2d4484aec5761b67c6
山田先生、数年前に脂質栄養学会に噛みついたのですが、完全に返り討ちを喰らい、だんまりを決め込んだようで、論争はストップしたままですね(笑)。動脈硬化学会(体質的に糖尿病学会に似ている)擁護派ですので、こんなレビュウーが出てくるのでしょう。
まだ、高ケトン否定派なのでしょうか?
しかし、エネルギー制限と寿命の関係は下等動物(線虫等)から高等動物(類人猿・ヒト)になるほど寿命延長の伸び代が短くなるのは確かなようです。
No title
>糖質の摂取量が明記されていないのが残念です。この書き方ならおそらく一番多いのは糖質量という事になるのではないでしょうか。それならばこのままエネルギー制限させれば有害事象が起こってしかるべきだと思います。
同感です。工学の分野に線形計画法というのがありますが、理屈はどうであれ最適な条件を短期間に決めることができるので、それなりに意義はあるのですが、理屈を問わないことが多いので応用が効きません。
ブログの記事を読んでいて、これと同じようなことを考えてしまいました。
摂取エネルギーが同じでも、糖質の占める割合がどうであったかで「エネルギー制限と寿命の関係」が大きく変わることは、糖質の害を知っている今ではよく理解できるような気がします。
Re: エネルギー制限と寿命
コメント頂き有難うございます。
>しかし、エネルギー制限と寿命の関係は下等動物(線虫等)から高等動物(類人猿・ヒト)になるほど寿命延長の伸び代が短くなるのは確かなようです。
私はその解釈すら疑ってかかるべきだと思っています。
即ち、サルやヒトのエネルギー制限と寿命の関係を考える時に、その動物本来の食性に合った食べ物を食べて得られた結果なのか、それとも実験的環境で従来の食の常識に捉われ糖質主体の食事を与えたことで得られた結果なのか、という事です。
もし下等動物では食性に合わせた実験結果だったけど、サルやヒトでは糖質中心の食事だったというのであれば、その寿命短縮の要因は糖質によってもたらされている可能性があると私は思います。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
工学の世界にも似たような現象があるのですね。
やはり科学を用いる時は限界をわきまえておく必要がある事を痛感します。
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