問題を先延ばしにする薬
2013/10/15 00:01:00 |
普段の診療より |
コメント:11件
私は神経内科医という脳・神経関係の病気を専門に扱う医者ですが、
向精神薬と呼ばれる脳に作用する薬は極力使用しないスタンスです。
特に精神安定剤、睡眠剤、抗うつ薬などはできるだけ使用しないように対処します。
なぜならばそれらの薬を使うことは原因に対して対処していることにならないからなのですが、理由はそれだけではありません。
もう一つの大きな理由は、やはりそれらの薬が及ぼす副作用、そして依存性の問題にあります。
実臨床で非常に多いのは「睡眠薬がないと眠れない」というケースです。しかし一般的な睡眠薬には依存性があるので、それはすでに睡眠薬依存の状態に陥っていると言えます。
ここから「副作用を減らすべく睡眠薬を減らしましょう」と言っても本人はなかなか納得しません。
なぜなら実際に睡眠薬を減らすと、本人が非常に不快な症状に苛まれるからです。
それは離脱症状です。まさにニコチン中毒や糖質中毒から逃れようとする際と類似の身体反応です。
そして向精神薬は副作用を起こしやすい薬です。
例を挙げればパーキンソン症状(動作緩慢、体が硬くなる、手足の振るえなど)、口渇、便秘・排尿障害、眠気、性ホルモン異常、循環器症状(血圧低下、ふらつき、動悸など)、悪性症候群(急激な高熱、意識障害、筋強剛)、体重増加、血糖値上昇など薬の種類にもよりますが非常に多岐に渡ります。
さて、先日は当直でしたが、また印象的な症例と出会いました。
30代女性、6年前にストレスで過呼吸を起こした事をきっかけにうつ病という診断を受け、以後近くの心療内科系のクリニックへずっとかかり続けています。
その間にも薬は徐々に増え続け、現在は抗うつ薬と数種類の睡眠薬とで計5種類の薬を内服されている状況でした。
最近になって全身が痛むという症状に苛まれるようになり、かかりつけの心療内科で相談したところ、ある神経内科のクリニックで相談するように勧められ受診しました(私ではない神経内科医です)。
するとそこで撮られた頭のCT写真では特別な異常はなく「疼痛性障害」というよくわからない病名を告げられ、大きな病院の精神科を受診するように勧められたようです。
そこで連休明けにでも大学の精神科を受診しようと週末を過ごしていたところ、たまたま胃の調子が悪くなって食事があまりとれなくなり、2~3日の間いつもの薬が飲めなかったのだそうです。
すると全身の痛みは和らいできたのですが、代わりに強い頭痛と吐き気が襲ってきました。
市販の頭痛薬と胃薬を購入され、何度も内服されるのですが耐え切れず救急受診され当直の私に相談があったという経緯です。
私はこの経過を聞いて、真っ先に向精神薬の副作用の可能性を考えました。
かなり長期間向精神薬の内服が続いているので全身痛の副作用が出ても全く不思議ではありませんし、何より断薬してしばらく別の症状が出現してきています。これは離脱症状を彷彿とさせます。
それに全身が痛み続ける病気というのはそうは多くありません。さらに偶然の断薬によって全身痛が軽快していることも薬剤の副作用の可能性を高めます。
そしてここで大事なことは、本日私が関わるまでの間に、誰も薬の副作用のことを考えていないということです。
どの医者も「この患者のうつ病がさらに悪くなっている、向精神薬を調整しないといけまい」としか考えていないように思えます。
もっと言えば、この患者さんは本当にうつ病だったのか、という事です。
人は大きな精神的ストレスを感じると身体に何かしらの症状や悪影響が出たりします。これを医学的には「身体化」と言いますが、文字通り「心と身体はつながっている」のです。
「身体化」の代表格が、ストレス性の胃潰瘍であったり、ストレスをきっかけに起こす過呼吸(過換気)症候群です。これらはストレスを代償する機能が破綻してしまった状態ととれます。
つまり大きな精神的ストレスがかかれば誰でも起こりうる現象なのです。
それに,そもそもうつ病という状態そのものが非常にあいまいなものです。本当にうつ病であったのかどうか、はっきり言ってよくわかりません。
ただ、いずれにしてもこの患者さんにとって過剰な薬が入りすぎているということは間違いないであろうと私は判断しました。
そして,このまま言われるがままに大学の精神科に行こうものなら、まず間違いなく向精神薬の量を増やされることになってしまうと私は思いました。
そこで私は何とかこの負のスパイラルをここで断ち切りたいと思い、「辛いかもしれないけれどこのまま断薬を続けましょう。そうすれば様々な症状から解放される可能性が高いです」とお話しました。
そして自らが糖質制限でうつ病を克服した経験を持つ私は、その経験をお話しするとともに、断薬中の薬の代わりにケトン食療法を実践してみるようお勧めしました。
救急受診で幸い次の患者さんも控えていない状況だったので、私はケトン食のメカニズムやケトン体の持つ神経保護作用、血糖値の乱高下を抑えることが精神の安定化に寄与する可能性があること、具体的にどう実践すればよいかなどについて紙に書きながら力の限り説明しました。
その想いが通じたのか、患者さんはケトン食を実践してみると言って下さいました。
この近辺でケトン食の指導ができるのは私だけなので、かかりつけ医に任せることはできません。
なので引き続き責任を持ってこの患者さんの経過を私の外来で見守っていくことに致しました。
うまく良くなってくれることを祈るばかりです。
たがしゅう
プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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精神病の治療にも「断糖」を!!
前略、江部先生のブログからこのブログを知ることとなり、開始直後から愛読しております。
さて、この記事に関してですが、
私の愛読誌・「到知(ちち)」という月刊誌の11月号に精神科の銀谷翠(ぎんや・みどり)という女性ドクターの記事が掲載されております。
「できるだけ薬を使用しないで精神病を治す」ことを基本にしていらっしゃるようです。
ユー・チューブで「予告編『じっくり学ぼう!日本の健康と予防医学』【CGS 銀谷翠」でご本人を確認できます。美人です(笑)。
<記事の要旨>
・やせた神経繊維に「薬」を与えても、神経繊維が太くなることはなく、長期間の薬の服用は、効果がなくなったり、副作用を起こすこともある。
・「統合失調症」の患者は、スナック菓子、ファスートフード、炭酸飲料を好んで食する。
・神経細胞を太くするためには、レシチンを摂る。
・傷ついた細胞を修復するためにビタミンやミネラル、DHAなどを摂る。
・つまり、毎日の食事を「和食+症状に応じてサプリメント」にする。
・和食→魚、お豆腐、たくさんの野菜、ぬか漬け、納豆など、昔からの日本食をたくさん食べる。
-------------
つまり、「糖質制限をしましょう」ということですね。
この患者さんが「糖質制限」で治癒されること、
期待しております。
Re: 精神病の治療にも「断糖」を!!
応援頂き誠に有難うございます。
>精神病の治療にも「断糖」を!!
まさにそう思います。
いろいろな精神病は糖質負荷に伴う神経伝達物質の乱れが影響しているという仮説は私の中ではかなり確からしい印象です。
銀谷先生、いいですね。精神科の先生で糖質制限に理解がある先生はかなり先進的だと思います。
薬の副作用
とても興味深い記事をありがとうございます。
薬の長期摂取による依存や副作用は、様々な病気で問題になっていると思います。私も別の病気ですが、同様の経験で苦しみました。
>そしてここで大事なことは、本日私が関わるまでの間に、誰も薬の副作用のことを考えていないということです。
>どの医者も「この患者のうつ病がさらに悪くなっている、向精神薬を調整しないといけまい」としか考えていないように思えます。
難しい問題ですね。
本当に気づいていないだけではなく、なかには「自分の処方した薬で患者を依存状態にさせてしまった」ことを患者対して伝えたがらない(もしくは自分に対しても認められない)お医者様もいるのではないかと思うのですが、先生はどう思われますか?
私はケースに関してのみですが、薬を処方してくださった先生は、みなさん自分の出した薬は大丈夫だとおっしゃいます。そして、別のドクターに相談すると、そのドクターは、前の先生の処方に関してはあっさりそのマズさを認めたりするのです。
患者は前の先生には戻りません。その病院に行かなくなるだけです。
だから、長期処方をした先生は、自分の患者がその後どういう離脱の苦しみを味わったかを知る機会がありません。
悪循環だなぁと思います。でも、わざわざ前の先生に報告する患者はほとんどいないし、行ったとしても真剣に受け止めてくれる先生も少ない気がします。お医者様はプライドが高い方が多いです。(もちろん、プライドを持ってしかるべき職業とは思います。たがしゅうせんせいもお医者様なのに、こんなことを書いてすみません。)
例に挙げられた患者さんが、先生のところで好転することを祈っています。
Re: 薬の副作用
コメントを頂きどうも有難うございます.
> 本当に気づいていないだけではなく、なかには「自分の処方した薬で患者を依存状態にさせてしまった」ことを患者対して伝えたがらない(もしくは自分に対しても認められない)お医者様もいるのではないかと思うのですが、先生はどう思われますか?
おそらくどの先生も向精神薬に副作用や依存性があるということ自体は御存知で,自分の薬で副作用を与えているかもしれないということは自覚されていると思います.だから副作用が疑われれば薬を少し減らしたり,別に薬を加えるなどの微調整は皆日常的にしているでしょう.
しかし,向精神薬をゼロにまで持っていこうとされる医師は残念ながらあまりいないのではないかと思います.
ただ薬を減らすことと,薬ゼロを目指すことは,似ていて全く非なるものです.
薬を減らすまでしかできない医師は基本的に「薬は必要なもの」と考えているので,長期処方で薬の副作用を患者に与えたとしても,それは「運悪くその患者に副作用が起こってしまった」と考えてしまい,自己批判することはおそらくありません.
自己批判することができて,間違った場合は反省して素直に認め,次に活かすことができないと医師としてはダメなのだと思います.
共感いたします
あたりまえのようですが、とても勇気のあるコメントだと思います。
漫然と種類の多い薬を処方して、副作用に関心のない医師がいかに多いことか・・・。
痛感いたします。
Re: 共感いたします
いつも応援頂き本当に有難うございます。
薬を必要とする期間は必要最小限であるべきだと考えています。
世の中にはいったん処方されたらずっと処方され続ける薬がたくさんありますが(例:降圧剤、コレステロールを下げる薬、糖尿病の薬、てんかんを抑える薬、認知症の予防薬など)、
糖質制限の考え方を学べば、その概念そのものを抜本的に見直すことができます。
薬について
先生の指示処方に従うべき薬を教えていただきたいのですがよろしくお願いします。命に関わる緊急の場合は本人の意思に関わらずそのように従うでしょうが、そのような状況ではない時の病気、怪我ではどのような時に処方された薬でしょうか。
糖質制限を習慣にしていると病気そのものとは無縁に近くなると体感しておりますが、糖質制限している人、していない人含めてお願いいたします。私は先生には基本面と向かっては質問するのが苦手です。なのでいつもその場では言われるがまま、処方されるがままです。
Re: 薬について
御質問頂き有難うございます。
> 無条件に先生の指示処方に従うべき薬を教えていただきたいのですが
これは難しい問題です。
というのは、薬を飲むべきか否かの判断は、その時の状況によって変わるからです。
例を挙げると例えば抗生物質などはいわゆる一般の風邪に対しては必要ありません。
しかし、抗生物質が本当に必要な風邪に似た病気もあるにはあるのです(例:溶連菌性咽頭炎)。
そして実際はそれを区別するのが難しいので、ただの風邪に抗生物質がやたらと使われているのが現状です。
ですので、薬を飲むべきか否かの判断は、その医師の診療能力によるところが大きいです。
従って、無条件で薬を飲むべきだという状況は基本的にないと考えておくべきかと存じます。
本当にその薬を飲むべきか否か、医師と患者で一緒に考えていくのが本来の姿と思います。
ありがとうございます
救急で訪れた患者さんへの対応、まさに医師とはこうあるべき!と感銘しました。たがしゅう先生の職業における使命、羨ましいとさえ感じます。
この女性、数件の医師にかかりまた新たな医師というところで、急患でたがしゅう先生に、しかも時間に余裕がある条件で診察してもらえたとのこと、なんて幸運なんでしょう。
この巡ってきた幸運をどうか棒に振るようなことがないことを祈ります。
やはり医師と患者と繋がるには患者が出向かなくてはいかないという現実があります。一度足が遠のくと、新たな症状を誤った自己判断で対処してしまったり。
一番難しいのは、目的意識を持ち続けることでしょうか。言われた事だけ素直に実践していくのは、自分で調べた後付けなどがないと相当困難で揺らいできそうです。
また、同居する家族の理解も重要ですね。
女性には本気で治したいと強く意識して頑張ってほしいです。自分の努力も必要ですよね。でもきっと大丈夫!何よりたがしゅう先生が主治医になったのですから、、
それにしても患者を薬物依存にしていく医師!腹がたちます。
Re: タイトルなし
嬉しい応援コメントを頂き誠に有難うございます。恐縮致します。
> 女性には本気で治したいと強く意識して頑張ってほしいです。
本当にそう思います。
向精神薬をゼロにするのは至難の技なので、一度でうまく治療できないかもしれませんが、とにかく今自分ができる事を精一杯伝えていきたいと思います。
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