共通点と相違点から病態を考える
2015/03/03 00:01:00 |
素朴な疑問 |
コメント:4件
神経内科医として頭痛診療に当たっていると、
頭痛の男女差というものが確かにあるという事を感じます。
例えば、片頭痛を起こしやすいのは男性よりも圧倒的に女性に多いですし、
群発頭痛という一定期間涙が出るほど強烈な頭痛が毎日襲うタイプの頭痛は逆に圧倒的に男性に多い事がわかっています。
片頭痛にしても、群発頭痛にしても、脳の写真を撮影しても何も異常がないタイプの頭痛で、これを一次性頭痛(機能性頭痛)といいます。
こういう見た目にわからない頭痛がなぜ起こるかという事の病態解明のため、
動物実験やヒトでの血液検査、さらには脳血流を含めた機能的脳画像などを駆使して様々な研究者が研究を行い、
それぞれの病態生理が少しずつわかってきています。 そして一般的に片頭痛と群発頭痛は全く別の病気だと扱われていますが、調べてみると両者に共通する病態生理というものがあるようです。
ここで、今まで言われている片頭痛の病態機序について概観します。
最初に「何らかの刺激」によって
局所の脳神経細胞の過剰興奮の後に抑制的な電気信号が回りの大脳皮質の脳細胞に全体広がっていく皮質拡延性抑制(CSD:cortical spreading depression)という現象が起こります。
この現象は後頭葉から前側に広がる短時間の局所うっ血とそれに引き続いて脳の血流低下が起こることが知られており、
片頭痛の前兆である閃輝暗点を引き起こす可能性が示唆されています。
そのCSDに引き続いて脳の中の三叉神経という神経の末端が刺激され、
三叉神経末端からの伝達物質の放出が惹起されます。
また、三叉神経末端の興奮は中枢へ向かう求心繊維という神経を通じて、三叉神経核から脳幹、そしてより上部にある痛覚処理に関わる神経系へと伝達されます。
この途中で通る脳幹内で自律神経系の核と繊維連絡によって併せて刺激される事によって、
頭痛だけではなく吐き気や光や音に対する過敏性などの随伴症状が出ると説明されています。
そして脳血管壁における神経が刺激されるとセロトニンが分泌され血管が収縮され、それに引き続いて起こるセロトニンの分解によって血管が拡張されたり、
同時並行でサブスタンスP、CGRP(calcitonin gene-related peptide)、ニューロキニンAなどの神経伝達物質でかつ血管作動性の神経ペプチドが放出される事によって、
近傍の肥満細胞の脱顆粒でヒスタミンが放出され血管を拡張させたり、血管透過性を亢進させたり、血漿蛋白が漏出したりすることで、
脳表面の硬膜や脳表面の血管の拡張とともに、「神経原性炎症(neurogenic inflammation)」が起こり痛みを生じる、これが片頭痛の基本的な病態生理だと言われています。
最近ではこうした基礎的事実に加え、レプチンが高い事が片頭痛の慢性化に寄与していたり、
1998年に新しく発見された神経ペプチドであるオレキシンが片頭痛患者の血漿中に低いなどの新しい事実もわかってきています。
一方で群発頭痛の病態生理としても、
片頭痛の時と同様に三叉神経血管が活性化しているようなのですが、
CGRPは増加しているものの、サブスタンスPとニューロキニンAは増加していないなどと片頭痛の時と若干パターンが異なる事が示されています。
また片頭痛の時にもあった自律神経系の核の刺激が内頚動脈付近に存在し、
そこを刺激される結果、内頚動脈から分枝する眼動脈の拡張にもつながり、その結果涙が出たり、鼻水が出たりするのではないかとも言われていますし、
群発頭痛では視床下部の神経細胞が活性化しており、メラトニンなどの概日リズムに影響を与えるという点も片頭痛の相違点です。
群発頭痛や夜間や早朝に発作が起こる事に多いのですが、概日リズムを乱す事が関係しているのかもしれません。
このように、多少のバリエーションはあるものの、片頭痛と群発頭痛の根本病態をまとめるといずれも、
「何らかの刺激」→「神経興奮」→「血管収縮」→「血管拡張(±自律神経核刺激)」→「神経原性炎症」
という大まかな流れになっているのではないかと思います。
一方、その中で片頭痛に特徴的なこと、群発頭痛に特徴的なこと、というそれぞれの違いが、
男女の何らかのメカニズムの違いによって引き起こされているのかもしれませんが、
男性でも片頭痛の方がいたり、女性でも群発頭痛を発症しうるという事を考えればそれは絶対的なものではないのだと思います。
私は、これはおそらく遺伝的なブラックボックスによって規定される部分の違いなのではないかと考えています。
つまり男性により発現しやすい遺伝子、女性により発現しやすい遺伝子というように遺伝子の男女差での違いがおそらくあるのではないかと思うわけです。
そして例えば男性に発現しやすいある遺伝子は、何かの拍子で女性にも発現されてしまう事もあるでしょう。
その共通の遺伝背景を持っていた時に「何らかの刺激」が加わる事によって群発頭痛につながるのではないかと、いう気がするのです。
ではその「何らかの刺激」とは何でしょうか。
それを考えるヒントは片頭痛と群発頭痛に共通する誘発因子「アルコール」「気候の変化」です。
ここは私の推測ですが、両者に共通するのは自律神経に急激な変化をもたらしうる要因です。
自律神経の働きがコントロールできなくなった状況下でそれらの誘発因子が加われば、
上記のメカニズムが発動し、片頭痛や群発頭痛につながってしまうのではないでしょうか。
という事は糖質頻回過剰摂取も繰り返せば自律神経失調につながりうる行為なので、
いずれの頭痛にも糖質の関与があってしかるべきで、
糖質制限はいずれの治療にもなってくれるのではないかと考える次第です。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
片頭痛
Re: 片頭痛
コメント頂き有難うございます。
片頭痛の改善、よかったです。副作用もなく、無理なく続けられるのが糖質制限の良いところですね。
前兆と頭痛
ひどいときは視界の半分が欠けるような閃輝暗点があり、車の運転等はできない程度でした。糖質制限してから一度も起こっていなくて、非常に助かっています。
トリプタン系も、この前兆が終わる直前のタイミングで服用しないと効かないので、視覚の症状が終わるのをただ待っている事しかできませんでしたから。
閃輝暗点は物心ついたときから記憶があり、幼い頃睡眠中に「突然光る天体のようなものが現れる悪夢」になって恐怖とともに覚めることがしばしばありました。周りの大人に、なぜ「光る天体」が「恐怖の悪夢」なのか、うまく説明できなくてもどかしかったです。
個人的な思いとしては、幼少期から糖質制限に出会っていたかったです。
Re: 前兆と頭痛
コメント頂き有難うございます。
> ひどいときは視界の半分が欠けるような閃輝暗点があり、車の運転等はできない程度でした。糖質制限してから一度も起こっていなくて、非常に助かっています。
> トリプタン系も、この前兆が終わる直前のタイミングで服用しないと効かないので、視覚の症状が終わるのをただ待っている事しかできませんでしたから。
貴重な御経験です。
薬物療法ではアプローチできない前兆に対してまで有効である事が、
糖質制限の効果が片頭痛全体に及ぶのだという事をよく表していると思います。
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