ヒトを動物として捉える
2016/01/04 01:30:00 |
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コメント:6件
人間のことを「ヒト」と表記する時には、
「動物としてのヒト(ホモ・サピエンス)」を意味するのが一般的だと思います。
先日の友だち論について考えた時に、「ヒトは群れる動物である」ということが、
「なぜいいことをすると気持ちいいのか」を考える上の根拠とした北野武さんの考え方を紹介しました。
このように、ヒトが生物進化の歴史の延長戦上にある動物の一種であると捉えて物事を考えるのは大事な視点だと思います。
しかし一方で高度に科学が発展した現代生活において、
人間の世界は野生の自然からは隔絶され、ヒトが動物である事を忘れかけてしまう事は多々あると思います。
先日、NHKEテレのスーパープレゼンテーションという番組を見ていたら、
アメリカの心臓専門医、バーバラ・ナターソン=ホロウィッツ氏のプレゼンテーションが紹介されていました。
とある動物園からの依頼をきっかけに動物の病気を診ることになったバーバラ医師が、
動物の病気と人間の病気の共通性に気づき、それどころか獣医学は人間の医学よりもはるかに進歩している事がわかり、
獣医師と医師の両者がともに動物の病気について学ぶ「汎動物学(Zoobiquity:ズービキティ)」の必要性について説く内容でした。 「Zoobiquity」とはバーバラ先生と科学ジャーナリストのキャスリン・バウアーズ氏とが作った造語で、
「動物」を意味するギリシャ語zoと、「遍在」を意味するラテン語ubiqueをつなげ、
ヒトの医学と獣医学のふたつの「文化」を合体させようという想いがこめられているようです。
人間と動物の病気を一緒にみる : 医療を変える汎動物学の発想 単行本 – 2014/1/16
バーバラ・N・ホロウィッツ (著), キャスリン・バウアーズ (著), 土屋晶子 (翻訳)
バーバラ先生は言います。「獣医師は医師の知らない知見をたくさん持っているのに、両者の間には深い溝がある」と。
例えばアメリカでは医師になるよりも獣医師になる方がよほど難しいのに、社会的な立場は医師の方が圧倒的に優遇されています。
あるいは医師は獣医師を見下している傾向があり、動物の病気を人とは無関係な、どこかちがったものとみなしている節があります。
それはヒトは動物だと頭ではわかっているつもりでも、実際にはヒトが特別な存在だと認識されているからではないかという気がします。
しかし実際にはヒトとヒト以外の動物には共通点がたくさんあります。
バーバラ先生によれば、心臓病に罹ったサルの組織の一部を顕微鏡で調べる病理検査を行った際には、
その光景はヒトの心筋組織とほぼ一緒のものであったと記されています。
また2000年代前半に完成した遺伝子を読み解くヒト全ゲノム解析では、ヒトとチンパンジーの遺伝子は98.6%が一緒であったと判明しており、
しかもそれは鳥類、爬虫類、昆虫までも含めてほぼ遺伝子は同等だったというのです。
そしてあらゆる動物はヒトと同様の病気にかかることもわかっており、しかも獣医師はそれらに対する医師が知らない対処法を知っていたりする事も多い事をバーバラ先生は本の中で記しています。
考えてみれば、ヒトは患者さんに問診する事で病気に迫りますが、獣医師さんはその手が使えません。
という事はより自然に即した形で、ありのままの現象を観察する事で打開策を見出すしかないわけであり、確かに価値のある事を知っていそうです。
また、糖質制限のパイオニアである釜池豊秋先生が糖質に着目した発想の一つが「野生動物に肥満はいない」という事実であったと聞きます。
上記の本にはそうした良い医療を展開するための重要なエッセンスがたくさん詰められています。
例えば、動物の肥満について述べられた章では、次のような事が書かれています。
(以下、p233より引用)
動物の腸は驚くべきわざを見せる事がある。
腸はアコーディオンのように伸びたり縮んだりする。
そう言われても、たいしたちがいはないように思えるかもしれないが、体重に与える影響は測り知れないものがある。
状況次第で腸が伸び縮みし、同じ食べ物から取り入れるカロリー量の調節を可能にしているのだ。そのメカニズムは単純だ。
腸には、腸壁の入り口から出口部分までリボン状に長く走り、腸を縮めたり伸ばしたりしている筋肉がある。
きゅっと締まった腸は、短く、硬く、小さくなり、ゆるんだ腸は、長くなる。
腸が思い切り長く伸びた状態のときは、なかを通る食べ物が触れる表面積が多くなる。
つまり、腸粘膜の細胞は、食べ物からより多くの栄養素(つまるところ、エネルギー)を引き出せる。
腸が縮みあがって、短い状態になると、食物の一部はおおむね消化されないまま通り過ぎる。
小型の鳴き鳥の中には、毎年の移動時期の数週間前から、その腸がふつうのときより25%伸びるものたちがいる。
鳥たちは、移動のために力をつけておかなければならず、すばやく太ることはとても大事な準備となるのだ。
同様に、ある種のカイツブリや渉禽(しょうきん)類が、移動時期の前にえさをたくさん食べるときは、その腸の表面積がほぼ2倍になる。
体内に脂肪をためて、長い飛行のエネルギー源を確保できたら、その腸は縮んで元の長さに戻る。
(引用、ここまで)
腸の伸び縮みが体重の増減と関連しているという視点は、
肥満やダイエットを専門にしている医師の中でもあまりない観点なのではないでしょうか。
しかしこの事を踏まえれば、例えば肥満に対する外科手術としての胃切除が効果を示す理由を一つ説明できます。
また空腹になってお腹がぐ~っと鳴ったりすると思いますが、
あの現象はモチリンという消化管ホルモンが分泌され、消化管の蠕動運動を活性化することによると言われています。
という事はお腹がぐ~っと鳴れば消化管が伸びやすくなるわけであり、
やせ体質で太れなくて困っている人が標準体重に近づけやすくするために、間欠的な断食が有効である可能性が見えてきます。
あるいは胃下垂の人がやせている人が多いという理由も、この辺りを応用すれば説明できそうです。
このように「汎動物学(Zoobiquity)」を学ぶ事は、既知の医学知識の理解を深めることにもなります。
他にも動物におけるがん、性感染症、中毒や依存症、自傷行為、産後うつ病、過食や拒食などに関する様々な知見や対処法に関する記載があり、大変興味深いです。
私もこれから積極的に獣医学の事を学ぶようにしたいと思います。
あわよくば獣医学会にも参加できたらもっと面白いかもしれません。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
他の動物との比較の視点を持つといろいろなことを教えられる気がします。
先生が獣医学を学ばれたり獣医学会に参加されたりして、そこで得た知見をここに書いて下されば、とても勉強になります。
養老孟司さんは、3万年前の赤ちゃんを現代の都市で育てたらぼくらと変わらぬ現代人に育つ、と仰っていました。
食を含めた環境は激変しているけれど、体はほとんど変わっていない、ということです。
病気というものの原因もそのあたりが大きく関与してそうですし、そのことは広い意味での社会の病理にも当てはまりそうですね。
ところで、獣医学というは、主に家畜などを診るものなのでしょうか、或いは野生動物も診るのでしょうか。
釜池先生の言われるように、野生動物に肥満はないとして、他の病気はどうなのでしょうか。
例えば、今の畜産業では、本来草食の牛に穀類を与えています。
すると牛は肥満になり糖尿病となり最後は失明したり足がおかしくなり立っていられなくなるそうですが、こういう牛の肉が霜降りとして高く売れます。
逆に、完全牧草飼育された牛の肉はグレインフェッドのそれとは全然違って赤みが多く引き締まっています。
どうも野生の動物には糖尿病など含め人間や家畜が苦しめられている病気はほとんどないのではないか、という気がしてくるのですが、どうなのでしょうか。怪我や感染症くらいなのでしょうか。
そうそう、ぼくの好きなほぼ日という糸井重里さんのサイトで、ゴリラの研究者である山極寿一さんがおっしゃってましたが、草食のゴリラも動物園で飼われるとバナナを食べるそうです。こんなゴリラは糖尿はじめとしていろんな病気にかかりそうですね。
ゴリラやチンパンジーなどの霊長類や他の哺乳類、あるいは他のいろいろな生き物の生態を学んでいきたいと思います。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
> 獣医学というは、主に家畜などを診るものなのでしょうか、或いは野生動物も診るのでしょうか。
> 釜池先生の言われるように、野生動物に肥満はないとして、他の病気はどうなのでしょうか。
おそらくですが、獣医師は野生であろうと飼育であろうと分け隔てなく動物を診てくれることでしょう。
ただ現代の生活環境の中で、野生動物を診療する機会は少ない事が想像されます。従って多くの場合は家庭や動物園で飼育されている動物の診療となるのではないかと予想します。
従って、汎動物学(Zoobiquity)で取り扱われる病気は、ヒトにおける現代病とかなりの部分共通しているのではないかと感じる次第です。
お久しぶりです。
またご無沙汰しております。
もともと、人間以外は炭水化物を食べない。(スズメやネズミは種子のまま食べれる)
だが人間は炭水化物(糖質)は加熱しないと食べれない。
また最近ちょっと流行りのAGEsも加熱処理をする事で増加する。
我々は、猿から進化した事を本当の意味でまだ理解していないのかもしれないです。
4月23日(土)、豚皮揚げの会in京都の(名ばかり)幹事を前回に続き務めさせて頂きます。
前回の京都の時はたがしゅう先生がお越しになれず、夏井先生や多くの来訪者の方々も寂しそうでしたので、今回はご都合がよろしければ、是非是非お越し下さい!よろしくお願い致します。
管理人のみ閲覧できます
Re: お久しぶりです。
コメント頂き有難うございます。
ヒトとヒト以外の動物の共通点と相違点、そのあたりを明確に認識できれば新たに見えてくる事がありそうです。気づきがあれば適宜記事にしていきたいと思います。
豚皮揚げの会で皆さんにそんな風に思って頂いて、私は嬉しい限りです。
京都の会、次回は是非とも参加させて頂きたいです。宜しくお願い致します。
参加予定ありがとうございます。
またブログの方も微力ながら応援しております。
前回の京都の時は夏井先生と来訪者3名様からたがしゅう先生の事を聴かれたのを追記させて頂きます。
たがしゅう先生も豚皮揚げの会では既に有名人?かもです(笑)
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