飢餓や摂食障害は、断食や不食とは違う
2015/02/28 00:01:00 |
よくないと思うこと |
コメント:8件
岩田健太郎先生の著書「食べ物のことはからだに訊け!」の中では、
私が勉強している「断食」や「不食」についても批判的なコメントが書かれていました。
今日はこれについて反論してみたいと思います。
当ブログでも取り上げたことのある断食で脊髄小脳変性症を克服した森美智代さんのエピソードに関して、
岩田先生は次のように述べられています。
(以下、p106より引用)
【神経性食思不振症という本当にある病気】
森(美智代)氏は1日50キロカロリーで体重は60キロまで太った、と説明しています。
そういうことはよくあります。典型的には低栄養とタンパク質不足で身体に水がたまってしまう状態です。
健康を害して肝臓や腎臓、心臓を悪くした人も体重は増えます。
我々医師は食べないでどんどん衰弱して、そして亡くなっている人もたくさん観察しています。
典型例が神経性食思不振症の方です。
自分のボディイメージに極端な見解を加えてしまう本症では、極端な拒食が見られることが多いです。
やせ衰えて、しかしタンパク質不足のためにお腹周りだけは大きく水がたまってしまいます。
ぼくが子どものとき(1980年代)エチオピアの飢餓が問題になっていましたが、
そこで飢えた子どもたちもやはり大きなお腹をしていました。
この飢餓では100万人程の方が餓死したといわれています。
本当に不食で健康、寿命が延びるのであればエチオピアの現象は説明できません。
神経性食思不振症の死亡率は研究によって異なりますが、
高いものでは10年間で約10%が亡くなってしまいます。
神経性食思不振症の患者の多くは10代から20代と若いことを考えると、この死亡率は非常に高いものです。
(引用、ここまで)
岩田先生の言う「低栄養とタンパク質不足で身体に水がたまってしまう状態」というのは、
おそらく『クワシオルコル(kwashiorkor)』の事を指していると思われます。
クワシオルコルというのは栄養障害の一型で、お腹周りに水(腹水)がたまった特徴的な容貌を呈する状態の事を言います。

見栄えが変わるだけではなく、食欲不振や下痢、倦怠感などを伴い、最悪の場合死に至る危険な状態です。
エチオピアで飢餓状態になった子どもたちは、このクワシオルコルであったと考えられます。
でも、森美智代さんは現役の鍼灸師の先生です。
今でも元気に活動されているようで、森さんがクワシオルコルでない事は明らかです。
ところで、クワシオルコルの原因は主にタンパク質の不足だと考えられていますが、それだけでは説明できない部分もあるようです。
一方でクワシオルコルでは血中インスリン濃度が維持される、脂肪肝を呈することという事もわかっています。
岩田先生は「本当に不食で健康、寿命が延びるのであればエチオピアの現象は説明できません」と書かれていますが、
これらの事実を踏まえて糖質制限の観点でみてみると、これが説明できるのです。
おそらくクワシオルコルの本質は、「糖質主体の食生活をしている人が食べられなくなり、蛋白分解のステージまで追い詰められた状態」ではないかと思います。
糖質主体の食事をしているとインスリンが分泌され代謝は脂肪蓄積の方向に切り替わります。
しかしながらその代謝方向で食事がないという状況におかれるものだから、
糖質切れで次に使うエネルギーは脂肪ではなく、蛋白質の方を使わざるを得なくなってしまいます。
その結果、低アルブミン血症となり、浮腫をきたしてしまっているのではないかと思うのです。
実際にエチオピアの子どもたちが少ないながら何を食べているのかを確認できたわけではありませんが、
飢餓状態になっているにも関わらず脂肪肝があるという事実、
そこに脂肪があるにも関わらず脂肪が使えないという事実が、糖質の摂取を示唆していると思います。
神経性食思不振症もこれと本質は同じだと思います。
普段から糖質ベースで食べている人が、血糖値の乱高下によって精神が乱される、
その結果、自責感に苛まれ、拒食を試みる。しかし糖質のせいで過剰に分泌されたインスリンのせいで、
脂肪の前に蛋白質を先にエネルギーとして使ってしまうという構造だと思います。
この状況と断食や不食というのは本質的な違いがあります。
それは断食や不食では基本的なエネルギー源としてケトン体を使用しているということです。
糖質制限を指導していても、長く強く糖質頻回摂取にさらされてきた患者さん程、
糖質制限開始時の切り替えの時期にケトン体が産生されにくく、低血糖などのトラブルを起こしがちな事を臨床的には経験します。
しかし断食は徐々に絶食状態に持っていくことで結果的にケトンに慣らしていくノウハウがありますし、
不食の実践者も断食を繰り返していくうちに不食の境地に到達した体験談を話されています。
ケトンを使うという事はエネルギー源として脂肪を使うということです。
こうすれば、エネルギー利用の順番は、順当に「糖質」→「脂質」→「蛋白質」となり、
そこに脂肪がある限り、飢餓状態ではない身体を安定状態に保つ事ができ、
なおかつその間に眠っている遺伝子をONにしたり、疲弊した消化管を休めたり、
場合によっては異常蛋白質を分解させたりと他に類を見ないメリットを享受する事ができるようになるのです。
この事は、逆に言えば糖質主体の食生活の人が一気に断食をすると危険だ、という事も物語っています。
まとめると、
「飢餓や摂食障害は、糖質代謝中心の人が食事なしに追い込まれた状態」
「断食や不食は、ケトン代謝中心の人が食事なしに自らを追い込んだ状態」
という決定的な違いがあります。
従って、エチオピアのこどもたちや神経性食思不振症の死亡率が高いという話は、
断食や不食の価値を否定するには値しないと私は考える次第です。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
本日の記事から考えた事があります。それは糖質制限していると、常に精神状態が穏やかで「摂食障害」の予防になるのではないか、と思いました。繊細な性格すぎて精神を病んだ結果として摂食障害が生じるのであれば、性格傾向をコントロールできる糖質制限が有用なのでは?と思ったのです。糖質制限で精神の健康を手にした私は改めて感じます。
3回にわたる岩田先生の本の解説は良い勉強になっています。いつもありがとうございます。私は常に「糖質」を「喫煙」に置き換えて考えます。「タバコは吸っても吸わなくてもどちらでも・・」という医師は居ないはずです。その部分からも岩田先生の話に矛盾を感じていました。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
摂食障害に至る精神面での不調には糖質頻回過剰摂取に伴う血糖値の乱高下がおおいに影響していると考えています。
また脳腸相関という言葉もあります。食事の在り方が脳に影響を与えること、精神の在り方が摂食に影響を与える事が様々な角度から判明しつつあります。
御指摘のように糖質制限は食欲を正常化し、摂食障害の予防にもなると思います。
2013年11月20日(水)の本ブログ記事
「糖質が精神に与える影響」
http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-94.html
も御参照下さい。
実際に糖質制限食を実践し、断食を体験した先生ならではの考察だと思います。
現在、スギ花粉が飛散する時期ですが、私も糖質制限食を実践し、子供の頃からの花粉症の症状が、ほとんどあらわれていません。
目がちょっとムズムズする程度で、花粉が飛んでるのかな?といった感じです。
例年なら、目の痒みとくしゃみ、鼻水で、クリニックで薬を処方してもらっていましたが、糖質制限二年目の今年も薬は必要なさそうです。
花粉症に対する考察も記事にして頂けたら、嬉しく思います。
Re: タイトルなし
コメント頂き有難うございます。
> 花粉症に対する考察も記事にして頂けたら、嬉しく思います。
確かに「花粉症」もコモンで重要な問題ですね。
アレルギー性疾患に対して糖質制限が有効な事も臨床的に明らかです。
ただ、そのメカニズムについて、今の私の力では残念ながらまだ明解に解説する事ができません。
引き続き学びを続け、うまく説明できるようになったら記事にしてみたいと思います。
ありがとうございました
Re: ありがとうございました
コメント頂き有難うございます。
不食も非常に興味深いですよね。なかなか到達するのが難しい領域ですが、興味は尽きません。
また気づきがあれば記事にさせて頂こうと思います。
納得しました!
通常の体脂肪率が4%ほど上昇したこと、断食が平気だったのが耐えられなくなったことなど、疑問に思っていましたが、たがしゅう先生の記事を読み、納得しました!
精神面からのアプローチが他にないブログと個人的に思って楽しみにしています。
これからも益々のご活躍を楽しみにしています。
Re: 納得しました!
コメント頂き有難うございます。
また少しでもお役に立てて何よりです。
糖質制限と断食を組み合わせると、さらに深遠な世界が見えてきます。
これからも少しずつ私の見た世界を表現していきたいと思います。今後とも何卒宜しくお願い致します。
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