想像力を働かせて診療に当たるべき
2016/06/22 00:01:00 |
普段の診療より |
コメント:4件
宮本武蔵の五輪書の「地の巻」の中で書かれていた、
「目に見えないところをさとって知ること」というのは日常診療の中で応用できる原則です。
すなわち、「想像力を働かせて診療に当たるべき」という事を教えてくれているのです。
私は神経内科医としてめまいの診療に携わる機会も多くあります。
例えばある患者さんが急にぐるぐる回るようなめまいに襲われてしまった場合、
何の予備知識もなければ、頭に何か怖い事が起こってしまったのではなかろうかと感じるのが普通の感覚だと思います。
そういった流れを受けて、初めてめまいを起こした患者さんはよく脳を扱う我々の所へ訪れることが多いです。 大まかにいってめまいはぐるぐる回るような「回転性めまい」と、そうではなくて何となくふらつくような「非回転性めまい」の二つに分けられます。
医学教育の中では大体の傾向として回転性めまいには耳が原因のめまいである事が多いと教えられます。
例えば耳が原因のめまいとして最も代表的なのはメニエール病と呼ばれる病気です。
このメニエール病は、耳鳴や難聴といった耳の症状とともに何度も回転性めまいを繰り返す事が特徴だと言われており、その病態は「内リンパ水腫」だと言われています。
「内リンパ水腫」というのは内耳(ないじ)と呼ばれる平衡感覚をつかさどる三半規管があるスペースを満たしているリンパ液の量が増えて流れがだぶついてしまう状態のことで、
これが起こることで三半規管の働きに支障をきたしめまいが起こるのではないかと考えられています。
ただし、肝心の「なぜ内リンパ水腫が起こるのか」という事がわかっていません。一説にはストレスが関与しているとも言われていますが、基本的にメニエール病は原因不明の病気です。
しかも耳鳴や難聴と言った耳の症状が必ずしも伴うわけではないという事もあって、メニエール病だと確信をもって診断する事は実は結構難しい事なのです。
従って現実問題として回転性めまいの多くが、医師によってとりあえず「メニエール病ではないか」といったあやふやな感じでゴミ箱的な診断として扱われているのが実情だと思います。
患者さんで「私はメニエールを持っていて・・・」などという言う人をたまに見かけますが、私は常にその言葉は疑うようにしています。
一方でめまいの原因はメニエールをはじめとした耳が原因のもの以外に他にもあって、
最も注意しなければならないのは、私の専門領域である脳が原因のめまいです。
一番は脳梗塞、特に「小脳」という運動バランスをつかさどる領域に起こる「小脳梗塞」は場合によっては命に関わる事があり緊急入院が必要な病気なので常に気をはらっておかなければなりません。
従って、実際の現場で一般の医師がめまいの患者さんを診る時には、
めまいの性状や神経をみる診察によって小脳梗塞の可能性が否定できなければ脳の画像(CTやMRI)を確認します。
その検査で脳からくるめまいの可能性が否定されたら、多くの場合耳から来るめまいであろうという事で、
耳鼻科へ紹介したり、抗めまい薬と呼ばれるヒスタミン類似作用により内耳の血管を拡張させて血流を増加させたり、内耳の毛細血管での浸透性を調節したりする薬を処方したりする事で対処します。
しかし抗めまい薬はあくまで耳が原因のめまいをターゲットに開発された薬です。
実は原因が脳でも耳でもなく、しかも頻度が多い第三の原因となる別の病気があるのです。
それは「頸性めまい」と呼ばれる病気です。
「頸性めまい」というのは頸椎という首の骨の変形およびその周りの筋肉などの周囲組織の支持力が低下し、首を曲げたり伸ばしたりする動きで、
頸部から脳へ行く血管の血流を低下させたり、あるいはその周囲に存在する交感神経線維などを刺激する事によって、
めまいだけではなく、頭痛,項部痛,嘔気,冷汗,その他各種の不定愁訴をきたしうる病気の事です。
頸性めまいと診断するポイントは頸部の動きによって誘発されるかどうか、頸部への負荷を示唆する診察での上肢腱反射の亢進、頸椎レントゲンでの骨の変形や歪み、などがあり、
何より頸椎に負担がかかっている人はその表現型として肩凝りが強かったり後頚部の筋緊張が高まっている様子が多く見受けられます。
そして頸性めまいであっても回転性めまいを起こしても不思議ではないという事です。
めまい診療をしていると、回転性めまいを訴えた人の多くが原因不明のメニエール病だと診断されている事、
そしてそうした人を私が診察し直すと、かなりの確率で頸性めまいが隠れているのを発見する事が多いのです。
本人が回転性めまいだと訴えたとしても、それがどういうタイミングで出現したのかを確認し、
神経の診察をし、頸椎のレントゲンを撮れば、メニエール病ではなく頸性めまいの可能性が高い事は比較的簡単にわかるはずなのに、
そこまで考えずに「脳に異常がなくて回転性ならメニエール病じゃないか」とずさんな推測で抗めまい薬だけ処方してしまっている医師は結構多いのではないかと推察されます。
しかし頸性めまいであった場合、治療として考えなければならないことは抗めまい薬を処方する事ではなく、
なぜ骨がもろくなり、首の筋肉の支持力が低下したのかを考えさせること、そしてそれらを悪化させないためにどうすればいいのかを教えることです。
こうした患者さんの食生活を聞いているとかなりの確率で「野菜中心で魚をよく食べるようにしている」という答えが返ってきます。
ごはんの量を問えば、多くの場合「少しだけ」と答えますが、その少しだけが糖質過剰だという自覚は誰一人持っていません。
野菜中心ともなればタンパク質の絶対量が不足します。そこに糖質過剰も加われば糖質代謝メインとなり脂質代謝が使われにくくなり、エネルギー不足時に脂質よりも先にタンパク質の損失が起こります。
骨と言えばカルシウムだと思われがちですが、それだけでは片手落ちで、文字通り骨格として重要なのはタンパク質、それが絶対的に不足しやすい食生活となってしまっているのです。
だから私は頸性めまいが疑われた人にはその事実を伝えるとともに、タンパクの絶対量を増やすために肉、魚、卵などの動物性蛋白源を積極的に取る事を強く勧め、
その一方で脂質代謝を駆動させムダなタンパク質の損失が起きないような代謝環境へと変えるように、ごはんを食べる量を今よりも減らすよう指導します。
すなわちその人ができる範囲での糖質制限をやってみるよう勧めるわけです。
もう一つは肩や後頚部の筋緊張をほぐし筋肉をしなやかにして血流を改善させる目的で肩凝り大棗をパンフレットを用いて指導します。
この食事指導と体操の良い所は薬と違って基本的に副作用がないという事です。
しかも仮に実は判断を間違っていて、本当はメニエール病が原因だったとしても、
それらの食事指導も体操も、メニエール病の病態に対して何ら悪さをしていないし、むしろ血流の改善を通じてメニエール病にさえ改善に寄与する可能性を秘めています。
従って、これらの指導は隙の無いなかなか優れた治療方法だと私は自信を持っています。
しかし先日、そんな自信も打ち砕かれるようながっかりする出来事がありました。
とある高齢女性患者さん、この方は全体的にやせて弱っておられ、首の筋肉も相対的にやせている一方で後頚部の緊張は強く、
病歴上も、診察上も、レントゲン上も典型的な頸性めまいを示唆する方でしたが、
私の食事指導と体操指導に納得されなかったのか、あるいは薬がたくさん出なかった事に不満を持ったのか、
後日別の病院の整形外科を受診され、首からのめまいだと言われたので首を調べてほしいと訴え精査を受ける事になりました。
その結果、頸椎のMRIで異常はないので首からのめまいではないと診断され、抗めまい薬が処方されるという出来事がありました。
これは検査絶対主義の医師が非常に陥りやすいピットフォールです。
MRIというのは寝た姿勢で画像を撮影する検査です。寝た姿勢では重力の影響を最も受けない姿勢なわけですから、
言わば最もめまいが出にくい状態の頸椎の写真を詳しくみています。しかし頸性めまいが実際に出るのは寝た状態から起き上がろうとする瞬間に出るわけです。MRIではそのめまいのダイナミクスを捉えることができません。
頸椎のレントゲンであれば立った状態で、しかもいろいろな角度から首を曲げたり伸ばしたりしながら撮影できるので、体位による変化を見るという点でレントゲンの方が優れています。
もしもその観点がなく、「MRIの方がレントゲンより詳しい検査だから、MRIで異常がないのなら頸性めまいではない」と判断していたのだとすれば、その医師はあまりにも想像力が乏しいと言わざるを得ません。
それを私よりも頸椎に詳しいはずの整形外科医がそんな対応をしているのだから、専門も何もあったものではありません。
しかも百歩譲って、その医師が処方した抗めまい薬でめまいが治まったとしても、
その効果は一時的であり、めまいに対してその治療は本質的ではありません。それだときっと今後もめまいを繰り返すことでしょう。
それとも、そうやって繰り返すからよりメニエール病らしいと思われていくのでしょうか。
ふと見渡せば長年抗めまい薬を飲み続けている患者さん達は実際あちらこちらにいます。これでは本当の意味での治療など夢のまた夢です。
患者さんのめまいがいかにして起こったのか、目先の現象に惑わされず、画像で見えない部分を想像力を働かせて対応すること、
それこそが宮本武蔵が教えている極意の一つなのではないかと私は考える次第です。
それにしても、薬を出されないと納得しない「薬絶対主義」の患者、
症状や診察よりも精密機械での検査の結果のみを信じる「検査絶対主義」の医者、どっちもどっちですね。
申し訳ありませんが、私ははっきり言ってこうした人達とはそれ以上深く関わらないようにしています。
こうした考えが固定してしまっている人達には何を言っても時間の無駄です。わからない人には何をどう言っても伝わらないものなのです。
以前の私ならばこの事に思い悩み、どうすればこうした人達を救えるか考えていましたが、
今はそんな事に時間を費やすよりも、次に出会う救える可能性がある患者さんのために、
気持ちを切り替えて次の一歩を歩み出すようにしています。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
糖質制限によってもたらされるのは全体の体調の復調ですから、
めまいの原因に多少の違いがあっても改善を期待する事ができると思います。
No title
私は、55歳の男性です。
2014年12月に
健康診断で糖尿病と言われ、
その時は、
血糖値124、HbA1c6.8でした。
2015年2月より、ストイックな糖質制限をした結果、
2015年5月には、
血糖値93、HbA1c5.8になりました。
この後、3か月に1度ほど、
定期的に血液検査をしており、
数値結果は、
血糖値90~95、HbA1c5.5~5.8になりました。
このように、糖質制限食を同じように続けていたのに、
数日前の血液検査では、
血糖値113、HbA1c5.5になりました。
血糖値が基準を超えていました。
doctorは、気にするに及ばないと言われましたが、
糖質制限を続けている私からすると、
血糖値が高いのは気になります。
今回の検査の前日は、
いつもと変わらない糖質制限食を食べて、
21時以降検査終了まで食事はしていません。
ただ、風邪気で少し熱がありましたので、
風邪も診察し、薬をもらいました。
私のように、糖質制限を行っていても、
血糖値が上がることはあるのでしょうか?
これ以上、糖質を取らないのは、
難しいですが、まだ糖質を下げるべきでしょうか?
または、ほかに原因があるのでしょうか?
先生に受診をしていませんので、
推測で結構ですので、
考えられることをご教示ください。
よろしくお願いします。
Re: No title
御質問頂き有難うございます。
感染などのストレスでもストレスホルモンを介して血糖値は上がります。
ただその反応自体は、一過性であれば、ストレスに対抗するための好ましい反応です。
風邪を引いておられたのであれば、それによるストレスのためではないでしょうか。
あまり少々の血糖値の上昇に一喜一憂する必要はないと思います。
私がよく申し上げるのは、検査値ではなく「自分の体調が最良のバロメータ」だという事です。
体調がよければ検査値の異常も、何かしらの意味ある変化だと捉える方が好ましいと思います。
2014年8月23日(土)の本ブログ記事
「体調が最良のバロメータ」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-397.html
も御参照下さい。
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