前提を間違えば全てを間違う

2016/05/22 11:50:00 | 糖尿病 | コメント:8件

先日、糖尿病に関する古書を読む機会がありました。

糖尿病 ー基礎と臨床ー
著 小坂樹徳ら
朝倉書店




今から約40年前に初版が発刊された正書です。

朝倉書店は今でも内科学教科書のスタンダードである「内科学」を出版している会社ですから、

当時の糖尿病診療に対する標準的な考え方が書かれているだろうと考え、ちょっと興味が湧き手にとって読んでみました。

すると「糖尿病の食餌療法の歴史」について書かれた項目に、次のような文章が書かれていました。

(p338より引用)

インスリンの発見前は膵臓ランゲルハンス氏島の庇護のために、

無糖尿を目標とし食物の糖質を制限し脂肪で熱量を補っていた

しかし、糖質利用効率の低下がもたらす熱量の不足は、体脂肪を分解して熱源として動員せしめ、

インスリン作用が不足する条件のもとでは脂肪の分解の過程で生じるケトン体の処理が悪く、容易にケトーシスを発生する。

これが防止のためには糖質を許される範囲でなるべく多く摂らせ、脂肪の摂取量をつとめて少なくする必要がある。

影浦は糖質の厳格な制限を基調とするタンパク質、脂肪食が糖同化能を低下させ、糖質はこの悪影響を阻止することを実証している。

この知見はインスリンの出現と相まって、糖尿病治療食では糖庇護食から熱源栄養素、とくに糖質と脂質の量的均衡を境地し、

糖尿の消失より代謝異常の是正を重視し、糖質の制限を緩やかにする強化鍛錬食へと移行した。

(引用、ここまで)


糖質制限について勉強している人にはよく知られた事ですが、

上述のようにインスリンが発見される1921年より以前、実は糖質制限は糖尿病診療において立派な標準的食事療法でした。

しかし糖質を制限せずとも血糖値を下げることができるインスリンが臨床で使われるようになるにつれ、

カロリー制限派の台頭に伴い、糖質制限は医療現場からその姿を消すようになっていきました。

これは、てんかんの食事療法であるケトン食が、抗てんかん薬の台頭に伴って隅に追いやられていった歴史と似ていますね。

今回引用した箇所は糖質制限も隅に追いやられていく中で、カロリー制限派がどのような論理で自らの主張が推し進められていったのかがよくわかる文章です。

すなわちカロリー制限派の主張は、「ケトン体はよくないもの」という前提からスタートしていたのです。

しかし当時の医師がそう解釈してしていたのも無理もない事情もあります。

なぜなら当時から存在していた1型糖尿病においてはインスリン発見前の時代では不治の病で、余命数ヶ月と言われる程に急激に悪化する経過を辿りました。

そういう患者の血液や尿を調べると確かにケトン体が上昇するケトーシスを示し、しかもケトン体は酸性で体液も酸性に傾くアシドーシスを示していたわけですから、

「ケトン体が悪い」と解釈してしまっても不思議ではなかったと思います。

しかし、糖質制限の理論を理解した今、改めてこの現象を捉え直すと、

ケトン体が悪いのではなく、そのケトン体をエネルギーとして利用するためのインスリンが枯渇するような状況がよくなかったのだという事がわかります。

インスリンを枯渇させる要因といえば糖質ですが、2型糖尿病のみならず、1型糖尿病発症においても糖質が大きな要素を占めていると私は考えています。

でも当時はケトン体が悪いという考えの下、使えるようになったインスリン注射で血糖値をコントロールできるようになっただけでなく、

悪いと考えられていたケトン体が消え、不治の病と恐れられた1型糖尿病の患者の命を実際に救う事ができたわけです。これは明らかに医学の進歩による貢献であったと思います。

ところがこの出来事をきっかけにして、ケトン体悪玉説は強力な説得力を持つようになり、

「インスリンは必要」→「ケトーシスを起こさない程度に糖質が必要」→「糖質に身体を慣らしていく必要あり(糖同化能の維持、糖質鍛錬食)」

という形で発想がつながり、糖質を制限するのではなく、全体のエネルギー量を制限するというカロリー制限食の礎が作られていったわけです。


今にして思えば「ケトン体が悪い」という前提がすでに間違っていたわけですから、

その後の論理も芋づる式に間違っていきます。

そこで「ケトン体はよい」という前提に変えて現象を捉え直すと次のようになります。

「ケトン体は基本エネルギーとして必要」
「ケトン体を利用するには必要最小限のインスリンが必要」
「必要最小限までものインスリンが枯渇するような状況はよくない」
「インスリンを枯渇させるのはインスリン分泌を司る膵臓を刺激する糖質頻回過剰摂取」
「糖質頻回過剰摂取でインスリンが絶対的に枯渇すればケトン体がエネルギーとして利用できなくなる」
「ケトン体が利用できなければ、ケトン体が溜まりすぎて本来の働きとは別の体液酸性化による悪影響が出る」
「従って食事療法は糖質頻回過剰摂取を止めることが基本」
「それでインスリン分泌能が残っていればよいが、残っていなければケトン体を利用するに必要十分量のインスリンを補充する必要がある」
「必要十分量のインスリンがあれば必要十分量の糖同化能(耐糖能)が保たれる」
「糖質頻回過剰摂取を避ければ、糖同化能(耐糖能)を鍛える必要性がなくなる」


前提を間違うと言えば、「コレステロール悪玉説」もそうですね。

薬絶対主義」もそうですし、「1日3食食べないといけない」もそうだと思います。

我々が前提にしている事ははたして本当に正しいのか否か、

今まさに根本を見直さなければならない時代の過渡期に入っていると私は考えています。


たがしゅう
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コメント

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2016/05/22(日) 14:16:47 | | #
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Re: タイトルなし

2016/05/22(日) 17:51:57 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
悩める民 さん

御質問頂き有難うございます。

脳のグリア細胞はケトン体を利用する事ができます。
しかも糖よりも、虚血や低酸素などの悪条件に強く、いざという時にケトン体が使えるか否かで大差が出ると思います。
これについては過去記事で紹介した事もございます。

2015年4月12日(火)の本ブログ記事
「ケトン体は虚血抵抗性」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-600.html
も御参照下さい。

No title

2016/05/22(日) 23:47:50 | URL | ささき #cl76GnhY
たがしゅうさん、こんばんは。

今回の記事を読んで、思考が整理できました。ただケトン体の利用にはインスリンが必要なのですね。それは知りませんでした。

実は僕は佐々木希と結婚しています(誰も信じてくれない)。それで佐々木希がやはりモデルなので糖質制限生活を送っているらしいです。

そういう風に糖質制限食が色々な契機から社会的に市民権を得るといいなと思います。僕は昔、5年くらい外国に住んでましたが、比喩としてですが寿司から刺身を剥がして食べる的なことさえ、「ポリティカルコレクトネス」の一言で可能でしたが、日本社会は同質的なので厄介です。

Re: No title

2016/05/23(月) 06:56:58 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
ささき さん

コメント頂き有難うございます。

> ケトン体の利用にはインスリンが必要なのですね。それは知りませんでした。

インスリンが欠乏している時はケトン体が利用できず、ケトアシドーシスをきたしますので注意が必要です。

ケトン体の利用にインスリンが必要?

2016/05/23(月) 17:38:27 | URL | 新井圭輔 #ipWtYHro
インスリンはケトン体利用に抑制をかけることが知られています。
ケトン体利用にインスリンが必要というのはよくわからないのですが?

Re: ケトン体の利用にインスリンが必要?

2016/05/23(月) 19:33:16 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
新井圭輔 先生

> インスリンはケトン体利用に抑制をかけることが知られています。
> ケトン体利用にインスリンが必要というのはよくわからないのですが?


 説明不足でした。すみません。

 正確には「ケトン体利用には基礎インスリンが不可欠」という事になります。
 一方で追加分泌のインスリンが出ているような状況においては高血糖状態が併存してますので、御指摘のようにケトン体よりもグルコースが優先的に使われてしまう事になると思います。

因果の逆転

2016/05/24(火) 16:38:03 | URL | Yamamoto_ma #QPJmzeK2
たがしゅう先生

>今まさに根本を見直さなければならない時代の過渡期に入っていると私は考えています。

「インスリンの働きがあれば、高ケトン体状態でも問題が生じない」 という言葉だけが独り歩きしているようで、もう少しだけ考察してみました。
糖尿病ケトアシドーシスについて、ケトン体がアシドーシスの原因 というのが定説ですが、そもそもアシドーシスが高ケトン血症の原因という因果の逆転ではないかという発想(仮説)で考えてみました。
糖尿病アシドーシスを日本糖尿病学会では次のように定義しています。
・血糖値    >>250mg/dl
・高ケトン血症 (βヒドロキシ酪酸の増加)
   (具体的数値は示されていない おそらく診察の現場では尿のケトン-アセト酢酸-強陽性かどうかで判断するからであろう)
・アシドーシス (pH<7.30 重炭酸塩濃度<18mEq/L)をきたした状態
となっておりました。(科学的根拠に基ずく糖尿病
診療ガイドライン2013)
高ケトン状態と高血糖状態が同時に起こる、これよく分からないのですが、よっぽっどのことが起こっているのでしょうね。
そもそもアシドーシスとはどんな状態であろう。
もちろん体内のpHが酸性に傾いた状態であって、そのおもな原因としては脱水症(高浸透圧・低Ca・低K等)と考えられます。アシドーシスには他にも乳酸アシドーシスもあり高血糖状態だけではなく、さまざまな原因によることもあります。
われわれはケトーシスとケトアシドーシスとはまるで異なる状態であることは理解されていますが、なかなか理解されていませんね(笑)。
話しをもとに戻して、アシドーシスとケトン体の因果の逆転に関して、残念ながらそのような説はどこにも見当たりませんでした。
カルピンチョ先生のブログが参考になると思います。
http://低糖質.com/review/cat29/post_153.html


Re: 因果の逆転

2016/05/24(火) 18:48:26 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
Yamamoto_ma さん

 コメント頂き有難うございます。

> 糖尿病ケトアシドーシスについて、ケトン体がアシドーシスの原因 というのが定説ですが、そもそもアシドーシスが高ケトン血症の原因という因果の逆転ではないかという発想(仮説)で考えてみました。

 良い視点を与えて頂いたと思います。

 確かに糖質制限目線だとアシドーシスの原因を「ケトン体=酸性」という事からケトン体の過剰な増加に原因を求めてしまいがちですが、実際には御指摘のようにアシドーシスには脱水やら下痢やら薬剤やら呼吸不全やらと様々な原因があります。

 アシドーシスという異常細胞環境のせいでケトン体がうまく利用できず、結果的にケトン体が血液中にあふれ出るという考えはあながち間違っていないようにも思えます。

 栄養素の多方面での代謝に関わる基礎インスリンの作用は非常に複雑ですが、それが絶対的に欠乏すれば、代謝が破たんしてその結果アシドーシスになる事も十分にありえる事のように思えます。

 もしそうだとすれば、

 「基礎インスリン絶対的欠乏→細胞内アシドーシス→糖もケトン体も利用不可→エネルギー不足+結果的に血糖値・血中ケトン体上昇」

 というストーリーも成立するかもしれませんね。

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