未病の本質を理解する

2016/06/13 21:35:00 | お勉強 | コメント:2件

前回は西洋医学の検査で検出されない体調不良である、

「未病」と呼ばれる概念について紹介し、それを東洋医学がはるか昔から捉えていた事について述べました。

今回はその未病を科学的に考察している日本東洋医学雑誌の論文を紹介します。

一言で言えば、未病の本態は炎症、特に「自然炎症」が関わっており、

その「自然炎症」を抑えるのに漢方薬が一役買うのではないかという内容です。

未病と自然炎症:生薬成分による制御の可能性
高橋秀実(日本医科大学微生物学・免疫学教室 同附属病院東洋医学科)
日東医誌 Kampo Med Vol.67 No.2 195-203, 2016

(以下、p196より引用)

(前略)

この「未病」という状態は、どのような身体の状態であるのかについては様々に考えられ、

書物の上では、「骨粗鬆症や肥満など、病気ではないが、健康でもない状態。

自覚症状はないが検査結果に異常がある場合と、自覚症状はあるが検査結果に異常がない場合に大別される。」

などと記載されてきたものの、未だ正確に「未病」を規定するには至っていない。

筆者は免疫学の研究を展開する中、あるいは代謝障害としてのメタボリックシンドローム」が「心筋梗塞」や「脳梗塞」などの様々な重篤な病態を引き起こす状況を鑑み、

この「未病」を「真の疾病に陥る病態」、例えば異物の侵入や過剰な栄養物質の蓄積に伴い生体の恒常性が破壊された場合に生ずる、生体修復反応(炎症反応)に起因する病態と考えるに至った。

このような中21世紀に入り、生体の応答として「自然炎症(homeostatic inflammation)」という新たな概念が提唱されてきた。

事実最新の報告では、この「自然炎症」に属する病態として、肥満、二型糖尿病、動脈硬化、自己免疫疾患、アレルギー、そしてある種の精神異常や癌などが含まれると想定されている。

ここで「炎症」という病態は、各種病原体などの体内に移入した「外来性異物」、あるいは体内に発生した「死細胞」

およびその関連物質を認識し応答することによって、「生体の恒常性を維持・修復するための反応」のことを指す。

その「反応」としては、予め体内に配置された各種センサーを介して異物あるいは自己の死細胞関連物質を識別し、

それらを速やかに排除あるいはそれらの発生に伴って生じた体内異常を修復するための「生体応答」が主体であることが、明らかとなってきた。

また以下に示すように、こうした「生体応答」を惹起するものの主体は、脂質や核酸、ならびにそれらを含む複合体、あるいは関連物質であることが、明らかとなってきた。

(後略)

(引用、ここまで)



ひと昔前まで免疫と言えば細菌やウイルスなどの外来性異物を標的として、

そうしたものから身体を守るシステムである「獲得免疫」が主として認識されていましたが、

実は死細胞やその関連物質によって身体の内側で起こる様々な故障を修復する際にも免疫が大きく関わっており、

その基本的な身体のメンテナンス機構である「自然免疫」こそが免疫システムの中核をなす防御システムだという事が徐々に知られてくるようになりました。

そしてこの「自然免疫」システムによって生体修復のためごく日常的に起こっている炎症反応の事を「自然炎症」と呼びます。

よく糖質制限をしてコレステロールが上がる人がいますが、

あれも身体を修復するための自然炎症が盛んに起こっているためではないかと私は考えています。

未病と呼ばれる状態もまさに自然炎症が盛んな状態だと言えるかもしれません。

炎症が盛んになりすぎると患部の痛み、腫れ、赤み、熱感といわゆる炎症の4兆を示す事になりますが、

この炎症はそもそも生体の修復反応として起こっているという事がミソです。

炎症があって痛いからといって、西洋薬での解熱鎮痛剤や抗ヒスタミン剤、ステロイド剤などの抗炎症作用を有する薬剤を使用したとすれば、

確かに痛みは治まるかもしれないけれど、身体の修復反応はその分遅れる事になり、問題の先送りをしているに過ぎないという構図が見えてくると思います。

目先の痛みに捉われて本質を見失えば、病気はこじれていくばかりになってしまうわけです。

そんな中漢方薬は、風邪の時に漢方を使って治した経験のある人にはわかりやすいのですが、自らの免疫システムを賦活させるような効き方をします。

だから免疫システムを邪魔せずにサポートする漢方薬は未病の病態に有益なのではないかというのがこの論文からのメッセージです。なるほど、確かにそうかもしれないと思います。

ただ同論文内で自然免疫を強化するための方策として紹介された漢方薬の役割については次のように記されています。

(p199-202より引用)

(前略)

私達が経口摂取した飲食物は、

口腔内で唾液アミラーゼにより糖質が、胃内でペプシンによりタンパク質が分解除去され、胃内には脂質群が残存する。

この酸性化の胃内に残った脂質群は、十二指腸Vater乳頭より分泌される脂質分解酵素であるリパーゼによって脂肪酸とグリセロールに分解される。

この分解された脂質群は小腸でコレステロールとともに吸収されるが、

コレステロールの一部は腸肝循環によって再び肝臓内に戻り、胆汁中に分泌され、不要となった脂質群は大腸から排泄される。

この際糞便中に大量に排泄されるグラム陰性の大腸菌群は、

中性脂肪由来と推測される脂肪酸によって構成される脂質多糖体(LPS)で覆われており、脂質群の排泄を助けるものと考えられる。

また、大腸内に排泄された脂質を含む水分は、腸管粘膜より吸収され、腎臓でろ過された後、膀胱に貯留され排泄される。

このような過程で、粘性の強い脂質は、胃袋、胆嚢、小腸、大腸、膀胱といった腑(五腑:袋)にこびり付く。

この腑にこびりついた油汚れが対応する「臓」の機能を低下させ、様々な障害を起こしてくるものと推察される。

筆者は漢方薬の重要な作用の一つは、こうした「腑」の油汚れを落とし、再度の油汚れが付かないようにすることではないかと推測している。

(後略)

(引用、ここまで)



食物が消化・吸収・代謝される過程を俯瞰し、漢方薬の役割を考察されているわけですが、

途中までは正しい文章ですが、よく見ると後半からおかしな文章になってきています。

通常腎疾患でもない限りは生理的な代謝においては尿中に脂質が入る事はありません。

脂質由来のケトン体であれば、糖質制限導入初期やケトン食、あるいは絶食中などの一定条件下において、水溶性であるため尿中ケトン体として尿中に認められる事はありますが、

「腎臓でろ過」などと述べられている事より、その事を想定した文章だとは思えません。

そしてその後、五臓六腑に起こる油汚れこそが様々な障害を引き起こす元凶だという結論に導いてしまっています。

この「油汚れ」という言葉が曲者で、この先生が脂質に対してどのようなイメージを持っているかを推し量る事ができます。

つまりこの先生「脂質=悪玉」だと考えているわけです。

その考えで以て漢方が自然炎症を抑えるメカニズムを考えるためには、

五臓六腑すべてに油汚れがあってもらわないと自分の想定する結論に導く事ができません。その結論を導くのに膀胱だけ油汚れがないという事実は不都合なのです。

しかし実際は当ブログの読者ならおわかりのように、「脂肪=善玉」だと捉えれば、尿中に油が出ない事は不思議な事ではない事がわかります。

脂肪は生命にとって重要なエネルギー源になります。だからこそあらゆる臓腑を循環し隅々まで行き渡ります。

そして重要なエネルギー源だからこそ、無駄に排泄しないような構造ができています。だから尿中には排泄されませんし、腸からも無駄なく利用するための腸肝循環のサイクルがあります。

そして脂質の代わりに五臓六腑に染みわたり、自然炎症を起こして病気を起こしているのはむしろ糖質の方ではないかという実態が見えてくるわけです。

せっかくの素晴らしい考察なのに、油に対するイメージの違いのせいで、非常に残念な結論に行き着いてしまったという感想を私は持ちました。


ただ、漢方薬がアレルギー、自己免疫疾患などの難治病態に対して、

西洋薬には成し遂げられない治療効果を挙げている症例報告をいくつも見るにつけ、

漢方薬には確かに自然炎症をコントロールするための機序があるという事がわかります。

言い換えれば、漢方薬が「身体がもともと持っている代謝システムを賦活する」という効き方をするという事に他なりません。

身体が持つ代謝システムをブロックするばかりの西洋薬とは真逆の発想です。

西洋医学では太刀打ちできない「未病」と呼ばれるステージを認識し、その具体的な対処法までも提案してきた東洋医学の理論体系、

もっと評価されてもよいのではないかと私は思います。


たがしゅう
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コメント

No title

2016/06/14(火) 12:15:56 | URL | SLEEP #mQop/nM.
たがしゅうさん

糖質制限後わりとすぐに、ズボンは29~30に3サイズほど落ちた自分ですが体脂肪率はほとんど変わらない、これはなぜだと考えたのですが内臓脂肪が減って皮下脂肪が増えたのだと最近は考えています。
その証拠になるかはわかりませんが、虫刺されや、日焼け、寒暖の差に相当強くなりました。
また今年の冬96のになる祖母が痒くて夜寝れないと言うので見たところ、皮膚が恐ろしく薄く、ハリがないのに驚きました。昔、人体発火現象というオカルト?の話にほぼ老人というのを読んだ覚えがありますが、なるほどあれだけみずみずしさがない皮膚ならそれもわからんではないなと。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、内臓脂肪が憎いあまり、皮下脂肪や人類が食べてきた獣肉まで罪人扱いはもうやめてほしいですね。

Re: No title

2016/06/14(火) 14:52:25 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
SLEEP さん

 コメント頂き有難うございます。

> 祖母が痒くて夜寝れないと言うので見たところ、皮膚が恐ろしく薄く、ハリがないのに驚きました。

 おそらく老人性皮膚掻痒症と呼ばれる状態と思われます。
 読んで字の如くの単純な病名ですが、皮膚乾燥が高じると掻痒感に発展すると言われています。
 裏を返せば皮膚や皮脂の重要性を物語っている病態だと私は思います。

 皮脂が欠乏すると見た目にもしわしわで年老いた印象を受けます。若い方でも洗剤で手を洗いすぎて手だけやたらと老けている印象を持つ人も結構います。そういう話から考えても脂質を絶対悪だと捉える考えには私は賛同できません。

 ただ脂質がありすぎてもよくないという事も確かです。要するに多すぎず少なすぎずその恒常性を保つ事が大事で、それを成し遂げるには身体のシステムを邪魔しない事が一番だと私は思います。

昔、人体発火現象というオカルト?の話にほぼ老人というのを読んだ覚えがありますが、なるほどあれだけみずみずしさがない皮膚ならそれもわからんではないなと。
>
> 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、内臓脂肪が憎いあまり、皮下脂肪や人類が食べてきた獣肉まで罪人扱いはもうやめてほしいですね。

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