同じ少食派医師でも真逆の見解
2015/08/09 12:59:01 |
よくないと思うこと |
コメント:8件
今回も下記の糖質制限批判本の検証を続けます
「糖質制限」は危険!―矛盾だらけの「糖質制限」論
「糖」こそ、命にとって最重要の栄養素 単行本 – 2015/6
石原 結實 (著)
"石原先生が考える"糖質制限賛成派の主張の二つ目は、「糖の摂取がやる気を低下させる」というもので、
それに対する石原先生の反論は「食後にねむい、だるいのは心身を休めるため」ということです。
今回も、まずは詳しい内容を見ていきましょう。
(以下、p24-26より引用)
(主張の解説)
やる気や元気を起こさせる、脳から分泌される神経伝達物質・ドーパミンは、糖の摂取により、その分泌量が減る。
その結果、「やる気」や「集中力」が失せ、「ねむい」「だるい」などの症状が出てくる。食後、眠くなるのはそのせいだ。
これが続くと、意欲の低下、憂うつになり、気分が晴れず落ち込む。つまり「うつ」の症状が出現する。糖尿病患者が「うつ」になりやすいのは、そのためだ。
(反論の解説)
ライオンは、空腹になると風下の草むらに身を隠し、獲物となる草食動物に、
少しずつそっと近づいていき、狩りが成功すると判断した距離になたときに全速力で走り出す。
しかし、その狩りも5~6回に1回しか成功しないらしく、ライオンが食にありつけるのは、3日に1回程度なのだそうだ。
狩りに成功して、草食動物の肉や内臓をたらふく食べた後は、ゴロンと横になり、近くを草食動物がうろうろしていても見向きもしない。
われわれ動物は空腹になると「グレリン」というホルモンが分泌されて、脳の海馬領域の血流がよくなる。
その結果、種々、思考をめぐらし、工夫をこらして、生きるために食物を得る行動をとる。
しかし、いったん食物にありつき、血糖が上昇すると、心身を休めるために「やる気ホルモン」のドーパミンの分泌量が減るのである。
食後に「ねむい」「だるい」などの症状が出るのは当たり前である。
「これが続くと、意欲の低下やうつの症状が発現する」というのは、単なる「食べすぎ」によるものであろう。
食べ過ぎると、消化のために血液は胃や小腸に集中し、その分、脳をめぐる血液が減少するのだから。
脳の血流悪くなると、脳の働きが悪くなり、「眠気」や「だるさ」「うつ」の一因になる。
ちなみに「人類の歴史」は、ある面「空腹の歴史」である。
洪水、干ばつ、山火事、水害、地震等々の天災で食料がなくなり、しょっちゅう飢餓にさらされていた。
よって、飢餓のときにグレリンが多量に分泌され、脳の働きがよくなり、その結果、狩りや農耕を工夫し、器具や機械を考案し、今日の人類の繁栄につながってきた。
発明王エジソンが蓄音機を発明したとき、222時間(9昼夜)不眠・不休・不食(水は飲んだという)で頑張ったという。
(引用、ここまで)
まずこの反論は、「糖を摂取するとドーパミン分泌量が減少する」という前提で話が進んでいますが、
この前提がすでに間違っています。正確には「糖質を摂取すると脳の側坐核を介してドーパミン分泌が刺激される」です。
ただ、慢性的な糖質頻回摂取を繰り返す事で、ドーパミン分泌を刺激しても、ドーパミン神経が疲弊した結果、もはやドーパミンがほとんど分泌されなくなってしまうという状況はありうると思います。
それが私が糖質摂取とパーキンソン病(ドーパミン分泌が少なくなる神経難病)とが関連があると考える理由でもありますが、
その特殊状況においても事実は「糖を摂取するとドーパミン分泌量が減少する」ではなく、「糖を摂取してもドーパミン神経が疲弊しドーパミンが分泌できなくなる」であって、正しく述べられていません。
なぜ前提を間違っているのか、それはおそらく石原先生が結論ありきで論理を導き出しているからだと私は思います。
というのも石原先生の反論の結論は「食後にねむい、だるいのは心身を休めるため」です。
その結論に持っていくためには糖の摂取によってドーパミンが上昇してもらっては困ります。やる気ホルモンであるドーパミンが上がっているのに、何で心身が休まるのかという論理矛盾が生じてしまうからです。
だから石原理論を正当化するためには「糖の摂取によりドーパミン分泌量が減少する」でなくてはならなかったわけです。
しかし実際にはこの糖質摂取によるドーパミン上昇こそが本質であり、それゆえ報酬回路が形成され、世の中に糖質中毒がはびこってしまっている方が事実だという事は糖質制限実践者なら周知の事実だと思います。
さらに言えば、食後の眠気はドーパミンだけで説明できる単純なものではありません。
糖質制限を勉強すると、糖質摂取後の眠気の一因は機能性低血糖症だと説明されていることを学びます。
機能性低血糖症というのは、体質的に糖質摂取後のインスリン分泌が強力に刺激されやすい人が、
血糖値が上昇した反動として糖質摂取から4~5時間後に低血糖をきたしてしまう状態のことです。
この機能性低血糖症の症状として頭痛、手のふるえ、寒気、目の霞み、ふらつきなどと並んで眠気もあるために、食後眠気が来るのだと説明されていると思います。
もう一つ食後の眠気を説明する要素として近年新しく発見されたオレキシンという物質があります。
オレキシンは摂食や覚醒に関連しているとされる神経ペプチドですが、血糖値の低下時にオレキシンニューロンが刺激されるとする基礎研究結果があります。
食事をして血糖値が上がれば、オレキシンニューロンの活動が弱まり、眠気を生じるという理屈です。
このメカニズムは最近発売された新しい睡眠薬「オレキシン受容体拮抗薬」にも利用されています。
ただここまで見てもまだ人が食後に眠気を感じるメカニズムの一端しか見えていないと私は考えています。
なにせオレキシンが発見されたのも、つい1998年の事です。私たちがまだまだ認識できていない物質の関与があっても決して不思議ではないと私は思います。
ヒトという複雑な化学反応を繰り返す有機体の中で起こる現象をすべて把握しきるというのは現時点では不可能で、そこが科学(医学)の限界だと思いますし、理解しきろうなんていうのはある意味おこがましい事なのかもしれません。
ましてやドーパミンだけで説明しようとするなど愚の骨頂です。
それから、食べた後に眠くなるのは身体をやすめるため自然なことと言っておきながら、
食べ過ぎたらその眠気が、今度はだるさやうつの原因になるというのも私からすれば不自然な論理展開です。
「眠気」を肯定しているのに、その延長戦上に「だるさ」や「うつ」という否定的見解を乗せているからです。
しかもその両者を分ける境目が「食べ過ぎ」とだけ言うのではあまり科学的とは言えません。
食べた後「眠気」だけ感じたら食べ過ぎじゃない、食べた後「眠気」も「だるさ」も「うつ」も感じたら食べ過ぎ、なのでしょうか?それでは単なる結果論です。
私も食後に眠たくなるのはごく自然な事だという意見自体には賛成なのです。
確かに消化活動にはエネルギーが要りますので、食後に消化管に血液が集中して他の臓器が一時的な相対的血流不足に陥るという側面はあるでしょう。
ですが、それはあくまでも一時的な現象です。それでうつになるわけではありません。
私は「眠気」の延長戦上に「だるさ」「うつ」があるとは思っていません。健全な「眠気」を繰り返していれば、その先に「だるさ」や「うつ」は存在しないはずです。
では「眠気」だけで済むのと、「眠気」に「だるさ」や「うつ」が加わるのとでは、いったい何が違うのでしょうか?
そこは血糖値の乱高下の有無の差だと私は考えています。
血糖値が上昇するような出来事は、身体にとっては非日常状態です。インスリンだけではなく、ドーパミンもセロトニンも分泌され、水分の変動なども起こります。
それらを処理するために人体に備わった様々な恒常性を維持するシステムが駆動して、事態を収束するわけなので、
血糖値上昇を処理するというのは人体にとってみればちょっとした一仕事なわけです。
そんな事を何度も何度も繰り返していれば、やがてシステムが疲弊します。その結果が「だるさ」や「うつ」として表面化してきます。
別の言い方をすれば「少し身体を休ませてやってくれ」と言うメッセージを伝える身体からのサインと捉える事もできます。
つまり石原先生が「眠気」/「だるさ」「うつ」を食べる量によってすぐさま生じる短期的問題と捉えているのに対し、
私は「眠気」は健康的な基本的システムですが、「だるさ」「うつ」はシステム破たんによって生じた長期的問題だと捉えているところに大きな違いがあります。
一方でさすがに少食、断食を推奨されている先生だけあって、
「人類の歴史は空腹の歴史」とか、飢餓を経て脳は発達し文明を得た(グレリンのおかげだけではありませんが)とか、賛同できる部分もあります。
エジソンが蓄音機を発明したときに222時間断食状態だったという話などは大変参考になるものです。
そのように少食・断食への認識が合っているにも関わらず、糖質制限への認識がここまで真逆になるという事に、
私は驚きを隠せません。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
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根拠のない考えですが
秋になると冬に備えて食べて脂肪を蓄積しておく動物もいますよね。
ヒトも同じように、秋になったら木の実や根菜などの糖質の含まれた植物を食べていたのかなと思います。
食べた後に睡眠をとるなどして活動を停止。
糖質を効率よく脂肪に変換。→冬に備える。
そのために糖質を取ったら眠くなるようになっているのかなと、ふと思いました。
勉強になります。
ドーパミンは報酬系ですよね!
糖質云々より、美味しそう!とかこれ欲しい!とか
ワクワク感の時など多く出るとききました。
また、グレリンですが
グレリンが多く出るとミトコンドリアが元気になって
あっちこっちの細胞が元気になるから色々活動的に!
そのグレリンは空腹のときに多く出るから
そう仰ってらっしゃるのでしょう。
今、ホルモンのことに興味があり色々調べております。
調べているうちにわかったことですが
眠気は食べ過ぎではなく、糖質を多く摂ると
血糖の乱高下がおきます。まさにホルモンのバランスが崩れるわけです。
そのバランスを整えるために人は眠るのだとか・・・
一度しっかり寝て脳内を整理し次に備えるのだそうです。
これがちゃんと出来ていると鬱など発症しないとも。
たがしゅう先生の仰ることが今調べていることと
マッチしてくるので とても楽しかったです。
ワクワクします。きっと今ドーパミン出てると思います。
また色々教えてください!
いつもありがとうございます。
Re: 根拠のない考えですが
コメント頂き有難うございます。
> 秋になると冬に備えて食べて脂肪を蓄積しておく動物もいますよね。
> 食べた後に睡眠をとるなどして活動を停止。
> 糖質を効率よく脂肪に変換。→冬に備える。
動物種間の差はあれど、確かにそういう側面はありそうですね。
言い換えれば、「食べると眠くなる」の裏には、「食べたものを消化するにはエネルギーを消費する、そのエネルギー消費活動を成し遂げるためには他の臓器活動を休息させ消化吸収に集中する必要がある」という背景があるように思います。
Re: 暑いですね、こんにちは。
コメント頂き有難うございます。
御指摘のようにひとくちに糖質制限推進派といってもいろいろな立場の方がおられるので、盲信は禁物と思います。
Re: 勉強になります。
コメント頂き有難うございます。
興味を持つ事を勉強するのは楽しいですよね。
各論を勉強しているとしばしば頭がこんがらがってくるのですが、その経験を通じて総論的に物事を俯瞰でみるとぱーっと視界が開けてくる事も経験します。是非とも一緒に勉強を続けていきましょう。
No title
確かに糖質制限しても、食後に眠くなる事も多いです。しかし眠気に続くだるさは全くみられなくなりました。
以前は、寝不足での朝食後や満腹になるまで昼食を摂った後、10分でよいから眠りたいという状態でした。家も職場でも実際に食後少し眠る事が多かったです。
糖質制限前、だるさだけでなく感情の起伏が激しかったのです。現在自分でも穏やかな性格になってきた事が実感できます。
糖質制限を続ける事で、眠気に続く不快な症状が出ない事を身体で感じています。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
眠気のメカニズムは複雑ですね。血糖値の乱高下が眠気を引き起こすには違いないですが、それだけでは全てを説明できません。
ちなみに不食の人は睡眠時間が短くなるようです。糖質を制限していたとしても、やはり食べる行為そのものが眠気を引き起こすという側面はありそうです。
しかし健全な眠気は睡眠を導入し老廃物を除去する貴重な時間となりますので、恒常性維持の観点からは睡眠時間が少なければよいとは限らないと私は考えています。
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