脳卒中のダメージを最小限に抑えるケトン食
2015/02/16 00:01:00 |
お勉強 |
コメント:2件
本日は脳梗塞などの虚血性脳卒中に対してケトン食が有効だとする論文を紹介します。
私の拙い英語力ですが、和訳してみましたのでブログ読者の皆様の参考になれば幸甚です。
Shaafi S, et al. Ketogenic Diet Provides Neuroprotective Effects against Ischemic Stroke Neuronal Damages. Adv Pharm Bull. 2014 Dec;4(Suppl 2):479-81. doi: 10.5681/apb.2014.071. Epub 2014 Dec 31.
【概要】
虚血性脳卒中は世界中で死亡や機能障害の主な原因となっている。
多くのメカニズムが虚血性脳卒中の細胞死に寄与している。
薬剤抵抗性てんかんに成功して利用されているケトン食は多くの他の神経疾患に有効である事が示されてきている。
その効果の基礎となるメカニズムはまだよく研究されていないが、少なくともその神経保護能力は興奮毒性や酸化ストレス、あるいはアポトーシスイベントの軽減を通じて介在されているものと思われる。
こうしたメカニズムの基礎の上に、ケトン食が脳虚血損傷の治療に有益性をもたらしうる事が仮定される。
近年、虚血性脳卒中は世界中における主要な健康課題の一つである。
年間におよそ600万人もの人が命を落とし、WHOの推計によれば、脳卒中の犠牲者数は2030年までに780万人に増えるであろうと言われている。
脳においては、動脈閉塞は血流を途絶えさせ、糖と酸素を奪う原因となる。この事が結果的に虚血性脳卒中を起こし、脳の局所領域での次々と細胞が機能障害に陥り始める。
血栓溶解療法のような即時的な医療介入はいくらかあるが、急性期虚血性脳卒中の治療は健康のプロにとって本当に難しい課題であり、患者の大多数は様々な永続する障害を経験している。
脳卒中は虚血性損傷の壊死中心の中でニューロンや血管内皮細胞、その他の支持細胞の変性を引き起こす。
血流低下は脳卒中の病態生理に中心的な役割を果たし不可逆的な傷害に発展する。
実際脳卒中直後に著明な血流低下に陥った脳実質の中心部分は脱分極を起こし、腫脹し結果的に壊死のプロセスを辿る。
この壊死組織は中等度に傷害された組織の領域により囲まれており、虚血ペナンブラと呼ばれている。
それに合うように、正常環境では脳への血流量は55ml/100gr/minである。
もしも18ml/100gr/minまで低下したら、ニューロンは電気的に機能するが、続いて脳卒中になる状態で、8ml/100gr/minとなればニューロンは生存できなくなる。
ペナンブラ領域の中では脳血流は18ml/100gr/minから8ml/100gr/minの間にある。機能的な側面からはこの脳虚血の領域は静止しているが、その一方で代謝的にはまだ活動しており、回復し医療介入を受ける能力を持っているかもしれない。
虚血ペナンブラが再生できる能力は長く続かず、時間とともに低下していく事を心にとどめておく事が重要である。
実際にこのプロセスの基礎となる主要なメカニズムはよく確立していないが、時間が過ぎていくつかの病理学的状態は損傷となる。
しかし次にあげる3つの細胞及び分子イベント:興奮毒性、酸化ストレス、虚血/再潅流損傷、に寄与しているかもしれない。
ケトン食は1920年に公式に発表され、それから難治性てんかん治療に対して一般的となった。
ケトン食は高容量の脂質と低容量の炭水化物と蛋白質から成る。一方でケトン食は代謝プロセスに対して炭水化物の不適切な値を提供する。
それとは対称的に、末梢神経系や中枢神経系と呼ばれる細胞はこの食事の脂質量を用いる事によってその代謝要求を代替的に代償している。
実際引き続いて高容量の脂肪酸が酸化され、アセチルCoAが高率に産生され、このプロセスはその結果、肝臓ミトコンドリアの中でのケトン体(アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトン)の産生につながる。
結果的に、ケトン体は血流の中に入り、血漿のケトン体量が上昇し、これらの分子が末梢や脳組織でエネルギー源として消費される。
けれども、正常条件では、脳組織は主要な代謝分子としてグルコースを消費する。しかし、脳は代替え燃料としてケトンを消費する事ができ、この脳の能力は特定の食事や絶食や広範な身体活動のようないくつかの条件によって発揮される。
グルコースの代わりにケトンを消費する脳の能力は、脳の代謝適応の形の一つとして考えられている。
前臨床的な研究では、薬剤抵抗性のてんかん病型への効果以上に、ケトン食が新たな治療オプションとなると提案するデータが出現してきている。
ケトン食がニューロンを保護し、アルツハイマー病やパーキンソン病、ハンチントン病、脊髄損傷など神経変性状態のいくつかの実験モデルにおいて機能的なアウトカムを改善することを示すエビデンスがある。
図1に示すように、また前述のように、酸化ストレス、興奮毒性、アポトーシスは、神経変性疾患から虚血性脳卒中まで多くの神経疾患に関わる3つの病理学的プロセスである。
図1
実験結果ではケトン食によってこうしたイベントの有害アウトカムを減らせる事が示唆されており、それゆえ虚血性損傷に対してケトン食は有望な効果を発揮する可能性がある。
この論文では我々は虚血性脳卒中におけるこうしたイベントの異なる役割に注目し、こうした病理学的状態に対するケトン食の有益性を指摘した。
【興奮毒性】
虚血に引き続き、エネルギー代謝の破綻が起こり、神経細胞にとっての高度の毒性物質としてグルタミン酸が蓄積し、シナプス間隙においてグルタミン酸興奮毒性のカスケードが始まる。
このプロセスでは受容体の活性化を通してグルタミン酸がニューロン内でのCa2+値を増加させる。細胞内でのCa2+量が増加すると、ミトコンドリア機能障害、フリーラジカル産生、アポトーシス蛋白を刺激するなど、いくつかの神経毒性メカニズムが活性化される。
生体内の所見としてケトン体は興奮毒性の有害効果からいくらかの種類のニューロンを保護し、生存期間を伸ばす事が示唆されている。
それゆえにケトン食はエネルギー代謝やグルタミン酸の興奮毒性を調節する役割を担っている可能性があると思われる。
【酸化ストレス】
酸化ストレスは虚血/再潅流傷害において中枢的な役割を担い、脳虚血状態を悪化させ、ペナンブラ領域の傷害を拡大する。
前述の通り、再潅流の期間に続いて、ミトコンドリアによって大量のフリーラジカルが産生され、それによってこれらの物質はいくつかの種類のフリーラジカルスカベンジャーによって除去される。
虚血損傷が進行すると、フリーラジカルの産生と除去の不均衡が起こり、虚血傷害の増加へとつながる。
いくつかの研究ではケトン食がニューロンのフリーラジカル除去能を改善するという事が示されてきている。
この効果は、部分的にはグルタチオン値の上昇やミトコンドリアの抗酸化能の改善、また崩壊を誘導する酸化ストレスからミトコンドリアを保護する働きを通じて介在されている可能性がある。
さらに試験管内の研究であるが、ケトン体はNADH酸化の調節を通じて神経細胞内で酸化ストレスを誘導するフリーラジカルを減少させるという事が確立されてきている。
【アポトーシス】
ペナンブラ領域のニューロンは数時間か数日後にアポトーシスまたはプログラムされた細胞死による影響を受ける。
このタイプの神経細胞死はゆっくりと進行するので虚血性損傷からニューロンを生き返らせる機会を作れる可能性がある。
前述のように、フリーラジカルの過剰産生はミトコンドリア機能を崩壊させ、結果的に、細胞質スペースのチトクロムcなどの前アポトーシス因子の漏出やカスパーゼ、プロテアーゼ介在アポトーシスの活性化につながる。
ケトン体はいくつかのアポトーシスのバイオマーカーを減少させる事が研究によって示されてきている。
前述のように、多数の様々な生体分子がアポトーシスに関わっているが、ほとんど全てのケースでアポトーシスにつながる主たる経路はカスパーゼ蛋白の活性化である。
動物実験の結果からはケトン食がカスパーゼ蛋白の少なくとも一つを阻害し、神経保護作用を発揮する事が示されてきている。
結果的にケトン食の執行が脳虚血損傷の治療に有益性を与えペナンブラ領域に残っているニューロンを回復させる貴重な機会を提供しうる事が推論されるかもしれない。
「脳梗塞は突然発症の巨大な酸化ストレス源だ」という考え方がありますが、
結局のところ、脳梗塞が起ころうとしている時も、起こってしまった後も、
脳は脳梗塞に陷らないように過剰な酸化ストレスを排除しようとフル活動しているのではないかと思うわけです。
それならば無駄な酸化ストレスを作らず、ケトン体による抗酸化力を高めるケトン食が、
脳の虚血によるダメージを最小限にしているというのは、
さもうなずける話ですね。
たがしゅう
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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コメント
No title
私も自分の体験を通して、ケトンは脳の神経細胞を保護してくれていると思っています。たとえ失われてしまった脳細胞は元に戻らないにしても、他のニューロンでカバーができれば、元の状態と変わりがないように戻れると思います。その時にケトンが大いに役立つように思っています。
良い記事をありがとうございました。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
ケトン食の可能性は広がるばかりですね。少しでもお役に立てれば幸甚です。
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