栄養療法と漢方は相性が良い

2016/09/16 17:30:01 | お勉強 | コメント:2件

先日私が定期的に参加している漢方の勉強会で、

漢方とオーソモレキュラー医学に精通した先生のお話を聞く機会がありました。

オーソモレキュラー医学は「栄養療法」という考えを主軸におく医学です。栄養療法と聞くと食事療法と似たようなものと考えがちですが、

食事療法が栄養の改善に向けて食事を利用するのに対し、栄養療法は食事だけにこだわらず質の良いサプリメントをも利用して栄養状態の改善を達成しようとするアプローチです。

オーソモレキュラーで指導される食事指導は基本的に糖質制限であり、

また血液検査での栄養状態の判定の仕方が独特で、一般的な医師より細かいところまでビタミンやミネラル異常を捉える事ができ、

しかもそれを特別な検査を行わずとも、一般的な血液検査でもかなりの部分を見抜いてしまうテクニックが満載でかつ生化学や生理学に基いた理由説明で信頼できるので私は注目しています。

その漢方とオーソモレキュラーに詳しい先生が、「栄養療法と漢方は相性が良い」という事を教えて下さいました。 一番わかりやすいのは、糖質制限実践者の間でよく取り沙汰される「鉄不足」の問題です。


例えば、鉄が不足する事で起こる鉄欠乏性貧血という病態がありますが、

鉄が不足する事によって貧血の指標である血色素(ヘモグロビン)が低下するよりも先に、

MCV(平均赤血球容積)やフェリチン(貯蔵鉄)の方が低下しているという事がわかっています。

要するにMCVやフェリチンに着目しないと見逃してしまう鉄不足の問題が存在するということです。

そういう時に現代医療では鉄剤(造血剤)を処方するのですが、一般的な鉄剤は非ヘム鉄(無機鉄)といって吸収の効率が悪い鉄分なんです。

従って、そうした鉄剤を飲んで鉄分は増えるは増えるのですが、副作用で吐き気などの消化器症状をきたしたり、

ある程度まで鉄が増えた所でそれ以上は増加しなかったり、さらには吸収時に鉄と同じトランスポーターを使う亜鉛の方が逆に低下してしまったりというトラブルが起こり得ます。

そこでオーソモレキュラーでは、こうした状況の時にヘム鉄(有機鉄)のサプリメントを使います。

ヘム鉄は非ヘム鉄に比べて吸収効率が5倍ほど高いので、非ヘム鉄以上に鉄の増加をもたらすことができるというわけです。

ちなみに、食事中の鉄分で言えば、肉や魚などの動物性食品がヘム鉄、ほうれん草やひじきなどの植物性食品が非ヘム鉄という傾向になっているそうです。


一方で、鉄欠乏性貧血の時に出てくる立ちくらみやめまいなどの症状に用いる「当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)」という漢方薬があります。

漢方薬の効果を科学的に検証した論文を集積した下記の書籍には、

当帰芍薬散の鉄欠乏性貧血に対する効果が次のように紹介されています。



(以下、p111-112より引用)
~貧血に対する当帰芍薬散の効果:鉄剤とのランダム化比較試験(RCT)1)

(対象患者)子宮筋腫に合併した貧血患者25例を無作為に2群に分けた。10例に当帰芍薬散を投与し、15例に経口鉄剤を投与した。経口鉄剤群の2例に副作用が出現し本研究より除外された。平均年齢は当帰芍薬散群45.40±1.99歳、経口鉄剤群は42.85±1.68歳。

(薬物投与)当帰芍薬散群には当帰芍薬散エキス(7.5g/日)を分3食前投与した。経口鉄剤群にはフェロミア(クエン酸第一鉄ナトリウム)を1~2錠、分1~分2食後に投与した。投与期間は8週間。

(評価方法)投与前、4週後、8週後に血液検査と薬剤師による臨床症状(41項目)の面接調査を行った。

(結果)血液検査では当帰芍薬散群で投与4週後、8週後ともに有意な改善は認めなかった経口鉄剤群では4週後から改善を認め、8週後には赤血球数(106/μL)は3.96±0.1から4.30±0.12、血色素(g/dL)は9.6±0.2から12.1±0.2、フェリチン(ng/mL)は3±0から6±1, 血清鉄(μg/dL)は17±1から77±28と有意に上昇した。2群間の比較では経口鉄剤群のほうが当帰芍薬散群より投与8週後の血色素、ヘマトクリット、フェリチン、血清鉄が有意に上昇していた

臨床症状の有意な改善は当帰芍薬散群で10項目(過多月経、月経痛、下半身の冷え、めまい、立ちくらみ、息切れ、頭痛、顔面蒼白、匙状爪、手足の冷え)認めたが、経口鉄剤群では2項目(立ちくらみ、息切れ)であった。2群間の比較では「下半身の冷え」が当帰芍薬散群で有意に経口鉄群より改善していた。副作用は当帰芍薬散群では認めなかったが、経口鉄剤群では80%に消化器系副作用を認めた。

(引用、ここまで)

1)Akase T, Akase T, Onodera S, et al. :A comparative study of the usefulness of toki-shakuyaku-san and an oral iron preparation in the treatment of hypochromic anemia in cases of uterine myoma. Yakugaku Zasshi. 2003 Sep;123(9):817-24.



フェリチン3とか6と言えば、

鉄不足について関心のある人なら、とんでもなく低い数値だと感じると思いますが、

面白いのは、当帰芍薬散を飲んだグループの方では、鉄関連の血液検査が改善していないのに、鉄欠乏性貧血の症状が改善しているという事です。

実際、当帰芍薬散という薬の中に鉄分がそんなにたくさん含まれているわけではありません。それなのに症状は改善する、これは一体どういう事でしょうか。

推測に過ぎませんが、当帰芍薬散は身体全体の中で偏った鉄利用の状況になってしまっているのを、

血流のめぐりを良くするなどして遍在を解消し、少ない鉄でもうまくやっていけるように代謝を整えているのではないかと思うのです。

勿論そこに鉄分が入ってくれば言う事はありません。しかしその鉄分が質の悪いものだと鉄は入れど代謝は障害されるという事になってしまいます。

だから、質の良いヘム鉄を入れて、さらにそれがうまく利用されるように代謝を整える、

これが「栄養療法と漢方が相性が良い」の表すところだというわけです。非常に納得がいく話でした。

なお、オーソモレキュラーの先生によれば、糖質制限だけでうまく改善しない鉄不足も、

ヘム鉄サプリメントを利用すれば改善するケースもあるそうです。

私はまだ治療経験がありませんが、機会があれば患者さんに一度おすすめしてみようかと思います。


栄養素の事だけを考えていると、その物質の多い少ないだけですべてを語ってしまいがちです。

しかし実際にはヒトという生物は複雑な有機物複合体で、その中で起こっている現象はそれほど単純ではありません。

栄養障害を改善するには栄養素の量自体を確保する事も勿論大事ですが、

それと同時にそれを利用する代謝環境を整える視点も忘れないようにしないといけないという事を改めて感じました。

オーソモレキュラーも漢方も引き続き勉強していきたいと思います。


たがしゅう
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コメント

奥深い漢方薬

2016/09/17(土) 22:48:57 | URL | ヨッシー #H3O8ucSE
たがしゅう先生
久々に先生のブログを拝見しました!
9/17の記事がFBでシェアされていたので、たどりつきまいた。
たまにはFBにもシェアをお願いします(笑)

興味深い論文ですね。
クエン酸第一鉄ナトリウムでは臨床症状には効果が表れにくいのですね。驚きです。

当帰芍薬散の当帰は確かに血のめぐりを良くするのですが、芍薬(おそらく白芍薬)との組み合わせは養血と理血の効能があるので、血を生み出すものと思っていました。確かに今の食事では鉄なべを使うことなく、水道管も鉄製のものがなく、血の原料がないので、鉄関連の血液検査がよくならないのも当然かもしれませんね。それでも臨床効果のある当帰芍薬散はすごい!

当帰芍薬散の投与群も鉄関連の血液検査がよくなっていれば、理解しやすいのですが、そこが漢方薬の奥深いところですね。

ひとつ引っかかったのがクエン酸第一鉄ナトリウム。
私は医療関係者ではない、素人でよく分からないのですが、一見、クエン酸の化合物で細胞への吸収は良いと思うのですが、なぜナトリウムでしょうか。

当帰芍薬散の処方している患者さんということは虚証で水毒系で水っぽい人を対象としていると思うので、ナトリウムだと水が体からさばけず、あまり良くないのかなと思いました。体の水をさばけるようなカリウムが入った、クエン酸第一カリウムってのがあれば良いのかなと思いましたが、ググッてもそのような化合物は検索できなかったので、製造するのが難しいのかな。

糖質制限やオートファジーなどはなんとなく理論的に理解できそうですが、久しぶりに漢方薬に触れるともっと難しいですね。

いい勉強になりました。a

Re: 奥深い漢方薬

2016/09/18(日) 06:27:20 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
ヨッシー さん

御質問頂き有難うございます。

> ひとつ引っかかったのがクエン酸第一鉄ナトリウム。
> 一見、クエン酸の化合物で細胞への吸収は良いと思うのですが、なぜナトリウムでしょうか。


なかなか着眼点が面白いです。
確かにナトリウムがあると水毒の病態に悪さをしそうですね。
しかしおそらくそこまで考えて作られていないというのが実情ではないかと思います。クエン酸の酸性を中和し水に溶けやすい塩(えん)の形にするために水酸化ナトリウムを反応させたという理由くらいしか私には思いつきません。

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