血液検査で見えない糖質の害
2015/06/04 08:05:00 |
お勉強 |
コメント:9件
糖質を摂取すると血糖値が上昇します。
しかし血糖値は食前か食後かで大きく変動するものなので、
一時点での血糖値だけでは正確な血糖値の変動状況がわかりません。
入院患者ならまだしも、外来では基本的にワンポイントで状態を把握する必要があります。
そこで役立つのが、過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映する数値の一つ、ヘモグロビンエーワンシー(HbA1c)です。
酸素を運ぶヘモグロビンが非酵素的な糖化や酵素反応で行われる糖鎖修飾でもってHbA1cに変化します。
しかし、実はここに落とし穴があります。 というのも、一般的な医療従事者ならばHbA1cが正常なら血糖コントロールは大丈夫と十中八九考えると思いますが、
現場で食生活に注目しながら患者さんの話を聞いていると、明らかに糖質過多摂取生活であるにも関わらず、HbA1cが正常だという人は結構いるのです。
おそらくHbA1cに反映されない糖質の害というものがあるはずです。
私が臨床現場にいてそれをよく感じるのは、パーキンソン病という病気の患者さんです。
パーキンソン病は原因不明の神経変性疾患で、ドーパミンという意欲や報酬に関わる神経伝達物質を作る神経細胞に変性が起こる事で、
筋肉のこわばりや手足のふるえなどの運動症状や、便秘や立ちくらみなどの自律神経症状、さらには睡眠中の大声や身体が勝手に動いたりするレム睡眠行動異常症やもの忘れや段取り力の低下などの認知機能症状など、
様々な症状が徐々に進行していく神経難病です。
神経変性の一因にはαシヌクレインと呼ばれる異常タンパク質やミトコンドリアの機能異常がある事が言われていますが、
その最上流には酸化ストレスがあり、血糖値の上昇を通じて酸化ストレスをもたらす糖質摂取も決して無関係ではないというのが私の考え方です。
すなわち、パーキンソン病の方においては、「糖質を摂取してもHbA1cは上昇しにくいけれど、神経変性という糖質の害はしっかり受けているのではないか」と思うわけです。
もしこの仮説が正しければ、厄介な事にほとんどの医療従事者にその危険性は認識されません。なぜならば血液検査で検出できないからです。
そう、現代医療は「薬絶対主義」であるのと同様に「検査絶対主義」でもあるのです。
糖質制限を学んでいくと、こうした検査で捉えきれない異常をいかに認識していくべきかという事を考えさせられます。
たとえ血液検査で異常が捉えられずとも、
例えばパーキンソン病患者では甘いものに対する嗜好性が高まっているような事はないのでしょうか。
そんな疑問を検証するような論文を見つけたので読んでみました。
Sienkiewicz-Jarosz H, et al. Sweet liking in patients with Parkinson's disease. J Neurol Sci. 2013 Jun 15;329(1-2):17-22. doi: 10.1016/j.jns.2013.03.005. Epub 2013 Apr 3.
【概要】
快適な味と臭いは系統発生的に古い自然報酬と考えられており、その快楽評価は報酬系機能の良い指標とみなされている。
本研究の主な目的は20名のパーキンソン病(PD)患者と20名の年齢を適合させた健常対照者とでスクロース溶液(1-30% w/w)の快適さの評価と甘いものが好きか/嫌いかの状態を比較する事であった。
加えて、基礎的な味覚の感覚能力(強度評価、電気味覚検査的閾値)と嗅覚機能(Sniffin’ Stick検査での同定能力)が両群で評価された。快適、不快、中間と評価された臭いの数も比較された。
予測されるように、PD患者では有意に嗅覚同定能力が障害されている事を示した。
電気味覚検査的にはPD患者と対照者の間での差は認められなかった。
より高いスクロース濃度の評価された強度は群間で差はなかった。
PD患者は、対照者と比べて水の味をより強度が高いと評価する傾向があった。
スクロース溶液の快適な評価、評価対象の30%スクロース溶液を最も快適とした人(Sweet likers)の割合、及び快適と評価した臭いの数は研究群間で差は認められなかった。
本研究の結果は、PDでは化学感覚刺激の快適評価で明確な変化があるわけではない事を示している。より大集団での研究で再現性をみていく必要がある。
実はパーキンソン病では運動症状が出るずっと前から嗅覚低下をきたす場合があるという事が知られています。
おそらくこの論文を書いた研究者は、嗅覚が落ちるなら同じ原始感覚である味覚にも早くに異常が出るのではないか、と考えたのではないかと思います。
でも意外なことに、甘いものへの嗜好性はパーキンソン病と一般集団とでは変わりがありませんでした。
ところが水のような味気のないものをパーキンソンはきつい味だと感じる傾向があったというのです。
これは非常に興味深い話だと私は思いました。というのもこれは中毒の構造そのものを示しているからです。
糖質中毒になると、糖質で得られた満足感はもはや糖質以外では満たされなくなります。
それは糖質への嗜好性が高まっているのではなく、それ以外の物質を嫌悪するように脳の回路が切り替わってしまっているということではないかと思います。
そういえば人工甘味料を用いた甘みのある糖質代替食品、あれを不味いと評する人は時々見かけます。
勿論本人の味の好みというのもあるでしょうが、そういう人は糖質頻回摂取により糖質以外のものへの嗜好性が低下している状態、言わば糖質中毒になりかけているのかもしれません。
さらに問題なのは、こうした回路形成は長い時間をかけてゆっくりと進んでいくが故に、自覚しにくいという事です。
パーキンソン病における嗅覚低下でも、本人はにおいがわかりにくいと全く思っていないのに、実際に嗅覚検査をすると低下しているという事は結構あります。
味覚に関しても、パーキンソン病患者さんに「甘いものが好きですか?」と聞いても、「いいえ」と答えられる事は多いです。
しかし無自覚なまま、糖質中毒の脳回路が着々と形成されているのだとすれば、大変怖い事です。検査はおろか自覚症状ですら捉える事ができません。
こうした事があるため、私は糖質制限の適応を、
糖尿病や肥満に限らず広く捉えるべきだと考えています。
そして検査で捉えられない糖質の害を意識するならば、
たとえ症状を自覚していなくとも、予防的に糖質制限をする価値は大きいと思います。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
甘いものどうこう以前に、味覚そのものが変わっていくのですか、視覚が歪んだり、熱い物を触って冷たく感じるようなものと考えると凄い事実ですね。
そういえば認知症の祖母も目玉焼きの黄身を残します、何か苦みのようなものを感じているのか。糖質ばっかり食べるのも好きというより糖質しか受け付けなくなるせいですかね。
No title
このブログは私には難しく感じる記事も多くありますが、糖質制限について様々な角度から話をされていて、とても面白いです。
人口甘味料・・・私も美味しくなく感じます。
カロリーゼロ飲料は糖質制限中には有り難い存在ですが、美味しくないので飲まなくなりました。
最近は何にでも人口甘味料が使われている印象です。
先日も美味しそうなドレッシングを購入しましたが、後味が変で原材料を確認したところ、アスパルテームやスクラロースが使われていた、という具合です。
やっぱり一番美味しい甘味は砂糖です。
常日頃から人口甘味料入りの物を美味しく感じる人は「味覚異常じゃないか?」と思っていましたが、実は自分の方が脳に味覚を狂わされている可能性もある・・・という恐ろしい話ですね(^^;
ところで先生、血管内でグルコーススパイクが起こらない一食当たりの糖質量は、一般的な健康人でどのくらいでしょうか?
ネットで調べても具体的な数字が出て来ないもので・・・。
現在自分は一食当たり1~5グラム程度にしているのですが、体重を5キロ程増やしたいと考えています。
40代なので健康的に太りたく、グルコーススパイクの起こらないギリギリの糖質量まで増やしたいのです。
頑張って揚げ物や鶏皮を積極的に食べましたが、糖質を摂らないと、やはり太るのは難しいのですよね。
糖質制限と言うとダイエット情報ばかりで、自分のように太りたい人向けの情報が全くなく、なかなか困っているところです。
No title
自分のPDの母は、もう終末期であると告げられました
10年ほど認知症の施設に入所していましが、旧態已然の栄養管理、運動量が落ちても強制させられる糖質、悪化して当然な環境がPDの進行を、老化の進行を早めたといって過言ではないと思います。
臭覚の件ですが、発病する7、8年前から臭覚を失ってました。
今のようなネット社会がもっと早かったら。。。悔やまれることばかりです。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
神経の可塑性と呼ばれる現象があります。良くも悪くも脳は変わる事ができます。それならば良い方へと変化させていきたいものですね。
Re: No title
御質問頂き有難うございます。
> 血管内でグルコーススパイクが起こらない一食当たりの糖質量は、一般的な健康人でどのくらいでしょうか?
糖質の量に比例して血糖値が上昇します。
従って、糖質1gでも理論的にはわずかなグルコーススパイクは起こるという事になります。
一方で酸化ストレスを生じてくる血糖値は180mg/dLだと言われています。
ただ糖尿病でない人の血糖値の上昇具合には個人差も大きいので、一概にいくらまでなら大丈夫だと言いにくいものがあります。
個人的には糖質摂取は少なければ少ない程良いと考えています。
> 自分のように太りたい人向けの情報が全くなく、なかなか困っているところです。
そうですね。しかし私はやせ体質ではないので、私には実体験に基づいた助言ができません。
ただあくまで理論上の考えですが、たとえ太りたいとしても取るべきは糖質ではないと私は思っています。
やせ体質の方が気にすべきは糖質量ではなく、消化吸収障害であり、そのための治療戦略は水溶性食物繊維を利用したり、整腸剤や消化剤を用いる事、そして最終手段として胃腸を休ませるプチ断食が鍵になる、と私は考えています。
やせ体質の方は自分のやせを気にする余り、食べる量や質を意識する人はいれど、食べるのをやめてみるという発想を持つ人はなかなかいないのではないでしょうか。
願はくはそういう方が試行錯誤した記録をブログなどに公開してもらえれば貴重で価値のある情報源になると思います。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
悔やむ想いも当然です。私にも正直同様の想いがありました。
しかし、今知れた事を幸運と思うべきだと私は思います。少なくとも他者に自分と同じ想いをしなくて済むかもしれない選択肢を提示する事ができるからです。
変えられない過去よりも、如何様にも変えられる今を見るべきだと思います。
2015年1月1日(木)の本ブログ記事
「私が変われば世界も変わる」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-530.html
も御参照下さい。
No title
糖の問題はグルコーススパイクだけではないのですよね・・・
太りたいあまりに、糖質制限の意味を見失っていました。
どうも頭がコテコテになってしまっているようです。
断食という発想は全くありませんでした。
休肝日を作りましょう!というのと同じ発想ですね。
週に一度くらい、試しにプチ断食してみようかと思います。
ちなみに「太りたい」という課題を抱えてはいますが、糖質制限自体は体調も良く満足しているので一生涯続けて行きたいです。
糖質制限否定派が主張する数々の事柄は嘘だと、糖質制限をしていると自分の体で実感できるようになりますね。
味覚・嗅覚の変化
人工甘味料が不味いという人…話を聞いて、先日あった出来事を思いました。
還暦を過ぎた肥満体型の親戚に、「サイダーあるけど飲む?」と声をかけたのですが、「人工甘味料?じゃあ美味しくないからいらない」と言って断ってきたんです。
私などは元々ロクに違いがわからない方でしたから、甘味料を理由にして断るという事はちょっと衝撃でした。
セイゲニストも「これ砂糖使ってる?」と繊細な味に気づいたりとか、「砂糖使ってるから要らない(美味しく感じない)」という事はあります。これは糖質を避けていたら味覚が変わり、糖質を避けるモードになっているのだと思います。
先に挙げた親戚の場合は、糖質をとことん取るモードに味覚が設定されているのだろうかと思います。その人もまた、私の糖質制限の勧めに理解を示してくれない方です。
甘味料に対する味覚がいわゆる糖質中毒の程度を示してたなんて事だったら面白いですね。
セイゲニストの多くが味覚と嗜好の変化を報告していますから、そのような傾向ががあっても不思議でないように思えます。
Re: 味覚・嗅覚の変化
コメント頂き有難うございます。
幼児期より糖質を頻回に摂取し、物心ついた時には「自分は甘いものが好きな人間」となっていれば、味覚が変化したことに気づく機会がありません。
糖質に対する嗜好性の変化は糖質制限をして初めて実感できる事だと思います。このトリックに気づかない限り行動変容は難しいのでしょうね。
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