天才と病人は紙一重
2016/09/29 00:00:01 |
おすすめ本 |
コメント:2件
最近、ものすごく興味深い本を読みました。
天才の病態生理―片頭痛・てんかん・天才 単行本 – 2008/12
古川哲雄 (著)
著者の古川先生は神経内科の大御所の先生ですが、
この本の文章はとにかく凄くて、並みの神経内科医ではとても書くことができません。
というのも自論を展開するための根拠論文が膨大かつ1800年代~2000年代まで幅広く引用され文章が書かれているのです。
その文献にたどり着き解読するだけでも大変な努力を必要とすると思いますが、それらをすべてまとめて一冊の本に仕上げる作業には想像を絶するものがあると思います。
そんな古川先生がこの本の中で主張しているのは「天才と片頭痛・てんかんの間には脳の異常興奮という共通病態がある」という事です。 歴史上、天才と呼ばれる人達には片頭痛やてんかんが多いという事は知られていました。
具体的には片頭痛のある天才的有名人としてはショパン、トルストイ、ノーベル、ニーチェ、当ブログでも紹介したカント、日本人では樋口一葉、有島武郎、芥川龍之介、
てんかん持ちの天才的人物としてはナポレオン1世、モーツァルト、ニュートン、ドストエフスキーなど他多数です。
こうした天才は各分野で人並み外れた才能を発揮する一方で片頭痛やてんかんに悩まされていたという記録が多数残されているのです。
片頭痛、てんかんと言えば、ケトン食が有効な病態としても知られています。
しかしながらここで、天才と片頭痛・てんかんに共通病態があるというのであれば、、
天才がケトン食を行う事は、天才のアクティビティを下げるという事につながってしまうのか、という疑問が生じます。
というよりも「そもそも脳の異常興奮はどうして起こっているのか」という事を考える必要があります。
先日お話したピアニストの方に聞いた話ですが、
ピアニストの方々には「共感覚」というのを持っている方が多いそうです。
「共感覚」とは、ある刺激が通常の正常な感覚を引き起こす以外に、それとは異なった性質あるいは脳の異なった部位の感覚をも同時に引き起こす現象の事をいいます。
具体的には例えばある人がアルファベットの文字を思い浮かべると、一つ一つの文字に色がついているように感じるという事を言います。これは視覚刺激で色覚までも動員されるという共感覚です。
以前片頭痛のメカニズムとして「皮質拡延性抑制」という少し難しい話を紹介したことがありますが、
これは端的に言うと「局所の脳神経細胞の過剰興奮の後に抑制的な電気信号が回りの大脳皮質の脳細胞に全体広がっていく」という現象の事でした。
共感覚にしても、片頭痛にしても、「脳の異常興奮性をベースに通常の感覚刺激が周囲に伝搬されやすい状態である」という事が言えそうです。
他の共感覚の例として、音楽を聞いて色や味やにおいが一緒になって感じられるというのもそうですし、
もっと身近な例では音楽を聞くと自然に手拍子をとったりするのは健常人でも見られる共感覚の一種です。
また、行ったことのない場所でなぜか以前行ったことがあると感じる「既視感(déjà vu)」も共感覚と密接な関係があると言われています。
確かにこの本にも共感覚は芸術家に多いという事が示されており、共感覚は天才ならではの着想を支えるベースなのかもしれません。
しかしある時には天才の想像力を生み出すエネルギーとなるものが、また別の時には片頭痛やてんかんという形に変貌しその人を苦しめます。
共通病態であるのならば、なぜこのような違いが現れてしまうのでしょうか。
それにそれならば世の中の片頭痛、てんかん患者さんは皆実は天才だという事なのでしょうか。
ところが、片頭痛はいざ知らず、てんかんはコントロール困難な場合に認知症へ発展する事は神経内科領域で問題視されています。
はたしてこの矛盾をどうやって説明できるのでしょうか。
ここで私は一つの仮説を考えました。
片頭痛、てんかんはどう考えてもその人にとって有害な現象ですが、
天才のインスピレーションを支える共感覚は決して悪い事ではありません。
どちらも脳の異常興奮がベースにあるとするならば、本来はインスピレーションをもたらす共感覚のための異常興奮が過剰になり過ぎてしまうと片頭痛やてんかんの状態になってしまうのではないかと考える次第です。
ここで私はなぜかエキサイトバイクというなつかしのファミコンゲームを思い出します。
横スクロールのバイクレースゲームなんですが、初心者はスピードを出すためにアクセルを踏みまくるのですが、やりすぎるとオーバーヒートしてしばらくバイクは全く動かなくなってしまいます。
ところが、オーバーヒートになる寸前ギリギリのところでアクセルを緩め、オーバーヒートにならないよう適宜ブレーキをかける事ができれば最大パフォーマンスでレースを進める事ができます。
それが天才が共感覚でインスピレーションを発揮しまくっている状態であり、オーバーヒートしてしまった状態が片頭痛やてんかんなのではないかと思うのです。
もしもこの仮説が正しいと仮定すれば、
この説は私達に二つの事を教えてくれています。
一つは身体がオーバーヒートしないように私達が備えるブレーキを上手に使うべきだということ、
もう一つは脳が異常興奮するという現象は正しく使えば意義深い、ということです。
片頭痛にしても、てんかんにしても糖質摂取は増悪因子であり、結果的に脳の異常興奮を高めるものです。
しかし、脳の異常興奮自体を否定してはいけないのだということ、ひいては血糖値の一過性の上昇は人生を彩るために重要な現象だということにつながります。
糖質制限をするはいいけれど、時々何がなんでも血糖値を100mg/dL前後に維持しないといけない、少しでも血糖値が上がる事は悪であると拡大解釈してしまっている人の話を見聞きします。
そこまで機械的に一定の血糖値を保つ事が自然な事だとは私には到底思えません。
自然な形で血糖値が変動する事をよしとすること、そしてそれが行き過ぎてオーバーヒートしないよう身体を整えておくことが大事だという事を、
この本から学ぶ事ができたように思います。
実はこの本、その事以外にも非常に示唆に富む内容にあふれている名著です。
この本だけでまだ何本でもブログ記事が書けそうな勢いです。
折をみて少しずつ紹介していきたいと思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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