解釈は事実を歪める
2016/10/06 00:00:01 |
普段の診療より |
コメント:8件
ノーベル医学生理学賞の日本人単独受賞の衝撃冷めやらぬ中、
懸念していた私をがっかりさせる出来事が早速起こってしまいました。
おそらくオートファジーがパーキンソン病などの神経変性疾患の治療薬の開発にも応用されるとニュースで報道されたのを受けてでしょうけれど、
パーキンソン病の病状が不安定で薬剤調整のために入院されている患者さんに次のような事を聞かれました。
「テレビでノーベル賞の話がありましたが、私に使える新薬というものはないのでしょうか。」
やせ型の高齢女性の方でしたが、そう言いながら傍らにはお菓子の袋が散らばっています。
そのような新薬はまだない事を諭しながら、なぜ入院中にそんなものを食べているのか問いただすと「少しでも栄養をつけたいから」とおっしゃるのです。
しかも看護師に確認すれば、私の見ていない所でプリンなどの食べやすいものをしょっちゅう口にされているというのです。 それの何が問題か、オートファジーの事を理解している人ならばよくわかると思います。
オートファジーの活性化要因は絶食です。という事は頻回に食べれば食べるほどオートファジーは抑制されることになります。
しかも食べるものが高糖質となれば、栄養がつくどころか高インスリン血症を引き起こし、ますますオートファジーは抑制されてしまいます。
パーキンソン病はドーパミン神経にαシヌクレインと呼ばれる異常タンパク質が蓄積し、ドーパミンを分泌する働きが徐々に障害されて種々の症状を引き起こす病気です。
よって、パーキンソン病を改善させるためにはオートファジーを活性化させる必要があり、そのために食べ続ける事は逆効果です。
つまりこの患者さんはオートファジーに興味を持ちながらオートファジーの活性化とは真逆の方向に舵を切ってしまっているのです。
テレビの報道の仕方のせいもあるでしょうが、必要な情報が与えられていても患者さんに届かないという現実があります。
非常にもどかしい話ですが、その原因は患者の解釈の仕方にあると思います。
これは、がん患者にも共通する話ですが、患者が自分の病気の事をどう捉えているかによって次に起こすアクションは変わります。
病気を「自分は何も悪い事をしていないのに不運にも罹ってしまったもの」と捉えていれば、
いくらオートファジーが異常タンパクを分解するとか、絶食によりオートファジーが活性化されるという情報が与えられても、
自分の絶食という話にはつながりませんし、ましてや自分がやせていれば尚のこと食べない方がいいとは思われないでしょう。
だからこそ「そんなことよりも早くオートファジー活性化剤を作って下さい」と他力本願的になってしまうのだと思います。
しかしもしも病気のことを基本的に自分の生き方がもたらした産物だと捉える事ができれば、
同じ情報を与えられても、きちんと自分の食べ方について見直して、できる所から改善のための行動へと移せるかもしれません。
「事実をありのままに見て誰かの解釈は疑うようにせよ」という夏井先生の言葉を紹介しましたが、
逆に言えば、「自分の解釈によって事実はいかようにも歪められる」という事になります。
誤った解釈で事実を歪んで捉えていれば、この患者さんのように大切なことを見過ごしてしまう事につながりうるのです。
「炭水化物はヒトの大切なエネルギー源」
「がんは早期発見、早期治療が大事」
「認知症は徐々に進行し、治らない病気」
「うつ病は心の風邪。抗うつ薬で治すことができる」
その解釈ははたして本当に正しいでしょうか。
他分野にも同じような構造があるのではないかと私は強く感じています。
ちなみにこの事を逆手にとって「あなたはいかなる状況でも今この瞬間から幸せになることができる」と言ったのはかのアルフレッド・アドラーです。
純然たる事実を健全に解釈して、正しいメンタリティでありたいものです。
ともあれ、オートファジーは新薬を待たずとも
今この瞬間から利用できる細胞が持つ基本的システムです。
これから患者さん達にその事を丁寧に伝えていかなければなりませんが、
なかなか道のりは厳しそうです。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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とても大事なこと
とても大事なことをたがしゅう先生は言われていると、私でも分かります。オートファジーの活性化薬を作るでは逆行なんです。どうやったら生活の中でオートファジーを活性化させられるか考えなくてはいけないです。
ドライアイの目薬は緊急避難的なお守りで、ドライアイにならない生活を考えてしなくてはいけない。パソコン、仕事、緊張、根の詰め過ぎ。ドライアイは目が私にSOSサインを送っていると考えて自重するのです。ドライアイスーパー目薬が発明されてもよし悪しです。自分の生活を改善せず目薬に頼ったら、涙を出す能力を弱らせるにちがいないからです。
(ドライアイくらいしか思いつかなかったので)
Re: とても大事なこと
コメント頂き有難うございます。
> ドライアイスーパー目薬が発明されてもよし悪しです。自分の生活を改善せず目薬に頼ったら、涙を出す能力を弱らせるにちがいないからです。
わかりやすいですね。
そのような構造は実際の医療でもよく見られます。
高血圧症に対する降圧薬、不眠症に対する睡眠薬、アレルギー疾患における抗ヒスタミン薬、自己免疫疾患に対するステロイド治療、パーキンソン病に対するドーパミン補充療法……ほとんどが同様の構造を呈していますね。
対症療法によるその場しのぎだけでその先の根治はありえません。なぜそうなってしまったのかを考える事が健康を取り戻すのに極めて重要な事だと思います。
誤解かな?
PDとオートファジーは無関係と考えてます。
PDと関係する自食作用はユビキチン・プロテアソーム系で、オートファジーは神経系には存在しないはずです。 やはり大切な神経系に無作為(標的的だという説もある)に自食しては困るでしょうから。
オートファジーはあくまでもアミノ酸供給(糖新生用の説も多い)が原則で、創薬うんぬんという報道が多くみられますが、見当違いと思います。
これからも先生のブログ楽しみにしています。
Re: 誤解かな?
コメント頂き有難うございます。
> PDとオートファジーは無関係と考えてます。
それはいわゆる「マクロオートファジー」が無関係という意味でしょうか。
例えばパーキンソン病の原因遺伝子であるPERK2遺伝子にコードされるParkinは、オートファジーによる異常ミトコンドリアの選択的排除「マイトファジー」を惹起する、という事が言われています。広義の意味ではオートファジーはパーキンソン病に関与していると言えるのではないかと思います。そうではないとの事でしたら、情報ソースを御教示頂ければ幸いです。
> オートファジーはあくまでもアミノ酸供給(糖新生用の説も多い)が原則で、創薬うんぬんという報道が多くみられますが、見当違いと思います。
その点は私も同意します。
Re: タイトルなし
コメントを頂き有難うございます。
無事に出産を終えられたとのことで何よりでした。
私のブログが少しでもお役に立てたのであれば、貢献感が感じられ私も幸せです。有難うございます。
No title
>関与していると言えるのではないかと思います。
ご指摘の通りですね。
私がオートファジーを知ったのは「オートファジーの謎」水島昇著からでした。
もう四・五年前のことです。再読してコメントすればよかったのですが、この本どこかえ行って見当たらず、記憶だけで考察しておりました。
1.オートファジーはアミノ酸の供給現となる
2.非選択的(ミトコンドリアも含め)に自食する
3.飢餓時に活性化する
4.脳では不活性
5.受精卵では活性化
6.ユビキチン・プロテアソームというシステムも存在する(広義の意味でオートファジーに含む)
7.細菌・ウィルスも分解する
8.幼虫➡サナギ➡成虫には必須のシステム
9.植物も含めて真核生物全てに存在する
10.逆分子シャベロン的になっている
記憶にあったのはそんなところです。
私の頭の中で、選択的に分解するシステムと無差別的に分解するシステムを区別・整理していたのでしょう。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
>「オートファジーの謎」水島昇著
2011年発刊の本ですね。私も購入しましたが、例によって斜め読みしかできていません。
オートファジーは急速に発展しつつある研究領域なのでこの5年の間に随分様相が変わっているという事も考えられますね。
狭義のオートファジー(マクロオートファジー)は基本的に非選択的なのだけれど、近年マイトファジー(ミトコンドリアへのオートファジー)のような選択的オートファジーの働きが明らかになってきた、という流れなのかもしれません。
ただ私もまだまだ勉強不足なので、間違っていれば適宜軌道修正したいと思います。御意見を頂き有難うございます。
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