超多成分系システム
2015/01/03 00:01:00 |
漢方のこと |
コメント:10件
私は漢方について興味があります。
当ブログでは、西洋医学の多剤内服問題を時々取り上げていますが、
漢方薬も複数の成分が複雑に組み合わされた集合体です。
しかしながら、漢方薬は一般的に西洋薬に比べて副作用が少ないと評される事が多いです。
この違いは一体どこにあるのでしょうか。
実はこの問題を突き詰めて考えていくと、現代医学の問題点が見えてきます。 まず漢方の起源は数千年前の古代にさかのぼります。
その頃にも現代と同様の感染症はおそらく存在していたと思われますが、
残念ながら今程医療が発達していないため薬がありません。
そうなると一度感染症にかかったら死を待つしかないのかと言えば、そうではありません。
そんな状況において、その辺に生えている野草などを食べたりした人がいたと、
すると身体の中で好ましい変化が起こった、これが漢方の起源とされています。
その後、人類はこの野草を食べたらどうなるか、あの野草を食べたらどうなるか、
あるいは、この野草とあの野草を組み合わせたらどうなるか、といったふうに試行錯誤を繰り返していきます。
そんな中で、「1+1=2」ではなく、「3」にも「4」にもなるような不思議な組み合わせがある事を体感的に知ることになったと考えられています。
具体的には「桂枝湯」という虚弱者向けの風邪に対する漢方薬がありますが、
これは芍薬4.0g、桂皮4.0g、大棗4.0g、甘草2.0g、生姜 1.5gという5つの成分から成っているのですが、
この中の芍薬の量を6.0gに増やすと、「桂枝加芍薬湯」という漢方薬となり、腹痛に対する薬に効能が大きく変わります。
つまり多種類の生薬の組み合わせを絶妙に変えていくと、
足し算的にその生薬の効能が高まるというだけではなく、
ある組み合わせにすると突然別の効能をもたらす特定のポイントがあるという事です。
しかしその組み合わせは無数に存在するために、新しい漢方薬を生み出すのは原理的に非常に難しいわけです。
しかもその検索をより難しくしているのは、漢方薬が万人に有効であるというわけではないという事実です。
確かに桂枝加芍薬湯は腹痛の薬ですが、
だからと言って腹痛のある人に全員に効くというわけではありません。
その辺りが漢方がいまいち信用されないところでもあるわけですが、
ヒトの身体には個人差が大きいという事を示していると思います。
もっと言えば同じ人であっても、飲むタイミングによって同じ漢方薬が効いたり効かなかったりします。
不思議な事に、同じ漢方薬が飲むタイミングによって味が変わるという現象もよく観察されています。そしておいしく感じる場合はその漢方薬が合っているという傾向が高い経験則もあります。
ヒトの身体は60兆個の細胞が集合した超多成分系複合システムですので、そういうバリエーションが起こるのだと思います。
そんな漢方薬が経験的に発達していく中で、
あるとき、漢方の一成分を抽出して薬として合成すればより優れた薬効が期待できるのではないかと考えた人が出てきます。
現在の医学は単一成分を結晶化して、その成分の薬効を解析する技術を発達させてきました。
その結果できたのが今の西洋医学で、それによって広く普及している錠剤、カプセル、水薬などです。
確かに単一成分に限定すれば、ほぼ再現性高く特定の薬効をもたらす事ができるわけですが、
実際には超多成分系の細胞の集合体である人体にそれを持ち込むと、それでも理論通りにいかない事があるわけです。
それどころか、単一成分の薬の場合は、人によって想定外の副作用が出たりもしています。
漢方では一般に、構成生薬の数が少ない程シャープに効き、構成生薬の数が多い程マイルドに効くという経験則があります。
そして西洋薬は言ってみれば究極の「構成生薬が少ない薬」です。
西洋薬の多剤内服の場合は、それぞれが単一成分のシャープに効く薬なので、
同じ多成分であっても、マイルドどころか、それは身体にとってすごく負担になってしまうのではないでしょうか。
天然生薬一つをとっても多成分の集まりで、さらにその生薬を組み合わせた「超多成分系」の漢方薬、
一方で人工的に抽出した単一成分を、足し算的に重ねていった西洋薬の多剤内服は、似て非なるものです。
西洋薬に副作用が多くて、漢方薬に副作用が少ないというのはそういうところに理由があると考えています。
今薬学の進歩は完全に西洋医学を基盤に進んでいます。
あらゆる新薬の発想が、○○阻害薬とか、△△作動薬とか、□□拮抗薬とか、いずれにしても単一成分をターゲットにしたものばかりです。
その発想で勝負している限り、超多成分系システムの人体に対しては、
所詮、付け焼刃的な治療効果しか得られず、根治を目指すことは難しいのではないかと思います。
もともと人体に備わった超多成分系のシステムをいかに邪魔しないかという事が、
最も大切なスタンスだと私は考えています。
たがしゅう
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プロフィール
Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
オンライン診療医です。
漢方好きでもともとは脳神経内科が専門です。
今は何でも診る医者として活動しています。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。
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漢方薬は即効性あります
すごくよくわかります。
私の場合、頓服薬のように柴胡桂枝湯を利用しています。長くても服用後二日か三日で症状(風邪がこもったような頭痛背筋痛気持ち悪さ等上半身の不快)が落ち着き、飲む必要が無いと感じます。
柴胡桂枝湯の味は好きなので、続けて飲むのに抵抗はないのですが、特に不快な症状がなければ飲まないことにしています。
漢方薬はずっと(数ヵ月単位で)服用しなければならない、と信じ込んでいる医療者がいるので、そういう人達に、「漢方薬は即効性がある。頓服的に服用するのもひとつの方法です。」と話しても、「何を素人が!! 勝手な解釈をして!!!」と怒られます。ので、あまり言いません。
処方してくれる医師は、先代の跡継ぎの方で、私は先代の医師から処方してもらっていたので、跡継ぎの方は特に異を唱えずに継続して処方してくださるので有難いです。
医師の方々がもっと漢方薬に詳しくなっていただきたいと思います。
Re: 漢方薬は即効性あります
コメント頂き有難うございます。
御指摘のように「漢方には即効性がない」というのも、よくある誤解の一つですね。
興奮を抑える効能を持つ抑肝散も頓服で使うとよいという報告も聞いた事があります。私はせん妄の治療に活用したりする事も多いです。
超多成分系のシステム
今日のお話は、非線形現象、自己組織化、創発といった理論と関わりがあるように思いました。
理学系や工学系で扱われている分野ですが、医学界においても現行の還元主義だけでなく、漢方と合わせてこういった理論があることを取り入れてほしいです。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480091246?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087207374?ie=UTF8&at=&force-full-site=1&ref_=aw_bottom_links
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E7%99%BA
漢方薬
Re: 超多成分系のシステム
コメント頂き有難うございます。
理工学系の話はあまり得意ではないのですが、
自分の頭で考え続けた結果、そうした分野の発想とつながってきているというのはなんか嬉しいですね。貴重な情報を頂き感謝申し上げます。
Re: 漢方薬
コメント頂き有難うございます。
> 漢方薬は複数の配合剤であるだけに使い方が難しいですね。
御指摘の通りです。この使い分けの方がよほど医学部で習いたかったです。
しかし世の中に漢方薬を上手に使っている医師が存在するというのもまた事実、成功率を上げる努力を続けていきたいと思います。
グリチロン ウルソ
Re: グリチロン ウルソ
情報を頂き有難うございます。
No title
「複雑系」という言葉が一時期、ある種の論壇で流行しました。
人間を内燃機関に隠喩したカロリーというものは、人体を究極的に単純化したものですよね。カロリーに対する批判が不十分だと考えます。酒はエンプティカロリーと言われるようですが、身近なカロリーへのアンチテーゼだと思いました。
石井直方氏という人をご存知ですか?日本のボディビル界隈でもっと強力な彼のような理論家でさえ、言説からは氏がカロリー神話の内部にいるような気がします。
Re: No title
コメント頂き有難うございます。
カロリー理論は完全に崩壊しています。物理的には正しくても、ヒトという複雑系の生命活動の中では計算できないカロリーがたくさん存在するからです。腸内細菌しかり、オートファジーしかりです。
確かに実践的な経験はとても大事ですが、そこに正しい理論が加わらないと本当の意味で良いものにはなり得ないと私は思います。
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