「減塩」の前にすべきこと
2016/02/29 00:01:00 |
素朴な疑問 |
コメント:8件
生活習慣病に対する従来からの食事指導として、
カロリー制限と並んでよく言われることに「減塩」指導があります。
私の減塩に対する見解は、「まず糖質制限!それでもダメなら減塩を考慮」というものです。
また塩分そのものは非常に重要なものだと考えています。
進化の過程を見ましても、水生生物から陸上生物に進化した我々は水と親和性があります。
その水とナトリウムは基本的に一緒に移動することで、結果的にナトリウムは体内の水分保持に重要な役割を果たしています。
そして、「ナトリウム・ホメオスターシス(Naの恒常性)」という言葉があります。 実は塩分を多く取れば、身体の中の塩分がすぐに増えるという単純なものではなく、
血液中のナトリウムの濃度は様々な身体のシステムによって一定となるように絶妙にコントロールされているのです。
それはそのままナトリウムというものが人体にとっていかに重要であるかという事を現していると私は考える次第です。
まず血液の中のナトリウムが多いと浸透圧というのが上がります。
浸透圧というのは、簡単に言えば周りから水分を引き込もうとする力のことです。
血液中の浸透圧はだいたい285~295mOsm/Lが正常範囲なのですが、その計算式は以下の通りです。
血漿浸透圧=2(Na+K)+(血糖/18)+(尿素窒素/2.8)
そしてNaの濃度はだいたい140mEq/L前後となるように調節されているので2×140で280、浸透圧のほとんどはナトリウムによって規定されていると言っても過言ではありません。
だからそのナトリウム濃度の数値がちょっと変わるだけで、浸透圧の数値は大きく変動しえます。
例えば濃い塩水があればそれを薄めるように周りから水分が引き込んで、直ちに薄めて塩分濃度が正常に戻るように働きかける必要があります。
そのための一つのメカニズムが口渇です。
脳の視床下部には浸透圧受容器というものがあり、ここが浸透圧が高いか低いかを感知します。
浸透圧が高いことが視床下部に感知されると、その刺激が下垂体後葉に伝わり「バソプレッシン(抗利尿ホルモン)」というホルモンが血液中に分泌されます。
バソプレッシンは腎臓の集合管という部位に働きかけ、水分を再吸収し浸透圧が正常に戻るように作用します。
視床下部には口渇中枢というものもあり、これは高い浸透圧によって刺激されるので、浸透圧が元に戻れば口渇はなくなりますし、それでも口渇なくならなければ、ヒトは飲水行動を取ります。
逆にナトリウムが下がると、薄い塩水になって浸透圧が下がります。
それを浸透圧受容器が感知すれば先ほどとは逆の反応が起こります。つまりバソプレッシンの分泌が減り、水分はどんどん尿として外に排泄されるようになります。
一方でナトリウムも少なければ水分も少ないような状況、すなわち脱水や出血のような状況の時は、
水分が外に行っては困るので、ナトリウムは貯めこみつつ、水分は外に出さないという都合の良い反応が起こる事が必要になります。
その時に重要になるのが、レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系というシステムです。
レニンは腎臓から分泌されるタンパク分解酵素で、血圧が下がると分泌される性質があります。
そのレニンは肝臓や肥大化した脂肪細胞で作られるアンギオテンシノーゲンをアンギオテンシンⅠに変換します。
さらに全身をめぐったアンギオテンシンⅠは肺の毛細血管に存在するアンギオテンシン変換酵素(ACE)によってアンギオテンシンⅡに変換されます。
アンギオテンシンⅡには血管を収縮させ血圧を上昇させる作用があるので、レニンは実質的な昇圧物質とされています。
またアンギオテンシンⅡは副腎に作用してアルドステロンというホルモンを分泌させます。
アルドステロンはNaを貯めこみ、それと一緒に水分が取り込み血圧を保持するという作用をもたらします。
そしてアンギオテンシンⅡはさきほどの下垂体後葉にも働きかけバソプレッシンも分泌させます。
ですので、血圧が下がる程水分が少なくなった状況においては、このレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系によりナトリウムを貯めこみつつ血圧を上昇させ、
なおかつバソプレッシンまで分泌させて水が不要に外に出ていかないように調節する反応が起こります。絶妙ですね。
さらには心臓にもナトリウムの多さを感知する部位があり、ナトリウムが多い場合には心房性利尿ペプチド(atrial natriuretic peptide;ANP)と呼ばれるものが分泌されます。
ANPは腎臓の尿細管に作用して、Naと水分を排泄するように働きかけます。
要するに人体には浸透圧を一定にするよう幾重にもメカニズムが備わっているのです。これらのシステムを総称して「ナトリウム・ホメオスターシス」と呼んでいるわけです。
そして、こうしてみるとナトリウム・ホメオスターシスの中心を担う臓器は脳・心臓・腎臓あたりだとわかります。
ですので脳・心臓・腎臓がうまく働いている限りにおいては、あまり塩分の過多をとやかく言わずとも上手に調節されるとも言えると思います。
例えば救急の現場でも、心機能・腎機能正常で普段は健康であった若年成人が熱中症で高度脱水をきたし救急搬送されたというような場面においては、
ナトリウムが大量に入った細胞外液を点滴でガンガン補充してもそれによって直ちに高ナトリウム血症至ることはない事はよく知られています。
逆に言えば、心機能・腎機能低下があり脳機能が衰えた高齢者には微妙なナトリウム調整がダイレクトに血液中のナトリウム濃度に影響してしまうため補液計画には気を遣う必要があります。
それは、とりもなおさずナトリウム・ホメオスターシスの機能が破綻してしまっているからです。
ですから塩分を取りすぎて血圧が上がるという人は、遺伝的に食塩感受性がある例外的な人を除けば、
脳・心臓・腎臓の働きが低下している人だと言えると思います。では何が脳・心臓・腎臓の働きを低下させるでしょうか。
加齢と言ってしまえば漠然としていますが、大きな要素は「動脈硬化」です。動脈硬化が進めば脳も心臓も腎臓も悪くなるからです。
では動脈硬化を起こさないようにするためにすべきことは何でしょうか?
減塩でしょうか、いや糖質制限だと私は思います。
たがしゅう
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プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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No title
糖質制限をはじめて2年近くたちました。
58歳の男性です。
マラソンレースに月1回のペースで出場しています。
ハーフマラソン、フルマラソンがメインです。
レースでは水と塩の効いた梅干しをラップにくるんで大量に持って走ります。
普段も減塩は一切していません。
レースや練習で梅干しを食べるのは、
汗をかいて失われた塩分を補うためと、
足のけいれんにナトリウムが効果があると聞いたからです。
実際、梅干し(塩分)を摂取しながら走ると足のけいれんは余りおきないように思います。
梅干しを食べるときは少量の水を摂取するようにしています。
医学的にみたらどうなのでしょうか?
あと、毎食ほぼ100%食べるメニューがあります。
納豆、白菜キムチ、煮干しの粉末(大さじ2)、カレーパウダー(大さじ1)、生卵2個を丼に入れて混ぜあわせたものです。もう1年以上続けています。どれも年中入手できる食材なので便利です。
Re: No title
御質問頂き有難うございます。
> レースや練習で梅干しを食べるのは、
> 汗をかいて失われた塩分を補うためと、
> 足のけいれんにナトリウムが効果があると聞いたからです。
> 実際、梅干し(塩分)を摂取しながら走ると足のけいれんは余りおきないように思います。
> 梅干しを食べるときは少量の水を摂取するようにしています。
> 医学的にみたらどうなのでしょうか?
理に適っていると思います。
汗の場合はナトリウムと水分と両方失われます。
多量に汗をかくような状況なら一時的なナトリウム欠乏になってもおかしくない状況です。
おそらく梅干しの塩分がその欠乏をうまく補えているのではないかと推察致します。
管理人のみ閲覧できます
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
少しでも参考になれば幸いです。
色々な観点から…
いつも大変お世話になっています。
私は、高血糖・高血圧・脂肪肝等で、
必要に迫り1年2ヶ月糖質制限をストイックに行い、
今では、何の欲求もなく、糖質制限が出来るようになり、
全て、正常値になった50代の男性です。
これからも健康の為に続けていこうと思っています。
糖質制限を続けるのに、
または、
糖質制限を始めるのに私と同じような疑問を、
持たれている方も多いと思いますので、
ブログと重なるかもわかりませんが、
あえて、質問させて頂きます。
「血糖値を上げない」「ダイエットが出来る」
この観点からの糖質制限は、パーフェクトに思っております。
では、多方面から見た時には、
例えば、私の食事内容では、
揚げ物はほとんど食べることはないですが、
糖質制限を始める前と比べて、動物性の脂を大量に取っています。
牛肉・豚肉、共に、脂身を選んで食べることはないですが、
普通に脂身を食べていますし、おやつは、チーズを食べています。
このように、動物性の脂をとることは、
「血糖を上げない」の観点からすれば『OK』ですが、
「動脈硬化等の血管」の観点からみると、どうなのでしょうか?
その他も、様々な観点があると思います。
色々な観点から見ると、
糖質制限を続けながらも、
肉は、脂身をさけて赤身を食べた方が良いとか、
チーズも控えめにした方がいいとか…。
過食はいけないのはわかっていますが、
意識して減らした方が良い?のかどうかです。
長文申し訳ありません。
よろしくお願いします。
Re: 色々な観点から…
御質問頂き有難うございます。
> 動物性の脂をとることは、
> 「血糖を上げない」の観点からすれば『OK』ですが、
> 「動脈硬化等の血管」の観点からみると、どうなのでしょうか?
糖質制限を学んで、私は常識を疑う事の重要性を学びました。
そういう目線でみると、今までさんざん言われていた動物性脂肪がよくないとか、赤身の肉は良くないとか言う説は論拠薄弱に私は感じます。
他方、自然の流れの中でヒトという動物として我々を捉えた時に、
動物の栄養は動物から取るのが効率的にできています。その辺りは腸内細菌やプロテインスコアの事を学べば状況証拠は豊富です。
それなのに「動物性食品が動脈硬化を進める」なんておかしくないですか、という話です。
今までの常識を根こそぎ見直して自分の頭の中で整理しないとかえって糖質制限で混乱を招くおそれがありますのでご注意頂ければと思います。
管理人のみ閲覧できます
Re: 初めまして
コメント頂き有難うございます。
他人は自分ほど自分に関心がありません。従って他人への依存はリスクをはらみます。
自分の問題には自分が向き合うのが一番です。薬の事も、糖質の事も、他人の言葉はあくまで参考程度に留め、自分の頭で考えられる事を望みます。
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