質の悪い太り方をもたらす薬

2016/01/19 00:01:00 | 素朴な疑問 | コメント:2件

薬の中には副作用で体重増加が起こりやすいものがあります。

最も代表的なのは抗精神病薬で、セロトニン受容体遮断作用がある新規抗精神病薬に多いと言われています。

セロトニンは略号で「5-HT」と表記しますが、セロトニン受容体の中で5-HT1受容体と5-HT2は脳に存在しています。

そして5-HT2c受容体を刺激すると脳に作用して食欲を抑制する作用があると言われています。

だから、5-HT受容体2cを阻害する作用がある抗精神病薬を使えば、逆に食欲が亢進して太りやすくなるという事になるわけです。

しかしこうした薬で太る理由は単に「食欲がわいて食べ過ぎたから」では説明しきれない所があります。

なぜならば詳細な機序は不明ですが、新規抗精神病薬を飲んでいる非肥満の人に、糖尿病の時にみられるようなインスリン抵抗性や肥満の時に認められる高レプチン血症をきたす現象が認められる事がある(J Clin Psychiatry. 2003 May;64(5):598-604.)からです。

そうした効果のためか、特に新規抗精神病薬には高血糖や糖尿病を発症する副作用もあり、中でもオランザピンやクエチアピンという新規抗精神病薬は、

過去に糖尿病性ケトアシドーシスによる死亡例が発生したため、糖尿病の人や糖尿病の既往がある人には禁忌となっています。

逆に言えば抗精神病薬というものはそれだけの危険をはらんでいる薬だと言えます。 そして、先日の汎動物学での知見を踏まえれば、これらの薬が腸に関わっている可能性も見えてきます。

セロトニン受容体の中で、5HT1、5HT3、5HT4受容体は腸管に存在します。

中でも5HT1、5HT4は、消化管神経叢の副交感神経上にあり、

5HT1を刺激すればアセチルコリンの遊離抑制され、5HT4を刺激すればアセチルコリンの遊離促進されます。

アセチルコリンとは認知症を考える時にも重要な物質ですが、腸管で言えば腸を動かすために副交感神経が刺激される事によって分泌される物質の事ですので、

言い換えれば5HT1を刺激すれば腸が動かなくなる方向へ、5-HT4を刺激すれば腸が動く方向へ向かいます。

ちなみに5HT3受容体は脳にも腸管にもありますが、刺激されると嘔吐が引き起こされるくらい強烈です。

それゆえ、5-HT3受容体拮抗薬は抗がん剤の副作用の吐き気を止める薬としても応用されています。

新規抗精神病薬の場合は5-HT1A受容体の刺激作用がありますので、飲めば腸が停止する方向にいくわけですが、

これだと「腸が動けば腸内細菌と接触する表面積が増えてエネルギー取り込み効率が上昇して太りやすくなる」という汎動物学での理屈と矛盾するように思えます。

これは私は「質の良い太り方」と「質の悪い太り方」の違いではないかと思います。

私は太ることは必ずしも悪い事ではないと思っていますが、その質には良悪がある事に注意しなければなりません。

腸がよく動いている状況で、糖質の少ない脂質・タンパク豊富な食物を食べて太る場合は、同じ太るのでも血糖値の乱高下は少なくて済みます。こちらは質の良い太り方です。

ところが腸が動かないような状況だと、食物が腸管で停滞するので、急峻な血糖値の上昇をきたしやすかったり、一部吸収されるけどなかなか動かずにまた時間をおいてから再び血糖上昇するようなまさに「乱高下」につながりやすくなります。

新規抗精神病薬に至っては5-HT1がブロックされ便秘がちになり、それなのに食欲は亢進してよりたくさんの食物が腸に入ってきてしまいます。これは質の悪い太り方につながってしまいます。

そういえば、糖が胃に入るとピタッと胃蠕動が止まる「糖反射」という現象もありましたね。この辺も糖質が質の悪い太り方をもたらす要因になっているような気がします。


さて、太りやすくなる薬は他にもあります。

それは抗てんかん薬として知られるバルプロ酸という薬です。

バルプロ酸の主たる薬理作用は、GABAという抑制性神経伝達物質を分解するGABAトランスアミナーゼを抑制する事で、結果的にGABAを増やす事にあります。

抑制性の作用が増えるわけですから、脳の興奮状態とも言えるてんかん発作の抑制に効果があるのもうなずけます。

臨床的には気分が躁傾向の人に対する気分安定薬や、片頭痛の予防薬として使用される場合もあります。

しかしこのバルプロ酸の副作用で体重増加をきたすメカニズムは実はあまりよくわかっていなかったりするのです。

GABAが視床下部に作用するからじゃないかとか、GABAがL-カルニチンを減らし脂質代謝を鈍らせるのではないかなどとも言われますが、どうも論理性に欠ける所があります。

それゆえ一般的な医師もバルプロ酸の内服者が太るのをみれば、「おそらく食べ過ぎているんでしょう」で済まされる場合がほとんどだと思います。

しかしそれだけで終わるのではなく、ここでもGABAが腸に関与していないかどうか考えてみます。

実はGABA受容体は腸管にも存在し、GABAAとGABABという大きく二種類の受容体があります。

5-HT1と5-HT4の関係と同様に、GABAA刺激で腸蠕動促進へ、GABAB刺激で腸蠕動抑制に働きます。

それでGABAを増やすと腸管は結局どうなるのかという事をイヌの実験で調べた論文がありました。

その結果、GABAを投与するとアセチルコリンが減少し、腸蠕動が抑制されるとわかったという事です。

おそらくGABAAよりもGABABの方が生体内で優位に働いているという事なのだと思いますが、これは新規抗精神病薬と同様、質の悪い太り方へつながりうる状況です。

こうして考えると、薬の副作用で太るという時に「本人の食べ過ぎ」だけでは済ませられない事実があると思います。

そして、これらの考察は、脳に作用する薬は腸にも作用する、すなわち「脳腸相関」という現象を如実に現していると私は思います。


ついでに言えば風邪薬でも太る場合があります。

それにはヒスタミンという物質が深くかかわっています。

ヒスタミンはホルモンのようなアミノ酸のような生理活性物質ですが、H1、H2、H3、H4の受容体がある事がわかっています。

その内、H1は平滑筋、血管内皮細胞や中枢神経などにあり、炎症やアレルギー反応に関わっていますので、

H1をブロックすれば抗炎症作用、抗アレルギー作用が発揮されるために風邪薬の成分として応用されているわけです。

そしてこのH1受容体はやはり腸にも分布しており、これをブロックする風邪薬は腸の動きを弱めます。

またH1がブロックされることで、視床下部にある満腹中枢への刺激がなくなったり、胃からグレリンという食欲亢進ホルモンが分泌されて食欲が増します。

やはり「腸蠕動低下」+「食事量増加」=「質の悪い太り方」の方程式に当てはまってしまいます。

ちなみに咀嚼はヒスタミン神経を刺激すると考えられています。よく噛んで満腹中枢を刺激させるというのは上記の理屈を逆手にとった方法という事ですね。


いずれにしても薬での太り方は、脳と腸管に共通して不自然な状態をもたらしているという事がわかります。

翻って自然な状態とはどうあるべきかを考えさせられるきっかけになりますね。


たがしゅう
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コメント

薬は使いたくない

2016/01/20(水) 22:37:29 | URL | エリス #-
こんばんは。
あけおめ期も終わりましたが、先生にも本年が幸せな年でありますように。昨年は、福山さんにあやかって私にも慶事がありました。(同居人なので生活は変わりませんが。)
私の友人にうつ病で薬を飲んでいる子がいて、学生時代40㎏代だったのが、今は70㎏です。薬のおかげで生活できていると言ってます。薬をやめようとかやめたいとか全然思っていません。あまり言うとこっちがイケズになり、どうもできません。介入する問題ではないのかも知れません。
私は、涙と同じ成分の目薬でも、常用したら涙を出す機能が低下しそうだと思い、なるべく使わないようにしています。化学薬品を毎日毎日体に入れている人は、こわく感じていないのかな?と思います。



Re: 薬は使いたくない

2016/01/20(水) 22:58:01 | URL | たがしゅう #Kbxb6NTI
エリス さん

 コメント頂き有難うございます。

 エリスさんにもおめでたい事があったのですね。おめでとうございます。私も後に続きたいところです。

 薬(特に西洋薬)の本質がいかに怖いものであるかをみんなもっと認識すべきだと私は思います。しかし「薬絶対主義」があまりに強固なために軌道修正は容易ではありません。

 どうしてもわかってもらえない人は仕方がないですが、根気よく活動を続ける事で私は少しでも多くの人にその想いを伝えたいです。

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