手術とは不可逆的な医療介入
2016/03/13 07:40:00 |
ふと思った事 |
コメント:13件
私がまだ医者になりたての研修医の頃、
医師としての素養を養うべく、あるいは自分が将来進むべき道を考えるべく、
スーパーローテーションと呼ばれる研修制度でいろいろな診療科を数か月毎に順番に回っていた時がありました。
どの科もそれぞれに良い所と悪い所があり、進路を決める際にはすごく悩みました。
そして最終的には病気の仕組みや原理にこだわり、総合診療的な視点を持つ神経内科を選択しました。
今は筋金入りの内科医で、手術など全くできない医師になってしまいましたが、
実は研修医当時は外科医になろうかと迷っていた時期もありました。
スーパーローテーションで外科を回っていた当時、とある先生から次のような言葉を聞いた事がありました。 「外科医は技術で若手に圧倒的な実力差を見せつける事ができる。内科医は優秀な若手に一気に追い抜かれる事もある。」
それを素人目に見ても明らかに手術の腕が良い外科医の先生がおっしゃったので、
ものすごく説得力がありましたし憧れもしました。感化されて糸結びの練習を暇さえあればずっとやり続けていた事もありました。
世の中にはゴッドハンドと呼ばれるような手術の上手な先生がいます。
確かにそうした手術をできる医師は唯一無二の価値を解き放っているかもしれません。
しかし糖質制限を通じて世の中の見方が変わった私にとっての手術は、今までとは本質が全く違ったものに見えてきました。
すなわち「手術とは、究極の対症療法である」ということです。
そしてもう一つ付け加えるならば、「不可逆的な医療介入」でもあります。
病気の原因にこだわる神経内科の私としては、手術という方法が病気の制圧に優れているとはどうしても思えません。
がんを例にとって考えるならば、がんをがんだと認識するためにはある程度大きくなってからということになります。
しかしながら実際には目に見える大きさに育つまでの時期というのがあるわけですから、
手術ではそれらの小さながんに対してはまったく対処する事ができません。
言ってみれば、見えない段階では何もできないけど、見えたらそこで初めて検討されるという不完全な治療法が手術です。
それはどれだけ小さな段階でがんを発見したとしても本質は同じです。結局見えないがんに対しては何もしていません。
がんが見えようと見えまいと、がん診療において最も優先してすべき事は「酸化ストレス(活性酸素)のコントロール」だと私は糖質制限を通じて思います。

そして人体は各臓器、それらをつなぐ神経、血液、リンパ、様々な分泌物質、もっと言えば気の流れ、経絡など、
極めて巧妙に、系統だったシステムとして一つの無駄もなく構成されている有機的集合体です。
たとえどれだけ技術の卓越した外科医であろうと、皮膚を切り、微細な神経を切り、血管を破り、それを止血しながら目的の病変を取るという行為に変わりはありません。
それをどれだけ上手にやった所で、人体は絶対に傷つくし、目立った神経損傷がなくとも傷跡という後遺症は残るし、
臓器を手術で欠損させた事によって、医師には想像できない「何となくおかしい」レベルの後遺症が出るかもしれないけど、
手術をした外科医はどれだけ優れていようと所詮は他人です。たとえ患者が症状を訴えたとしても、
「そういう事もあります。様子をみましょう」で終わってしまう事もあるかもしれません。
多剤内服によってもたらされる得も言われぬ副作用に、内科医が気が付かないのと似たような構造がそこにはあります。
昔は手術ができる外科医が恰好よく映っていましたが、
今は手術をせずに治す外科医の方がよほど格好いいと私は感じています。
そして確かに内科医は頭脳労働的な所がありますので、
知識という面では優秀な若手医師に一気に追い抜かれるという側面はあるでしょう。
しかしそれはあくまで一面的な内科医の捉え方です。経験を重ねる毎に研ぎ澄まされていく人間力は若手には持ちえないものです。
内科医がする事はただ単に知識を持って、知識のない患者を言いくるめて病気を制圧しようとする事では決してありません。
「医療の本質は人と人とが病気という点を通じて対等に向き合う事にある」と思います。
言い換えれば、突如として起こった病気に対して、なぜそれが起こったのか、どうすればそれがよくなるのかを医師と患者が協力し合って解決を目指す共同作業だと思うわけです。
そのために話しを聞きながら表情を見て、息づかいを感じ、診察で身体を触り体温を感じ、症状を想像して共感しようとします。
いくら知識があっても経験を積み重ねないと到達しえない達人の境地というものがあると私は思います。
その領域に近づくには話を聞く「問診」と患者に触れる「診察」の部分が極めて重要であり、
同じ内科医であっても、誰がやっても同じ結果が出る検査の結果をいくら眺めても、結果の解釈が上手になったとしても内科医としての素養は一定以上は高まりません。
それは、大学病院などの検査重視の病院だけにいては決して見えない事です。
そして私は漢方の世界に足を踏み込んで、
内科医であっても外科医の手術にも似た、どれだけ優秀な若手も到達しえない治療技術が存在しているということを知りました。
すぐれた漢方医はその卓越した問診技術と身体診察によって、たとえ原因のわからない病気に対してもオーダーメイドの処方を出す事ができるのです。
電子カルテのパソコン画面ばかり見てろくに患者に触れようともせず、お金のかかる検査をひたすらやってわかったような事を言う医師とは次元が違います。
手術などしなくたって内科医にも唯一無二の診療価値を作る事は可能です。
そしてそれはもともと素晴らしい人体を大事にすることに他ならず、
手術をしないことは医療の目指すべき道だと私は思います。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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肥満外科手術について
術後の食事療法は結構大変そうな気がします。現在の日本の肥満外科手術についての論文を読んでみると、術後の食事療法について触れているものはほとんどありません。
未手術で糖質制限食をするのと、術後に食事療法を続けるのとどっちが大変か、よくみきわめる必要があります
Re: 肥満外科手術について
コメント頂き有難うございます。
肥満外科手術も、まさに問題の先送りに他ならない治療です。
正しい減量指導ができていないからこその手術であり、術後の食事指導がうまくいく事は到底期待できません。
言わば胃癌でもないのに胃癌の手術をするようなものですから、ダンピング症候群のリスクも増える事でしょう。そしてそれは不可逆的な変化となります。
目先の結果にとらわれず、もっと広い視点を持って手術を受けるべきかどうかを判断すべきと私は思います。少なくとも私なら絶対に判断を外科医に一任しません。
手術件数のノルマ
という確信を持っていましたが、それを裏付ける記事も、ネット上ですが何回か読みました。まあ、ネットというのは100%真実が語られているわけではないでしょうが(100%の真実とは何かというとこれまた議論あると思います)、外科医がブログで「今月の手術ノルマは達成した」など、書いていました。しばらくしてそのブログは更新されなくなりましたが。
また、群馬大学病院の腹腔鏡手術事件も、こういった「ノルマ」が絡んでいると思います。
私の家族の場合は、かろうじて手術を逃げて転院して放射線治療で生きながらえ、介護施設に居ますが89歳の今も杖を頼りに自分で歩いて自分で食べています。いつも「あの時手術しなくてよかったね。」と言っています。
手術というスキルは、「手技」ですので、つねにトレーニングしていても実際にやっていなければ衰えます。外科医はその衰えが怖い、というのもあるでしょう。また、病院は手術室や手術設備に投資してしまうとその投資額を回収しなければならないわけで。
西洋薬は外資がらみの大手資本が暗躍しているわけで。
国産の漢方薬が増えればいいなと思います。
糖質制限については私はプチ程度です。食べる順序は野菜やおかずを先に食べます。一番問題なのは市販の甘いドリンクだと思います。人工甘味料含めて甘い飲料を買わない飲まない習慣をつけるべきだと思います。
たがしゅう先生のブログはちょこちょこ読ませてもらって、ユニークな先生だな、と思っています。私は食べても太らないタイプですがもう60歳を過ぎたので糖質の取り過ぎには注意するように心がけています。
たがしゅう先生がご自分の医院を開業されて、1時間くらいで行ける所なら主治医になっていただければいいな、と思っています。
Re: 手術件数のノルマ
コメント頂き有難うございます。
手術のノルマが手術是非の判断に影響しているのだとすれば本末転倒ですね。
一番は患者さんが手術のメリット、デメリットを踏まえた上でその治療を希望するかどうかで判断されるべきであって、「手術をしたいからさせてくれ」の要素があってはならないはずです。
外科医から手術を取ったら外科医ではない、と考える人もいるかもしれませんが、
手術を人一倍知っているからこそ、説得力を持って手術をしない選択肢を勧める、
そんな外科医がいてもいいのではないかと私は思います。
No title
手術は、なくなることのない必要な技術だと私は思っています。
たがしゅう先生の思い描く理想の身体の使い方(運動や食事など)が日本の人口のほぼ全員に浸透して、人々が健康を得られたとしても、ヒューマンエラーは無くなりません。つまるところ、事故は人がいる限り起こりえます。
事故による怪我など、急を要する時に手術のための技術や道具がなければ助けることが出来なくなります。
だから、命を守りたいと願う誰かの思いがある限り、手術は無くならないと考えます。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> 手術は、なくなることのない必要な技術だと私は思っています。
> 事故による怪我など、急を要する時に手術のための技術や道具がなければ助けることが出来なくなります。
御指摘の通り、外傷や救急における手術は今後も不可欠なものであり続けると思います。
例えば骨折をしたのに、糖質制限で地道に治そうとは私でも流石に思いません。
手術そのものを否定しているわけではなく、手術という治療行為の本質に焦点を当てたいと思った次第です。
パーキンソン病の進行抑止、マウスで成功
とても嬉しいニュースが飛び込んできました!
「パーキンソン病の進行抑止、マウスで成功」
http://www.yomiuri.co.jp/science/20160315-OYT1T50004.html?from=ytop_ylist
>パーキンソン病は細胞内の小器官、ミトコンドリアが傷つくことで、脳の神経伝達物質「ドーパミン」を出す神経細胞の減少を引き起こし
ミトコンドリア、ケトン体で守らないとです。
PS.うちのPDの母は昨春永眠しました。
千年の医師物語
この記事で、今年の年初に観た映画「千年の医師物語」をふと思い出しました。
宗教的絡みもあって、中世における西洋医学(医療)がアジアのそれと比較してかなり劣っていたことが読み取れます。
現在もそうなのかな???(笑)
http://physician-movie.jp/index.html
Re: パーキンソン病の進行抑止、マウスで成功
情報を頂き有難うございます。
糖質制限の理解を深めていくとミトコンドリアに行き着くのですよね。
いかにミトコンドリアの働きを邪魔しない生き方をするかが万病予防に重要になってくると思います。
ヒトの死に関しての受け止め方としては、私は漫画ONE PIECEで教わった言葉を大事にしています。
2013年11月18日(月)の本ブログ記事
「マンガで伝える技術」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-92.html
も御参照下さい。
> たがしゅう先生
>
> とても嬉しいニュースが飛び込んできました!
>
> 「パーキンソン病の進行抑止、マウスで成功」
> http://www.yomiuri.co.jp/science/20160315-OYT1T50004.html?from=ytop_ylist
>
> >パーキンソン病は細胞内の小器官、ミトコンドリアが傷つくことで、脳の神経伝達物質「ドーパミン」を出す神経細胞の減少を引き起こし
>
> ミトコンドリア、ケトン体で守らないとです。
>
> PS.うちのPDの母は昨春永眠しました。
Re: 千年の医師物語
コメント頂き有難うございます。
面白そうな映画ですね。私も機会があれば是非観てみようと思います。
ヒトを部品の集合として捉える西洋医学が、全体的な複雑系有機物として捉える東洋医学に劣っているのは、自然の流れを踏まえればある意味当然の帰結であるように思えます。
No title
申し訳ございません。
先生の仰っている
「医療の本質は人と人とが病気という点を通じて対等に向き合う事にある」
という意向は理解しているつもりです。
お話ししたいことが別にあったのですが、文書を推敲しているうちに伝えたいことを削除してしまいました。
自身の文書力の低さに嘆いているところです。
文書力を鍛えて出直します。
大変失礼いたしました。
わたしを離さないで
先週の回で、先生(恩師)が、「人間は一度手に入れた利便のあるものを、手離すわけないでしょう」と、臓器移植術とドナーを運命づけられた人たちのことを言うのです。
フィクションと思っても、ショックで眠れなくなりました。手術の技術革新でこんなことになったら、絶句です。(フィクションだと言い聞かせないと怖いです。テーマはそこじゃないんですが。最終回、希望は見えるのでしょうか?)
見てる人しか分からない内容ですね。
それから、「スーパーローテーション」の名前で、久々に大島優子さんの「ヘビーローテーション」のMVをヘビロテして、懐かしかったです(笑)
Re: わたしを離さないで
コメント頂き有難うございます。
> 「人間は一度手に入れた利便のあるものを、手離すわけないでしょう」
うーむ、なかなか本質的な台詞ですね。
進化・向上を目指す生物の理としてはある意味自然の摂理ですが、その事が状況によって非常に厄介な事になりうるという事を具体的に指し示しているのですね。考えさせられます。
> それから、「スーパーローテーション」の名前で、久々に大島優子さんの「ヘビーローテーション」のMVをヘビロテして、懐かしかったです(笑)
エリスさん、相変わらずの個性的な感性ですね。そういうコメントなんか好きです(笑)。
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